2018年10月31日

調査するだけでは解決しない

【いじめ認知41万件に=最多更新、小学低学年で急増―17年度問題行動調査・文科省】
 全国の小中学校などが2017年度に認知した「いじめ」の件数が、前年度比9万1235件増の41万4378件だったことが25日、文部科学省の「問題行動・不登校調査」で分かった。過去最多を更新。特に、小学校の低学年での増加傾向が顕著だった。
 文科省は17年、いじめ防止の基本的方針を改定。けんかやふざけ合いでも調査し、被害性に着目していじめか否かを判断するよう通知した。同省は、件数増について「初期段階も積極的に認知し、解消に向けた取り組みのスタートラインに立っている」と肯定的に評価している。
 認知件数は、小学校が7万9865件増の31万7121件、中学校が9115件増の8万424件、高校は1915件増の1万4789件。小学校1〜4年で各1万4000件以上増えた。
 いじめの内容(複数回答)では「冷やかしやからかい、悪口」の割合が62.3%を占め、最も高かった。「軽くぶつかられたり、遊ぶふりをしてたたかれたり、蹴られたりする」が21.0%。インターネット交流サイト(SNS)を含む「パソコンや携帯電話などでの誹謗(ひぼう)、中傷」は3.0%の1万2632件で過去最多となり、高校ではいじめの内容で2番目に多かった。
 小中高校から報告があった児童生徒の自殺は250人で、前年度から5人増。このうち、いじめの問題が要因とされたのは10人だった。
 30日以上欠席した不登校は、小学校が4584人増の3万5032人、中学校が5764人増の10万8999人、高校は1078人増の4万9643人だった。暴力行為の発生件数は、小学校が5474件増の2万8315件だった。今回の調査では、政令市別の結果も公表。文科省は同じ道府県内の他自治体と比較し、特徴的な傾向があるか分析する。 
(10月25日、時事通信)

調査するだけマシになったとはいえ、調査するだけでは解決しない。
イジメのことである。

イジメは、閉鎖的空間に多数の人間を入れて長期間拘束した結果、過大なストレスが生じ、それを解消すると同時に一定の秩序を維持するために行われるもので、いかなる組織でも起こりうる問題である。戦時中、駆逐艦や潜水艦のような小艦艇ほどイジメが少なく、空母や戦艦のような大艦ほど多かったと言われる。

日本型組織でイジメが深刻な問題として生じるのは、他国の組織に比べて様々な拘束が多いためと考えられる。日本の学校は、課される義務が多く、同時に校則も厳しい上、やたらと拘束時間が長いため、どうしてもストレス負荷が過大になりがちだ。会社文化で見ても、欧米の会社は自分の仕事だけしていれば良いが、日本の会社では他人の仕事を手伝わなければならない暗黙の義務があり、社内ルールもやたらと多く、残業は無制限の上、飲み会やら社内イベントも多い。

日本の学校でイジメが多いのは、それだけストレスが多いことを示している。そしてそれは、義務や強制力、あるいはクラス内学校内における同調圧力が極大であることに起因している。
イジメの原因となっているストレス要因は明らかであり、これを除去すれば、イジメは劇的に減少すると考えられる。具体的には、学校ならば、出席義務や校則を緩め、長時間拘束の原因である部活動を廃止すれば良い。学校の場合、学級と担任制が閉鎖空間を生じさせているので、大学のような単位制度を導入して、1つのクラスに何十人という生徒を閉鎖空間に押し込めるのを回避すると同時に、1人の教員が圧倒的権威を持つ担任もなくしてしまえば、イジメを発生させる空間的要因も除去できるだろう。
あるいは物理的に解決するなら、壁のある教室を廃止してオープンスペースにすることで、閉鎖的空間を解体することができる。いじめは、人が見ていないところ、ないしは閉鎖的集団内で起きるものだから、これを取り除けば良いだけだ。こうしたことは50年前には分かっていたことだが、子どもの数が多すぎて実現が難しかった。だが、今それができない理由は無く、要は本気で取り組む気が無いだけだろう。

会社の場合は、残業を禁止し、個々の社員の業務を明確にして「共同の仕事」を極限まで減らすと同時に、飲み会を含む社内イベントを廃止すれば良い(この場合、解雇規制を緩和して、勤務時間内に仕事を終わらせられない従業員、あるいは処理不可能な作業量を要求する管理職を容易に解雇できる仕組みも必要になるが)。
日本型組織では、過大なストレスがイジメを発生させると同時に、学習効率や労働生産性を阻害しているが、これを問題視する主張は殆ど見られず、放置されている。

