2018年11月24日

大河ドラマ 静かなドン

年初に見たロシアドラマ「エカテリーナ」も、TVドラマとは思えないクオリティで、「とても日本は太刀打ちできない」と思ったものだが、本作は、好みこそ分かれるところかもしれないが、個人的にはエカテリーナを超える出来だと評価している。いや、TVドラマでここまで魂が揺さぶられるほど感動した経験は無いかもしれない。それくらいの完成度だった。

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『静かなドン』(日本語字幕付き) セルゲイ・ウルスリャック監督 ロシア1(2015) 

ソ連・ロシア学徒でも無い限り、『静かなドン(Тихий Дон)』を知っている人は稀だと思うので、先に説明したい。
同作は、ソ連期の作家ミハイル・アレクサンドロヴィチ・ショーロホフの代表作品で、一次大戦から革命を経て内戦に至る時期の、とあるドン・コサックの一族の末路を描いている。
コサックとは、本来、逃亡農奴や逃亡民、没落貴族などが自然的に集まって形成されたコミュニティを指し、民族などの概念では説明できない特殊な背景を持つので、日本人に一から説明するのは難しい。敢えて言えば、日本の「サンカ」に近いのかもしれないが、これも殆ど説明にならないだろうし、コサックには貴族がいることもどう説明すべきか難しすぎる問題だ。

それは一端放置するとして、コサックはある種「自由」の象徴であると同時に、「ロシアの何かを象徴するもの」として存在している。内戦期に白軍について戦ったため、徹底的な弾圧に遭い、コミュニティとしてはほぼ全滅させられたものの、今日でもロシア人の中にはある種の憧れや畏敬を覚える者が少なくない。いや、ロマンと言った方が良いかもしれない。

『静かなドン』は、トルストイの伝統を受け継ぐ長編小説で、ドン・コサックのタタールスキー部落を中心に何人かの主人公の視点からコサックの末路が描かれている。一次大戦における華やかな活躍を経て、革命が起き、部族は革命側と反革命側に分裂、長老が主導権を握って反革命側につくも、一進一退を繰り返す中で死人が続出、部族内部でも血で血を洗う抗争が繰り広げられ、やがて破滅してゆく。
日本では、後半の陰惨な情景が好まれなかったようで、人気は今ひとつだったようだが、そこには日本に共通する「滅びの美学」が感じられる。



もう一つ本作が凄いのは、反革命側の視点に立ち、政治的にはかなり中立的に描かれ、革命軍による虐殺なども書かれていたため、共産党の重鎮は当然のことながら、ソ連の文学人すら非難する始末だったにもかかわらず、スターリンの一声で擁護され、出版が認められた点にある(かなり検閲は入ったようだが)。そして、何よりもスターリンの愛読書で、スターリン自身何度も読み返したらしい。
また、文学人や学識者の非難は、「コサックの情景がリアルすぎる。日記か何かを剽窃したものに違いない」というものだった。知識人がそう考えるくらい、ロシア人からもリアルに見える作品なのだ。

本作は何度も映画化、ドラマ化されているが、本作は最新の2015年に「ロシア1」放送局が制作したもの。その完成度は、非常に高く、ロシア国内でも「最も原作に忠実」との評価が与えられている。45分のエピソードが14本あり、メレホフ家の次男であるグレゴリーの視点で描かれる(原作は複数主人公)。
セットも非常にリアルに再現されており、コサックの部落も「いかにも」な感じで、ドン川が原作通りの存在感を示している。しかし、映像美に頼ることなく、変に理想化して描くこともないところがまた良い。
何よりも全体の構成と脚本、そして演技が素晴らしく、そのどれ一つとっても、日本のテレビでは再現不能だろう。細かいところを言えば、現代のロシアの俳優が演じているので、「コサックぽくない」ところもあるのだが、そこは脳内補正するほかあるまいし、99.9%の日本人はコサックが何かを知らないだろうから、問題あるまい。
革命・内戦期の映像作品はあまり多くなく、この時期のコサック視点の映像は非常に貴重だ。戦闘シーンは多くないが、騎兵突撃から下馬戦闘に至る経緯も描かれていて、これも興味深い。



ロシア学徒的には、グレゴリーの「ロクでもない人格者」という説明が難しい人物像が見事に描写されているのが感動ものだし、父親であるパンテレイの「いかにもロシア」な蛮性には懐かしさを覚えるほどだ。
確かにドラマチックに描いているところもあって、リアリズムとは異なるのだが、かといってリアリズムを阻害するほどにはなっておらず、旧来のソ連・ロシア作品にありがちな「わかりにくい描写」も抑えられており、絶妙なバランスになっている。数々の音楽も非常に心を打つものがある。
ただ、相変わらず何の説明も無いため、私も部族内の人物関係(誰が誰か)を把握するのに前半部くらいかかってしまったところは、難点と言えよう。初心者向けには解説書が欲しいところではある。また、翻訳の都合だろうが、訳が簡略化されすぎていて惜しいことになっている。



ロシア・ソ連学徒、ソ連ファンは必見(&滂沱の涙)、絶対に見て損はしないと太鼓判を押したい。ロシア語を学んで良かったと思える名作である。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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