2017年03月22日

日本型ペレストロイカに必要なもの、そして失敗する理由・下

前回の続き)
低収益・不採算の企業が生き残るということは、市場適性の低い、無能な経営者がトップに居座り続けることをも意味する。アメリカの場合、トップが天文学的報酬を得る一方で、要求される水準を満たせなければ即クビにされる。日本の場合は、企業の存続を揺るがすほどの事態でも起きない限り、経営者の責任が問われることは無い(核惨事ですら責任は問われなかった)。そのため、企業内の昇進も、能力では無く、派閥や政治力学で行われる。その結果、東電、東芝、シャープなどを見れば分かるとおり、無能な執行部が適切な対応を打てずに、延々と責任回避に終始する始末になっている。

また、日本のサービス業に象徴される通り、低価格・低収益の飲食店や小売店が乱立しているため、供給過剰となって低価格化に拍車が掛かると同時に、労働力不足が常態化している。そして、低収益であるが故に収益を上げるためには「薄利多売」する他なく、さらに出店を増やし、長時間労働を強要、低価格化と労働力不足を加速してしまっている。その労働力不足を解消するために、政府は外国人「留学生」と「技能研修生」を動員しているが、本来市場から退出すべき低収益事業を存続させ、低価格化を加速させ、労働市場の劣化(賃金低下と長時間労働)を招くだけに終わっている。

その象徴的なのが、外国人技能実習制度である。これは本来、低収益で生産性の低い地域の地場産業に対し、政府が「奴隷特区」を認め、最低賃金や労働法制を適用除外する外国人奴隷の使用を認める制度になっている。これにより既存の地場産業が存続可能になった一方、地域の低収益・不採算が存続して、限られた資本と労働力を固定化させてしまっている。公正な自由市場が機能する場合、この手の低収益・不採算事業は退出を余儀なくされ、資本と労働力は、より生産性の高い新規事業に移転、集約すると考えられるが、外国人技能実習制度の存在がこれを許さないため、地域で新規事業を興したいと考える若年起業家を、ますます都市へと向かわせている。
また、外国人奴隷の存在は、労働生産性向上に対するインセンティブを失わせ、地域における労働賃金を相対的に下げる方向にしか働かないため、若年労働者をますます都市へと向かわせ、地域の衰退を加速化させている。政府、自民党としては、地場産業の現状維持を図るための方便として外国人奴隷を導入したつもりなのだろうが、将来の発展を放棄して「現状を維持するだけ」になっている。

同じことは、厳格な解雇要件にも言える。倒産寸前にならないと整理解雇が許されない日本は、一部の正社員にとっては都合が良いものの、経営側にとっては低収益の事業を整理して、新事業を立ち上げる枷でしかなく、結果的に低収益事業を延々と継続させる他ない。ところが、低収益事業を継続させるためには、賃金をダンピングしてコストを下げつつ、最小限の人員を最大限働かせることで労働力の最大化を図る必要があるため、低賃金と超長時間労働が横行し、労働生産性を低下させている。
国レベルで言えば大企業、地域レベルで言えば地場産業が不採算部門に人員を抱えたままの状態になっているため、一方で低賃金と超長時間労働が蔓延し、他方で労働力不足が常態化している。実は、この両者も相関関係にある。低賃金と長時間労働は、労働力の疲弊や労働市場からの脱落(労働災害や病気)を誘発して労働力不足に繋がるし、労働力不足は手持ちの労働者による長時間労働を誘発している。例えば、企業の50%が長時間労働の原因を労働力不足に求めながら、実際に必要な人員確保に努めているのは20%に満たないという数字が、これを物語っている。
正直なところ社会主義者としては非難されそうだが、解雇規制の緩和、具体的には金銭解雇の積極的導入は、労働市場の負のスパイラル(機能不全)を解消するために欠かせない要素になっている。
但し、現状では離職した労働者の4人に1人以下しか失業手当をもらっていないため、これを限りなく100%に近づける必要がある。また、労働契約や募集・採用における(待遇)条件提示の厳格化も不可欠だろう。その上で、残業時間上限(理想としては月20時間程度)やインターバル制度を導入し、厳格に適用させる仕組みを構築、逸脱するブラック企業は問答無用で追放する仕組みが必要である。

