2018年08月15日

スターリンの葬送狂騒曲


『スターリンの葬送狂騒曲』 アーマンド・イアヌッチ監督 イギリス(2017)
1953年、ソビエト連邦の最高権力者スターリンが、脳出血の発作で危篤に陥る。“粛清”という名の大量虐殺による恐怖で、国民はもちろん部下たちも支配してきた独裁者だ。今こそ彼の後釜につくチャンスだと色めき立つ側近たちが、互いを出し抜くオトナげない駆け引きを始めるなか、スターリンは後継者を指名することなく息を引き取る。表向きは厳粛な国葬の準備を進めながら、スターリンの腹心だったマレンコフ、中央委員会第一書記のフルシチョフ、秘密警察警備隊長のベリヤが3大トップとなり、各大臣にソビエト軍の最高司令官ジューコフ陸軍元帥までが参戦し、権力バトル開始のゴングが鳴った! 嘘と裏切り、仕掛け合う罠─勢力地図は1秒ごとに目まぐるしく塗り替えられ、国を担うはずの男たちの“なんでもあり&やったもの勝ち”のゲスな本性が暴かれていく─。 「驚くべき物語が、さらに驚くことに、ほとんど事実」であるために、フランスで出版されるや物議と人気がヒートアップしたベストセラーの映画化が実現。


宣伝されているほどには「コメディ」ではなかった。確かに細部はオーバーアクションと恣意的な解釈が披露されているが、大まかなところは史実に即していると思われ、興味深かった。日本史で喩えるなら『日本のいちばん長い日』をコメディ化するような話で、確かにロシア人的には受け入れがたいに違いない。岡本喜八の同映画は、当事者たちから「俺たちはあんなに狂っていなかった」と非常に不評だったことが思い出される。ただ、ソ連学徒としては『フルスタリョフ、車を!』を見た方が勉強になると思う。

とはいえ、本作はあくまでも創作であり、歴史映画としてみると大変な勘違いをしてしまうので、鑑賞にはリテラシーが求められる。
例えば、映画では葬儀に参列に来た市民をNKVDが虐殺するシーンがある。しかし、史実としては、モスクワに厳戒態勢が敷かれた結果、一部の街道と広場に参列者が集中、トルーブナヤ広場で将棋倒しが起こり、死亡者が出たわけだが、今日まで被害者の数は不明で、当時は「一万人以上」などとまことしやかに語られたが、現実には100人前後から数百人だろうと見られている。ベリヤの罪状については、外交への介入と数々の専断、そして女性暴行などが挙げられており、件の事件は無縁だ。

史実を確認したいのであれば、この辺りの資料として一番入手しやすく、分かりやすいのは、和田春樹先生の『スターリン批判』(作品社)ないしは、モンテフィオーリ『スターリン―赤い皇帝と廷臣たち』(白水社)がお勧め。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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