2017年02月20日

封建制下での兄弟殺しは当たり前

【金正男氏暗殺 亡命政権構想引き金か 脱北者らの擁立を警戒】
 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の親族を擁立して亡命政権を樹立しようという動きが北朝鮮国外であり、当局が国外に住む親族への監視・警戒を強めていたことが16日、複数の消息筋の話で分かった。マレーシアで殺害された異母兄の金正男(ジョンナム)氏(45)が亡命政権を計画する脱北者と接触していたとの情報もあり、加担を疑われて当局に暗殺された可能性がある。
 「『北朝鮮亡命政府』金平一(ピョンイル)擁立の声高まる」。こう書かれたビラが1月1日、韓国から北朝鮮に向け、風船で飛ばされた。在英脱北者団体が仕掛けたものだ。正恩政権崩壊後を見すえた亡命政権構想は、昨年ごろから米国や欧州の一部脱北者団体の間で持ち上がったという。
 金平一とは、金委員長の叔父の金平一駐チェコ大使(62)のことだ。金日成(イルソン)主席の息子という北朝鮮国内で絶対視される「白頭血統」を持つことから、亡命政権の首班として目をつけられたようだ。平一氏は、金正日(ジョンイル)総書記との後継者争いに敗れ、約30年間、東欧の大使を転々としてきた。
 正恩政権は以前から平一氏を警戒し、2014年末に監視のため、秘密警察、国家安全保衛部(現・国家保衛省)幹部をチェコに派遣していた。ただ、平一氏は目立った反応を示さず、昨年には、平壌に一時帰国し、大使館業務の改善を訴えるなど正恩政権に恭順の姿勢を見せているという。
 亡命政権構想の動きを受け、北朝鮮の治安当局内では、平一氏らの排除を主張する強硬論も台頭していたと伝えられる。
 脱北者団体関係者が次善の候補として接触したとされるのが正男氏だ。だが、平一氏と違い、正恩政権からの再三の帰国指示にも従わず、殺害されるに至ったとみられている。
 北朝鮮情勢に詳しい李英和(リ・ヨンファ)関西大教授は「亡命政権は構想にすぎないが、北朝鮮当局が過剰反応し、暗殺につながった可能性がある」と分析する。1月中旬には、金元弘(ウォンホン)国家保衛相が解任されたとされるが、正男氏と脱北者との接触を察知し、報告することを怠った責任を問われた可能性も指摘されている。
(2月17日、産経新聞)

「弟が兄をとか怖い」なんていっている人は自国の歴史を見直した方がよい。
古くは壬申の乱(叔父と甥)、奥州合戦(頼朝と義経)、観応の擾乱(尊氏と直義)に始まり、江戸期には徳川吉宗や井伊直弼による兄数人の毒殺疑惑がある。宇喜多直家の弟忠家は、兄が死ぬまで、自分はいつ殺されてもおかしくないと怯えながら暮らしていたという。
近年でいえば、昭和帝は秩父宮がいつクーデターを起こすか常に警戒し、何とか遠隔地に追いやろうとしていた。
封建制や王政に対するイメージが貧困すぎるのだろう。

現代の立憲君主国で兄弟争いが生じないのは、君主に実権がなく、「自由を謳歌した方が楽」という風潮が普遍化しているためだ。君主が財産と権力を一手に持ち、自由などどこにも存在しない時代には、「王になるか、臣下として犬のように生きるか」の選択肢しかなかった。
同時に、王侯貴族にとって自らの地位を脅かす最大の脅威は外敵ではなく身内だった。親族は「血が繋がっている」だけで継承権を持ち、怪我や病気で容易に死に至る保健衛生水準も相まって、権利を獲得するには外敵を排除、略奪するよりも身内を罠にはめて殺害する方が効率的だった。日本でも、『太平記』などを読めば、「それしかない」くらい親族間の争いしか存在しないことが分かる。戦国期でも、美濃斉藤家や尾張織田家の内戦は凄まじいものがあった。それ故に、中世には後継者が決定した瞬間、他の兄弟は全員殺害あるいは国外追放という事例が数多く存在した。
今日にあっても、より立憲的で民主的な平成帝と浩宮に対し、日本会議などが自衛隊と組んで秋篠宮を担いで「王政復古」クーデターを起こす可能性は「ゼロ」とは言えないだろう。

北朝鮮は、王制を地で行っているだけの話であり、我々はもっと想像力を働かせる必要がある。
posted by ケン at 12:35| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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