低金利も負のスパイラルに貢献している。「10年で倍になる貯金は夢か幻か」でも紹介したが、ケン先生の幼少期には銀行に10年定期預金すれば2倍になったのである。これが今ではゼロになっている。高金利時代は、預金すれば増える一方で、投資、運用すれば相応に儲かるため、銀行制度が機能して、市場経済が活性化する。逆に低金利時代は、預金しても一向に増えず、投資、運用しても儲からないため、企業は投資せずに借金の返済に努めることになる。すると、銀行に貨幣が滞留するが、銀行も貸出先が無い。昨今の銀行が担保のある住宅ローンとリスクの高い消費者金融に依存する理由である。
個人から見れば、40年前であれば学資保険に加入しておけば、子どもの大学の学費くらいは何とかなったものの、現在では低金利のため全く足らず、学費の急騰もあって大学生の半分が学生ローンを借りている状態になっている。これは、大卒者の半数が数百万円の借金を抱えていることを意味し、さらに労働条件の悪化、低賃金の蔓延もあって、消費を低迷させ、需要を低下させている。
いまでも度々老人から聞かされる「最近の若者は車に乗らない」とか「留学しない」というのは、単純にそれだけの資金が若者から無くなっているだけの話なのだが、こうした連中が政治の中核を占め、政策を担っているため、ますます状況が悪化している。

国家財政で言うと、社会保障費の肥大化が最大の課題となる。2008年度一般会計予算の社会保障関係費は21.8兆円、一般会計予算83兆円の約26%、国債費と地方交付税交付金等を除いた政策的経費である一般歳出47.3兆円に対しては46%を占めていた。だが、2017年度のそれは、予算97.5兆円に対し、社会保障関係費32.4兆円で約33.3%、一般歳出58.4兆円に対しては55.5%を占めるに至っている。社会保障費はわずか9年間で10兆円以上も肥大化しているが、今後は自然増で毎年1兆円以上の増加が見込まれている。これは、基本的には長命による高齢層の増加に起因しているが、医療技術の進歩による医療費の高騰も一因になっている。
ちなみに今年度は前年比5千億円の増加で抑制されているが、これは自然増分を政策的に抑制しているだけで基本的には「一時凌ぎ」でしかない。野党はこれを批判するわけだが、野党側に社会保障費の肥大化に対する対案があるわけでもなく、無責任の誹りは免れないが、根本的な対応策が無いという点では自民党も政府も無策と言える。

だが、保険料の値上げや増税ができない以上は、歳出そのものを抑制する他なく、放置しておいても毎年1兆円ずつ膨れあがって、政策経費を圧している現行制度を根本的に改める必要がある。ちなみに社会保障費を除く政策経費は、3%の消費増税を経ても、08年の25.5兆円に対し、17年で26兆円にしかなっていない。復興予算や原発処理費用を考えれば、むしろマイナスになっていると見て良い。単純計算なら、社会保障費は20年もたたずに政策経費をゼロにしてしまう勢いにある。この点、食料価格の維持と赤字企業の損失補填だけで国家予算の4割を占めていたソ連末期が思い出される。仮に保険料の値上げや増税が可能だとしても、やはり一時凌ぎにしかならない上、手取りが減れば消費が減退し、景気を悪化させるだろう。
日本人は、普段診療所の窓口で千円とか2千円しか払わないために、医療費がそんなものだと軽く考えている節がある。だが、実際にかかっているのは、3千円であり、6千円なのだ。
75歳以上の高齢者が使う医療費88万円のうち、自分で払っているのは16万円ほどで、40万円は税金の補填、32万円は現役層の保険料からの転用によって賄われていることに気付くべきだ。 
その高齢者はさらに増える一方なのだから、そんな制度が「長く」どころか「短く」すら続かないことはもはや明らかである。
医療費は誰が出すの?、2011.0707)

