2019年05月20日

ダメなのは無能な経営者のせいである!

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東洋経済のアトキンソン氏の記事「日本は、「無能な経営者」から改革するべきだ」。タイトルこそ雑誌っぽく煽情的だが、内容はいつものアトキンソン節である。

要は日本の会社というのは、ゼロ金利によってタダ同然で資金を調達、優遇税制を利用して納税を回避。さらに、韓国よりも低い最低賃金や4割もの非正規労働者(社会保障負担回避)、外国人技能実習制度(労基法や基本的人権の適用除外)などを駆使しつつ、労働時間管理が無く、労働組合の組織率が15%強という中で、労働者を超長時間(通勤時間含めると1日12〜14時間)=「定額働かせ放題」にできる。それに対して日本人は文句一つ言わず、政府の調査によれば「高い幸福度」が示されている。

1980年代まで問題が露呈しなかったのは、政治家や官僚や企業幹部が優秀だったからではなく、単に人口増加のメリット(労働力と消費者の安定供給)を無条件に享受できたためだった。
付言すれば、日本は日米安保のおかげで軍備負担が非常に軽く済んだ上、アメリカの軍事力によって担保された西側経済圏の中で超安価な資源を調達できたことも大きい。

そのため、人口メリットが失われ、資源価格が高騰すると、途端に為す術を失ってしまう。
本来であれば、人口メリットの喪失を補うべく、生産性の向上と経営の効率化を進めなければならなかったが、日本は政官財一体の「ぬるま湯」から抜け出せなかった。
こうした状況は西側世界はみな共有していたが、アメリカは全世界から資金を調達して金融工学によってバブルを繰り返すことで延命、西欧諸国はソ連崩壊によって得た東欧諸国を植民地化(安価な労働力と消費市場の確保)したことによって延命した。
これに対し、日本は国内で収奪を強化することで延命を図る。非正規雇用の割合を3倍にして、企業の社会保障負担を激減させ、税制優遇で企業の延命を図り、歳入難は消費税(大衆増税)によって補った。ゼロ金利政策もその一環だった。それでも無能な企業家はなすすべがなく、ついには公的年金の基金をもって国内株を買い漁り、株価を支えるに至っている。

日本の企業経営層が恐ろしく無能なのは、日本の経営者は経営能力や知識とは無縁の存在であるところが大きい。
日本の人事慣習は、管理職を選別する際に管理能力や経営能力を問うことは稀で、「社に対する忠誠(貢献)」や「幹部の受け」によって評価される。言うなれば、AH社の「クレムリン」みたいなものだ。
欧米の場合は、良くも悪くも、経営層は最初から管理専門職、経営専門職として採用されるケースが多く、その代わり失敗した場合も責任を取らされる。だが、日本の経営者は経営に失敗しても、株主総会などで責任が追及されることはまずない。

その結果、無能な経営者が延々と無能な経営を続け、失敗の責任を追及されることもなく、無能者から無能者へと引き継がれる状態にある。
この点は、日本の政治も同じで、例えば日華事変以降の総理大臣を見た場合、

近衛(世襲議員)
平沼(検事)
阿部(陸軍)
米内(海軍)
近衛(世襲議員)
東条(陸軍)
小磯(陸軍)
鈴木(海軍)

というラインナップだが、経歴的に国家運営の知識がありそうなのは大審院院長だった平沼くらいのもので、その平沼は「欧州情勢は複雑怪奇」と言って総辞職してしまう程度の能力だった。残りはどう見ても「国家運営の才覚あり」と認められて首相位に選ばれた感じはなく、かろうじて米内と鈴木が「軍人としてはマシ」というレベルだった。現に鈴木は何度も「器では無い」と拝辞している。
例えば、陸軍は、内務省が昭和初頭に大都市部の道路舗装を進めようとしたところ、「馬の歩行に障害が出るからダメだ」とクレームを付けて大反対している。この程度の連中が国家運営を行えるはずが無い。
戦時中の8年間に総理大臣が8人もいるという無軌道ぶりも、日本型人事システムがいかに危機や不安定期に弱いかを示している。本質的に「有能な者は予めパージする」ところがあるのだろう。

日本もいい加減「いかにして経営と管理のプロフェッショナルを育成、選別するか」という視点に立たないと、手遅れになるだろう。
あ、いや、もう手遅れか(爆)
posted by ケン at 12:00| Comment(1) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
無能は論外として適材適所に悖る人事はありがちと思います。所謂叩き上げ人事ですと(実務と経営とでは求められる能力が必ずしも同じではない訳ですから)実務者としては優れていても経営には向かぬ者が経営ポストに就くリスクが有りましょう。その辺を踏まえた健全な人事制度を持つ会社はそう稀でもなかろうと思いますが、それでも恐らくは代表権人事あたりまで行くと内輪感が強くなって来るのであろうことは容易に想像されます。
Posted by mashimo at 2019年05月22日 00:17
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