2017年05月02日

日本の低生産性の原因・補〜低士気について

先の稿で「みんなで頑張る」をモットーとする日本型組織が、結局のところは労働力の投入量に依拠した単純な人海戦術であり、労働力が頭打ちになった現在では、一人あたりの投入労働力を増やすことでしか現状を維持できなくなっている(超長時間労働)ことを説明した。

その結果、労働時間1時間当たりの国民総生産(GDP)は、2014年でスウェーデンが54.4ドル、フランスが60.3ドル、ドイツが58.9ドルである一方、日本は39.4ドルしかない。だが、この数字はサービス残業を含まないため、実際には35ドルか、それ以下かもしれないのだ。また、労働時間以外にも、日本型組織は欧米には存在しない「飲みニケ−ション」や社内行事が山ほどあり、サービス残業以外にもさらに組織に拘束される時間が長くなる傾向が強い。こうした拘束時間を含めれば、この数字は限りなく30ドルに近づくだろう。つまり、日本人の生産性は、3週間のバカンスをとるフランス人やドイツ人の半分しか無い。

別の見方をしよう。イタリアの年間労働時間は約1350時間であるのに対して、日本の名目上の労働時間は約1750時間。ただしこれはサービス残業が含まれない数値であり、現実の数値は2000時間に上ると考えられる(一説では2300時間)。このことは、日本人はイタリア人の1.5倍も働きながら、イタリア人と同レベルの収入しか得ていないことを暗示している。別の見方をすれば、一カ月のバカンスを取るイタリア人と、2日と連続した有給休暇を取ることも出来ない日本人が、同じ収入なのだ。むしろ「日本に生まれたことが不幸」と言えるレベルだろう。
一日の大半を会社で過ごし、夜12時に帰宅して朝6時には家を出て、休日出勤当たり前で有給休暇も取れず、ロクに残業代も支払われずに、子どもの教育費すら事欠くという生活環境にあって、御上や親からは「産めよ、増やせよ」と言われるのだから、生きることすら苦痛を感じてもおかしくない。

こうした結果、日本人の士気はエリートの知らないところで恐ろしく低下している。
エンゲージメントを研究する米国のタワーズワトソンの報告を見てみよう。エンゲージメントとは、エンゲージリングで思い出すだろうが、「繋がり、絆」を示すもので、社員の会社に対する愛着、貢献したい気持ち、あるいは積極的に関わりたいと思う気持ちを指す。これは、社員の積極性、自主性、創造性あるいは協同作業の効率に直結すると考えられている。
単純に言えば、誰しも好きな上司のためなら積極的に役に立ちたいと思うし、多少の無理は聞いてあげてもいいと思うだろう。だが、逆に嫌いな上司に対しては「死ねばいいのに」「失敗して脱落しろ」「言われたこと以外何もしてやらない」と思うのが情というものだ。

さて、同社が出した「2014年グローバル労働力調査」によると、日本でエンゲージメントレベルが高い社員は21%、ある程度高い社員は11%、低い社員は23%、非常に低い社員は45%であった。これに対して、アメリカは39%、27%、14%、20%で、調査平均は40%、19%、19%、24%だった。
つまり、日本では「会社のために自分も役に立ちたい」と考えている社員は32%しかいないのに対し、米国では66%、世界平均では59%いる。また、「会社のために貢献とするとかあり得ない」と考える社員が68%もいるのに対して、米国では34%、世界平均では43%だった。

貧困が増大し、いまや6千万人からの国民がフードスタンプを利用しているアメリカだが、企業内の士気は予想外に高いのだ。これに対し、表面上は内閣支持率が60%近くあり、政府調査(国民生活に関する世論調査)では「現在の生活に満足している」が7割にも達している日本では、社員の3分の2以上が「会社なんて死ねばいいのに」と思っている。

