2016年10月24日

大阪府警土人発言の背景にあるもの

【「土人」発言、沖縄県警が謝罪 「事実」「極めて遺憾」】
 県警は19日、米軍北部訓練場のヘリパッド建設を巡って警備に当たる大阪府警の機動隊員が抗議活動参加者に対し「土人」と発言していたことを「事実だ」と認めた。県警は一連の発言について「極めて遺憾だ」と述べ謝罪した。19日付で差別発言をした20代男性隊員は離県し、大阪府警へ戻ったという。処分については「大阪府警が判断する」としている。一方、菅義偉官房長官は19日午後の会見で機動隊員の発言について「許すまじきこと」と述べた。政府は事態の収束を急ぐが、県民への差別発言に対する反発が広がっている。
 県警は18日時点での本紙の取材に「確認されていない」と回答していた。県警によると、男性隊員は18日午前9時47分ごろ、米軍北部訓練場N1ゲート近くの斜面で提供施設内側からフェンスを挟み、施設内に入らないよう警告していた。市民らがフェンスを揺らしたりした際に「土人が」などと差別的な発言をした。
 県警は隊員に対する聞き取り調査や動画投稿サイトに投稿された動画を確認し、事実関係を確認。隊員は調査に対し「詳しくは覚えていない」などと話したが動画などを確認し「不適切な発言だった」と釈明したという。県警は「土人」という言葉について「差別用語で不適切な発言」とし「このようなことがないよう指導していく」と謝罪した。また県警本部には19日朝から午後6時ごろまでに機動隊の不適切発言に関する苦情が電話とメールで約30件寄せられた。
(10月20日、琉球新報)

この手の発言は、何も無いところから思いつきで発せられるものではなく、日常生活の中で繰り返し使用されている中で言語野に裏打ちされることで、日常語として根付いているからこそ、緊急時に発せられる。今回の場合、ヘイトスピーチを発した大阪府警機動隊員の個人的資質よりも、組織の有り様を疑うべきで、同機動隊の中で事前に「土人どもが暴れているから鎮圧しなければならない」「シナ人が後ろで画策している」などと話されている可能性が高い。

こうしたことは、軍隊や警察組織では良くあることで、例えば旧日本軍では中国人を「シナ人」と呼ぶことで憎悪を駆り立てていたし、日米が開戦すると「鬼畜米英」の標語で敵愾心を煽り立てた。また、警察では「共産党員は国際的陰謀組織であるコミンテルンの手先であり、国体転覆をめざす極悪人」としていかな残虐な拷問も推奨された。
これは日本に限らず、アメリカでも二次大戦中は日本人を「ジャップ、ニップ」と蔑称して憎悪を煽り立てたし、ベトナム戦争では「ベトコン」、イラク戦争では「ハジ」などの蔑称を通用させることで、「奴らは人間じゃ無いんだからどれだけ残虐なことをしても構わない」という指導を行っている。人間は本来同族殺しを忌避する習性を持っているため、同族性を完全に否定し、憎悪を煽り立てないと、銃の引き金が引けなくなってしまうことに起因している。
それだけに、アフガニスタンに介入・進駐したソ連軍が、全体の効果としては不十分だったとしても、「我々はアフガン人民を援助しに来たのであって、敵対しに来たのでは無い」という教育を徹底していたことは特筆するに値する。

話を戻すと、かつて日本の機動隊は学生運動やそこから派生した極左集団と戦うことで一定の熟練を得ていたが、今日ではそうした経験が得られないため、殆どの機動隊員はいきなり実戦に投入されるような形になっている。実戦経験の無い機動隊員が、いきなり反基地闘争で異様な盛り上がりを見せている現場に投入されるのだから、ストレスが急上昇するのは避けられなかっただろう。
逆に組織の側からすれば、未経験の機動隊員をいきなり第一線に投入することになり、何らかの方法で士気を高めなければ、現場が持たないという判断になったのだと思われる。
二次大戦の東部戦線やアジア・太平洋戦線では、徴兵経験が無い老人や若年者が動員されるに連れて軍紀が乱れ、残虐行為が増えていったことを考えても、沖縄に投入される本土の機動隊において沖縄市民に対する憎悪が駆り立てられたことは、容易に想像される。

だが、これは機動隊員の士気を上げるという点では合理的かもしれないが、権力にとっては致命傷になりかねない。本土から来た機動隊員が、沖縄県民を「土人」呼ばわりするということは、「お前らは日本国民じゃねぇ」「政府に逆らうヤツは国民じゃねぇ」と言うことと同義になる。これに対して、沖縄県民が「私たちは土人ではありません。同じ日本国民ですよ」と言えるだろうか、という話になる。まぁムリだろう。普通は「オレたちは琉球人であって、どうせ日本人なんかじゃねぇ」と反発するのではないか。
仮に激高した市民が暴発して、機動隊が武力鎮圧することになれば、それこそ沖縄独立論が沸騰する事態に発展しかねない。
もともと高江のヘリパッドは、SACO合意に基づく建設で、翁長知事を始め反基地運動団体の多数派も黙認していたもので、少数の急進派が抵抗を続けていたに過ぎなかった。だが、問題が大きくなるにつれて、県民世論が変化し、容認派も無視できなくなりつつあり、火に油を注ぐような格好になっている。
また、警察全体の立ち位置で考えても、「市民生活を守る警察」から「国家機関を守る警察」へと急速に変質しつつあることを示しており、リベラル・デモクラシーの瓦解が進んでいる。

沖縄の基地問題は、本土に置けない迷惑施設を沖縄に押しつけ、それを「中国の脅威」で正当化しているだけの話であり、本質的には明治以降の植民地意識の延長にあるのだ。

【参考】
沖縄独立論の現実味 
琉球帰属問題が表面化する日 
軍隊のあり方について続・日本軍の場合
posted by ケン at 12:16| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
過日、若い沖縄出身の学生と話ましたが、彼(女)らの内なる「土人」意識という話題になり、ダブルバインド状況が心理的な負荷となっていることが感じられました。
暴動に繋がらないか心配です。
Posted by o-tsuka at 2016年10月25日 13:21
ダブルバインドも植民地支配の象徴ですね。いまの政府のスタンスが続いた場合、遠からず衝突が起きると思われ、その対応次第では暴動に発展するかもしれません。
Posted by ケン at 2016年10月26日 12:51
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