2015年09月22日

道中の点検

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『道中の点検』 アレクセイ・ゲルマン監督 ソ連(1971)

ユーロスペースで開催されている「アレクセイ・ゲルマン特集」を見に行く。この日は数人しか観客がいなかったものの、稀に「特集」が組まれているところを見ると、ロシアですら無名に近い監督ながら、日本では一定の支持層があるのだろう。もっとも、以前『フルスタリョフ、車を!』を見たときは、小さい劇場ながらもほぼ満席だったが。
『道中の点検』は、昔ビデオテープで字幕無しで見た記憶があるのだが、当時はまだロシア語が不十分だったこともあり、あまり印象に残っておらず、この機会にもう一度見ることにした。

制作は1971年にもかかわらず、公開されたのは1985年。つまり、ペレストロイカにおける「文化開放」の第一弾として、規制緩和の筆頭に挙げられたことを意味する。これは、同時に当初から映画的価値の高さが内部的に評価されながらも、政治的理由から公開が見送られていたことを示している。
以下、ネタバレ注意!



原作は、監督の父親であるユーリーの小説。時は1942年冬、タクシー運転手だったソ連軍(労農赤軍)の伍長は、ドイツ軍の捕虜となり協力者となるが、脱走して赤色パルチザンに投降する。独軍の制服を着る元伍長がどうしてパルチザンに降伏したのか。疑惑の目にさらされながらも、パルチザンとして戦う意志を示し、自らの行動で証明しようとする。

ソ連のパルチザン映画は、美化された英雄として表現されるケースが多いが、本作はアンチ・ヒロイズムの立場からリアリズムに徹しており、指揮官は人道と現実の狭間で苦悩する一人の人間として描かれている。登場する農民も決して「パルチザン万歳」ではなく、むしろ堂々と迷惑を口にしており、今日の私からすれば「よく1970年にこんな映画が撮れたな!」と思えるくらいだ。実際、ペレストロイカまで封印されるわけだが。
映画全体で見ると、パルチザンとしての戦闘よりもパルチザン内部における人物関係や個々人の苦悩に焦点が当てられている。しかし、戦闘シーンもなかなか力が入っており、パルチザン戦闘がどういうものだったか、参考になる。特に、オートバイのドイツ兵を狙撃して、その死体に即席爆弾(今日で言うIED)を仕掛けるなど、「現代と同じじゃん!」と驚かされる。
映像やカットも美しく、モノクロ映画なのにロシアの冬の寒さや雪や建物の質感といったものが、繊細に撮られており、一見の価値がある。

見方によって反戦映画にも、戦争アクションにも見えるという点では、日本の岡本喜八監督と共通しているかもしれない。ゲルマン監督は、撮影時33歳で、本作が公開されずにそのまま不遇をかこい、寡作のまま終わってしまった。全く惜しい限りである。
国会が多忙でせっかくの「ゲルマン祭り」で見られたのは、結局この一本に終わってしまった。何とかまたやって欲しいところだ。
posted by ケン at 00:37| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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