2016年03月28日

右翼のヤバさと中道の難しさについて

55年体制下で自民党が半世紀にわたる一党優位体制を築き上げたのは、野党である社会党の政策を先取りして、特に社会保障制度を充実させたことが大きかった。「別に社会党である必要は無いよね?」というのが戦後有権者の多数派であり続けた。その社会党は、ついぞ自民党に代わる、かつ有権者の多数派から支持されるアイデンティティを打ち出せないまま、冷戦構造の崩壊とともに解党した。また、自民党の支持基盤は、持続的な経済成長の中で、中間団体を通じた所得分配にあったが、バブル崩壊を経て経済成長がストップし、財政赤字が恒久化して従来の分配構造の維持が難しくなった。
国旗国歌法が成立したのは1999年で、何をかを象徴していた。
1990年代の大きなメルクマールは、いわゆる「バブル崩壊」と「政治改革の失敗」だった。バブル崩壊とそれに伴う銀行救済のための財政出動により財政赤字が急増、同時に少子高齢化の急進により保険財政も急速に悪化する。
ロバート・スキデルスキー師は、「二十世紀の経験は、経済的繁栄はリベラルな民主主義に依存しないが、リベラルな民主主義は、経済的繁栄が欠けている場合、危機に陥る、ということを示している」と述べられている。戦後民主主義を支え、一党支配の正統性を担保してきた高度成長がストップし、デモクラシーを危機に導いていった。
そして、政治改革の失敗により、戦後から80年代まで日本政治を牽引したエリート支配に終止符が打たれ、小選挙区制の導入に伴い、ヤンキー(反知性主義)が優位に立っていった。
国と保守派が君が代を強制するワケ・下

緩い分配構造に基づく「寛容なる保守」(ソフト路線)が難しくなり、かつ左翼の脅威が薄れた自民党は急速に右傾化、「断固たる権威主義」(ハード路線)へと傾いていった。その極めつけが第一次安倍政権だったが、経済を軽視した急速な右派政策は国民の支持を得られず失敗、民主党に政権交代する切っ掛けをつくってしまった。第二次安倍政権は、この失敗を反省して、少なくとも数字上は「経済的繁栄」を築くことで、権威主義路線への支持を広げている。

また、日本には年収300万円以下の貧困層が2500万人もいるにもかかわらず、その票が左翼政党に殆ど反映されないことも(共社で500〜600万票)、自民党の右傾化を助長している。これが仮に社会民主義政党(日本の社民党では無い)が単独で、あるいは共社で常に1千万票以上獲得していれば、自民党は中間票に気を遣わざるを得なかったはずだ。実際、1971年の参院選全国区を見た場合、自民党1775万票に対して社共が1170万票、社会党瓦解直前の92年の選挙(比例区)でも、自民党1500万票に対して社共で1150万票とかなり健闘していた。だが、2013年の参院選比例区は、自民党1846万票に対して共社で640万票になってしまい、第二・第三保守党と言える民主・維新が計1348万票を獲得している。

実は、右傾化が進んだ自民党に対して、今度は民主党が「寛容なる保守」と「なんちゃって左翼」の合同体と呼べる「小沢・鳩山路線」を掲げて政権奪取に成功する。だが、様々な理由からわずか半年で瓦解し、菅・野田路線に転向した。菅・野田路線は、TPP、消費増税、法人減税、集団的自衛権など、むしろ自民党の政策を先取りするものだった。当時の執行部は、右派票の取り込みを目論んだわけだが、現実には「いや、それなら自民党でいいじゃん」となって2012年の選挙で安倍・自民党に圧勝を許すところとなった。
その自民党は「右に寄りかかってきた」菅・野田路線への対抗上、「さらに右」を目指すところとなり、「寛容なる保守」の後継者である谷垣氏を総裁から引きずり下ろして、「ハード路線」の安倍氏を据え、権威主義体制をもって選挙に臨んでいる。この点で言うと、「後世の歴史家視点」ではあるが、民主党の菅・野田路線が自民党を「さらに右」へと追いやり、権威主義の復活に寄与してしまったと言える。

【参考】慚愧に堪えず(2010.11.12) 

安倍・自民党が吉田路線を否定して岸路線を突き進んだ結果、権威主義的体質も強化され、それとともに歴史修正主義が強まって、戦前・戦中の帝政や戦争を美化する傾向が強まっている。経済成長と社会保障によって支配の正統性を担保してきた自民党は、この2つの旗印を失いつつあり、新たな統治根拠として国家主義・権威主義に切り替えているためだ。岸信介は、少なくとも社会保障を推進したが、安倍氏は財政上の理由からこれを切り捨てざるを得ない状態にあり、その不満を愛国主義と対外戦争によって緩和・解消する方向で進めている。日本の貧困化(階層化)が進み、社会保障が切り下げられ、国民の不満が高まれば高まるほど、さらに「愛国教育」と国旗国歌の強制が進んでいく構図だ。
具体的には、対中脅威論と対テロ戦争参加を掲げ、「戦時体制」を理由に市民の自由と人権を制限、その不満を戦争と国家主義への熱狂によって解消するという構想だろう。戦前史を見た場合、1930年代に吹き荒れたテロルの嵐は、1937年の日華事変発生とともにピタリと止まり、同時に合法社会主義者、自由主義者、反戦運動家への弾圧が進められた。

安倍・自民党やその支持層の恐ろしいところは、戦前の帝政・権威主義・ミリタリズムを肯定し、その侵略性、暴力性、違法性を否定する同じ口で、現在の民主主義を否定し、暴力行使の拡大を唱えている点にある。喩えるなら、婦女暴行と連続殺人を犯した重大犯が、恩赦で出獄してきたところ、自らの犯罪性を否定、「正当防衛」などと言い張って、またぞろ拳銃やら日本刀を見せびらかしながら歩いているようなものだろう。この場合、仮に護身用ナイフの携帯が許されるとしても、それは過去の犯罪に対する深い反省が前提となるはずであり、自らの犯罪性を裁判官のせいにしているものが勝手に武装して歩いていれば、近隣住民が怯えるのは当然のことだ。
戦後の日本は、天皇制を始めとする権威主義を一部温存する代償として軍備を放棄したはずだが、いつの間にか再軍備だけ果たして、今度は不徹底に終わった民主化の殻を脱ぎ捨てて権威主義体制へと向かいつつある。
日本を占領支配したGHQは、日本の軍閥勢力を過剰評価していたことと、民主化が十分に進む前に米ソ対立が先鋭化したことがあって、急速に天皇制を中心とする権威主義の一部温存を容認、現行憲法の成立と公職追放の早期解除に進んでいった。東西対立の中で、日本を西側陣営の一員として迎え、極東の防波堤となすことは、アメリカにとって急務だった。また、最も大きい賠償請求権を有していたと考えられる中国は、国民党と共産党が激しい内戦を戦っており、国民党としては内戦を有利に戦うためにも米国の戦略に応じて、「軍部悪玉論」に賛同、「日本国民は無罪」として賠償請求権を放棄した。
(中略)
「軍部は悪くない、オレたちも悪くない」「帝政は戦後民主主義よりも優れている」「悪いことしてないんだから賠償なんかしない」「再軍備して海外派兵もビシビシやるぜ」「中国人は騒ぎすぎ」「ロシア人は領土よこせ」「韓国人は黙ってろ」などという主張が、本当に国際社会に通用すると思っているのだろうか。
周りの人間が全員狂ってしまうと、人は「ひょっとして狂っているのは自分の方なのではないか」と考え出す傾向にあるというが、今の日本はまさにそこに近づきつつあるのだろう。
分かりやすい歴史解釈のために:日本の戦後処理について

