2018年02月08日

党略では無い改憲とは何か

【改憲論議「党略でなく」…首相、野党に議論促す】
 「党利党略や党が割れるからということではなく、前向きに取り組んで良い案が出ることを期待したい」
 31日の参院予算委員会で、安倍首相が憲法改正論議に消極的な野党にチクリと嫌みを言う場面があった。
 立憲民主党の枝野代表は憲法の定義が異なるとして、首相の下での論議に応じない姿勢を鮮明にしている。希望の党の玉木代表も首相が掲げる自衛隊の根拠規定追加に否定的だ。分党騒動が続く希望では「改憲議論を始めたら、もっとバラバラになる」(関係者)との事情もあるようだ。
 首相は幅広い賛同を得て改憲したい考えで、「私たちには国会で議論を深めていく義務がある」と各党に具体案の提示を呼びかけた。
(1月31日、読売新聞)

どうも安倍氏は自分がやりたい改憲の議論が進まないことにイライラしているようだ。
そもそも立憲民主党、NK党などは基本的に改憲不要を主張しており、自民党の土俵に乗ってやる必要は無い。改憲が不可欠であれば、自民とKMで衆参ともに3分の2を占めているのだから、自分たちだけで独自案をつくって採決してしまえば良い。
「自公が勝手につくった改憲案」と言われるのが嫌で、その場合、国民投票で否決される恐れが強いために、何とか「全党一致で改憲案をつくりました」という形をつくりたいのが自民党側の本音なのだ。それこそ党略以外の何物でもない。自主憲法制定は、自民党の悲願であって、他党には関係ない。
安倍氏は、都合が悪いと「首相だから答える立場に無い」などと答弁を回避するくせに、同じ立場のまま改憲を呼びかけるダブルスタンダードを貫いている。まして憲法遵守義務が課されている首相(行政の長)に「改憲議論を進める義務」などあろうはずもない。

以下参考。
現行憲法の「脱軍事・戦争否定」の理念を否定することは、天皇制護持の対価・条件を撤廃することに他ならない。喩えるなら、保護観察を条件に仮釈放されたものが、「俺はもう犯罪になんか手を出さないから」「もう本釈放でいいだろう」と一人勝手に保護観察を外して保護司の家に行くのを止めてしまうようなものなのだ。確かに講和条約を締結したことで、日本は独立を果たしたわけだが、それはあくまでも「仮釈放」というのが従来の政府解釈であり、大筋において日本国民に共有されていたと考えられる。その「仮釈放」から「仮」を外すための手続きこそが憲法改正であり、それ故に衆参各院の3分の2の同意と国民投票の過半数という高い障壁が設けられた。それを「ハードルが高過ぎる」という理由で、憲法改正を経ずに閣議決定と個別法の改正によって、「保護観察」を実質的に無効化してしまおうというのが、野田内閣と安倍内閣の方針だと言える。

戦後のドイツは、東西共に、徹底した「脱ナチ」と「極右政党(西独では左右全体主義政党)の禁止」を行った対価として再軍備が認められたが、日本の場合は再軍備を否定する代わりに「脱権威主義」が緩和され、天皇制の部分的保持が認められた。
ところが、現行憲法の「脱軍事・戦争否定」の理念を否定した場合、若干権威主義性が緩和されたとはいえ、天皇制が前面に出てくることになる。これをドイツに置き換えるならば、軍備を保持する統一ドイツが全体主義政党を容認するようなものなのだ。ドイツの場合、民主主義原理を徹底させる条件で軍備保持が容認されているわけだが、逆を言えば、ドイツは全体主義に対して常に戦闘的であることが求められている。
しかし、現代日本の場合、全体主義や差別に対して寛容で(NK党やKM党あるいは極左セクトが認められ、極右によるヘイトスピーチも取り締まられない)、体制としても権威主義が温存されている状況下にあって、軍事・軍備の制限を解除することは、まさに「戦後レジーム」の否定に他ならない。

従って、原理的には仮に日本が再軍備や軍事活動の制限を撤廃しようとするならば、まず権威主義=天皇制を廃して民主主義原理を徹底させて、シヴィリアンコントロールが完全に担保されることを国内外に示す必要がある。その憲法改正は「天皇制を廃止し、デモクラシーを徹底させるが、同時に再軍備を実現する」というものでない限り、旧連合国(現国連)からはポツダム体制に対する挑戦として理解されるだろう(米国は自軍の肩代わり役として期待するところがあるが)。安倍一派による「戦後レジームからの脱却」は「権威主義体制のままミリタリズムに回帰する」という意味で、どこまでも挑戦的で危険なものなのだ。
集団的自衛権容認の閣議決定を受けて・続、2014.7.17)


なお付言すると、ケン先生は積極的改憲論者で、第一条と第九条の同時削除による「共和国原理」の確立を主張している。単なる9条の削除や、再軍備宣言はポツダム・国際連合体制への挑戦となるため、日本の再軍備には徹底的な民主化(権威主義の排除)が不可欠であるという考え方だ。
posted by ケン at 12:43| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
1条に関しては継承者不在による共和国化を待ってます。生きてるうちに少しだけ見れる可能性あるかも。
Posted by hakoniwa at 2018年02月08日 21:58
恐らくそこが最も現実的なのだと思いますが、果たして「戦争に負けたから民主化」に続いて、「後継者不在だから共和化」で良いものか、後世の人に申し訳ない気がしてなりません。
Posted by ケン at 2018年02月09日 12:44
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