2016年09月08日

蓮舫氏国籍問題の諸相

【蓮舫氏「二重国籍」疑惑 「台湾籍も放棄している」と強調も、父親は台湾籍のまま 疑惑さらに深まる】
 民進党代表選(15日投開票)に出馬した蓮舫代表代行は7日、産経新聞などとのインタビューで、17歳だった昭和60年1月に「台湾籍を放棄した」と述べ、日本国籍とのいわゆる「二重国籍」ではないとの認識を改めて示した。台湾の「国籍法」で満20歳以上しか台湾籍の喪失手続きができないことについては「未成年の場合には父か母、両親と手続きを行うとなっている」と述べ、台湾法との整合性もあると主張した。
 ただ、蓮舫氏の国籍手続きを行った父親は台湾籍を離脱していないことも明らかにし、「二重国籍」疑惑はさらに深まっている。蓮舫氏はインタビューで、昭和60年1月21日に日本国籍を取得した時点で「すでに台湾の籍は抜いたと、日本の法律ではなっていた。その時点で、すでに私の手続きは終わって日本人だと思っている」と説明した。
 首相を目指す立場となる野党第一党の代表としての資質を問われると、「生まれ育った日本に誇りを持っているし、愛している。その部分では国籍法に基づいて正式な手続きで、日本人になった。台湾籍も放棄している。ここに尽きる」と強調した。
(9月7日、産経新聞)

重国籍問題について整理したい。
父系血統主義だった国籍法が改正されたのを受けて、母親が日本人だった蓮舫女史は日本国籍を取得。当時17歳だった彼女は、22歳までに他国籍を放棄する義務があるが、これは努力義務になっている。同時に戸籍法は104条で「国籍選択届」の提出を義務づけており、ここで他国籍の放棄を宣言することになっている。女史に違法性が認められるとすれば、国籍選択届の提出に際し、他国籍の放棄について虚偽があった点だろうが(虚偽公文書作成等罪)、彼女は当時未成年で、届出を出すのは親の責任。しかも、これを立件するためには、他国籍が放棄されたか確認する必要があるが、現実的には日本の警察はその能力を持たない。
また、公職選挙法は、重国籍者を公職などから排除する規定を設けておらず、仮に重国籍のまま蓮舫氏が国会議員や大臣を務めたとしても、法的責任は問えない。
今回の件の場合、蓮舫氏は恐らく親の判断で台湾籍が残されたままになっており、それが故に今になって「国籍離脱手続き」を行っていると思われるが、これは「違法状態だが、法的責任までは問えない」状態と判断される。

なお、日本は中華民国を国家認定していないので、民国籍は便宜上「中華人民共和国籍」と見なされるが、中国の国籍法は他国籍を取得した場合、自動的に国籍を消失すると規定しているため、この点でも問題は無い。

問題は、国籍問題を抱えながら、それを自覚せずに国会議員はおろか、大臣までやり、マスゴミに指摘されるとパニックに陥り、「二重国籍では無い」「生まれたときから日本人」などと言ってしまった上、国籍離脱の再手続きに入ってしまった彼女のリスクヘッジにある。
批判に対しては、単純に「法的問題は無い」と突っぱねれば良かっただけの話で、一歩間違えれば民族差別になりかねない本件は、敵としても攻撃が難しい難所で、今以上に深く追及できないから、放置しておくのがベターだったはずだ。
もっとも某女性誌のインタビューで「台湾国籍」と述べてしまっていることを、編集者の責にしていることはいただけない。ゲラを校正する義務は彼女にあったはずだからだ。

今回の代表選については、党員や自治体議員はすでに投票を終えており、残すは国会議員だけな上、むしろ本件で攻撃した方が票を減らすだけに、大きな影響は出ないと見られるが、今後もネチネチと攻撃されそうなことを考えると、あのリスク管理能力で代表の座が務まるのか、疑問を禁じ得ない。仮に彼女が衆議院に鞍替えした場合、総選挙のたびに右翼に怪文書をバラ巻かれることになるだろう。
また、右派からの攻撃を受けて、蓮舫氏がアイデンティティ危機に陥り、「日本人らしく」見せようと右傾化・権威主義化を強める可能性が高い。すでに彼女は「野田元総理ばりの保守」と自己を規定しているが、さらに右傾化しそうだ。
これは、転向者によく見られる傾向で、元共産党員の右翼ほど左翼に対して攻撃的だったり、「豊臣恩顧」の大名ほど必死になって徳川に忠誠を尽くすのは、同じ精神から説明される。つまり、「元台湾人」と言われるほど、彼女は「日本人であることを証明しなければならない」という妄執に囚われるのだ。

