2018年11月19日

大島議長の言葉から考える

普段の授業とは別の講演をするので準備をしていたところ、興味深いものを見つけたので、紹介しておきたい。
大島理森衆議院議長は、先の通常国会(第196回)の閉会に際し、談話(今国会を振り返っての所感)を発表したが、その中に次の文がある。
 この国会において、(1)議院内閣制における立法府と行政府の間の基本的な信任関係に関わる問題や、(2)国政に対する国民の信頼に関わる問題が、数多く明らかになりました。これらは、いずれも、民主的な行政監視、国民の負託を受けた行政執行といった点から、民主主義の根幹を揺るがす問題であり、行政府・立法府は、共に深刻に自省し、改善を図らねばなりません。
 まず前者について言えば、憲法上、国会は、「国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関」(憲法41条)として、「法律による行政」の根拠である法律を制定するとともに、行政執行全般を監視する責務と権限を有しています。これらの権限を適切に行使し、国民の負託に応えるためには、行政から正しい情報が適時適切に提供されることが大前提となっていることは論を俟ちません。これは、議院内閣制下の立法・行政の基本的な信任関係とも言うべき事項であります。
しかるに、(1)財務省の森友問題をめぐる決裁文書の改ざん問題や、(2)厚生労働省による裁量労働制に関する不適切なデータの提示、(3)防衛省の陸上自衛隊の海外派遣部隊の日報に関するずさんな文書管理などの一連の事件はすべて、法律の制定や行政監視における立法府の判断を誤らせるおそれがあるものであり、立法府・行政府相互の緊張関係の上に成り立っている議院内閣制の基本的な前提を揺るがすものであると考えねばなりません。
 また、行政・立法を含む国政は、「国民の厳粛な信託によるもの」であり(憲法前文)、民主主義国家においては、国政全般に対する国民の信頼は不可欠なものであります。
にもかかわらず、行政執行の公正さを問われた諸々の事案や、行政府の幹部公務員をめぐる様々な不祥事は、国民に大いなる不信感を惹起し、極めて残念な状況となったのではないでしょうか。
 
大島議長は与党である自民党の重鎮であるが、慣例上、議長就任期間は形式的に会派を離脱している。その大島議長をして、ここまで言わしめるほど、日本の国会の機能低下は深刻さを増していることを示している。
本来、行政府の問題を指摘し、糾すために設置された国政調査権が、巨大与党の前に機能不全に陥り、それが政治不信と無関心を助長、マスコミを大政翼賛へと駆り立てる原動力にもなっている。
いわゆる先進国では、例外なく議会に対する国民の信頼が低下傾向を示しているが、日本の場合は欧州やアメリカに見られるようなポピュリズムの勃興や極右勢力に対する支持といった形では無く、政治的無関心層の増大と投票率の低下という形で現れている。

先進国において資本主義の利益率が低下した結果、国内における経済的収奪が進められる一方で、大企業や政府内の腐敗が増大、議会制民主主義は政治的課題の解決能力や国民的合意形成能力を失いつつある。これは、国民の政党への参加度合いの低下(党員減少)や世論調査における「支持政党なし」の割合増加によって説明することが可能だ。現行の安倍政権は、国民的支持が安定しているものの、例えば2009年9月に発足した鳩山政権の場合、発足当初72%あった支持率が、2010年5月には14%にまで急落し、退陣に追い込まれている。ドイツなどを除いて、民主主義国では政権運営が困難を増しており、政治的不安定度が増す傾向にある。選挙制度の問題にかかるため、本講では触れなかったが、投票率の低下は憲法が掲げる「国民主権」と「国民を代表する国権の最高機関」としての国会の正統性を脅かしている。

また別の問題として、日本の国会における女性議員の割合は、衆議院で10.1%、参議院で20.7%、列国議会同盟の各国下院の調査では世界193カ国中158位(2018年4月)であり、男女比率の不平等性は民意の反映から程遠いところにある。そして、政治家である親や親族の基盤を受け継いで当選を重ねる「世襲議員」が増えていることも大きな問題となっている。現在、与党である自民党議員のうち約3割が世襲議員とされているが、2008年9月に発足した麻生内閣の場合、閣僚18人中11人が世襲だった。地域や特定の業界と強い利害関係を共有する世襲議員が増えることは、社会階層の固定化や経済格差の拡大につながる原因となっている。

議会と政党は、階級間の利害を調整して対立を予防する機能が期待されて設けられたが、政党が国民の利害代表者にならなくなり、議会での合意形成が困難を伴うようになると、大衆は「決める政治」を求めるようになり、暴力的解決をも支持するようになってゆく。1917年に起きたロシア革命が、2月革命で収束せず、10月革命に至ったのは、政党と議会における階級間調整が機能しなかったためであり、それは今日にまで続く大きな課題である。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
<日本の場合は欧州やアメリカに見られるようなポピュリズムの勃興や極右勢力に対する支持といった形では無く、政治的無関心層の増大と投票率の低下
どっちがマシなんでしょうね……。

無論タテマエとして悪いのは政治のせい、議員のせい、与党のせい野党のせい、でも投票もしないし政党運動なんてもってのほか、という態度が民主主義社会の構成員として許されないのは分かるのですが、それでも眼前の惨状を長く見続けるとやってられっかとすぐ斜に構えてしまう態度が身についてしまって。

https://digital.asahi.com/articles/ASLC65W4MLC6UTFK01N.html

<国民民主党の玉木雄一郎代表と、市民連合呼びかけ人の山口二郎・法政大教授らが参院選に向けて協力を深めることで一致

最近の政治の動きで思わず呆れてしまったのがこのニュースですが、山口教授、確か昨年の衆院選後に「小選挙区制を箍に大きな野党を作るプロジェクトは破たんした」と総括(遅ぇよ)していたはずなのに。
流石に左翼から批判されると、だから安倍に勝てないんだなんて逆に開き直っていて、いや、むしろそういうとこだぞと。
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2018年11月21日 16:41
ポピュリズムは、代議制民主主義が民意を正当に反映しない場合に発生するもので、本質的にはデモクラシーの発露なのです。そこで政治が民意を反映できれば問題ないのですが、エリートが民意を扇動したり、逆に民意が反映されないと、デモクラシーの危機になるのです。

その意味で、日本の現状は「政治はエリートで勝手にやってよ」という話なので、デモクラシーの自壊とも言える、欧米には見られない現象と言えます。エリツィンがソ連共産党の活動を禁止した際、誰も抵抗しなかったことが思い出されます。

ジローにはまず引導を渡す必要があるでしょうね。
Posted by ケン at 2018年11月21日 20:59
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