2006年07月27日

囲碁のすばらしさ

私が通っている地元の碁会所の子ども教室に遊びに行った。
一回は互先(ハンデ無し)、もう一回は3子置いて打つも、どちらも惨敗。
碁というのは、微妙な体調や精神状態が表れやすいようで、圧倒的に実戦経験が不足している私は、その点も非常に脆いらしい。

布石の段階では、いつの間にか中央を占める美しい形に展開するのだが(現在研究中の「自然流」による)、弱いところから打ち込まれ、局地戦になると負けてしまい、そこから戦線が破られて崩れてしまった。
「戦い」という局地戦になると、まさに調子が大きく影響するようで、つい弱気な手を打ったのが悪かったらしい。

子どもは、子どもにもよるが、多くは石を取ろうと戦いを仕掛けてくるので、上手くさばくテクニックを身につける必要があるらしいのだが、私の勉強はまだそこまで進んでいないのが問題らしい。
弱い私の話はどうでもいい。

碁の良い点の一つは、年齢が関係ないところにある。
スポーツと違い、子どもも大人も対等な頭脳勝負なのだ。
プロの多くは中学生前後でプロになることを考えれば分かるだろう。
しかし、それだけなら将棋も同じかもしれない。
が、将棋は20代あたりがピークで、後は弱くなるばかりらしい。
将棋界で活躍するプロは若手ばかりだ。
囲碁も最近でこそ韓国などを中心に若い人の活躍が目につくが、50歳になったからと言って棋力自身が衰えるということはあまりないらしい。

80歳を超えるプロ棋士もいるし、昨年の世界アマチュア囲碁選手権の日本代表は75歳の菊池大先生だった。
3歳から死ぬまで遊べる、あるいは3歳と90歳が対等に競える競技というのは、他にないのではないだろうか。
そういう普遍性というか超年齢性が、大きな魅力になっている。
例えば、私が80歳まで生きるとすれば、あと40年以上も成長し続けることのできる分野がある、というだけでも素晴らしいことだと思うのだ。

ま、成長具合は人それぞれなんだけど……
posted by ケン at 23:58| Comment(3) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
シミュレーションゲームは囲碁と比較するとより原型的具体的と思うのですが、やはり囲碁の様に老人になっても衰えないものでしょうかね?
 まあ白黒と単純化されていないので、少なくとも駒の数値を読み取れる視力は必要でしょうが。
 またある程度ゲームにも「定石」は存在しますが、定石通りにしないと勝てない様では、やっていて面白いかということにもなり、この辺り具体性と二律背反で両立が難しいとも言えますね。
 恐らく高齢者にとってのゲームの難点はものによってルール等が異なることでしょうが、何歳になっても新しいものを取り込める頭の柔軟性は確保したいものです。
Posted by 胴田貫 at 2006年07月28日 14:07
>上手くさばくテクニックを身につける必要がある
なんか東部戦線のマンシュタインみたいですね。
Posted by winter_mute at 2006年07月28日 20:57
胴田貫さん、
シミュレーションゲームについてはまた記事にしたいと思っていますが、その具体性や歴史追体験性は何にも代え難い利点だと思います。
でも、複雑なルールやゲームごとに異なるシステムは、高齢者には厳しいでしょうね。
私も死ぬまでゲームは手放せません。

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winter_muteさん、
囲碁のテクニックは非常に技巧的で、その意味ではマンシュタイン的ですね。
学べば誰でもある程度身に付くというのがいいです。
Posted by ケン at 2006年07月29日 21:47
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