ちなみに戦前の国籍法は、何重ものスタンダードを抱えていて、例えば朝鮮半島で施行されなかった一方、台湾では施行されて、台湾人は日本人としてアジア諸国で特権を享受できた。だが、同じ台湾でも先住民には日本国籍が与えられなかった。そして、日華平和条約の発効とともに台湾人は日本国籍を失う。帝国を肯定するなら、この責任も自覚すべきだろう。

【参考】
『戸籍と国籍の近現代史−民族・血統・日本人』 遠藤正敬 明石書店(2013)
posted by ケン at 12:00| Comment(7) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 歴史の古い雑誌や新聞(特に新聞)の場合は、インタビューの後、本人に内容をチェックさせないところもあるので、蓮舫氏がチェックを怠ったと断じるのは早計だと思います。
 不思議なのは、日本の右翼はこれまでさんざん台湾を親日国と持ち上げていたのに、日本と台湾の二重国籍をなぜ問題にするのかということです。大日本帝国の戸籍の取り扱いもそうですが、所詮はダブルスタンダード(白洲次郎流に言うと、プリンシプルがない)ということでしょうか。
 野田派の価値観保守・経済新自由主義というのは、良い方向に転べば、やたらとくだらない規制をしたがる官僚に対するけん制になり得ます。事業仕分けとか東京都の青少年条例反対とか、これまでは蓮舫氏の野田派的体質が良い方向に向かっていたと思うのですが、価値観保守のほうが出るとただでさえ少なくなった支持者がさらに減ると思います。最近の左翼の堕落が著しく、「マイノリティー救済のためなら、民主主義の原則や人権を踏みにじってもかまわない」みたいなスタンスになっている人が多いので、もともと左翼的だった私自身は最近では野田派のノリも悪くはないかなと思っています。(ただ、野田氏の弱者に対する酷薄さとか底の浅さは今でも好きになれません)
Posted by hanamaru at 2016年09月08日 12:39
なるほど。とはいえ、「編集者のせいだ」と言ってしまうのは、ダメだと思います。
実際には台湾との重国籍批判はさほど広がらないかもしれません。右の中にも異論が出るでしょう。

官僚主義・権威主義に対抗する保守自由主義でいてくれれば良いのですが、かなり心配です。
Posted by ケン at 2016年09月08日 13:15
レンホー氏を支持するものではないが、彼女になんら違法性はないです。父親が台湾人で母親が日本人であるレンホー氏は、出生時は台湾籍、1984年の国籍法改正で、日本と台湾の二重国籍になりました。国籍法は、このように自分の意思ではなく二重国籍になってしまった場合は、国籍選択を義務付けています。
選択の方法は、
実際に外国籍を離脱してその旨を日本の役所に届け出る。
または
日本の役所(国外では大使館、国内では市区町村役場)で、「日本国籍を選択し、外国籍を放棄する」という宣言書を提出する。
いずれか一方です。レンホー氏は、後者の手続きを、日本国籍を得てすぐに行っているようです。
いうまでもなく、日本の役所に外国籍を放棄します、という宣言書を出したところで、本当に外国籍が消えるわけではありません。国籍を与えたり奪ったりするのは、その国の政府であって、日本政府じゃないのだから。
しかし、この宣言を行えば、本当に外国籍がなくなったか否かにかかわらず、日本の国内法上、日本国籍しかない人とみなすよ、というのが国籍法の規定です。だから、レンホー氏は、日本の国籍法上は、この時に「外国籍を放棄した」のです。
もっとも、国籍法は国籍選択をした人に対して、事後的に本当に外国製を離脱するよう求めてはいます。が、これは努力義務であって、義務規定ではないので、これに「違反」というのはおかしい。日本国憲法に国民の勤労の義務が規定されているからといって、無職の人間に「お前は憲法に違反している」というくらいにおかしい。

