2016年08月24日

日本人は戦争を選択したのか?

【安保法、7割が「理解進まず」=「危険高まった」も過半数−時事世論調査】
時事通信の8月の世論調査で、昨年9月に成立した安全保障関連法の内容について理解が進んだか尋ねたところ、「進んだとは思わない」と答えた人が76.0%に上った。また、同法成立により、日本が海外の紛争に巻き込まれる危険が「高まったと思う」との回答は55.9%だった。同法に対する国民の理解が進まず、懸念が根強い実態が浮き彫りとなった。安保法への理解が「進んだと思う」との回答は全体で9.0%にとどまった。自民党支持層に限っても、理解が「進んだと思う」は15.1%で、「進んだとは思わない」が68・6%と大きく上回った。安倍政権は安保法により「抑止力が高まった」と強調しているが、調査では、海外の紛争に巻き込まれる危険について「高まったとは思わない」と答えたのは27.1%だった。自民党支持層でも「危険が高まったと思う」が46.2%で、「高まったとは思わない」の39.1%を上回った。
 調査は4〜7日、全国の成年男女2000人を対象に実施し、有効回収率は64.3%。
(8月12日、時事通信)

代議制民主主義は、主権者が政策決定を政治家に委任し、委託された政治家が有権者に説明責任を果たすことで成り立っている。だが、安保関連法や、その前の特定秘密保護法では、立法事実や根拠が曖昧なまま、法律の必要性や運用方法についても明快な答弁がなされることなく、成立させてしまった。
有権者から主権を委託された政治家が、政策決定や立法について十分な説明を行わないことは、代議制民主主義の存在意義を脅かしていることになるが、当の政治家たちは認識しておらず、このこと自体がデモクラシーを危機へと導いている。

安保法制をめぐる問題点については、少なくとも本ブログ上では十分に説明していると自負しているが、ここは簡単に繰り返しておきたい。
問題はアメリカの国力と国際的影響力が減退する中で、東太平洋における「対中封じ込め政策」がいつまで機能し、採択され続けるか、である。現時点ではまだパワーバランスが米国寄りで成り立っているものの、米国の優位が保持されるのは時間の問題であり、このバランスが中国に傾けば傾くほど、日米同盟でアメリカが背負うリスクとコストが大きくなってくることになる。

アメリカには、すでに海外に巨大な軍隊を駐留させるほどの国力がなく、日本の防衛は日本が自分で賄うように促してきたが、日本側はこれを「見捨てられ」と解釈して「中国の脅威」と「日米同盟の強化」を謳うようになっていった。
ここで言う「同盟強化」とは、米国側が負っているリスクとコストを日本側が一部肩代わりするというもので、具体的には米軍が世界各地で行っている軍事行動の一部を自衛隊が担うことであり、これを総括して「集団的自衛権の行使容認」と説明されるはずだったが、安倍政権が小細工を弄してとってつけたような説明に終始した結果が、この世論調査に反映されている。
例えば、安保法制の審議に際して、政府・自民党は以下のような答弁に終始した。

「今回容認される集団的自衛権は、(個別)自衛のためのものであって国際法上の集団的自衛権とは別物」

「本法成立で自衛隊員のリスクが増えることはない」

「敵が攻めてきたら自衛隊はすぐに待避するから戦闘にはならない」

「一般的な武力行使はしないが、機雷掃海は例外」

「他国の戦争に巻き込まれることはあり得ない」


などの説明がなされたものの、どれも「そんなワケねぇだろ!」と野党に一括され、より具体的な説明が求められたにもかかわらず、ロボットのように同じ答弁を繰り返すため、ますます反発を強め、審議を迷走させてしまった。