社会保障費が肥大化する最大の原因は、社会主義者としては心苦しいが、この分野だけ社会主義型の計画経済が採用されているためだ。単純化すれば、国家が医療、介護、保育などの価格を決め、利用者(国民)は、ただでさえ市場を反映しない価格のうち何割かを負担するだけで済むため、「使ったもの勝ち」になっている。本来1万円の治療費も、窓口負担は3千円ないしは無料で済むのだから、「利用しないと損」という感覚になる。薬局で処方される薬の3分の1から半分は服用されずに廃棄されているとも言われる。極端な話では、私の知人に1億円の手術を無料で受けた者もいる。これらは正しく、「安いから」と前日のパンを捨てて、毎日新しいパンを買っていたソ連を彷彿させるが、40年間パン価格を維持するための赤字が散り積もって国家予算の2割に達していた事実を、我々は笑えない。
詳細は、別途記事にしたいと思うが、本質的には社会保障分野の計画経済を廃止し、応益負担原則を強化しない限り、日本の国家財政は社会保障だけで破綻する運命にある。

話を戻そう。低収益の企業や部門が温存されていることが、低賃金と長時間労働を誘発し、労働生産性の向上を阻害、労働生産性が高まらないため賃金が上昇せず、消費と需要が増えないという負のスパイラルに陥っているわけだが、霞ヶ関も自民党も民進党も連合も、ペレストロイカにおける共産党員と同様、自身が最大の受益者であるが故に「現状維持バイアス」が強く、内部で議論すれば必ず「総論賛成・各論反対」となって、実質的な改革は何一つ実現できない構造にある。「働き方改革」で「残業月上限100時間未満」が認められ、「労働時間インターバル規制」が努力義務にされてしまったのは象徴的だ。
ゴルバチョフは、スターリンですら為し得なかった「中央委員会の全会一致」で改革派の頭領として書記長の座に就いたにもかかわらず、党内などの強い抵抗に遭って、上記の通り改革を実現できないまま「ゲーム・エンド」を迎えている。
我々が、ソ連と同じ轍を踏みたく無いのであれば、民主的議会政治の特質を活かし、現行システムの受益者以外の代表者を国会に送り込む必要がある。ところが、現行の選挙制度は「地域の利害代表者を相対多数で選出する」システムであるため、投票率の低さも相まって受益者しか投票せず、国会の圧倒的多数が受益者で占められ、必要な改革に反対する構造になっている。参議院の比例代表制も、既得権益の受益者が代表者を送り出しているだけの構造になっており、これも期待できない。何らかのブレイクスルーを経て代議員の選出方法を抜本的に改革、受益当時者以外の代議員を権力の座につける必要があるが、残念ながら現状では期待できる要素は何も無い。
同時に、日本の統治機構は権力の分立が未熟で、行政府の権力が圧倒的に強く、マスゴミと一体化しているだけに、仮に改革派の政権ができたとしても、民主党鳩山政権のように、あっという間に倒されて、菅政権のような傀儡政権にされてしまう可能性が高い。私の見立てでは、「日本型ペレストロイカ」が破断界を迎える前に実現して再浮上できる確率は「10〜15%」程度だろうと考えられる。
ソ連は一党独裁だったが故に改革に失敗したが、日本の場合、「投票しない自由」を認める民主的議会が改革を拒んでいるのだ。

【追記】
つい最近小耳に挟んだ話だが、民進党の部門会議で電波オークションが議題に上がった際、NTT労組系の議員が続々と立ち上がって反対論をまくし立てたという。「2030年原発ゼロ」に対し、電力、電機、鉄鋼労組系の議員がこぞって反対したのと全く同じ構図だった。電波許可制は、新規参入を拒み、政官業癒着の根源でしかないが、それを廃止して自由競争を導入することに、労働組合が業界を代表して反対している。他にも、タクシー労組の反対で「福祉タクシー」や「ウーバー」にも反対せざるを得ない状況がある(個人的にはウーバーは問題があるとは思うが)。また、連合が「残業月上限100時間」に合意したのは、「残業が規制された場合、不足する労働力を非正規社員の雇用増で対応されるが、その場合、正社員の賃金切り下げが原資にされる可能性が高い」という判断が働いたという話も耳にした。やはり、民進党はペレストロイカの主体には決してなり得ないのである。
posted by ケン at 12:44| Comment(10) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
労働時間の上限ではなく、
残業時間の上限だと思います。
Posted by 古屋守 at 2017年03月22日 19:09
労組の新米役員です。

