2017年04月20日

The Soviet-Afghan War (MW)

「Strategies and Tactics」誌の姉妹誌である「Modern War」第26号を購入。付録ゲームは「The Soviet-Afghan War 1979-1989」

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確か12月初旬に米国で刊行されたはずだが、同下旬には付録ゲームのルール和訳が添付されてイエサブで販売されていた。ロクに確認せずに衝動買いしてしまった結果、開けてみてからソロプレイ専用であることに気づいた。まぁソロプレイ用と分かっていても、考えた挙げ句買っていただろうから問題は無い。ソ連・東欧学徒としては避けて通れないテーマである。
デザイナーはJoseph Miranda氏。初見のデザイナーだが、S&T誌を中心に古代から現代戦まで手広くデザインされている模様。

対ゲリラ戦をソロプレイとか考えただけで鬱々しそうなシチュエーションだったが、テーマもマイナーなだけに人を誘うのも気が引け、まずは一人で試すことにした。
だが、ルールを読んでみると、色々独特なシステムの上、(訳ではなく)ルールそのものに不備が多く、特に兵科記号やユニットの説明に不足が多いため、「スペツナズ旅団ってどれ?」「イスラム義勇兵ってどれ?」「ジハーディストとイスラム義勇兵は別物?」みたいな混乱が次々と生じた。こういう時も他人がいれば、相談もできるが、一人だと延々と原文と日本語ルールを見て悩まないとならない。
とはいえ、ルールそのものは簡単で、ユニットも少ないため、一度プレイしてシステムを把握してしまえば難しいことは何も無い。

取りあえず1979年のソ連による軍事介入から始まる第一シナリオをプレイ。1ターン1年で、短期シナリオだと80年までの2ターンで、カブールと他4都市とサラン峠(トンネル)を制圧、支配することが求められる。
ゲリラはまず2ユニットがカブールに配置された後、さらに8ユニットが国内にランダムで置かれる。ソ連軍はカブールに駐留する特殊部隊の他は、4個機械化師団と1個空挺師団を基軸とする介入軍がウズベキスタンに待機中。あとアフガニスタン政府軍が全国に配置されるが、初期配置の後、治安部隊と特殊部隊を除く戦車師団と歩兵師団は「逃散チェック」が入り、恐ろしいことに1D6で「1〜4」で除去されてしまう。いきなり萎えそう。

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赤が政府軍、カーキはソ連軍、ゲリラは基本裏返して配置される。

だが、本ゲームの恐ろしいところは、見た目ではなく、ソ連軍や政府軍が行く先々で雲霞のごとくゲリラが沸いて出てくるところにある。戦闘中のエリア、あるいは未占領のエリアで軍が移動を終えると、ゲリラ側の士気チェックを行い、成功すると士気値に該当する数のゲリラが新規で置かれるのだ。
しかも、ターン開始時の動員フェイズで、ゲリラは数個ランダムで登場するが、一度制圧、占領したエリアにも置かれるので、全く安心できない。逆にこのランダム配置で、都市部にゲリラが登場しなければ、コミュニスト側が勝利条件を達成できる可能性が生じるため、ランダム要素が大きい。

ちなみにこの士気値は両軍ともに0〜12あり、0になると士気崩壊でサドンデスになるが、コミュニスト(プレイヤー)の初期値は4、ゲリラは9から始まる。ソ連軍移動後、2D6の士気チェックを行い、9以下に成功するたびに4ユニットの新規ゲリラが配置されるわけだが、コミュニスト側はエリア毎に6ユニットのスタック制限がある。
戦闘は1ラウンド限りで、コミュニスト側は最大の6ユニットを動員しても除去できるのはせいぜい3ユニット前後でしかない。「打ち漏らし」があると、次の戦闘でまたゲリラが沸いてくる恐れがあるし、ゲリラ側の攻撃でコミュニスト部隊にダメージが入るとソ連側の士気が低下する。
しかも、コミュニストは作戦行動(移動・戦闘)をするたびに士気値を消費するため、「ゲリラが出た」とばかりに討伐に向かうと、討伐に向かっただけで士気が下がり、さらに自軍に損害が出て士気が下がってしまい、ターン終了時には士気値は1か2程度しか残らない構造になっている。そのため、コミュニスト側に立て続けに損害が出ると、それだけで士気崩壊でサドンデス敗北になってしまう。
一方、ゲリラ側は支配エリアと「両軍不在」の合計エリア数によって毎ターン士気が上がる上、さらにイベントでも上がりやすくなっているため、戦闘で1、2ポイント失ったところで、常に10前後の士気を維持している。

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ジャララバードは孤立。クンドゥズとカブールは継戦中、サラン峠とパンジシール渓谷は放置、とても勝てそうに無い。

実際のプレイでは、一度目は「カブール」「他四都市」の占領には成功するも、サラン峠の支配に失敗して終了。
若干ルール理解を誤っていたので、もう一度同じシナリオをプレイするも、2ターン目の作戦でコミュニスト側の損害が続出した上、ゲリラ側の攻勢でも損害が生じてソ連の士気がゼロになってサドンデス敗北。
3度目は、長期シナリオにするも、ゲリラは増えるばかりな上、その士気は10〜12で高止まり、コミュニスト側はギリギリ士気崩壊を免れるのが精一杯で、1985年までプレイするも、全く勝てる見込みが無く、諦めた。

コミュニスト側はいくつか幸運な状況がそろえば、一時的に勝利条件を達成できる可能性がなくは無いが、基本的に展望の無い「無理ゲー」を続ける展開になりそうだ。
まぁ「史実はこんなものだった」と言われればそうかもしれないし、歴史体験としては興味深いが、ゲームとして面白いかと聞かれれば微妙すぎだろう。
取りあえずもう一度『第9中隊』を見ておくか。

【参考】
・ソ連のアフガニスタン介入における意思決定過程 
・『アフガン』(第9中隊) 
・『アフガン侵攻1979-89: ソ連の軍事介入と撤退』 ロドリク・ブレースウェート 白水社(2013)
posted by ケン at 12:46| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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