2018年07月05日

民族国家とデモクラシーの終焉・中

先の続き
さて、デモクラシーの話に移ろう。近代デモクラシーは、国民国家と併走する形で誕生し、発展してゆく。国民国家は工業化・近代化を目的としたが、その最大の課題は階級対立であり、事実、19世紀後半から20世紀初頭は、労働運動が最も過激化した時代だった。工業化の過程では、労働力の動員が不可欠だが、労働者の地位と待遇は恐ろしく低く、ストライキとサボタージュが蔓延、その生産性は非常に不安定なものだった。また、工業化に伴い、資源と市場を獲得する目的で、植民地獲得競争が起こり、同時に軍拡競争が起き、各国では兵員不足が生じ、この点でも国民の動員が不可欠となった。例えば、ロシア革命期の帝政ロシア軍では、一晩で一つの軍団からほぼ一個師団分の兵士が脱走するという事態が起きており、その戦力は恐ろしく不安定なものだった。同様のことは、日中戦争・国共内戦期の国民党軍でも起きているが、国民国家にも共通する課題であり、だからこそナショナリズムが称揚されることになる。

工業生産と軍事戦力の安定化を図るためには、市民に一定の政治的権利を付与し、国民統合力を強化しつつ、労資間の合意形成を容易にするのが最も合理的だった。地主や資本家による右翼党と、農民や労働者による左翼党が議会で利害を調整し、一定の合意を行うことで、階級間の和解が実現、ストライキやサボタージュ、あるいは敵前逃亡が減るという仕組みだった。第一次世界大戦において、各国の社会民主主義政党が戦争を支持したのは、デモクラシーに忠実だったためである。現代においても、トニー・ブレア氏が率いるイギリス労働党が、アメリカによるイラク侵攻を支持し、派兵したことによって有効であることが分かる。

これに対して、一般的あるいは共産党的なファシズム理解では、権威主義政党が労働者階級を弾圧して、資本に従わせる政治思想・制度とされているが、あまり実態をとらえていない。この理解では、イタリアでもドイツでも、ファッショ時代の方がむしろ労働者の待遇改善が進んだ面があることを説明できないからだ。現実には、権威主義政党が暴力と権威をもって、階級対立を止め、その党と政府に資本と労働力の動員を集約するのがファシズムと考えるのが妥当だろう。
しかし、この手法の場合、武力で中断させた階級対立の矛先を、外国人や外国に向けることでしか、国民統合力が維持できないため、第二次世界大戦を勃発させ、敗滅するに至った。以下、参考。
第一次世界大戦は、各国の軍事技術者や政治指導者の予想に反し、大規模かつ長期化を余儀なくされ、国家の工業力と経済力をフル稼働させて軍事生産すると同時に、国民大衆を肉体的にも精神的にも戦争に駆り立てる必要が生じた。また、政治社会的には、戦争の長期化と被害拡大に伴い、前線部隊の士気低下と国民大衆の不満増大が問題となり、厭戦気分や反戦運動・サボタージュへの対処が大きな課題となった。
戦争自体は、ロシアとドイツの軍事的敗北に起因する革命によって終了するが、共産主義ソ連の成立と、ヴェストファーレン(ウェストファリア)条約以降の慣例(領土権、主権と内政の不干渉)を無視したヴェルサイユ条約の締結、さらに植民地体制の動揺(民族解放運動の激化)と世界恐慌によって、「軍事力による国際秩序の再編は不可避」という認識が、特にドイツ、イタリア、日本において共有されていった。
ソ連はソ連で「資本主義帝国による、干渉戦争に次ぐ侵略は必ず行われる」という認識を有していた。具体的にスターリンは「米英の支援を受けた日波同盟が東西から挟撃してくる」と予想し、早急なる戦時体制の確立を目指して、重工業化、軍部粛清、大軍拡に踏み切ることになる。

「次なる世界戦争」もまた、一次大戦以上の超規模かつ長期化が予想されたため、総力戦に向けた継戦能力と軍事生産能力の向上と大規模動員を可能とする国家体制の構築が求められた。これが「総力戦体制」となる。
英米仏に比して経済的、産業的基盤の弱い日独伊は、国際的影響力や経済力の脆弱性を軍事的優越によって補正し、あるいは覆そうという意図を持って、市民的自由を制限しつつ、広範な国家動員体制を築いて、重工業化と産業基盤の強化を目指した。
総力戦体制とは何だったのか

二次大戦から米ソ冷戦を経て、結果的には、工業化・近代化において「国民国家+デモクラシー」の優越性が証明されたかに見えたが、そうでは無かった(相対的には正しいかもしれないが)。
米欧日で曲がりなりにもデモクラシーが維持されたのは、経済的繁栄と米ソ対立を前提とした階級和解(休戦状態)が担保されていたからだった。1990年代に、西側諸国の没落が明らかになってくると、米ソ冷戦が終わったこともあり、階級和解は反故にされる。中間層の増大によって、社会民主主義政党の力は弱まっているか、政治力や対資本交渉力を失っており、労働時間規制の緩和、非正規化・請負化、脱時間給、成果報酬制度の導入など労働者階級の分断が図られると同時に、消費増税や所得増税などによって中間層に対する収奪が強化され、一方で法人税の引き下げや銀行支援などによって資本の延命と優遇が進められた。

これらの不公平な改革は、外見上、民主的に選ばれた議会において決定されているが、現実には没落した中間層は過去の栄光を夢見て右翼党を支持、既存の左翼党は階級和解体制に慣れきってしまって、階級闘争を行うだけの思想も手段も無い状態にある。また、政府と右翼党は、中間層や労働者階級を分断し、あるいは選挙制度を都合良く改変することで、相対的優位を保ち続けている。

だが、こられは全て破綻を先送りにしているに過ぎない。国内の収奪を強化すればするほど、民意が適切に反映されないデモクラシーに対する無関心あるいは不満が増大し、いつしか暴力的解決を望む声が強まるからだ。無関心層の増大は、全員参加を大原則とするデモクラシーの正統性を損なうだけに、制度の根幹を融解させるものとなる。1991年8月にエリツィン・ロシア大統領がソ連共産党の活動停止命令を出した際に、全く抵抗が見られなかったのは、無関心層が圧倒的多数を占めていたからだった。
以下続く
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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