日本の場合、「愛社精神を育む」として長時間の集会や研修会が行われ、同時に望みもしない懇親会や社内イベントが山ほど開かれるが、これはソ連型社会主義国における政治集会、イデオロギー教育、パレード、スポーツ祭典などに相当するもので、やればやるほどトップの権威は向上するかもしれないが、末端構成員の士気・エンゲージメントはひたすら低下していくことを示している。
日本の学校が、ムダにイベントが多いのも、学校の権威向上には役立っても、実のところごく一部を除いて、大半の生徒の自主性や積極性を削いで、沈黙しながら「早く卒業して自由になりたい」と思わせている可能性が高い。

1991年8月、クーデターを受けて、エリツィン・ロシア大統領が共産党の活動を禁止した際、誰一人として抵抗しなかった故事が思い出される。

【追記】
他にも日本の生産性の低さは、祝日の多さと有給休暇の少なさに原因を求めることができる。詳細は、「公休増やすな、有休とらせろ!」を参照して欲しい。
posted by ケン at 13:05| Comment(9) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 私は「職務を通じて社会貢献する」という倫理観を植え付けられていますので、タワーズワトソンの報告はショッキングに感じました。社会参加と仕事を分離する欧米型の人生より一体化する人生の方が暮らしやすかった。(by社畜)

 士気の低さは低生産性に結び付きますが、ドイツの高生産性の源泉は職掌基準の公正で明解な評価システムにあったのでしょうか。低生産性を高い士気で補って高収益・高成長を維持してきたのが歴史だと理解しましたが、生産性を高めるのは技術革新であり、技術革新自体はそのイノベーターの労働集約的な活動だと思います。

 少数のイノベーターには高額なリターンがもたらされ、そうはでない労働者には技術革新の恩恵たる生産性で適当な強度の労働に見合った適当な報酬がもたらされるというのがあるべき労働市場だと理解しました。
Posted by yb-tommy at 2017年05月04日 02:01
確かに従来は生産性の向上は技術革新に依拠すると考えられてきて、その結果、多額の技術投資を行ってきたわけですが、実はその開発投資自体にも非効率が指摘されるようになっているのが現在なのです。同時に、人海戦術や従業員個々のやる気や終身雇用に基づく忠誠心に依拠して、組織効率を放置してきた結果が、現状の超長時間労働や士気低下に結びついていると考えられます。

社会参加と仕事の一定的な達成感や充実感については、矢野和男氏らも肯定的に評価していますが、それは戦後の高度成長モデルであって、現代にも通じるのかどうか。少なくとも3分の1以上が非正規の現状ではムリなのでは無いかと思います。
Posted by ケン at 2017年05月05日 11:05
 ストレートにお聞きしたいのですがエンゲージメント阻害する要因を除くだけで、エンゲージメントおよび生産性の水準は欧米並みに高くなるのでしょうか。
Posted by at 2017年05月05日 14:57
 ストレートにお聞きしたいのですがエンゲージメント阻害する要因を除くだけで、エンゲージメントおよび生産性の水準は欧米並みに高くなるのでしょうか。
Posted by yb-tommy at 2017年05月05日 14:58
横からコメント失礼いたします。
atさんにお聞きしたいのですが、少数のイノベーターに高額なリターンをもたらさない結果、青色発光ダイオードの権利訴訟など、会社によって発明の権利を搾取されたイノベーターが法廷闘争を起こしております。
これは、正当な評価が行われていない証左ではないのでしょうか?
イノベーターに正当な評価をしないというのも立派にエンゲージメントを阻害するかと思います。逆に、エンゲージメント阻害要因を取り除かずにイノベーターの働きが発生すると思う根拠をお聞かせください。
Posted by darkness at 2017年05月07日 16:04
darkness様

 何かを発明してその先行者利益を得る人をイノベーターと呼んでいるつもりです。高収益性と高生産性の源泉・主要因は発明や革新そのものであり、エンゲージメントが生産性にもたらす効果はマイナーな部分に過ぎないと思っています。
 発明をしない/できない圧倒的多くの人はイノベーターの被雇用者として労働対価報酬を受けとる存在であり、「エンゲージメントが社員の積極性、自主性、創造性あるいは協同作業の効率に直結する」といってもその効果がドイツの高生産性の主要因として説明することが出来るほど大きなものか疑問を感じています。