私個人は、「日米安保を肯定する限り、集団的自衛権も安保法制も完全に否定することは出来ない(でもやめて、東アジアの集団安全保障体制を模索した方が良い)」という立場に立っている。しかし、現在の自民党と右派が突き進んでいるのは、戦前の「(ナチス・ドイツの)バスに乗り遅れるな」と同じ過ちとしか思えない。
posted by ケン at 11:50| Comment(4) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
中道というのは左翼がある程度強いから存在意義があるわけで、今のように左翼が壊滅状態になったら中道の存在が困難になるのは当然ですね。鉄鋼労連委員長の宮田義二氏は「熱帯魚を運ぶときに熱帯魚が緊張感を持つようにピラニアを入れる。左翼とは我々にとってのピラニアのようなものであり、必要である」と述べたそうで、昔の中道主義者(宮田氏は左翼からは右翼呼ばわりされましたが)は左翼の意義の存在を知っていました。宮田氏は鉄鋼労連が民社党系なのになぜ同盟ではなく総評に入っているのかと聞かれて「同盟に入ったら(同盟傘下の組合は民社支持なのだから)我々の存在感が薄くなるだろうが」と答えたとか。このような宮田氏すら仲間に引き入れられず右翼呼ばわりして自民側に走らせた狭量さが日本左翼の原因の一つのような気がします。
 今の日本の右傾化はまともに選挙活動出来る団体が日本会議ぐらいしか残っていないというのが原因だと思います。日本の左翼は問題が起こったときに騒ぐだけで選挙活動に不熱心なのでなかなか勢力を伸ばせないような気がします。
 ところで連合は民主という言葉を残さなかったことに反発して民進党支持を運動方針から削除しましたが、最後に残った選挙が出来る組織である労組を切って民進党はどうやって選挙をするつもりなのでしょう。
Posted by hanamaru at 2016年03月28日 13:39
東アジアの集団安全保障体制
大国の撤退による力の空白時に何が起こるかという歴史の多数の事例によると
一国による覇権の追及や、各国間の軍拡競争(現代では核兵器も含まれます)を引き起こし
その過程で我が国にも(米の歯止めが無いため)よりグロテスクな権威主義国家(左右は問いません)が誕生する恐れが高いと愚考します
そもそも現在の野党勢力に自公以上の中韓台北諸国との交渉パイプがあるのですか?
Posted by 一読者 at 2016年03月28日 22:54
歴史認識や権威主義に重きを置き過ぎた分析と思います。
安倍一強の背景は、安倍以外の谷垣石破岡田枝野らの政党幹部が、財務省の消費増税原理主義と日銀の円高路線に追従するだけの見識しか持てないことが主因でしょう。戦前を過度に美化する風潮も問題ですが、韓国や中国が歴史認識を外交カードとして多用し続けているのも現実です。残念ながらこのような外交戦における対抗策を曲がりなりにも考えてきたのは復古主義者だけであり、日本の左派勢力は相手に迎合する以外の方策を考えようともしません。
民進党は参院選で大敗して岡田枝野が退陣し、非自民勢力はそこから再建を始めるしかないように思います。
Posted by 犬公方 at 2016年03月29日 06:39
hanamaruさん、
ピラニアの話はどこかで聞いたことがありますが、てっきり共産党のことだとばかり思っていました。ポーランドなんて左翼政党そのものが無くなってしまいましたからね。日本の左翼や市民運動は、要求ばかりで選挙を手伝ってくれるわけでも無いので、国会議員の側としては捨て置いて良い存在でしかありません。連合については、今ごろ岡田代表らが泣きついている頃だと思いますよ。組合員の票すら満足に出せない連合も連合なんですけどね。

一読者さん、
私は米国がアジアから手を引くのは時間の問題だと考えています。それだけに「次」を模索しておくのが妥当であり、その選択肢は単独で中国に対抗するか、「中国と寝る」の二つしかありません。前者はまさに昭和の悪夢ですから、問題は「いかに中国と寝るか」でしかないと思うわけです。旧民主党には社会党の流れを汲む人がいて、意外と中共とのパイプがあるんですよ。それもおおよそ今季限りで皆引退してしまいそうですが。

犬公方さん、
本稿は歴史と権威主義からの分析であり、私もそれが全てであるとは思っていません。日本の旧式左翼が、平和憲法と平和主義に安住してロクに安全保障政策を掲げてこなかったことは、本ブログでも何度も批判しています。次の参院選挙で民進党は敗北、衆院選もせいぜい現状維持
でしょうが、では「岡田の次」となると非常に心許ないものがあります。
Posted by ケン at 2016年03月29日 13:25
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