2017年06月17日

ボリショイ2017 パリの炎 

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日本初演となる「パリの炎」を観に行く。本来はマリインスキー(キーロフ)の演目であるはずだが、ボリショイが日本で初演してしまって良いのか気になるところではある。まぁラトマンスキー版が制作された時点で「ボリショイのレパートリー」になったと解釈すべきなのだろう。それでも何故いま「パリの炎」なのか、ひょっとしたら当局の指示があったのかもしれない。背景事情を聞けたら面白そうだ。

「パリの炎」はフランス革命賛歌のバレエ劇で、初演は1932年11月7日、つまり「十月革命15周年」を記念して制作された。当時、農業集団化政策によってウクライナで数百万人が餓死する「ホロドモール」が進行していたことを思えば、まさに亀山先生の言う『熱狂とユーフォリア』の祝祭的側面を象徴する演目と言える。

スターリン時代というと、一般的には粛清の嵐が吹き荒れ、人々は絶対的な絶望の中でただひたすら暴風が過ぎ去るのを待つだけの暗黒の時代だったように思われている。だが、現実には粛清の暗黒と同時に、「共産主義社会の建設」に向けた全体主義的な一体感、熱狂、ユーフォリア感覚が同居していた。

『熱狂とユーフォリア―スターリン学のための序章』 亀山郁夫 平凡社(2003)

時期は異なるが、「スパルタク」(ハチャトリアン)もボリショイの演目で革命賛歌だが、音楽的にも舞踏的にもあまり好きでは無かったため、「パリの炎」も「例のソヴィエト・バレエだろ」と「食わず嫌い」状態にあった。だが、縁あってチケットを一枚融通してもらえる機会があり、観てみることにした。日本人には馴染みの無い演目であるが故に、これが最初で最後になってしまうかもしれないからだ。

さて、肝心の舞台。「スパルタクもどき」を想像していたが、あに図らんや全く別物で、確かに革命賛歌ではあるのだが、そこには突き抜けた祝祭感が溢れていて、主催者が言う「圧巻のステージ」は決して誇張では無かった。「まぁここまでやるなら文句の付けようが無い」というくらい徹頭徹尾高揚感に満たされており、その点がスターリン死後の不安定な時期に制作された「スパルタク」との違いなのだろう。
その代わり細かい感情表現などは無きに等しいわけだが、「そんなものはどうでもいい」と思わせるほど、パワーと勢いで2時間を押し切ってしまう。舞台上のダンサーの多さも圧巻で、特に男性ダンサーが広い舞台を所狭しと飛び回るところが、大きな魅力になっている。

今回の場合、革命指導者フィリップ役のラントラートフ氏が、「これでもか」というくらい少女漫画に出てきそうな理想の男性ダンサーを演じている。とにかく線が細く、背もあまり高そうではないのだが、力強い跳躍とリフトアップで完全に観客を魅了していた。逆に、惜しいことにヒロイン・ジャンヌ役のクリサノワ女史が地味に見えて舞台に沈んでいた観があったくらい。
私などは、フィリップ役はもっとマッチョな方が良いのではと思うわけだが(舞踏的には非常に良いのだが、見た目的に)、それでは完全に一人舞台になってしまうし、女性ファンの大半はラントラートフ氏に熱狂していたに違いない。

全般的には、振付の基本はクラシックであるにもかかわらず、舞台としてはダンス、パフォーマンス、パントマイムの要素が強く、クラシック・バレエの舞台としては伝統的でも現代的でも無いという点で非常に中途半端なものになってしまっている。玄人的には「評価するにも値しない」と言いそうなレベルなのだが、舞台パフォーマンスとしては観客を熱くさせるに十分で、非常に満足度の高い演目に仕上がっている。結果、舞踏のプロからすると、「ケッ、あんなの邪道」と陰口を叩きながら、興行的には認めざるを得ないものになっているものと推察される。
実際、私が観た舞台も、ボリショイとしてはあり得ないくらい空席があったものの、観客の熱狂具合と満足度は非常に高かったように見受けられた。

もう一つロシアっぽいところは、劇中劇と言えるヴェルサイユ宮殿における夜会と、そこで演じられるバレエ劇で、シュライネル女史の熱演もあって舞踏的には一つの見せ場になっているのだが、本筋とは本来関係ないにもかかわらず、かなり長い時間が割かれていた。こうした「このシーンは一体何の意味が?」みたいなものの多さは、ロシアの映画や舞台でも一つの特徴と言える。

「パリの炎」は熱い舞台デス。
posted by ケン at 13:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
クリサノワ地味でしたか。
ジャンヌ役はやはりオーシポワみたいな超絶身体能力がないとフィリップ役に伍して見せ場を作るのは難しいですかね…
オブちゃんはあくまで「バレエ」だからか一体感は今ひとつでしたが、あれだけ舞台中が踊りまくるの見せてくれるのはボリショイならでは。
その意味では大満足でした。

ロパ様ついに引退とのこと。
前回の来日で踊った白鳥が最後の白鳥らしいです。
ありがたや。
Posted by 過客 at 2017年06月19日 09:51
別に悪いところはないのですが、ヒロインなのに華が今ひとつでした。舞台の華とか存在感って何なんでしょうね。確かにオシポワ女史は華があります。

ウーリャは今期ケガで、来年の来日公演にも名前が載っておらず、大丈夫かと思っていたところでした。せめて来年の世界バレエでお目にかかれればと。

自分的には前回の世界バレエで見た瀕死の白鳥が全てでした。映画も良かったですよ。
Posted by ケン at 2017年06月19日 12:25
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