労組が賃金改善を図ることが、ひいては社会全体の賃金改善に繋がると信じて努力してきました。なかなか加入してもらえませんが、非正規労働者の組織化もがんばっています。
ケンさんの話を聞くと、労組は社会を悪くしているようで、これでは、労組を強くしていく意味はないのかなとも思ってしまいます。ただ、ただでさえ組織率が高くない労組がさらに弱体化すれば、喜ぶのは経営者なのではとも思います。
役員は数年で終わりますが、現在の自分の立場で何が社会を良くしていくベターな選択なのか、思い悩みます。
Posted by じゃじゃ丸 at 2017年03月23日 00:38
 低収益・不採算の企業を退場させれば、自然発生的に高収益企業が出現・成長してくれるようになるのでしょうか。有望なアイデア・テクノロジーは規制緩和に関係なく成長でき、そういった「種」を萌芽させることが本来の成長戦略ではないでしょうか。
 企業収益や税金をより多く教育・基礎研究といった知へ投資(=人への投資)することは、効果が保証されないリスク含みの活動ですが、成長をもたらすものはそれ以外考えつきません。規制緩和より直接的に、法人税増税を原資とした研究教育予算や対となった投資減税などが必要ではないでしょうか。
Posted by yb-tommy at 2017年03月23日 05:45
古屋守さん、ご指摘ありがとうございます。訂正させていただきました。

じゃじゃ丸さん、コメントありがとうございます。職務上、連合の産別幹部ばかり目にするので、いつも厳しい評価になってしまいますが、労働組合運動を否定するつもりはサラサラ無く、それどころか労働運動のみが労働者の利益を守ると考えています。

問題は、労働者の雇用と待遇を守るために存在するはずの組合が、その役割を忘れて業界団体と化していることにあります。いつも例に挙げているように、残業月100時間には何の抵抗もせずに妥協するくせに、原発やリニアは推進で圧力を掛け、電波オークションにも反対して潰そうとしています。知り合いの産業医からは、200時間の残業を強いられた自治体職員が面談に来たので、自治労に相談するようアドバイスしたものの、「話を聞くだけに終わった」と再相談され、仕方なく産業医から人事にもうしれたという話を聞きました。日放労も「不祥事」を起こした職員の雇用を守ろうとすらしません。
つまり、労働組合の本来機能が失われ、その結果、ますます資本の収奪が強化されているのです。マルクス的に言えば、「残業100時間」に対しゼネストを打たない限り、資本家はサービス残業を無限に強いてくるのは間違いありません。それは、労働者が資本家に提供できるのは労働力しか無いからで、労働力の提供を拒否しない限り、その「価格」はどんどん低下するだけだからです。
新役員さんということですが、是非とも職場にある同志の労働環境と待遇を守るために頑張っていただいて、本来の機能を忘れて業界団体と化してしまっているダラ幹どもを糾弾してやってください。
ソ連の崩壊は、バルトの環境運動とシベリアの炭鉱ストライキから始まったことを忘れないでください。

