2016年09月09日

マルキシズムは今も有効か

たまたま同席した政治関係者の飲み会で、「マルキシズムは現代でも有効なイデオロギーたり得るか」という話が上がった。私は同席していただけなのだが、「ソ連帰り」や「左翼」であることを知っている人がおり、「どう思います?」と話を振られてしまった。私は、自分の政治的スタンスを誇示するつもりはないが、隠すつもりもないので、そのまま思うところを述べてみた。

マルキシズムというのは、要は資本主義が発展・爛熟すると、資本の集中が進むと同時に労働者に対する搾取が激化する。だが、ブルジョワ民主主義は資本に奉仕する一方、労働者は搾取され疎外されているという自覚が無いため、富の独占と貧困はさらに加速してゆく。労働者が、資本家の奴隷状態から解放されて真の自由を得るためには、自らが権力を奪取し、その資本と生産手段を社会的に共有する必要がある。その先に初めて、階級対立の無い、自由で自立した人々が協同して生活する社会が成立しうる、という考え方である。

現状の欧米や日本を考えれば、まさにマルクスの主張が正しかった、あるいは正しいと思われる状況が現出していることが分かる。少し長くなるが、過去ログを引用したい。
「格差」を見る場合、個人的には所得よりも保有資産を重視すべきだと考えている。例えば、貯蓄ゼロ世帯の割合を見た場合、2000年には12.4%だったものが、2014年には38.9%へと3倍以上に増えている。ところが、2014年「家計の金融行動に関する世論調査」見ると、2人以上世帯の平均貯蓄額は1182万円と前年比81万円増で過去最高を記録している。これも、金融資産を保有している世帯だけに限ると、中央値は500万円で前年と変わらない数値になっている。
さらに続けると、金融資産を保有している世帯において、金融資産残高が1年前と比較して「増えた」と回答した割合は41.3%、逆に「減少した」と回答した割合は24.5%となっている。これはアベノミクスによる株高による影響が大きいと考えられるが、老後・将来不安に起因する貯蓄衝動の高さも影響している。

他の指標も見てみよう。家計環境が厳しい家庭の小中学生に、学用品や給食代などを援助する「就学援助制度」の支給対象者の割合は、2000年には8.8%だったものが、2012年には15.6%へと増えている。この数字は大阪市に限ると28%にも達しており、子どもがいる家庭の4分の1以上が文具を買えず、給食費も満足に払えない状態にあることを示している。

もっと分かりやすい数字として生活保護受給世帯数がある。2000年に75万世帯だったものが、昨2014年末には161万世帯へと激増している。政府などの説明では、高齢化の進展に伴う無収入高齢層の増加が主要因とされることが多いが、就学援助受給世帯数の増加を考えれば、貧困化が高齢層に限った話でないことは明らかだ。
また現実には、生活保護の捕捉率(生活保護水準以下の人に対して実際に受給している人の割合)は、25%前後と言われている(もっと低い数字もある)。これはつまるところ1千万人近い人が生活保護受給ライン以下の生活を余儀なくされ、700万人近い人が「生活保護受給水準以下の収入しかないけど生活保護を受けないで我慢している」ことを意味する。
米国ではフードスタンプの受給者が5千万人を超したと言われるが、日本もその一方後ろを歩んでいるに過ぎないと言えるだろう。
統計の罠と日本の貧困

20世紀中盤にマルキシズムが影響力を失った大きな原因は、「戦後和解体制」の成立から説明できる。そして、東側ブロックの瓦解と中国の開発独裁化により、資本家が労働者に配慮する必要がなくなり、その本来の姿を露呈し始めている。
戦後和解体制とは、共産主義の脅威に対抗すべく、西側で成立した資本家層と労働者層の協同的体制を指し、資本主義と自由経済を容認しつつ、再分配と社会保障制度の充実を図ることで、労働者層の体制参加(取り込み)を進めるものを指す。これにより、いわゆる「分厚い中間層」が誕生し、消費が拡大することで市場経済が活性化するという経済成長の好サイクルができると同時に、政治的安定が確立した。日本において、社会党の伸張が止まったのは、岸内閣が国民年金と健康保険を創設し、社会党の「やりたいこと」を先に実現してしまったことが大きい。

