2018年05月07日

日本保守の耐えられない軽さについて・上

日本では、左翼政党が国会の議席で10%も取れない時期が20年続いている。その間、新自由主義者と非自民系保守とノンポリ系リベラリストが民主党で緩い連携をなしつつ、自民党と対峙してきた。だが、自民党を上回る議席は獲得できず、小沢一郎氏が主導権を握って社会民主主義的要素を加味した小沢・鳩山路線を打ち出すことで、リーマンショックの影響もあって政権交代を実現した。しかし、それも一年と保たずに瓦解、菅内閣でTPPと消費増税路線に転じ、野田内閣で秘密保護法と集団的自衛権の解禁を進めるに至って、「自民党と何が違うのか」という話になり、再び政権交代が起きて安倍内閣が成立した。

その自民党は、2012年の総選挙直前まで穏健派の谷垣禎一氏が総裁を務めていたが、菅・野田内閣の右傾化の影響で、自民党内でも右ブレが起きて極右の安倍氏が新総裁に選出された。
なお、フランスで極右政党とされる国民戦線(Front National)が日本の自民党と比べて本当に「極右」と呼べるのかについては、こちらを参照されたい。

【参考】 フランスにおける既存政党の難しさについて

極右とされてきた安倍氏が総理となって5年を経て、秘密保護法、集団的自衛権を認める安保法制、通信傍受を拡大させる刑事訴訟法改正、未遂でも重大犯の構成要件とすることを可能とする共謀罪などが導入された。過去の戦争における日本の侵略性や犯罪性を否定、侵略戦争の否定の上に成り立っている現行憲法を否定し、戦前の明治帝政を称賛する傾向を強めている(明治150周年事業)。

確かに安倍政権が成立して右派的政策が進んだとは言えるのだが、その多くは直前の民主党政権で準備されたもので、必ずしも「極右政権が成立したから」とは説明できない。また「女性活躍」というネーミングは別にしても、保育所の整備が進められ、女性の役員登用や社会的進出が(少なくとも表面上は)追求されており、これは本来的には家族原理と性別役割分担を重視する保守の原理に反するものだ。侵略戦争を否定した上、戦争指導者を顕彰する靖国神社に参拝する国会議員は、安倍政権の成立直後こそ170人近くになったこともあるが、現在は70人前後で推移しており、これは国会議員の10%前後に過ぎない。一部には、極右団体である「日本会議」が悪の秘密結社として暗躍していると指摘する向きもあるが、彼らの集会に出席したり、講演したりした知人たちの話では、出席者の大多数は超高齢者だという。

昨年10月に行われた衆議院総選挙の票を見ると、
自民:1856万票 33.3%
KM: 698万票 12.5%
維新: 339万票 6.1%

立民:1108万票 19.9%
希望: 968万票 17.4%
NK: 440万票 7.9%
社民: 94万票 1.7%

権威主義寄りの自公維の比例票は2893万票、これに対し自由主義寄りの立希共社は2610万票で、かなり拮抗しているが、小選挙区制度の影響で自公が議席の7割を占有した。このことは、国民が相対的に「自民党がマシ」と評価しているだけで、必ずしも極右政策や権威主義路線が支持されているわけではないことを暗示している。その結果、安倍氏が悲願とする憲法改正は、自民党内でも案がまとまらない事態に陥って、行政の長である総理が憲法改正を主導する始末になっている。

これは先にhanamaru同志が指摘されたことだが、本来中道とは左右が並立しているからこそ成立しうる概念であって、左翼勢力がほぼ無力化されている現在では意味をなさなくなっている。結果、中道を志向した民主党・民進党も瓦解し、民主党を純化した形の立憲民主党は「リベラル保守」を自称するも、自らの理念と立ち位置を暗中模索している有様にある。彼らの自称保守を鵜呑みにした場合、日本の下院は98%を保守陣営が占めることになり、「保守独裁」が完成しているはずだ。

【参考】 立憲民主党の保守とは何か 

日本に極右政権が成立して5年が経ち、自称を含めると国会の議席の殆どを保守派が占めるに至っているはずだが、永田町から自国を改めて見つめ直して感じるのは、「劣化が進んでいる」のが第一印象で、頭に浮かぶ疑問は「彼らは一体何を保守したいのか」という点である。以下、過去ログ「歪なる保守主義」から援用しながら再考したい。