 企業内の雇われ社員が青色発光ダイオードを発明できたのはエンゲージメント高かったせいではなく、そもそもイノベーター資質あるいは強い動機づけによる労働集約的研究成果であり、それだからこそ訴訟によって成果の代償を得ようとしたのはないでしょうか。発明者の真の思いは分かりませんがエンゲージメントが高ければむしろ訴訟に踏み切ることはないという論理になると思います。

 エンゲージメントの高かった日本の後高度成長期と同じことをやっても現在ではエンゲージメントに対して逆効果になるというのがケン先生の主張と理解しました。しかし欧米の高生産性の根源的要因はエンゲージメントにあるとまでは考えられず、エンゲージメントの阻害要因を取り除くこととは別の方策が生産性を欧米水準にまで高めるには必要ではないかと思うのです。
Posted by yb-tommy at 2017年05月08日 02:03
レスが遅くなりましてすみません。

yb-tommyさんが疑問を呈せられている通り、エンゲージメントの問題を解決すれば、すぐにも低労働生産性は解決するとまでは考えていませんが、実際にエンゲージメントの低さがガバナンスの問題として指摘され、労働生産性の低さとも関連づけて考えるべき要因がある以上は、優先課題として取り上げて一定の解決をなし、それでも生産性が上がらない場合は、さらに対応を検討すべきと考えます。
また、エンゲージメントの低さの理由として考えられる、超長時間労働、有給休暇の取りにくいさ、仕事内容や責任の不明確、会議の多さ、社内行事や飲み会の多さなどを解決していけば、かなりの確率で労働生産性も向上してゆくのでは無いかと考える次第です。

特許訴訟については、類例の訴訟が続出していないところを見る限り、基本的には個別、例外事案として考えて良いのかなと思っています。ただ、日本型雇用における職能や権限の不明確が、人事評価や報酬基準の不明確さに繋がっており、およそ成果主義には不適当なシステムであることは間違いないでしょう。

あとブログ内での議論やコメントに対するコメントはトラブルの元ですので、ほどほどにしていただけると助かります。
Posted by ケン at 2017年05月08日 10:35
ケン先生にご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした。

ただ、

1.イノベーターは素質とおっしゃいますが、素質の中に、士気が含まれるのではないかと考え、士気を高くすることで、イノベーターの発生確率を高められるのではないかと考えた次第です。

2.訴訟が続出する一方で、一度技術革新を起こしたイノベーターが2度目の技術革新を起こす例が極めて少なく、これは、正当な評価をされない結果、イノベーターが意欲を喪失し、能力を生かさなくなったか、イノベーターとは一度しか技術革新を起こしえない。つまり、技術革新を起こしたイノベーターに地位の向上を褒賞として与えず、技術革新補助者とでもいうべき人間を高い地位に置いた方がよい。の2択であり、現在日本の成果主義は何の効用も技術革新に対しては生まないのではないかと考えました。

 上記2項目より、先のコメントをさせて頂きました。皆様の技術革新の発生要因及び阻害要因のお考えをお聞かせいただければ幸いです。

 不適切でしたら、非公開で結構です。失礼いたしました。
Posted by darkness at 2017年05月09日 12:34
この分野に知悉しているわけではないので十分なコメントはできませんが、例えばソ連でも、AK47を発明したカラシニコフは、当然ながら特許など与えられませんが、中央の国防省開発局に抜擢されて順調に昇進しています。昇進後もRPK軽機関銃やAK74を開発しています。技術革新と呼べるほどではないでしょうが、十分すぎるほどの成果でしょう。
ミグ戦闘機の設計者であるミコヤンも、ミグ1から同25に至るまで開発し続けています。

マーケットが存在せず、イノベーションを適切に(客観的に)評価する術を持たないソ連型システムは、技術革新そのものが低調ではありましたが、全然ダメというほどでも無かったのです。
まぁ「適切な報酬があればOK」という単純な話でも無さそうだというだけなのですが。
Posted by ケン at 2017年05月10日 13:28
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: