2015年07月30日

再び御聖断頼み?

【天皇の終戦記念日のお言葉 首相に対し厳しいものにとご学友】
 安倍晋三首相は閣議決定しないまま8月上旬に70年談話を発表しようとしている。天皇は毎年8月15日に全国戦没者追悼式に出席し、「お言葉」を述べる。官邸が気にしているのは、安倍首相が歴史認識の転換を行なう内容の70年談話を出した場合、全国戦没者追悼式とは別に、天皇の特別な「戦後70年のお言葉」が発表されるという情報が流れたことだ。この“天皇談話”が出された場合、安倍談話は格下げされることになる。
 では、天皇は終戦記念日にどんな「お言葉」を発表するのか。天皇のご学友で元共同通信記者の橋本明氏はこう見ている。「ほとんど知られていませんが、陛下は4月のパラオ訪問に出発する際、羽田空港に見送りに来た安倍首相を前にこう仰っています。『(先の大戦では)激しい戦闘が行なわれ、いくつもの島で日本軍が玉砕しました。 このたび訪れるペリリュー島もそのひとつで、この戦いにおいて日本軍は約1万人、米軍は約1700人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います』。首相へご自身の思いを伝えたい気持ちが強かったのではないでしょうか」 そのうえで橋本氏は終戦記念日の「お言葉」は安倍首相にとって厳しいものになる可能性を指摘する。「憲法とともに生きてきた陛下ほど、戦争がいかに悲惨で悲劇的かを理解されている方はいない。軍備に頼らず、平和主義で文化国家をつくるというのが昭和天皇から引き継いだ精神であり、試行錯誤しながら象徴天皇として国民とともにある平成の皇室を築いてきた。
 しかし、安倍首相は国際情勢の変化を理由に憲法解釈を変え、米国議会演説で公約した安保法制を無理に成立させようとしている。陛下は口に出せずに苦しんでおられると思います。終戦記念日のお言葉では、現在の日本の繁栄は300万人にのぼる戦争犠牲者の上に築かれているという追悼の思いを前面に出されるのではないでしょうか」
(週刊ポスト2015年8月7日号)

週刊誌ネタが永田町を震撼させている。当局にコネのある某秘書のところには、公安や内調から問い合わせの電話が相次ぎ、「皇室とは何の縁もないのに」と閉口していた。つまり、治安当局にとってもさすがに皇居内は「御簾の内」ということらしい。

閣議決定を経ないで発表される「総理談話」は「個人的なつぶやき」であり、従来の談話とは異なるというのが今の官邸の主張。だが、仮に平成帝が「戦後70年談話」を発表すれば、「総理の個人的つぶやき」は完全に吹き飛ばされ、実質的に上書きされると見られるだけに、治安当局側としては「総理に忠誠を示す時」ではあるものの、実際に天皇談話が発表されれば官邸のメンツが丸潰れになってしまう一方で、宮廷内への介入は難しいだけに、気が気でないのだろう。
とはいえ、皇室側からすれば、天皇の政治関与を禁じる憲法があるだけに、談話の内容にはすこぶる慎重にならざるを得ず、恐らく宮内庁としては天皇談話に反対しているものと思われる。それでも平成帝が談話発表を真剣に考えているのは、それだけ皇室側の危機感が深刻であることを示している。

一義的には、平成帝自身が戦後民主主義と現行憲法の信奉者であり、立憲主義と平和主義を根底から覆そうとする自民党・安倍一派の動きに対し、非常な危機感を抱いていることがある。
詳細は先の稿を参照していただきたいが、安倍一派は、福祉国家モデルに替わる国家像を権威主義に求め、その求心力として天皇を考えていると思われ、具体的に「教育現場における君が代の強制」という形で現れている。だが、先の大戦でかろうじて戦犯指定を逃れて「国民統合の象徴」の座を手にした天皇家が、再び政治利用にさらされ、自民党の政治責任の「身代わり人形」にさらされようとしているだけに、賢明なる平成帝としては皇室の未来を憂い、必死にならざるを得ないのだろう。

もう一つは「獅子身中の虫」である。小さくなった皇室でも必ずしも一本化されていないようで、帝と皇太子は政治観においてほぼ一致しているようだが、例えば秋篠宮は安倍一派・極右に同調姿勢を示している。秋篠宮が主な公式行事への参加(帝の代理出席)から外されているのは、平成帝の意思の表れと見て良い。「皇位継承者の実父」である秋篠宮がこれほど露出しないでいるのは、他にも理由はあるが、「ファッショの同調者」と見られているからのようだ。
とはいえ、この「闘い」も宮内庁が安倍一派の手に落ちつつある中で、殆ど帝と皇太子が孤軍奮闘しているような有様になっているとも聞く。

いずれにせよ、権威主義・ファッショの暴走に対し、帝の「御聖断」に頼まざるを得ない今日の状況は、戦後の民主化が失敗に終わったことを示している。だが、戦犯を十分に処断せぬまま権威主義を温存した結果として安倍一派による立憲体制の破壊がもたらされているわけだが、同時に権威主義(国体)の本尊として温存された天皇制が立憲体制の最後の擁護者となってしまっている点は、あまりにも皮肉すぎるだろう。
posted by ケン at 12:32| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一部で異常な皇太子と皇太子妃叩き、弟の宮家を持ち上げる動き(おそらくネトウヨ層と重なる)が行われているので、もしや、と思っていましたが、やはりそういうことでしたか。そういえば、弟宮家の次女殿下の初の単独公務が総理の選挙区の下関という報道があって、やはりそういうことなのかとイヤ〜な予感がしておりました。

一部の愛国者ぶった連中は皇太子の●嫡まで主張していますから、連中の意識はほとんど幕末です。

ちょっと話はズレますが、こういう記事がありました。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150730-00000109-jij-cn
昭和天皇「蒋介石支持を」=国連代表権問題、佐藤首相に促す―日米文書で判明

日本国憲法の下、主権を失った昭和天皇ですが、実際にはかなりの政治的影響力を行使していたのですね。昭和天皇は田中角栄を嫌っていたという話も聞いたことがありますが、彼が日中国交回復をやったというのも理由の一つなのかもしれません。
Posted by ニート(政治浪人) at 2015年07月30日 20:45
世界が見えてる国王が
脆弱な議会制民主主義をクーデターから守ることは、しばしばあることです。

スペインとかタイとか日本帝国とか。
Posted by Taka at 2015年07月31日 01:51
幕末でも昭和前期でも、自称「愛国者」が皇家を利用して権力を奪取した上、天皇を旗印にして権力をほしいままにしたわけですが、平成帝はそれを危惧しているのでしょう。

昭和帝は明らかにインテリびいきなところがあり、反共意識の強さも相まって、田中角栄を毛嫌いしていたものと思われます。

議会やデモクラシーを守るのが国王であるというのは、何とも口惜しいものがあります。
Posted by ケン at 2015年07月31日 12:36
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