2015年10月22日

協力者という生き方:T元女史の場合

通常国会が終わって時間ができたので、東欧研究を再開して、東独の終焉過程やハンガリー事件の資料を漁っているのだが、先日の「シュタージあるいは特高の終焉について」も研究成果の一つだった。その時にふと思い出してすぐ忘れ、「ヒトラー暗殺、13分の誤算」を観てまた思い出したことがあるので、書き留めておきたい。

日本では、戦後のGHQ改革によって特別高等警察が廃止されたものの、朝鮮戦争・冷戦の勃発とサンフランシスコ講和条約を経る「逆コース」の中で、公安警察(警察)と公安調査庁(法務省)が、治安警察と国内諜報を兼ねる秘密警察の基幹部として復活を遂げた。そして、安倍政権の成立を経て、あるいは野田政権からかもしれないが、秘密警察的機能が表面化している。

【参考】 安保法制反対行動が盛り上がらないワケ

その目的が諜報であれ市民監視であれ、欠かせないのは内部協力者の存在である。東ドイツのシュタージの場合、正規職員は最大で9万人だったのに対して、20〜30万人の非公式協力員がいた。彼らの多くは、シュタージに弱みを握られて何らかの脅迫を受けて協力員になっていたが、同時に少なくない数の市民が自ら率先して自己実現を図るために協力員になっていたことも判明している(アナ・ファンダー『監視国家』)。

東独でもソ連でも無いが、ある東側の国に留学していた友人が、大学の留学生寮に住んでいた際、ボヤ騒動があり、当局の捜査が行われ、この友人も取り調べを受けたが、捜査員は「誰の部屋にどのような私物があるか」「誰がいつどこに行ったか」といった、寮長や門番・受付程度では知り得ない情報を次々と提示したため、彼は留学生内に協力者がいることを確信して戦慄したという。
私自身は、秘密警察の被害者になったことは無いものの、私を自宅に招いた女性が当局の取り調べを受けたりして嫌な思いをしたものだし、私が滞在していた寮の寮監やホテルの各階担当は皆協力者だった。

こうした非公式協力員は、現代の日本にも存在する。先日、中国国内で日本人数名が逮捕され、公安調査庁のスパイだったことが明らかになったものの、公調は否定、これを見捨てている
公安調査庁の場合、正規職員は1500人程度で、彼らが直接情報収集を行うことは殆どなく、基本的には非公式協力員を駆使しているが、サイバー・インテリジェンスや通信傍受(違法)については、ある程度自前でやっていると思われるものの、対応は非常に遅れているようだ。中国当局に検挙された協力員たちは、基本的には公調に何らかの弱みを握られ、あるいは特殊な利益供与を提示されて、スパイ活動を強要されていたと見て良い。中国で検挙されたような協力員に支払われる報酬の相場は「10〜100万円」と言われ、どう見ても自らの生命に釣り合うものではない。が、それでも公安刑事などに言わせると、「カネを握らせられるだけマシ(羨ましい)」ということになる。
ちなみに、この件で検挙されたものには、脱北者を支援する在日コリアンと脱北した日本人妻の子弟がいたとされるが、恐らく脱北支援、ビザ、再入国許可などの便宜が供与されていたものと思われる。

さて、ここからが本題となる。芝村裕吏先生の『猟犬の國』は、公安調査庁をテーマにした珍しいラノベ?作品だが、この中で当局の協力者となった左翼政党代議士が出てくる。さすがに小説なのでかなり戯画化されてはいるものの、必ずしもフィクションとは言えないものがある。
例えば、NK党の結党時の一員であり、戦後は第一書記や議長を務めた野坂参三は、1928年の三・一五事件で検挙された。ところが、他の党員が特高による壮絶な拷問(小林多喜二『一九二八年三月十五日』)を受けていたのをよそ目に、何故か「眼病治療のため」として釈放されている。「特高と何らかの取り引きがあったのはほぼ間違いない」というのが、古老たちの共通認識になっている。その後、野坂はソ連に渡ってコミンテルンの工作員となった上で、米国に入り、米国共産党と関係を結んで、さらに中国に渡って中国共産党の保護下に入った。野坂は100歳にもなって、「コミンテルンのスパイ」としてNK党から追放されているが、すでに戦前から「協力者」だった疑いがあるものの、いまだ証拠は上がっていない。

