2019年10月25日

日本人のアイデンティティとは?

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いかにも現代日本を象徴する報道。
どこぞの報道機関幹部が「身内向けの連絡みたいなもの」などと擁護していたが、その擁護自体が連中のゆがんだ人権感覚とナショナリズムを象徴している。どこまでも腐った連中である。

連中は2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村氏のことをどう報じたか。まず「日本人」と報道して、アメリカの市民権を取得し、日本国籍が剥奪されていることを知るやいなや、「米市民権保持者」なる称号に切り替えている。
2017年のノーベル文学賞受賞者であるカズオ・イシグロ氏の場合は、最初から英国籍であることがわかっていたものの、過剰に「日本生まれ」「元日本人」が強調された。
テニス選手の大坂氏の件でも同じような問題が見られる。

日本は人種差別撤廃条約に発効から25年以上経て、ようやく渋々加盟したわけだが、その実行については全く関心が無いように見られる。同条約の第一条には、
『人種差別』とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう

との規定があり、これを厳格に解釈していれば、今日のヘイト・デモやヘイト・スピーチが横行するような事態は避けられたはずだった。
同時に、同規定が市民に理解され、徹底されていれば、「ノーベル賞受賞者は外国人」のような「区別」を煽り立てる報道が「表現・報道の自由」として認められる余地はなかったはずだ。

差別禁止が表現の自由に優先すると考えられるのは、ナチスドイツや大日本帝国における優生思想を抑止するためだったわけだが、日本ではそうした二次大戦の反省としてはめられたはずのタガが完全に外れてしまっている。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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