2017年06月06日

ザハロワ様のジゼル 2017

今シーズンは今ひとつ食指が動かず、かなり久しぶりのバレエ鑑賞になってしまった。
ボリショイの公演は1年近く前に予約しなければならず、当然ながら1年先の国会会期中の予定など立つわけも無いわけで、「仕事をなげうってでも行く」価値のあるものしか予約できない。もちろんザハロワ女史のことである。
今回の選択肢は、「白鳥の湖」と「ジゼル」ということで、白鳥にするつもりだったが、私が予約する頃には会員用先行予約で良い席が埋まっており、「ザハロワのジゼルも贅沢だよな」ということでジゼルにした。女史の公演だけは、チケットが高値に設定されているにもかかわらず、あっという間に完売するのだから、相変わらずの人気である。

top_images1.jpg

当日、会場に行ってみると、楽屋口には黒塗りの車が何台も止まっている上、ホールの入口からして物々しい警備。ロシア大使が来るくらいは考えられるが、それにしては物々しすぎる。テロ予告でもあったのかと思わなくも無いが、であればもっと厳しい警備になっていただろうから、微妙な案配。
すると、ゴロジェッツ・ロシア副首相と安倍総理が「ロシアの季節」開会の挨拶を行い、会場を見てみれば、中央中段に安倍総理、岸田外相、高村自民党副総裁が三人並んで座っている。驚くべきことに最後まで観劇していた。第五次日露協商が成る日も遠くない。

「ロシアの季節」とは、ロシア政府肝いりによる、諸外国における文化祭典を催し、継続的にロシアの芸術家を送り込んでイベントを行う事業を指す。要は、国家事業による文化プロパガンダである。もちろん、日本政府の「クール・ジャパン」などとは比較にならない「重さ」があるが、これは国家戦略上の重要度を示すもので、ソ連あるいは帝政ロシア以来の伝統と言える。

「権力の道具」としてのボリショイ劇場。その支配人は就任時に閣僚に呼び出されて「ボリショイとは何か」の薫陶を受けるという。全てに従属的な日本人と異なり、「道具」の自覚があるからこそ、アーティスト側に反発も生まれ、芸術表現の相克が生じる。同時に権威のモスクワと反権威のペテルブルク(マリインスキー)という対立軸も生まれ、ロシア芸術に深みをもたらしている。
こうした「圧倒的な権力と反権力」は、ロシアの不条理そのものであり、ロシア人アーティストの表現に決定的な影響を与える。欧米のオペラであれバレエであれ、そのテーマの多くが「抗いがたい不条理」に基づいているが、幸いにも現代日本では一般生活において不条理を覚えることが比較的稀であるため、日本人の表現者は不条理や暗黒面が上手く表現できない。
私が常々繰り返している「日本人バレリーナは白鳥は踊れても、黒鳥は踊れない」はこの延長線上にある。真面目に努力しているだけの良い子ちゃんには表現できない(理解できない)世界があるからだ。

余談が過ぎた。
「ザハロワでジゼル」など、私にとっては「平日のランチに和牛ステーキ」的な贅沢を覚えるが、それはそれで良いだろうというのが今回の判断だった。実際、「ロシアの季節オープニング」に「白鳥の湖」ではなく、「ジゼル」を持ってくるにはそれなりの理由があるのだろう。

目的のザハロワ女史は、「妖艶すぎて村娘には見えない」問題はあるものの、安定したテクニックと舞台にあるだけで美しい存在感と上品な演技力で、完全に舞台をコントロールしていた。特に演技力に磨きがかかっており、テクニックで圧倒する演目では無いだけに光るものがあった。
それにしても、前にも思ったが、女史はどう見てもガリガリに痩せており、筋肉のつく場所も無いような感じなのだが、完璧な身体コントロールを見せていて、彼女の存在自体が奇跡にしか思えない。
確かに全く文句の無い舞台で、女史に至ってはずっと目が釘付けだったのだが、終わってみればやはり「平日ランチに和牛は贅沢だったか」と思わなくも無かった。

「ロシアの季節初日」「ボリショイ初来日から60周年」ということもあり、中堅ダンサーも選りすぐってきたようで、コール・ド・バレエも非常に美しく、中には何人か「プリンシパルでも良くね」くらいの感じのダンサーもいて、高い水準を示していた。ただ、初日のせいか、どうも緊張感が漂っていて、やや堅さが見えた。また、レベルを重視しすぎて群舞としてのバランスという点では、難があったかもしれない。

伯爵役のロヂキンは若手だと思っていたが、もはや十分な貫禄があり、ザハロワ女史の相手役としても十分な安定感を示していた。

最近のロシア・バレエは衣装が美しく、特に色合いが非常に私好みで気に入っている。その意味では、第二幕はブルーライトが続くので惜しかった。

そして、今回はモスクワから劇場直属の管弦楽団を連れてきており、単なる背景音楽ではなく、舞台と一体化した芸術を見せてくれた。なるほど改めてボリショイ管弦楽団の存在の重さを実感した次第。個別に何が違うのかと聞かれても上手く説明できないのが悔しいが。

次は「パリの炎」である。
posted by ケン at 12:41| Comment(2) | バレエ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やはりケンさんはザハロワ様ジゼルですね。
私は同日昼のオブラスツォーワを観ました。
東京最初の公演ゆえかコールドがイマ1、イマ2…
ウィリがドスドス足音立てたり、つんのめったりしちゃダメでしょー
可憐で健気なオブちゃんジゼルをやっと全幕で観られたので良しとしますが。
パリの炎は土曜日にびわ湖まで遠征してきました。
オブちゃんの初役かつ日本初演ですからね〜
出演者皆ガチの踊りまくりで興奮し、エンディングで鬱になりますたw
ケンさんのご感想、楽しみにしています。
Posted by 過客 at 2017年06月12日 20:23
まぁジゼルだったらジェーニャたんの方が良かったかもです。
確かにコールドはこちらでも足音が立っていて、コールドとしての評価は低くて当然でしょうね。個別的には技量も高そうに見えたのですが。

スパルタクスが好きじゃないので、パリの炎も食わず嫌いしてたのですが、今回は、というか明日意を決して参ります!余りチケットの三階正面ですけど。
Posted by ケン at 2017年06月13日 13:51
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: