2018年10月29日

東亜同文書院大学を見学

戦時中、中国を支配するための要員を育成するために設置された東亜同文書院大学の建物が現存していると聞き、見学に訪れた。現在は、上海交通大学の校史博物館(兼愛国主義基地)となっている。
もともとは、南洋公学、上海工業専門学堂だったが、国民党政府の重慶移転に伴い、同学も移転したため、日本政府が接収し、同文書院校舎として使用した。敗戦後、再接収の後、交通大学として再建され、今日に至っている。江沢民の母校でもある。
建物は戦時中よりもさらに古く、一番古いのは1910年代のものまであり、外見だけでも見ごたえがある。

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先に書いた、陸軍第15師団に補充兵として動員された老兵士の中には、同文書院の教員や教授もいたそうで、その大半がインパールで死亡したという。全く他人事ではない。あらためて合掌。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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