ところが、ソ連・東欧ブロックが崩壊したことで、戦後和解体制はその意義を失ってしまう。東側陣営の「社会主義」に対抗すべく、労働者層の取り込みを図ってきたが、その政治的意義が失われ、配慮する必要がなくなった。
また、時期を前後して、社会保障の財政負担が急激に増し、慢性的な赤字に悩まされるところとなった。「民主的な選挙」で選ばれる政治エリートは、選挙に勝つために社会保障費の削減を主張できないため、財政赤字は肥大化する一途にある。
さらに経済のグローバル化によって、国内産業の多くが賃金の安い海外に移転、海外市場との低賃金競争が始まって、国内の失業ないしは低賃金が蔓延していった。
結果、戦後和解体制は、政治的意義を失い、財政的に継続困難となり、基盤となる国内産業や労働待遇が切り崩されることで、崩壊しつつある。欧州における「極右」勢力や、アメリカにおける「ポピュリズム」の伸張は、その表れと言える。
日本の場合は、自ら戦後和解体制を築き上げた自民党が、自ら「改革」と称して同体制を解体、国民が意味も理解せずに支持するという形になっている。

他方で、戦後和解体制は、旧植民地・第三世界から資源や労働力を不当に安く買い叩き、高い付加価値を付けて売りつけることで膨大な利潤を得ることによって成立していた。だが、中間国が工業化を遂げ、経済発展したことで、労働賃金や資源価格が相対的に上昇していった。同時に資金供給が常に過剰となり、利息が低下を続け、いまやマイナス金利すら当たり前となっている。そのため、先進国では利潤を上げ続けるためには、国内で労働力や資本を収奪するほかなくなっている。
日本でも、この20年間、実質賃金は低下し続け、非正規雇用の割合は10%から40%に激増、家計貯蓄率に至っては10%以上あったものがマイナスになってしまっている。これは、大衆の多くが借金しないと生活できない状態を示しているが、大学で学ぶ学生の5割が有償の奨学金を得ていることに象徴されよう。
日本社会の将来を占う

現状、日本には年収300万円以下の労働者が2千万人以上いる上、非労働者を含めれば軽く3千万人を超えるはずだが、国政選挙でNK党と社民党が獲得しているのは合算しても600〜700万票に過ぎず、むしろ貧困層がこぞって自民党や維新に投票している節すら見える。
これは主にレーニンが主張した理論になるが、「労働者は自ら階級意識を自覚し得ないため、階級意識と革命理論で武装した前衛党が、大衆を啓蒙し善導してゆく必要がある」ことを裏付けている。
ところが、実際には既存の共産党は自前の労働組合などの既得権益の代表者となってしまっているため、新たに発生した非正規労働者層(本来のプロレタリアート)の支持を獲得できず、むしろ彼らを「既得権益の打破」を主張する「右翼改革党」に追いやってしまっている。フランスの国民戦線、アメリカのトランプ氏、日本の「維新」などがこれに当たる。
同時に「戦後和解体制」を主導した欧州の社会民主主義政党が、大きく勢力を減退させているのも同じ理由から説明できる。

【参考】 ねじれまくるフランス−エリートの退廃

結論を言うと、マルキシズムは「歴史的必然性」などの部分で大いに疑問は残るものの、「資本の集中による大衆の貧困と疎外の拡大」の点で十二分に有効であり、むしろ社会民主主義こそが財政赤字が常態化して階級分化が激化する中で有効な施策を打ち出せなくなりつつある。だが、既存の共産党も、現状の労働者階級の苦難に対して有効な施策も方針も打ち出せておらず、階級意識の啓蒙にも失敗している。つまり、マルキシズムは現在も有効だが、必ずしも共産党がそれを体現しているわけではない、ということである。
また、「階級融和による労働者の漸進的待遇改善」を旨とする社会民主主義は、前提となる階級融和が瓦解し、ゼロ金利に伴って資本による労働搾取が容赦なくなる中、支持を漸減させつつある。労働者階級が徹底的に分断され孤立を深めてゆく中、「労使協調」「階級融和」を主張する社会民主主義者の声は、今後さらに説得力、浸透力を失ってゆくものと推察される。この点でも、社会民主主義からマルキシズムへと左翼内の軸足が移ってゆく可能性は十分にある。私自身、社会民主主義を奉じているのは、「時間の問題かもしれない」と考えているくらいだ。
posted by ケン at 12:59| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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