2017年02月22日

映画 虐殺器官

虐殺器官.jpg
『虐殺器官』 村瀬修功・監督脚本 日本(2017)



一度満席で断念し、二度目で見られたが、来週で終わってしまうのは惜しい。実は『屍者の帝国』の方が見たかったのだが、この時も一度満席で断念し、次に見ようとしたら終わっていただけに、外せなかった。
伊藤計劃の天才ぶりを見事に映像化している。映像だと情報量(セリフ)が多すぎて脱落者が続出しそうなのが難だが、観客に媚びないスタンスが良い。あの分量を二時間の映画でまとめるのは無理がある話だが、きっちりまとめている観がある。2人での会話シーンが多いのだが、戦闘シーンは戦闘シーンで全く容赦なくリアルに描いており、薬物で人間性を抑えての戦闘がどのようなものになるのか考えさせられる。

原作は2007年だが、「911後のもう一つの世界」を舞台に、自由と暴力の相関性が一つのテーマになっている。ぶっちゃけて言えば、「ある自由を守るためには、ある自由を否定する必要がある、あるいは対価とせねばならない」という対テロ戦争の深層である。
「自由は自由との対価でのみ存在する」とか「内戦と虐殺の普遍化」とか、テーマはまさに「ラビリンス」の世界そのもの。今見ると、リベラリズムの瓦解やトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」を予見させるような展開もあり、その先見性に目がくらんでしまう。

かなり玄人向けの作品なのは間違いないが、ブルーレイを購入して普及に努めたくなる出来だった。
posted by ケン at 12:16| Comment(3) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も映画を見に行きました。公開が始まったばかりのときの朝一の回だったためか、観客が少なく、「不評なのかな?」と思っていましたが、好評のようで良かったです。
単にCMがカッコよかったために見に行っただけで、原作も途中まで読んで見に行ったために、一緒に見に行った妹ともども「面白いSFアニメ映画だった」という感想を抱いて帰宅したのですが、帰宅後、原作の残りの部分を読んだら、映画では曖昧にされていたラストにああいう意味があったのかとわかってけっこう精神的にきました。
虐殺器官上映に合わせて、「屍者の帝国」「ハーモニー」もテレビで放送されたので、それも録画して見たのですが、他の作家さんが書き継いだ屍者の帝国はまだ救いがあるラストでしたが、ハーモニーは完全に見ているこちらが鬱になりました。
あり得る未来を描いた伊藤計劃さんの力量には舌を巻きますし、文章やストーリーもうまいと思いますが、ディストピア小説は精神的に鬱になりますね。ジョージ・オーウェルの小説は時代が経っているので普通に読めたのですが。
Posted by hanamaru at 2017年02月23日 11:35
先日行ってところ、平日最終回でも半分程度は入ってました。
途中2か所ほどアレ?と思う点があってとはいえ、それも忘れてしまうほど没入できましたが、その分、少年少女兵を殲滅していくシーンは抵抗感ありましたね…
Posted by o-tsuka at 2017年02月24日 11:35
やっぱりチェック率高いですね。まぁさすがに朝一は少ないんでしょうけど。確かにラストについては、もっと原作に忠実な方がいいかもとは思いますが、一般的にはどうなんでしょうね。
古典的なディストピア小説は、やはり「どこか別世界」と思えますが、伊藤氏の作品は「今そこにある(かもしれない)世界」ですから、衝撃力が違うのでしょう。

アメリカで実写化されるそうですが、あまり陳腐にならないように願います。
Posted by ケン at 2017年02月24日 12:42
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