現実には、1999年にアメリカを中心とするNATO軍が、国連安保理におけるロシアの拒否権発動を無視して空爆を強行、2003年には同じくアメリカを中心とする有志連合が、国連安保理の決議を待たずに(否決されそうだったため)イラクに侵攻したことに象徴されるように、武力行使のハードルはむしろ冷戦期よりも低下していると見られ、それだけに「米国との同盟強化」は自衛隊の参戦機会を増やすことはあっても、減らすことは決して無い。結果、「(安保法成立により)他国の戦争に巻き込まれることはあり得ない」という政府答弁は、全く現実性に欠けるもので、主権者に対する説明責任を果たしているとは言えないものになっている。
90年代以降の国際情勢の変化の中で、日本は日米同盟を主軸とした「力による大陸封鎖」路線と、国連協力とアジア協調を主とした「新たな集団安全保障体制の構築」(非対称封じ込め)の二つの選択肢が遡上に上がったものの、90年代半ばには外務省から国連中心主義派がパージされて前者に大きく傾いていった。
「日米同盟堅持」路線は、政策転換にかかるコストが掛からない代わりに、「同盟を維持するコスト」が高まっており、日本(霞ヶ関と自民党)としては同盟コストを支払うために「米国の世界覇権維持に対する協力強化」という選択肢を採ったと考えられる。
この一連の考え方は、私自身は首肯し得ないものの、政策判断としては十分な合理性を備えており、理解は出来る。例えば、

「中国の脅威がかつてなく増大しているが、対抗すべき基軸となる米国はアジア関与を弱めている」

「中国の脅威に対しては、アメリカと連携してこれを封じ込める必要がある」

「だが、米国は衰退傾向にあり、日本はそれを補うだけの軍事的貢献をしなければ、アメリカはアジアから手を引くだろう」

「東アジアの軍事バランスを維持するためには、日米同盟をより強化する必要があるが、アジアから退場しようとしているアメリカを繋ぎ止めておくためには、日本が全世界で積極的にアメリカの軍事行動を支援しなければならない」

という論理で首尾一貫主張していれば、維新や民主のような自民党の補完政党は反論の術を失い、ここまで図に乗ることはなかったものと思われる。維新にしても民主にしても、安全保障政策の基本を「日米同盟基軸」としている以上、対中国戦略として「力による大陸封鎖」路線しか選択し得ないからだ。
自民党は本音で安保を語るべき

同時に議会制民主主義という点では、野党がお粗末だった。
民主党内は超大ざっぱに言って、右派と中間派と左派に3分しており、右派は集団的自衛権行使を容認、左派は反対、中間派は「野党だから反対」という感じで、もし民主党が政権にあったとしたら中間派が賛成に回り、党は「行使容認」を決めたであろう。
その意味で、民主党に期待を寄せる方には申し訳ないが、民主党は「野党だから」反対しているだけで、その内実は非常に無責任かつ無分別だと言わざるを得ない。
繰り返しになるが、「日米同盟は維持します。でも集団的自衛権は認めません、個別的自衛権で対処します。今まで通りの国際貢献は続けますから問題ありません」という民主党の主張は、仮に政権を再奪取したところで早々に米国からクレームが付けられて、鳩山氏が基地移転を撤回したのと同様の大恥をかくことになるだろう。
集団的自衛権行使や海外派兵を本気で回避したいのであれば、NK党か社民党に投票するほか無いと思われるが、NK党の場合は「右翼権威主義を忌避するために左翼全体主義を選ぶ」という選択肢に他ならないし、社民党はすでに政党として機能しているとは言えない状態にあり、これも選択肢になり得ない。党員組織を基盤とする民主的左翼政党の設立は、我々にとって常に大きな課題である。
安保法制衆院通過を受けて雑感

結局のところ、国民は十分な説明を受けぬまま、日本の「参戦」を迎えることになるだろう。だが、徴兵制が敷かれるわけではないため、「カネで雇われた自衛隊がどこか遠くで戦っているみたい」との認識から抜け出せず、政府による情報統制もあって、「本土テロ」でも起きない限り、戦争を実感することは無さそうだ。
だが、昭和の歴史が示しているのは、日支事変・日中戦争の勃発が議会と政党政治に終止符を打ったという事実であり、そこは改めて強調しておきたい。

【参考】
・昭和史再学習A 

【追記】
戦後の造語ではあるが、「大正デモクラシー」の原点は、日露戦争のポーツマス講和条約の内容に反発して起きた日比谷事件などの一連の暴動に起因するという説がある。これは、当時の政治家が十分な説明責任を果たさず、虚偽の戦果報告を行い、条約の締結過程を秘匿したことに対し、有権者が不満を表明したことに始まった。もちろん当時の日本は民主主義体制ではなかったものの、代議制議会が設置されて間もない時機であり、市民が「委任と説明責任」の相互関係を自覚する端緒となった。
posted by ケン at 12:23| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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