yb-tommyさん、コメントありがとうございます。
確かに低収益企業を退出させれば高収益企業が生まれるという保証はないのですが、ソ連ブロックの例を挙げましたように、低収益企業を温存させる限り、何も変わらず「緩慢なる死」を迎えるのは間違いないのです。それは実際に日本の地方で起きていることでもあります。
北欧などの社会民主主義が強い国では、日本人が考えるよりもはるかに規制が少なく、政策減税も無いのが事実です。低収益企業を退出させることで、新陳代謝を上げることで法人税収を上げることが望ましく、低収益企業が温存されている中で、法人税率だけ上げても、赤字企業ばかりで限定的な効果しかなく、不公平感ばかり高まります。
また教育投資は、国の教育予算そのものを増やすことで対応すべきと考えます。そこについては赤字国債でもかまわないと思います。
Posted by ケン at 2017年03月23日 13:33
問題は完全に国庫依存の企業体系ができあがってしまっている以上、日本型ペレストロイカで政府の支援を切られたその瞬間から企業群の大崩壊が始まってしまう可能性が高い点ですね。
90年代以上の勢いでメガバンクと企業群の破綻・精算処理が必要となり、以後数十年はその後遺症で半身不随状態の経済状況となるのではないでしょうか。
かと言って、このままの状況を続けても破綻必至なわけですから、状況はまさに昭和二十年代初頭のようですね。
戦争をずるずる続けて本土決戦に流れ込んでも、早期降伏を選んでも崩壊は避けられない状況はほぼ相似形と思えます。
史実でよりマシな後者を選択できたのは、ある種の免責装置と化した天皇をうまく利用することで敗戦決断の責任をうやむやにできたからですが、現代の政府で同様の決断ができますかどうか。
短期的(と言っても数十年ですが)には混迷の時代が続くわけですから、神聖不可侵の天皇ならざる身で日本型ペレストロイカのトリガーを引いた者達は間違いなく「日本経済崩壊の戦犯」として数十年にわたって糾弾に晒され続けるわけです。
そのような勇気のある人間を有効な政治勢力になるだけ集められるかということを考えると、日本型ペレストロイカの実現可能性はほぼ0に近いのでしょうね。
まあ、現状の体制を延命する為の「改革」を実行する自称改革者は今後も続出するでしょうが。



そもそも、日本の企業群が現状のように補助金や政府支出事業に依存する体質になったのは、日本経済における最大の信用供給源が国債にあるからだと思えます。
今から思うと、昭和50年代の赤字国債恒常化の時点で、既に引き返せないほど腐食が進行していたのでしょう。
国債発行による強制信用創造と公共事業による強制マネーフローの組み合わせは確かに短期的には「良いことしか無い」ように見えるわけですが、基本的には社会のリソースを無駄に浪費する方向に誘導することになるので、長期的には現代の日本に見られるような状況を招くことになると考えられます。
国債を市中銀行経由で中央銀行に延々と引き取らせる事実上のシニョリッジ政策は政府部門バランスシートの無限拡大を可能とし、帳簿上の世界では政府とその周辺の経済主体を破綻の危機から解放するわけですが、代わりに無限のリソース浪費に奉仕させられる労働者の方は生活破綻に追いやられるわけですね。
始めのうちは良いことしかないように見えるのに、強度の依存性があり、徐々に身体を疲弊させ、最終的に破滅に至らせる作用は実に覚醒剤に良く似ています。
今となっては手遅れですが、やはり下村治の主張したように、民間需要による経済成長がほぼ飽和した昭和40年代の時点で帳簿上の「高度成長」を断念すべきだったとしか言い様がありません。
需要強化策を行うとすれば、あくまで民間信用創造によって生成される貨幣の再分配政策で地道に民間需要を底上げすべきだったのに、国債発行で作り出す貨幣を効用の不確かな公共事業で回転させ、見せかけの需要を作り出してそこに依存する体質にしたために社会全体の疲弊を招いてしまいました。
票田を買収する政策としては非常に有効だったのでしょうけれども。
国債発行と政府支出によって嵩上げされた70〜80年代経済の反作用として現状があると考えれば、あまりあの時代を賞賛する気分にもなれません。


仮に次の「敗戦」で再び国を作り替える機会でもあるのならば、交戦権よりなにより公債発行権こそ憲法で禁じられるべきだと考えます。
赤字国債のみならず、建設国債の発行も完全に禁止されるべきでしょう。
公債発行という「打ち出の小槌」は為政者とその周辺利権者にとってあまりにも魅力的すぎるが故に、一般の行政法で制限しても乱発を免れない性質のものであることは、現状が証明しています。
戦前日本が国益という観点からはあまり合理的とは言えない軍事政策を繰り返していたのも、「国防」と言いさえずれば打ち出の小槌が振られて、政府周辺の経済主体が利権にあずかれる構造があったからではないでしょうか。
基本的には戦後の箱物行政や原発政策と似た構造だったと思われます。
Posted by はげはげ at 2017年03月23日 21:39
はげはげさん、丁寧なコメントをありがとうございます。

本来であればバブルが崩壊したときに、思い切った損切りと倒産を進めるべきだったわけですが、「護送船団方式」ゆえに最小限の被害に止めてしまったことが、コトの始まりになっています。

実はこれは、ソ連が1960年代に行おうとした「コスイギン改革」が様々な事情から殆ど進められずに終わり、それをやり直そうとしたのがペレストロイカだったことと、にているのです。つまり、先送りにすればするほど改革に伴うダメージも大きくなるわけですが、そのダメージの大きさにひるんでしまい、改革できずに終わるか、痛みのあまり頓死してしまう可能性が高いわけです。

デフレを解消するためには、超規模の財政出動でインフレを進めるか、何らかの手段で供給を減らす、2つの選択肢しかなく、アベノミクスは前者をやろうとして中途半端な上、需要に結びつかない財政出動に終わっています。個人的には、小沢・鳩山路線の福祉充実型財政出動は正しかったと思いますが、支持を得ずに否定されてしまい、ますます選択肢が狭まっています。
ヒトラーやルーズベルト型の超規模財政出動は一つの解だとは思いますが、世界大戦という形でしか収束できなかった歴史を思うと、素直には支持できませんね。
Posted by ケン at 2017年03月24日 12:48
激励ありがとうございます。

ケンさんの過去の記事も読み直しましたが、私も数十人単位で組合の組織化をちまちまやっているだけなので、数千万人レベルで労働者の結集を図れるほどの影響力はありません。(当たり前か。)

ではどこが労働者の権利を主張できるのかが課題なのですか。

現状では、どこなのでしょうね。
Posted by じゃじゃ丸 at 2017年03月25日 11:34
マルクスが指摘している通り、労働者の賃金、待遇は放置しておけば、相対的に低下するだけなので、現状を維持するだけでも労働者の団結が不可欠なのです。

具体的には、例えば同盟系の自動車労組の場合、定時になると組合幹部が職場を巡回して、違法な残業が行われていないか、正規の手続きが取られているかチェックしています。逆に自治労も日教組もそんなことはしてません。この点、総評系は労働組合としては機能しているとは言えません。
また、ヤマトの残業問題を見ても分かるとおり、企業側は少しでも残業代をケチろうとし、たとえバレても二年分払えばOKというのが労働法制の現状ですから、きっちり残業代を払わせる、大きなところでは残業代支払期限を10年などに延長するという要求をすることが重要です。
この二点を実現するだけでも、労働運動には非常に高い価値があると思います。
Posted by ケン at 2017年03月27日 12:03
こんにちは。ケンさんのアドバイスを心の中心に据えてがんばっています。

再質問になって恐縮ですが、今の労組、連合といったほうがはっきりするかもしれませんが、非正規の方々を求心する、結集させるだけの能力は持ち合わせていないのでしょうか。

私が感じていることは、とりくみのいろいろな時に、労使双方で、労働組合に関する理解が希薄で、事なかれ主義を感じます。非正規の方は、まず自分たちが不当な扱いを受けていると言う意識が希薄で、労働組合の必要性をあまり感じていないし、使用者側は、話し合いでこちらが踏み込んでいくと、お前が言うなみたいな反応をします。話の内容というより、なあなあでやろうよ、そんなにいろいろ言ってくるなよという反応です。

駄文失礼しました。でもがんばっています。ありがとうございます。
Posted by at 2017年04月26日 09:05
連投すみません。名前入力忘れました。
Posted by じゃじゃ丸 at 2017年04月26日 09:06
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