2018年06月07日

もはや中国に太刀打ちできない日本

中国の就労ビザを申請する関係で、あちらの大学側に採用証明書をPDFで送るように求めたところ、その日の午後には英文かつ学部長印の入った書類が送られてきて、「中国やべぇ!」と思ったのが少し前のこと。

その後、手続きを進める上で、学位記の原本を提出してしまうと問題があることが分かり、母校で大学院の修了・学位取得証明書(英文)をとることになり、直接訪問して申請したところ、発行は営業日で7日、実質12日後ということが判明し、呆然となった。
母校では、さんざんグローバリゼーションがどうの、英語の国際化がどうのと言われたものだったが、実のところ母校が最もグローバリゼーションから取り残されていたことが分かったからだ。グローバリゼーションの特長の一つは、「より早く、より遠くに」「徒歩から鉄道、鉄道から飛行機、飛行機からインターネット」であり、それに合わせたスピードが求められる。戦前の軍人が総力戦と騒ぎ立てながら、総力戦の本質を殆ど理解していなかったことに近いだろう。
余りの恥辱に、半日で英文の採用証明を送ってきてくれた中国の大学の学事課長に報告する言葉が見つからなかった。

中国で半日で済ませられる作業が、日本では12日もかかるということは、単純計算で中国が日本の24倍の作業量をこなせることを意味している。母校でも、学生や卒業生の情報はとうに全てデジタル化しているはずであり、本来であれば、書類自体はその場で打ち出せるはずだ。仮に管理者の決済印が必要だとしても、翌日くらいには準備できるだろう。実際、戸籍や住民票などは、申請した場ですぐに受け取れるようになっている。大学の証明書が1週間も2週間もかかることに合理的な説明は付けられないだろう。

研究者の待遇や論文数でも、日本はすでに中韓に太刀打ちできなくなりつつあるが、事務作業に至っては1世紀分くらい後進国になってしまっていることが分かる。恐らくは、10年前でも20年前でも同じだけの時間が掛かったものと考えられるが、それは日本の組織がおよそ自己改革能力に欠けていることを意味している。

この一点だけ見ても、日本に期待できるものは何もないことを、改めて認識した次第。

【6月8日、追記】
中国で教えたことのある先生によれば、「貴君は単に学部長案件のVIP待遇で手続きが早くなっているだけでは?」とのこと。日本側の手続きの遅さは話にならないが、中国側の事情はそうかもしれないので、一旦保留します。ただ、自分が卒業した私立の学部を確認したところ、和文でも英文でも「木曜に申請して翌月曜発行」とのこと。中三日からせいぜい五日くらいまでなら自分も許容できたと思うのだが。これだから国立、公立はダメだという話になるのだが、当人たちには全く自覚無いようだ。
posted by ケン at 12:34| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かケン先生の大学院は国立大学でおられたと思いますが、国立大の事務の最悪さは大学業界では有名な話ですね。彼らは上司や文科省に対する説明責任を優先して仕事している感じですからね。

ただ私の母校の国立大は和文1週間、英文3週間でした。ちなみに私の勤務先の中堅私立大は和文即日、英文1週間でありましで、英文1週間というのは日本の大学ならましな方、という印象を持ってしまいますね(中国と比較するとがっかりしてしまいますが)。ただ卒業証明くらいは即日発行できるべきだと思いますね。

日本の研究予算の貧弱さは有名ではありますが。その少ない予算の配分において事務方に対する配分が一層少ないのではないかと思います。ただこちらがクローズアップされる機会は凄く少ない印象ですね。日本社会は日本軍のように間接部門を軽視する風潮がまだ残っているからかもしれません。
Posted by ヤッシー at 2018年06月08日 10:38
私立だった学部の方を確認したところ、英文でも和文でも中三日ないし四日でした。押印があるので、それくらいは許容範囲ですし、私もせいぜい中五日くらいで考えていただけに、ショックでした。何のためにデジタル化しているのかと。

後方部門が削られるだけ削られる悪弊は昔から変わらないようです。
Posted by ケン at 2018年06月08日 12:45
日本でぐろーばりぜーしょん!を声大に叫ぶ御仁が決まってやりたがるのが、先日ブログ主様が論じておられた高プロや裁量労働制等の労働搾取、そして下記のような目的不明の産業政策なわけで……

https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20180607-00085979/

記事の書き手が右派だとか表現規制賛成派(らしい)ことを加味しても、およそ効率化とも市場原理とも程遠いデタラメ政策の惨状が非常によく伝わってきて、ヲタとしても涙を禁じえません(まあ、ご当地アイドルのPR活動?に"震災復興予算"がつく国ですから、今更ですが)。

以前あるイスラム研究者の方が「日本はこのままじゃ成功した社会主義国から失敗した社会主義国になる」と嘆いておられましたが、それもむべなるかなと。
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2018年06月08日 18:34
自己改革できない組織は急速に腐敗、劣化が進むという話で、それは右も左も関係ないわけです。「ソ連は一党独裁だった」という話も、いまや中国の例を挙げて反証できるわけで、かりそめにも自由と民主主義を掲げている日本も自己変革できなくなっていることを思えば、強度の問題に過ぎないと見ています。右も左も時代に対応できないし、代案の提示もできていません。その意味では、私などは野党内野党として、居場所を失ってしまったとすら言えます。

戦後70年以上、上手くいったのだから「十分」と考えるべきなのかもしれません。
Posted by ケン at 2018年06月11日 14:13
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