2017年04月07日

今どきシャベルじゃなくて銃剣?

【中学武道に木銃使う「銃剣道」追加】
 文部科学省は2020年度以降に実施する小中学校の次期学習指導要領を31日付の官報で告示する。2月に公表した改定案に対するパブリックコメント(意見公募)の結果を考慮し、表記を改める予定だった「聖徳太子」や「鎖国」を一転して変えないことにした。中学校の保健体育で必修の武道の例としては、柔道や剣道など8種目に加え、木銃を使って相手を突く「銃剣道」を加えた。また、小学3〜6年で授業時間が増える英語を不安視する声も相次ぎ、文科省は18〜19年度を移行期間として各校の「総合的な学習の時間」を英語に充てる措置を検討する。パブリックコメントは改定案公表後の2月14日〜3月15日に実施され、9年前の前回告示時の約2倍にあたる1万1210件の意見が文科省に寄せられた
(3月31日、読売新聞)

「旧軍復活」云々という話はすでにされ尽くしているみたいなのでしない。
もともと本件は自衛隊員の天下り先確保が本筋の話らしいが、現実には教員免許を持つ銃剣指導員は2人しかいないというから笑える。それを「日本固有の武道」とゴリ押しし、文科省もGOを出してしまう辺り、相当に「終わってる」観がある。まぁ、将来的には配属将校制度も視野に置いているのかもしれない。

それはさておき、今どきスコップ戦闘術じゃなくて銃剣かよと。スコップにしておけば、ロシアから指導員を招聘して日露友好になるし、実用性の点でもはるかに有用で将来のパルチザン戦や革命戦に使えるかもしれないのに。

そもそも論で言えば、武術と武道の違いも論点になる。「敵を無力化する技術」である武術と、「武術を土台にした人間形成のための教育ツール」としての武道という具合に色分けできるが、果たして武道が人間性の形成に有用なのかと言えば、私的には想像もつかない。例えば、剣術が剣道になった途端に人間性を形成する教育手段になったとはとても思えない。現実には、近接戦闘技術としての剣術が廃れ、剣道に鞍替えしたものの、十分な効果が認められないため、著しく衰退していると見るべきではなかろうか。
柔道プレイヤーが20万人を切ってさらに減少を続けているのも、「道」としての中途半端さ(戦闘技術としても人間形成にも不十分)に起因していると思われる。まして、銃剣「道」とは一体何なのか皆目見当もつかない。
であれば、将来の対中あるいは対米パルチザン戦や内戦を見据えて、現実的な近接格闘術としてのスコップ戦闘術を学校で学ばせ、自宅に金属製スコップを常備させる方がよほど実用的だ。倫理的な話は別にして。

ちなみに、従来の武道は、柔道、剣道、弓道、相撲、空手、合気道、少林寺拳法、長刀(なぎなた)の8つ。まともに指導員を確保できるのは柔道と、せいぜい空手くらいまでらしく、それすらも厳しいのが実情で、全く現場の実情と合っていないという。民間に需要が無いにもかかわらず、文科省のイデオロギー政策と一部の業界団体が結託して官営で武道をやらせようとするあたり、著しく倒錯的だろう。

余談になるが、銃剣を付けたいがために、いまだに自衛隊の小銃は固定銃床になり、折曲式が国際標準の中にあって化石化してしまっているという。この辺の白兵戦信仰も、いまだ旧軍の旧弊から抜け出ていないことを意味している。あるいは、自国民を敵に想定していることの証かもしれない。
色々な意味で、ダメっぽさ満載だ。

