2016年08月29日

国家から見た五輪開催の意義

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NHKの朝のニュースが「五輪開催のメリット」を解説している。
それによると、

@ 国威発揚
A 国際的存在感
B 経済効果
C 都市開発
D スポーツ文化の定着


とのこと。まさに1940年の「幻の東京五輪」と全く同じ「民族の祭典」の発想であることが分かる。国威発揚を目指す国家と、資本の独占を目論む企業群の融合だ。そこには、市民の生活や個人の生き方と調和させて、人間の尊厳と平和な社会を創造してゆこうというオリンピズムの精神は微塵も感じられない。

五輪憲章はオリンピズムを以下のように説明している。
A.オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。
B.オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し、スポーツを人類の調和の取れた発展に役立てることにある。
C.オリンピック・ムーブメントは、オリンピズムの価値に鼓舞された個人と団体による、協調の取れた組織的、普遍的、恒久的活動である。
D.スポーツをすることは人権の1つである。
E.スポーツ団体はオリンピック・ムーブメントにおいて、スポーツが社会の枠組みの中で営まれることを理解し、自律の権利と義務を持つ。
F.このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない。
G.オリンピック・ムーブメントの一員となるには、オリンピック憲章の遵守およびIOC による承認が必要である。

つまり、五輪憲章を遵守する意思のない日本国や東京都には、そもそも五輪運動の一員たる資格が無いのである。
東京五輪はいますぐに開催権を返上すべきである。

なお、ケン先生は五輪廃止論者である。

【追記】
2020年の東京五輪に向けて建設ラッシュが進んでいるが、他方で1964年の東京五輪時に建設したインフラ群が耐用年数を超え、更新が進まずに急激に老朽化率が上がっている。数年前に起きた御徒町駅の大陥没事故や中央道トンネルの崩落事故はその象徴と言える。東京の場合、下水化率100%と巨大な首都高が徒となっているわけだが、その更新がどうなっているのか、五輪開催で予想される2兆円からの赤字問題も含めて地元都議に説明要求しているが、なしのつぶて。やはりミンチン党など要らないのではないかと思ってしまう。
posted by ケン at 12:54| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
国威発揚とか、今の日本に不要ですね。日本はオリンピックができて当たり前で、むしろ失敗のリスクを抱えるだけです。

経済効果は、結局、都民と国民の税金が、土建屋と政治家と広告代理店に流れるだけという。

スポーツ文化を最後に持っていくのが清々しくて笑えます。

パラリンピックはかなり価値があると思いますが、列挙されてない。

まあしかし、そういうとどこでもオリンピックやれないような。

廃止もつまんないですし、ゴミ収集所の掃除当番のイメージで、先進国持ち回りのお祭り負担ということでいいのでは。
今後はやりたい国が他にあればやらせる方向で。
Posted by taka at 2016年08月29日 14:28
開催の条件としては、「必ず自前で収支バランスをとること」ですね。税金を大量に投入するからこそ、巨大な腐敗と不正が跋扈するんですから。
Posted by ケン at 2016年08月30日 12:33
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