2019年03月21日

サザエさんからクロ現へ

考えてみれば、教育現場に戻ってきたのに、本業に触れる機会はあまり多くないことに気づいた。
シベリアで教えていた時よりもインターネットや生活環境が大幅に改善されて、日本にいるときと大きな違いがなくなっていることもあろうし、教育者として余裕が出てきたこともあろうし、中国語がロクに話せずとも中国生活はロシア語のできるロシア生活よりもはるかに楽であるという理由もありそうだ。

さてさて、後期は視聴覚の授業を受け持つことになった。視聴覚に特化した授業を受け持つのは初めてのことなので、どうしたものかとあれこれ考えた。
前任者はアニメの「サザエさん」やTVドラマなどを使っておられたようだが、まずは常識的あるいは妥当なところなのだろうが、ケン先生的には「そうじゃない」感が拭えなかった。
確かに自分も学部でロシア語を学んだ際、視聴覚の授業では「チェブラーシカ」「ワニのゲーナ」を始めとする(人形含む)アニメや映画が中心で、当時はそれに疑問を覚えることもなかった。
中学校でフランス語を学んだ際には、フランス人の教員に『ラ・ブーム』を見せられて、「学校でこんなの見ちゃっていいの?」と大ショックを受けたが、印象としては「ソフィー・マルソーが(当時は)可愛かった」くらいのものしかなかった。

ここで問題にしたいのは、視聴覚つまり聞き取り能力を向上させるために何をすべきか、ということである。しかし、他方で「言語能力の育成だけで良いのか」という問題もある。この二点から考えたい。

言語教育に関わらない人には想像が難しいかもしれないが、日常会話というのは意外と難しい。言語能力が低くても日常会話が理解できるのは、自分が当事者であり、言語以外の情報(視覚や嗅覚、その他の音声など)から推測が可能であるためだ。旅行会話はテンプレートの会話で成り立つが、日常会話となると、基礎的な単語以外の語彙や俗語が飛び交うため、実は難易度は低くない。
これは、外国語でも自分に向けられた発話なら理解できるが、隣で話している人の外国語を聴き取るのは恐ろしく難易度が高まることからも説明できる。自分の場合、ロシア語でなんとかこの域にあるイメージだ。

私が「実はサザエさんは簡単では無い」と考えるのは、第三者同士の日常会話であるという点と、文化的な相違から文脈を理解することに一定のハードルがあること、実は人間関係が入り組んでいることなどの理由がある。
これが映画であるならば、登場人物も限られ、「大きなストーリー」があるので、序盤でストーリーに入り込めさえすれば、想像力で補正して着いていくことが可能なのだが、「サザエさん」の場合は「永遠に繰り返される日常」というところを含めて、一、二回なら良いとしても何回も続けるのは苦しいのでは無かろうか。

また、自分は「チェブラーシカ」でロシア語を学んだことに不満は無いものの、大学生にもなって授業中に「サザエさん」や「ドラえもん」を見せられて語学学習するのは、ある程度意識の高い学生にとっては屈辱的かもしれず、やはり何回も見せるのは適当では無いだろう。
同時に言語は言語そのものを学ぶのではなく、「言語を使って何を学ぶか」というところに最終的な意義がある。それだけに、あまり日常会話に特化してしまうと、学生の学習意欲をそいでしまう恐れがある。

そこで私はドキュメンタリーやニュース系を中心に据え、映画やドラマは従とする方針を立てたわけだが、今度は90分の授業時間内に収めるコンテンツを探さねばならない。視聴覚の場合、基本は前提情報なしに一回見せて、語彙や内容補足を行った上でもう一度見せ、さらに内容について質問したり議論したりする必要がある。そのため、NHKスペシャルのような45〜60分番組では長すぎるという問題がある。
補足すると、内容質問や議論についても、ドラマやアニメだと「登場人物は何をしたか」「何を言ったか」「なぜあのような行動をとったのか」などの設問に限られてしまうという問題もある。ケン先生的には、これらの質問に大きな意味は無いように思われるからだ。

色々検討した結果、NHKの「クローズアップ現代+」を採用、日本で録画したものを使うことにした。
クロ現の場合、一回25分という「長すぎず短すぎず」な上に、授業中に二回回せるところも大きく、様々なテーマが取り上げられ(中には使えないものもあるが)、外国の大学生が日本社会経済文化を学ぶ上でも非常に有用なコンテンツと言える。
特に中国の学生の場合、フリップやテロップが補助的な役割を果たすので、聴覚能力に劣る学生でも内容を把握できるメリットがある。視聴覚の場合、聴覚能力に劣る学生が戦意を喪失してしまうケースも少なくなく、これをカバーできるメリットは非常に大きい。

今までに4回授業を行って(米中貿易摩擦、外国人労働者問題、SNS犯罪など)、他の授業よりも関心度が高く、集中力が維持されているように思われ、今のところ成功と判断して良さそうだ。日本語力が高くない学生も、それなりに関心を持って見てくれており、自分の判断に満足している。
posted by ケン at 13:00| Comment(2) | 教育日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 どうも、ケン先生。
先生が仰る通り、外国語を習得する人が陥る点として、
「簡単そう」と「簡単」とはちょっと違いますよね。
一般向けアニメは取っ付きやすいけれど、
意外と奥が深い。
その点、ニュース番組とかは「難しそう」と言う
印象はあるものの、その国を代表する様な
番組ですから、アクセントやリスニングに
ついてはほぼ完璧かと思われます。

と、いうのも私もかつて英語を勉強しようとして
「ザ・シンプソンズ」と言うアニメ番組を
英語だけで視聴していて、挫折しかかった事がありました。
その点、CNNやABCの全国ニュースは
「何を言っているか大体わかる」ので結構楽しいです。

語学って本当に奥が深いですね。
やっぱり使わないと忘れてしまうんでしょうか?

Posted by ムラッチー at 2019年03月21日 19:52
そうなんですよ。意外とプロでも日常会話の方が簡単と思いがちなんですが、決してそんなことは無いんですね。しかも、アニメやドラマで会話能力を学ぶことが、そもそも適切なのかという問題もありますし。

外国語はやはり使わないと忘れます。母語ですら忘れてしまいますから。でも基礎的な知識としては残りますよ。
Posted by ケン at 2019年03月22日 12:32
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