【追記】
ケン先生は、学校の武道授業も部活動も全面廃止論者です。学校はあくまでも社会生活に必要な知識を学ぶところであって、それ以上を目指すべきではありません。
posted by ケン at 12:04| Comment(8) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 一般国民が白兵戦で戦うという事態は自国軍が壊滅状態になり、一般市民がパルチザンとして敵国兵に立ち向かうという状態しか想定し得ないわけですが、そうならないように準備するのが本来の国防ではないでしょうか。そもそも一般国民が銃剣術を身に着けたところで、敵国軍の装備が充実していた場合、簡単に撃ち殺されて終わりでしょう。犯罪者から身を守るために、護身術として空手などを習わせるのなら意味はわかりますが、銃剣道は全く意味がわかりません。こういう役にも立たないことを精神論で覚えさせようとするから、日本の生産性は低下の一途をたどっているのではないでしょうか。
 パン屋が和菓子屋になった件と言い、今回の銃剣道といい、逆に安倍政権に対する国民の警戒感を喚起してしまったような気がします。共謀罪や改憲を目の前にして、こんな事案を出して国民の警戒感を招くのは自民党にとっても得策ではないと思うのですが。それとも、彼らは国民を完全になめているということなんでしょうか。
Posted by hanamaru at 2017年04月07日 12:30
そもそも論で言ってしまえば、日本人にゲリラ戦は無理でしょう。連合国に占領されて「国体」が危機に陥った1945年でも旧軍人を始め、誰も立ち上がらなかったのですから。まぁゲリラは白兵戦なんかやりませんが。基本はブービートラップと待ち伏せですね。

銃剣道に関しては、内容や精神論云々よりも自衛官の天下り先確保が目的というところが、いっそう胡散臭いものにしています。それも中身のあるものならともかく、銃剣のように他に使い道が無いものだからこそ、学校で教科化して飯の種にしようという浅ましさが出てしまっています。

ブラック企業も含めてこうした精神論とすら言えないような愚策が利権と絡んで横行しているところに末期症状が出ているのは確かです。
そして、自民党は完全に敵がいない状態なので、完全にタガが外れてやりたい放題になっていることも確かでしょう。
安倍一族とその取り巻きが国家を私物化している様を見ると、すっかり「アジアの三等国」に成り下がったような気がします。
Posted by ケン at 2017年04月07日 15:54
はじめまして。お勤めが日々政治に関わる場所というだけに、コメントが的を得ていて面白く、鑑賞させていただいております。

<スコップ戦闘術を学校で学ばせ、自宅に金属製スコップを常備させる方がよほど実用的だ
実際、その通りでしょう。ソ連軍がスターリングラードでナチスドイツ軍を制したのも、この手の近接格闘戦術を駆使し、接近戦に持ち込み、戦車と急降下爆撃を用いたドイツの電撃戦を封じたからと聞いております(他にも当然要因はあるでしょうが)。本気で日本を軍国主義化し、国民を軍事力として動員するなら、そのぐらいの知識など知っていて当然のはずですが……どこまでも日本人には夢想家ばかりでリアリズムに欠ける人が多すぎます。政治家に限らず。

ここからは余談ですが、僕自身はスポーツ自体教育で禁止してもらいたいです。運動音痴のヲタの恨み辛みと言うのもありますが、小学校の水泳で(浅い子ども用プールで)飛び込みをやらせ、怪我人が出ても「適切な指導をすればいいんだ!」とスポーツ庁長官が強弁する辺りリアリズムに欠け(ry
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2017年04月08日 14:23
コメントありがとうございます。

残念ながら、子どもが野外で遊ぶ機会が激減している以上、学校教育における体育の重要性は上がることはあっても下がることは無いと思います。ただ、水泳授業における飛び込みは禁止されているはずですが、飛び込みや組体操のような、教員が安全を確保できない運動は厳しく禁じられるべきでしょう。

政府や自民党は、口では「自由」とか「民主主義」とか言うくせに、実際には制限、否定することばかりやっているところが許せないと思うわけですが、少なくとも制度的には国民の大多数が賛成票を投じている以上、「仕方ない」と思わざるを得ません。
Posted by ケン at 2017年04月10日 12:56
まあ治安出動が大事な任務ですからね。自衛隊。
Posted by ケンケン at 2017年04月14日 11:40
はい、本来任務ですから訓練にも反映されているものと思われます。
Posted by ケン at 2017年04月14日 12:44
自衛官にやらせるんなら、せめて64式の長さにあわせるべき>木銃
Posted by o-tsuka at 2017年04月14日 15:56
もともと銃剣は、騎馬突撃に対する銃卒隊の備えだったはずですが。。。
Posted by ケン at 2017年04月17日 12:13
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