現代においては、大阪選出のミンス党T元代議士がその筆頭に挙げられる。生々しすぎて正直に書けないことが多いことは承知されたい。
T元氏の場合、SM党議員として人気絶頂にあった2002年に、秘書給与流用事件で詐欺罪に問われ、懲役2年執行猶予5年の判決が下り、執行猶予中の2005年に議員に復帰、後にSM党を離党してミンス党に移り、現在に至っている。
この事件では、同様の秘書給与流用事件で先に2件について実刑判決が下りていたにもかかわらず、当事者間の口裏合わせや証拠隠滅がなされてより悪質性の高いT元氏には、執行猶予が付けられ、さらにT元氏側は当初「徹底抗戦」を主張していたはずが、一審判決を受け入れて判決を確定させている。この時点で「司法取引」の疑いがあるが、これは些末に過ぎない。

より深刻なのは、同事件が発覚する前に起きた「希望(の21世紀)事件」である。当時、日本赤軍の指導者が、T元女史の地盤であるT槻市で逮捕されたことを皮切りに、T元女史の内縁の夫が日本赤軍の一員で公調の監視対象だったことが判明。さらに、T槻市にある某病院が「赤軍の巣窟」であることも発覚、T元女史もまた「赤軍の協力者」として嫌疑が掛けられていた。当時、T槻市は「日本のベイルート」と言われたほどだった。これに関連して、SM党の国会議員や自治体議員が家宅捜査を受ける事件に発展し、拉致問題と並んでSM党凋落の最大の原因となった。
この時、自民党森内閣の重要閣僚に強いコネを持っていたSM党の某議員が助命嘆願に行ったところ、「他の者はグレーかもしれないが、T元だけは真っ黒だ。証拠も上がっている」とハッキリ言われたという。
そこまで言われたT元女史が、テロ関連で一切立件されず、いかにも小粒な「詐欺罪」のみで起訴され、執行猶予に終わり、本人も上訴しなかったのは、どう考えても異常(出来レース)なのだ。
赤軍関連を内偵していたのは、公安調査庁であり、その上部機関は法務省でトップは検事という組織構成を考えれば、検事とT元側で何らかの司法取引が交わされたと見るのが妥当だろう。この「読み」は「ソ連帰り」の私としては常識の範疇内なのだが、さすがに妄想に過ぎるかもしれないと思い、上記の友人にも相談してみたところ、「確かにその可能性は非常に高い」と同意してくれたので、今では確信を持っている。

T元氏は公調の協力者となる代わりに微罪で処理されたのだ。「しかし、彼女はミンス党政権で閣僚にまでなっているではないか」と言われそうだが、そこは重要ではない。公安調査庁は協力者を大政党の中枢に植え付け、さらに同党左派をコントロールする手段を得たのだから、それで十分なのだ。逆に、T元氏は公調・法務省に決定的弱みを握られ、「裏切れば協力者だった事実を週刊誌に流すぞ」と言われる立場になっている。事実、先のミンス党代表選挙では、T元氏は左派候補となった長妻氏を直前で裏切って岡田氏の推薦人となり、政調会長代理のポストを得ている。それでいて、党内左派グループと非共産左派の横断組織である「立憲フォーラム」の幹事長にも就いているのだから、そのスパイとしての能力の高さは感嘆するほかあるまい。

芝村裕吏先生や内田弘樹先生に是非ともお聞かせしたい話だが、お世話になっている御礼として、永田町ネタを一つ提供させていただいた次第(笑)

【追記】
戦後日本の場合、岸信介からして、米当局と取り引きして協力者となって巣鴨監獄を出獄し、総理大臣にまで上り詰めているのだから、根の深さが分かるだろう。岸は当初、日本社会党への入党を希望するも拒否され、自民党入りしている。なお、日本では公開されない日米関係の歴史的機密文書の多くが米国では公開されているものの、岸に関するCIA文書はいまだ機密指定を解かれていない。
posted by ケン at 01:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
【日本赤軍の指導者】って?わたすらにはあの重信房子女史くらいしか想い浮かばないですがまだ生きて居るなら、もうかなりのおばあちゃんなのでしょうね。

国内あちこちで暴れまくって突如よど号乗っ取って世界へ飛び出して行ったお元気なしと。。
Posted by シンクレア at 2015年10月22日 21:10
もう70になったかと。体の具合があまり芳しくなく、医療刑務所にいると聞いています。
あの世代でリーダーシップのある女性というのは非常に貴重だっただけに、発揮するところを間違えたなぁと思います。
Posted by ケン at 2015年10月23日 12:20
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: