2018年07月22日

東京五輪は打ち水でヲモテナシ

【真夏の東京五輪、暑さ対策に打ち水など検討へ】
 国土交通省は、真夏に開催される2020年東京五輪・パラリンピックの期間中、道路への打ち水など伝統的な「暑さ対策」を行う。17日にマラソン元五輪代表の瀬古利彦氏らによる有識者会議の初会合を開き、「道路のおもてなし」の具体策の検討を始める。東京五輪・パラリンピックは20年7月下旬から9月上旬に開催される。道路を利用する競技は、マラソンや競歩、自転車競技などがあり、選手や観客の熱中症予防策が重要となる。有識者会議は、打ち水のほか、浴衣、よしずの活用など日本ならではの対策を盛り込み、観光PRにも生かしたい考えだ。外国人観光客に快適に過ごしてもらうため、路上でオープンカフェを開きやすいよう規制を緩和することや、案内標識のデザインの見直しなども検討する。さらに、赤外線を反射する遮熱材を路面に施して温度を上がりにくくする舗装技術などの効果を検証する。 
(2015年4月17日、読売新聞)

3年前の記事ではあるが、この「始まる前から負けている」既視感たるやどうだろう。
内申書を盾に強制動員された中高生の「ボランティア」が、炎天下40度(アスファルトの上では50度前後)の下で打ち水を行い、バタバタと倒れて行く絵しか思い浮かばない。果たして彼らは、靖国神社に祀られるのであろうか。

この記事で思い出すのは、「竹槍でB29」もあるが、やはりインパール作戦である。
最初から直線距離で400km近く離れ、その間にある大河、密林、2000m級の山を越え、インド領内に侵攻する計画だが、補給計画の見込みはハナから立っていなかった。牟田口司令官は、「日本人はもともと草食動物なのである。これだけ青い山を周囲に抱えながら、食料に困るなどというのは、ありえないことだ」と述べ、ジャングルに生えている野草を食用にする研究を命じただけだった。最終的には、ビルマ領内で強制徴発した牛などの家畜に物資を載せて進軍し、その家畜を食用にする「計画」となったが、現実には大半が河に溺れ、山から落ち、空爆の攻撃にさらされてほぼ全滅、作戦開始から一カ月も経たないうちに食糧に事欠くところとなった。

そもそも作戦計画は、3週間の攻勢を前提に立てられたにもかかわらず、1944年3月8日の開始から3カ月が経とうという5月末まで攻勢が継続されていた。いわゆる「抗命」「独断退却」事件が起きたのはこの時で、第31師団の佐藤幸徳師団長は「軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつあり、即刻余の身をもって矯正せんとす」と宣言した。
当初の構想は、「先制攻撃を加えて英軍の予備戦力を漸減することで、当面の攻勢意思を挫く」というものであり、占領地を保持するという話では無かった。その目的は不十分ながらも攻勢開始一カ月で達成していたはずだったが、「達成不十分」「このまま占領地を保持できる」と判断してしまった結果、補給不足のまま雨期を迎えてしまい、英軍の反転攻勢を受けて最悪の状況の中で破断界に達した。第15軍司令部が作戦中止を決定したのは、そこからさらに一カ月後の7月3日のことだった。

あれから70年余を経て、再び国家は国民の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつある。それは明治帝政の本質でもあるのだ。
posted by ケン at 00:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>あれから70年余を経て、再び国家は国民の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつある。それは明治帝政の本質でもあるのだ。

明治帝政には、富国強兵による植民地化回避、不平等条約改正による主権回復という大義名分がありましたが……

それらを達成した後も惰性で暴走したのがアレでした。

現代日本で権威主義が国民を搾取する大義名分はいかに。
Posted by taka at 2018年07月23日 11:17
明治帝政も、近代化と工業化の目標が明確で、その成果を国民に分け与えられた時代は良かったのですが、それに失敗したところから没落と暴走が始まりました。
戦後体制は、工業化が実現してしまい、次の目標がないまま、成果を分け与えるどころか、国民から収奪しなければ延命できなくなっている時点で、大義名分など今さらつくれないだろうと思います。
Posted by ケン at 2018年07月23日 12:59
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