2018年05月12日

4年ぶりのRussian Front

独ソ戦キャンペーンの中では最も好きと言える「ロシアン・フロント」(AH/HJ)だが、4年ぶりのプレイとなってしまった。キャンペーン・ゲームのハードルとしては低い方の作品のはずだが、様々な余裕が無くなっていることの証かもしれない。

この日は20年ぶりに再会したH先輩、いつものK&O先輩の4人でプレイ。「ソロプレイはしたことがある」H先輩がドイツ軍の北・中を、O先輩が南方軍集団、K先輩がソ連南部、ケン先生がソ連北部を担当した。

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先の記事にも書いているが、本ゲームは初期配置がかなり自由にできるものの、両軍の「やるべきこと」は明白で、ドイツは「包囲殲滅と後方遮断」、ソ連軍は「後方脱出と鉄道線の死守」が求められる。そのため、自由配置ながらも、第一ターンの「やるべきこと」は熟練者ほど限定されることになるが、非常にパズルチックな動きとなる。
どのバルバロッサのゲームにも共通するが、第一ターンのドイツ軍の突破と包囲殲滅が失敗に終わると、いきなりソ連側に余裕が出来て楽勝モードになってしまうため、第一ターンのドイツ軍の機動はよほど注意が必要となる。もっとも、過去には第一ターンの独軍の電撃戦が失敗に終わり、余裕ができたソ連側が防衛線をかなり前に押し上げたところ、第二撃で壊滅してしまい、戦線がスカスカになってしまったこともあり、ソ連側も気を抜けない。

初の対人プレイで、「主役」を任されたH先輩は配置からウンウン唸っており、第一ターン終了時には頭痛モードに入っておられた。案の定、「電撃戦」の使い方が不十分で、「予備」を置かなかったため、第一ターンにヴィルナを包囲することにも、ミンスクに取り付くことにも失敗した。
第一ターンの北部ドイツ担当者は、予め「ターン終了時のイメージ」をかなり明確にしておかないと、包囲殲滅が難しく、ソ連側に大きな余裕を与えてしまうことになる。
独ソ戦のゲームなら概ね共通していることだが、ドイツ軍は湧いて出る分以上のダメージをソ連軍に与え続けない限り、必ず破断界を迎えることになる。それだけに、相当に無理を重ね、自軍の出血を躊躇すること無く、攻撃し続ける必要がある。これがなかなかに難しく、どうしても戦力を温存する方に流されやすい。しかし、これは宿題しないで遊んでいる子どもと同じなのだ。

実際、独南方を担当したO先輩がかなり無理押しをしたことで、降雪前(11月)までにハリコフ前面まで押し出して、ゴメルも陥落させたものの、中央部はスモレンスクを包囲したところでストップ、北部はプスコフを落として停止という有様だった。下手すると、スターリン閣下に「じゃあ、シベリア師団は要らないよね」と言われそうな流れだが、逆にドイツ軍側には殆どダメージが入っておらず、42年春に持ち越しという情況だった。

実質的には11時半スタートで18時までに41年11月が終了。1ポイント差で「ソ連軍戦略的勝利」となった。
前回は、私が北部ドイツ軍を担当して、同時期までにモスクワとレニングラードを半包囲したにもかかわらず、南部の進撃が遅れた結果、1ポイント差で「ソ連軍戦術的勝利」となっただけに、「引き分け」を超えて史実に相当する「ドイツ軍戦術的勝利」まで持って行くのは至難中の至難と言わざるを得ない。
純粋に勝利得点だけを考えれば、南部に広く展開して重要都市を占領する方が効率的なのだが、その場合、ソ連軍は決戦を避けて戦力を温存する策に出ると思われ、42年春以降が心配になる。

本作に特化したテクニックが求められる点でハードルが高いものの、選択肢の幅、バランス、ギリギリ感など非常に優れた作品であることを再確認した。一年に一度くらいはプレイしたいゲームである。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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