と、いうことを、レンホーしが説明できればよかったんでしょうけどね。
Posted by 旧式左翼くずれ at 2016年09月09日 08:06
追記です
法務省のサイトのフローチャート

http://www.moj.go.jp/MINJI/minji78.html#01

国籍選択の宣言をすれば「選択義務は履行したことになる」
そのさきの外国籍の離脱は「努力」としか書かれていません。法務省は明白に、その手前までしか義務ではないと言っています。
Posted by 旧式左翼くずれ at 2016年09月09日 13:02
蓮舫氏は、単に突っぱねれば良かっただけなのです。
台湾の蔡総統は、同性愛者かと聞かれて、「その質問自体が多様性を否定する愚問であり、答える必要は全く無い」と応じたそうですが、これですよ。

ただ、政治家として「努力義務だから別にやらなくていいんです」と言うのは不適切だと思います。
Posted by ケン at 2016年09月09日 13:20
確かに、表現のしたかに工夫は必要でしょう。「努力義務だから別にやらなくていいんです」という、そのものズバリの言い方ではよろしくないかもしれません。だけど、実際問題、いかなる法令にも違反していないことは明白です。
多分、「単純に法的問題は無いと突っぱねれば良かった」という、そのとおりなのでしょう。

実際問題、法令の期待することを完全に履行できなかったから政治家不適格だということになったら、誰も政治家をやる資格のある人間はいなくなりますね。
「誰某は赤信号で横断歩道を渡った、駐車違反を犯した、20kmのスピード違反を犯した、ホームレスだった(「こじき」は、軽犯罪法違反です)・・・・・・・・」いくらでも違法行為で揚げ足を取って政治家不適格のレッテルを貼ることができてしまいます。それに対して、「みんな駐車違反くらいやったことがあるだろ、政治家だけが何でやっちゃいけない」という言い方は、確かによろしくはないですが、でも、本質的にはそんなこと、どうでもいいじゃないか、ということに尽きます。

※レンホー氏がそれ以外の部分で政治家不適格なのかどうかは、私は関知するところではありません。
しかし、要するにこの騒ぎは最近流行の排外主義の発露の一つなのです。レンホー氏の政治家としての資質がどうこうというレベルの問題ではない。まるで二重国籍であることが犯罪であるかのような言説は、レンホー氏個人ではなく、二重国籍を持つ推定50万人以上といわれる人々すべてに対する差別に他なりません。
そして、民族差別だろうがなんだろうが、平気でやる人間がネット上にごろごろいるのが現状ですから、そういう連中はいくらでも深く追求するでしょう。国会議員でも、政治家の二重国籍禁止法案を提案するなどと滅茶苦茶なことを言い始めた輩がいるではないですか。さすがに今はそんな法案は国会に提案もできないだろうけど、10年後は果たしてどうでしょう。
Posted by 旧式左翼崩れ at 2016年09月09日 23:30
政治家の不法行為や不道徳について、政治家としての適否を判断するのは、あくまで有権者であり、政治家自身が「俺は大したことはやっていない、みんなやってることじゃないか」と言い出したら、モラルハザードを大きくするだけで何も良いことはないと考えます。代議制民主主義において、政治家は有権者の主権を委託されて代行する立場にあり、高い倫理観が求められます。そうでないと、腐敗の温床になるからです。
例えば、酒を飲もうとしている未成年者を目の前にして、「駄目じゃないか」と言える人と、「まぁみんなやってることだから」とスルーする人とどちらが相応しいか、ということです。
だから、私は議員になろうなんて思わないのですが。

重国籍禁止法なんて、つくろうとしても他国の国籍を持っているかどうか確認するすべがないので、まず成立しないでしょう。
そもそもグローバル化だの、他国の優秀な人材を招聘して、とか言う一方で、重国籍を禁じているわけですから、本音が透けて見えるというものです。
とはいえ、全体としては貧困化が進む中で、今後さらに内向化が進み、差別と暴力が蔓延してゆくものと思われます。
Posted by ケン at 2016年09月10日 20:06
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