2016年04月22日

自由民主主義の終焉

現状、私の周囲には「リベラル派の結集を」とか「デモクラシーを守れ」的な主張をする人が多いわけだが、果たしてリベラリズムとデモクラシーは我々が直面する経済的課題を解決するのか、という根源的疑問がある。貧困が加速している背景には、自由経済と自由貿易があるわけで、同時に貧困層の増大がデモクラシーへの不信を強めている。にもかかわらず、「自由と民主主義を守れ」と主張してみたところで、支持が広がらないのは当然なのではないか。
例えば、ロバート・スキデルスキー師は、「二十世紀の経験は、経済的繁栄はリベラルな民主主義に依存しないが、リベラルな民主主義は、経済的繁栄が欠けている場合、危機に陥る、ということを示している」と述べておられる。米欧日で起きているのは、まさにこれなのだろうと考えられる。

デモクラシーは主権者間の平等に、権力の正統性を置いているが、経済格差が深刻化し、平等性が侵害されている今日、その正統性が揺らいでいると見て良い。
近代国家の命題は、例外なく工業化(経済成長)にあり、それは権威主義国家であれ、民主主義国家であれ同じだった。だが、いざ工業化が実現すると、国家は命題を失うと同時に権力の正統性が危機を迎えた。この危機に際し、西側は消費社会とグローバル化で乗り越えるが、ソ連・東欧ブロックは産業構造のシフトに失敗、権威主義国家の権力源泉である権威そのものが国民の信頼を失って瓦解していった。
他方、西側は産業構造のシフトに成功したものの、今度はグローバル化と激しい自由競争にさらされる中で、経済格差と貧困が進行、民主主義国家の権力源泉である平等性を喪失しつつある。そして、平等性の喪失に対して、現行の政党や議会がほぼ無力であることが、デモクラシーへの不信となり、権威主義や排外主義への支持の源泉となっている。

基本的には、市場を自由化すれば自由化するほど、グローバル化すればグローバル化するほど、市場内の競争が激化すると同時に、比較劣位にある産業が危機にさらされやすくなって、生活者の経済基盤が不安定になる構図になっている。だが、西側を支配するエリート層は、自由経済の恩恵を受けることが最も大きい層であるがために、これを是正するインセンティブが全く無い。
具体的には、日本の政党のTPPに対する態度を考えれば分かりやすい。自由貿易を促進するTPPは、確実に貧困と経済格差を大きく拡大させる。自民党は、TPPに反対することで貧困層の支持を得て政権奪回を果たしたが、その主張をあっけなく翻して推進役に回ってしまった。一方、民主党はといえば、鳩山政権は一切触れることが無かったにもかかわらず、官僚統制下にあった菅政権が成立すると、途端にTPP推進を打ち出した。そして、今日でも色々野党として文句はつけているが、「TPP推進」のスタンス自体は撤回していない。結果、日本の国会議員の9割以上が「TPP賛成」になっているが、この状況を生み出したのが「議会制民主主義」であるだけに、デモクラシーに対する不信は今後ますます加速して行くものと見られる。

少し視点を変えてみよう。ソ連・東欧ブロックが崩壊したのは、統制経済と権威主義を同時に二つとも破棄・転換しようとして制御不能に陥ったことが大きい。これに対して、中国とベトナムは統制経済のみ放棄することで危機を乗り越えた。今のロシアでゴルバチョフ氏の評価が恐ろしいほど低いのは、ここにも一因がある。そして、今度は、西側ブロックが、自由経済と民主主義の二つを同時に維持するのが困難な状況に陥っていると考えられる。
米国大統領選挙を見た場合、自由経済と民主主義という従来路線の筆頭にヒラリー氏がいて、そのアンチテーゼとして、自由経済に否定的なサンダース氏と、共和党側にデモクラシーに否定的なトランプ氏がいる構図で、対立軸と選択肢がある。ヒラリー氏が苦戦している背景には、「従来の自由民主主義路線では、現状の諸課題は何も解決できないのでは?」という不信があるからだろう。言うなれば、ヒラリー氏の主張は、1985年のソ連で「ペレストロイカなど必要ない」という共産党保守派のそれなのだ。

今の日本を見た場合、自民党と霞ヶ関は、自由経済を維持しつつ、民主主義を否定して権威主義化することで、社会保障を切り捨てて危機を乗り越えようという選択肢を示している(明言しないところがタチが悪い)。これに対して野党は、「自由と民主主義を守れ!」で合同・協力を図ろうとしているわけだが、これは米国のヒラリー氏やソ連共産党保守派の主張と同じ文脈のものでしかなく、現状の諸課題への対応策にはなり得ない。一定の既得権益層には訴求力があるとしても、既得権益から外れた貧困層には「エリートのボヤキ」程度にしか聞こえないだろう。こうした状況は、歴史的に見た場合、昭和期の社会主義政党の中で「反戦平和」を訴えた日本無産党が支持を得ず、「広義国防」を訴えた社会大衆党が競争に勝ったケースが傍証となる。

現代の広義国防派? 

そう考えると、民主主義の破棄を進める自民党・霞ヶ関への対案は、「自由と民主主義を守れ」ではなく、「自由経済・自由貿易の否定」から「統制経済の部分的導入による社会保障制度の維持」という主張になることがイメージされる。だが、貧困が急速に進んだ場合、デモクラシーそのものが支持されず、機能不全に陥る可能性が高く、その場合、国家社会主義路線の復活を考慮する必要がある。私も5年後や10年後には、国家社会主義者に変身しているかもしれない。かつての浅沼先輩のように(爆)

なお、以上はあくまでも思考実験の段階に過ぎず、是非とも同志諸兄と良く検討して、理論武装を進めたいので、ご協力のほどお願い申し上げます。
posted by ケン at 12:17| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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