2019年06月20日

ゴールデンカムイの背景にある日露戦争症候群

野田サトル『ゴールデンカムイ』を評価したいことの一つは、日露戦争症候群をきちんと描いていることにある。
戦争後遺症の問題は、二次大戦後のものも含めて、日本で扱われることは少ないのだが、日露戦争やシベリア出兵については殆ど関心すら持たれていない状況にある。中でも日露戦争については、司馬史観に代表される「明治の男たちが苦労の末頑張って勝利した」で終わってしまっている。

早速見てみよう。
1905年(明治38年)の米の生産高3818万石で、平年より14%減収となった。これは戦時動員による働き手の不足と、同じく戦時動員による物資不足と肥料高騰、さらに牛馬が動員されたことで労働力と肥料が失われたことが大きいとされる。特に東北は悲惨で、福島では前年比76%、岩手では66%という有様で、農民はクヌギや樫の実、ゴボウの葉、ワラビや葛の根を食べて糊口をしのぎ、それでも足りずに衣類を売り払って、冬を迎えてもロクに着る服すら無かったという。
そのため、東京に出稼ぎに出るものが後を絶たなかったが、都市部もまた戦後不況を迎えており、特に二十代の若者は失業率が5割を超え、中年層でも失業率は2割を超えたという。そのため出稼ぎに来ても仕事は無く、ホームレス、路上死が急増、犯罪も激増して、東京の治安は急速に悪化した。

仕事が無いのは、除隊、退役した軍人兵士も同じだった。戦時恩賞による一時金などは、一晩で飲んで使い果たし、さりとて仕事も無く、まともな仕事にありついてもPTSDなどの影響で長続きしないケースが頻発した。実家や故郷に帰っても、冷たい仕打ちにさらされ、あるいは銃後の社会に馴染めず、荒れるものが多かった。
当時の新聞は、「帯勲窃盗」「強姦兵士」「人斬り軍人」「賭博軍人」などの語で溢れたというから、ゴールデンカムイの世界はかなり的を射ており、決して北海道独自の話では無かったことが分かる。

戦傷帰還した廃兵の家族も悲惨だった。『平民新聞』の記事にはこうある。
妻は毎日午前九時より午後十時まで労働に従事して藁細工を為せども、其工賃として手に入るは僅か十銭にて三名の口を糊するには足らず食ふや食はずで泣の涙に暮し居るとぞ

『ゴールデンカムイ』の舞台となる旭川第七師団の野戦砲兵第九連隊第四中隊では、1907年3月に37名の兵士が集団脱走している。同じく主人公杉本がいた東京第一師団歩兵第一連隊でも、兵士32名が演習中に武器を携行したまま集団脱走している。およそ知られていない事実である。

戦時期にあっても、明治38年度(1905年)の弘前第八師団管内で行われた徴兵検査において該当者8003人中、逃亡したものが1521人に及び、さらに170人に及ぶ外国居留者がいた。その徴兵検査表を見ても、「身長4尺8寸未満」が462人、疾病者が336人おり、いかに栄養不良、衛生不良にあったかが想像される。さらにいえば、「不具者」が1704人と異常に多いが、徴兵忌避のために故意に自傷したものがいることを暗示している。その上、陸軍を志願したものは108人、海軍は239人でしかなく、我々現代日本人が知る「日露戦争」とは違いすぎる実態が見えてくる。

結果、東北からは北海道への移住者が続出、例えば宮城県からの移住者は1904年には1905人だったものが、05年には5220人、06年には13312人、07年には16202人と急増した。大量移住と呼べるレベルだ。
生まれ育った東北は戦争の影響もあって飢饉同然、出稼ぎに行こうにも戦後不況で職はなく、無事戻れるかすら不安なほど治安が悪化、そうなれば北海道にわずかな望みを託すのは避けがたいことだったことは容易に想像できる。

『ゴールデンカムイ』が描く日露戦争帰還兵と北海道とは、そういうものだったのである。

【参考】
『明治の墓標 庶民のみた日清・日露戦争』 大濱徹也 河出書房新社(1990)
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
更には捕虜帰還者に至っては、想像するだに涙ですな。

この時代の悲惨な状況が、「生きて虜囚の」に繋がるのでしょうね。

Posted by 胴田貫 at 2019年06月22日 10:44
一つ言い忘れたのは、戦争勃発前にすでに軍拡のために大予算が組まれ、地租や間接税が2倍近くなっているんです。こうした背景を知らずに、日比谷騒擾を取り上げると、「ポーツマス条約に憤慨した国民が〜」という話になってしまうわけですね。

しかも地上戦で完勝できなかったため、さらに師団を増設することになり、海軍は海軍で直後に戦艦が全て旧式化してしまって、建造し直しみたいな話になるわけです。

「ロシアによる復讐戦がある」という思い込みから、師団を増設して、シベリア出兵に至るわけですが、どう考えても地獄への直通路でしかありません。
Posted by ケン at 2019年06月23日 13:40
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