2015年11月27日

自由主義と決別するとき

【石破氏「共謀罪は必要」】
 石破茂地方創生担当相は20日のTBS番組収録で、パリ同時テロを受けて「共謀罪」創設を含む法整備を求める声が自民党内で上がっていることに関し、「テロは待ってくれない。丁寧で真摯な説明をして議論する。成立は必要なことだ」と訴えた。共謀罪の創設に当たっては「(対象を)重大な罪に限るとか、国民の権利を抑圧してはいけないとか、何重にも縛りをかけないといけない」と指摘した。
(時事通信、11月20日)

右傾化した自民党でも比較的自由主義寄りと思われていた石破氏が、この時期に共謀罪の必要性を訴えたことは大きい。だがこれまでに、共謀罪を含む「組織犯罪処罰法改正案」(犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案)が、内閣から三度提出されて三度とも審議未了で廃案(継続ですら無い)になっていることは、本法案に致命的な問題を抱えていることを示している。

共謀罪については、法務省も「組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪から国民をより良く守ることができるようになります」「国民の一般的な社会生活上の行為が本罪に当たることはあり得ません」(法務省HP)などと説明しているように、あたかもテロリストや暴力団を対象とするもので、一般市民には無縁のような印象を与えようとしているが、大ウソである。実際に内閣が提出した法案では、窃盗罪や詐欺罪を含む600を超える罪状に対して共謀罪に適用を可能としている。もちろん、共謀罪を成立させるためには、電話やメールなどの通信傍受が不可欠となるため、通信傍受法の改正が先行して進められている(現在継続審議中)。つまり、ラインでオレオレ詐欺の検討をしただけで共謀罪が適用できる構成となっており、法務省の説明は「法理上はそうだが、運用で一般市民には適用しない」というだけの話でしかない。

そもそも、犯罪を実行していない段階で、計画あるいは「検討した」というだけで罪に問うことは、当局の捜査権や裁判権を大幅に認め、甚だしく基本的人権を侵害する恐れがある。民主的な国家で市民から信頼されている場合は一部例外的に認められるケースもあるが、日本のように権威主義的で人権が不十分な社会体制の上、政府が市民から信頼されていない国での運用は、まずもって失敗に終わるだろう。

共謀罪の恐ろしさは、ソ連やナチス・ドイツのケースを挙げるまでも無く、日本の戦前に見ることができる。1910年の大逆事件では、明治天皇暗殺計画が発覚し、宮下太吉ら5人によるものであったにもかかわらず、幸徳秋水を始めとする24人が死刑に処せられた。当局は当初から5人の計画であったことを知っていたが、大逆罪を拡大適用した。事実が判明したのは戦後のことだった。なお、幸徳が死刑になったのは、公判で「いまの天子は、南朝の天子を暗殺して三種の神器をうばいとった北朝の天子ではないか」と述べたことによるとされている。

1923年の朴烈事件では、関東大震災直後に治安警察法による予防拘束(まだ事件を起こしてもいないし、計画も発覚していない段階での検束)を受けた朴烈が、拷問を受けて、愛人の金子某との「皇太子襲撃計画」について、特高の誘導尋問に同意したと見なされ(自白すらしてない)、大逆罪が適用され、死刑宣告された。後に恩赦で無期懲役になったものの、戦後の1945年10月末(8月15日でも9月3日でも無い)まで刑務所に収容されていた。

1937年12月に起きた人民戦線事件では、当時すでに共産党が非合法化されていた中で、「人民戦線(社共協力)を企てた」カドで日本無産党の議員や労農派学者グループ・活動家が一斉検挙された。その数は446人に及んだが、二審で有罪になったのはわずか3人で、量刑が確定しないまま戦後を迎えて免訴となっている。「共産党の次は労農派」という当局の思惑によってハナから組織解体を目指したものだった。その証拠になったのは、加藤勘十が訪米した際に、亡命中の野坂参三から渡されたコミンテルンのパンフレットだったが、帰国後は自宅で放置されていたという。この野坂は、三・一五事件の共産党一斉検挙で逮捕されたものの、「眼病治療のため」として保釈され、外国に渡っており、合法左翼撲滅のため内務省に協力した疑いが濃厚とされている。

戦時中に起きた横浜事件では、出版社の温泉旅行を共産党再建のための謀議と見なした特高によって治安維持法違反で60人以上を逮捕、拷問で4人が獄中死した。後に起訴されて、ポツダム宣言受諾後に「駆け込み判決」が下されて、30人余が執行猶予付き有罪となった。恐ろしいことに、この公判の記録は、戦争犯罪追及を恐れた政府・裁判所によって焼却処分されている。なお、裁判で検察が証拠として提出した写真は、全く別の機会に撮影されたものだったことが判明している。そもそも、戦時下で共産党再建の謀議を行っている者たちが、記念撮影をするとは考えがたい。

日本の現政府は、基礎骨格を明治帝政から継承し、連合国との戦争に敗れて休戦条約の条件として渋々「民主化」しただけの存在であるため、根源的に自由主義や民主主義を否定し、権威主義に傾く傾向を有している。その政府に共謀罪やら通信傍受やらを許せば、容易に戦前のおぞましい暴力支配を復活させるであろう。権威主義者に際限なき権力を与えることは、「狂人に刃物」であり、その刃先は近い将来、一般市民に向けられること間違いない。
真の民主化を実現しなければならないのは、中東などでは無く、この日本である。
posted by ケン at 12:38| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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