また、日本型組織は閉鎖性が強いため、第三者や他の部署からのチェックが入りづらく、問題を隠蔽する傾向が強い。学校のイジメの場合、教員にとって、教室内のイジメを解決するメリットは非常に少なく、むしろ手を突っ込んで問題が表面化することで、自分の厄介事が増えるリスクの方が大きい。担任の任期は一年であるため、回避可能な問題は「無かったこと」「見えなかったこと」にしてやり過ごす方が、はるかにコストが安い。

イジメはそもそも発生を抑制させる他なく、発生してしまったイジメを解決するのは非常に難度が高い。それだけに、学校も会社も根本的に組織改編しない限り、イジメを減らすことすら難しいと思われる。
そもそも虐められる子どものことを考えれば、対処療法などそもそも「犯行が起きてから捜査する」のと同じで、教育的にはおそろしく非人道的であることが分かるだろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(5) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 どうも、ケン先生。
先生がたびたびブログで主張されている
「学校解体論」、全くその通りだと思います。

ところで、「児童文学」はどのような事を
子供に教える為に存在しているかご存知ですか?
或る人曰く、「この世が地獄である事」を
教える為だそうです。
だから、社会が地獄である以上、もちろん
社会の一部である学校も地獄であるわけです。
「いじめ」はどんな努力をしても無くならない
のではないでしょうか?
むしろ私は社会の理不尽さに「免疫・耐性」を
付けるため「いじめ」は見て見ぬふりすべき
だとすら思います。
だれが言ったか、三人寄れば派閥ができ、
二人いれば一方がもう一方をいじめます。
「いじめ」は社会の必然ではないでしょうか。


・・・ちょっと過激ですかな。
でも、いわゆる「なんとかシューレ」や
「フリースクール」にも「いじめ」は存在する
そうですよ。
やっぱり「完全個別家庭学習」が一番でしょうかねぇ・・
でもそれだと「社会性」があまり身につかないし・・
難しいですねぇ。


Posted by ムラッチー at 2018年10月31日 20:16
児童文学を専攻してましたので、なにが不満でイライラするのかはわかりましたが、学問を尊重する気がないなら口出しは無用です。学問はそういう人を必要としていない。
Posted by o-tsuka at 2018年11月01日 01:48
日本はどこかの組に属さないとと言うことですかね、しかも団体行動を学校の時からたたき込まれる。。。。寒い時代は今でも根強いのでしょうね
Posted by 石田博 at 2018年11月01日 09:17
イジメが「アクシデント」として起きるものなのか「構造的に(準必然的に)」起きるものなのか、どう認識するかで対応は違ってくるんだろうと思います。行政側(?)の認識は恐らく前者なのでしょう。私の認識はどちらかというと後者で、必要条件が揃って起きる、そして、その必要条件が閉鎖空間での長時間拘束にあるというのは全く以て同感です。実際には加害者と被害者のパーソナリティーという大きな要素が有るので必ず起きるとまでは言えませんが、顕在化しやすいのだろうと。

貴方には歓送会の時にちらりとお話ししました通り私の息子がいっとき被害に遭っていまして、、、そこは訴え相談を起こしてからの担任先生はじめ学校側の対応がたいへん迅速で息子が巻き込まれるケースは早々と手仕舞い出来たのですが、加害者被害者が入れ代わり立ち代わり発生するという現象は無くなっていない様子です。担任の先生、その都度真摯に対応をしておられるのは父兄の目から見てもよく分かるのですが、構造的な問題の中で奮闘されている姿に感謝とやるせなさ入り混じる複雑な気持ちです。具体的な手助けをして差し上げる手立てが無い(分からない)。
Posted by mashimo.koichi at 2018年11月01日 12:53
確かに自分は学校が必ずしも必要とは思わない派ではありますが、解体論までは唱えていません。単位制を導入すると同時に、登校しない自由を保障すべきだとは思いますが。教室の壁の物理的解体は、かなり昔から言われていることなのですが、何一つ解決できない現状こそが悪だと思うのです。

フィンランドやスウェーデンですらなくならないのですから、解消は無理でしょうが、発生を相当数抑制することはできるはずなのです。そして、いじめの多さはそれだけ日本社会のストレスの高さを表しており、それは非人間性の象徴でもあるのです。連帯責任とか自己責任論もその延長線上にあります。

いじめは教員の努力で対処することはできますが、これは発見したゴキブリを排除するだけの話で、対処療法に過ぎません。ゴキブリの巣を除去しない限りは、何も解決しないでしょう。
Posted by ケン at 2018年11月01日 20:07
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