イデオロギーとしての保守主義は「反フランス革命」に端を発するが、それは「理性による独裁」「理性の暴走」が国王を処刑し、国民の大量殺戮に走ってしまった反省に起因した。
今日の概念で言うところの限定合理性がそれで、人間が万能で無い以上、合理主義には必ず限界があり、それを過信することは戒められるべきだということになる。人間の存在理由の一つは、代々に渡って培ってきた郷土、伝統、文化、言語といったものを子々孫々に伝えてゆくことであり、それに介入しようとする外国の圧力や国家権威には真っ向から抵抗する。
英国が常に反革命と反ナポレオンの旗を掲げ続けたのは、大陸流の近代主義、革命主義、合理主義、そしてグローバリズムに対する保守主義=伝統重視、漸進志向、経験則に依拠していた。英国に「ポンド」と「ヤード」が残ったのは、メートル法というグローバリズムに対する伝統保守の表れだった。また、英国における自由の概念は、王権から信仰と財産を守るために生まれた。

ところが、日本では尺貫法の復活を求める保守運動は見当たらない。学校で国語(日本語)の時間を減らして英語の授業を増やせなどという話をしている始末。もっとも、「日本語」自体が、明治期に人工的につくられた言語であり、少なくとも戊申期には京人や江戸人が薩摩人や会津人と会話するためには通訳が必要だったことが分かっている。そして、徳川家による江戸城を含む資産返還運動や名誉回復運動も起きていない。ケン先生は幕臣の末裔だが、徳川家が戊申政変を否定し、これらの保守運動を起こすというなら、支援するのもやぶさかではない。

また、日本で夫婦同姓が制度化されたのは、明治31年の民法改正が起源。それまでは夫婦別姓が基本で、同姓を選択できただけだった。明治以前は夫婦別姓が基本で、武家に嫁いだ女性も姓は実家のものを名乗っていた。つまり、夫婦同姓の「伝統」はわずか100年のものでしかない。にもかかわらず、保守を自称する連中は平気で「夫婦同姓は日本の伝統」「夫婦別姓になったら家族の一体性が失われる」などと主張しているが、彼らにとって戊申以前の歴史と伝統は「無かったこと」なのだろうか。
なお、明治31年の民法改正に際して、司法省がドイツ式の夫婦同姓案を提示したところ、当時の保守派から「日本古来の家父長制に反する」と大反発を受け、戸籍に絡めて「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」とすることで折り合いを付ける始末だった。
ケン先生に言わせれば、自分よりも自国の歴史を知らない人に「保守」を自称する資格は無い。

英米の保守主義が王権や中央政府からの自由に依拠しているのに対して、フランスの保守主義は国家主義を志向する。それは王権の否定によって成立した基本的人権を始めとする「共和国の原理」を至上の価値とし、「自由・平等・博愛」の理念に基づく国家建設とその防衛・発展を効率的に行うために存在する。故に米英の保守主義者と異なり、フランスの保守主義者は中央集権志向が強く、「共和国の原理」に基づく国民統合を積極的に進め、フランスの威信を全世界に示そうとする、いわゆる「ド・ゴール主義」である(苗字からしてガリア人だし)。フランスにおいて「共和国の原理」を否定するものは保守主義者ではなく、王党派=反動と見なされる。また、保守においても進歩主義や合理主義に対して肯定的である点も大きく異なる。故にフランスにおける左右対立とは、社会政策や労働・産業政策の違いが大半を占める。極右と言われる国民戦線ですらフランス語とフランス文化を受容する移民は拒否しない。

フランスで「真の保守」と言えるのは、フランス革命を否定する反動主義者を指す。その主張は、「自由、平等、博愛」の「共和国(近代)の原理」を否定し、革命以前の統治原理・理念の回復を求める。ごくおおざっぱに言えば、「国家、家族、カトリック」がそれだ。国家とは、国家主義あるいは権威主義を指し、人民に対する国家の優越、日本で言う「御恩と奉公」(人民は国家に奉公し、国家は人民の生命・財産を保障する)を強調する。国民戦線も、父親のジャン=マリー・ル・ペン氏が党首だった頃はこの路線だったが、娘のマリーヌが党首になると、現行の比較的穏健な保守路線に転向、「共和国の原理」も半ば肯定している。結果、党勢は拡大したものの、保守原理は薄まっている。また、フランスではカトリックの衰退が著しく、保守原理としてどこまで求心力を保てるのか、疑問がある。
以下続く
posted by ケン at 12:06| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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