2019年12月13日

合法野党が摘発される日

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写真は信州戦争資料センターさんより

1937年7月盧溝橋事件、同年12月人民戦線事件にて「合法左翼」一斉摘発。何のための合法だったのか、サッパリわからない。帝政とはそういうもの。
いまでも南シナ海や東シナ海で戦争が勃発すれば、現在の「合法野党」にも「鉄槌」が下されることだろう。

ケン先生はそれに備えた拠点作りをしています。

人民戦線事件で父君が逮捕された古老の話によると、「盧溝橋事件や上海事変の時点で、日中が全面戦争になると考えた者は殆どいなかったし、ましてそれが大弾圧の引き金になるとは誰も思わなかった」とのこと。歴史の流れとはそういうもの。生き残りたければ、「まさか今の日本で〜」などと考えないことだ。

posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

 どうも、ケン先生。
 嘗ての大戦は「ボロ負け」だった訳ですが、
「惨憺たる結果を出した権力者」を擁護する輩って何でしょうね。
「理屈と膏薬は何にでも付く」とは言え・・。

 まぁ、「帝政」に限らずどこの国でも無責任体質ですが・・。
責任者って何の為に居るんでしょう。
ガス抜き? それとも人身御供?

 
Posted by ムラッチー at 2019年12月13日 12:22
欧米の王政の場合、国王が「国防の義務」を有し、それを果たすために様々な権限を有しているわけですが、国防の義務が果たせないときは退位しています。

これに対し、日本の明治帝政では、天皇は義務が課されていないにもかかわらず、全ての権限を一人で持っていて、あまつさえ憲法で一切の責任が問われないことになっていました。そのおかげもあって、普通に昭和帝政に移行して、現在まで存続しています。
つまり、日本の戦後帝政そのものが無責任統治の根源になっているわけです。

それを担保するために、議会制民主主義を部分的に導入したはずなのですが、自民党の一党優位体制が確立、自民党の中で政権をたらい回しすることで、またぞろ責任が問われない仕組みができあがってしまいました。

戦後帝政の枠組みを作ったGHQ要員は、「政治的失敗があれば、国民が選挙で過ちを正すだろう」と考えたわけですが、そうはならなかったわけです。
Posted by ケン at 2019年12月13日 14:14
世界に目を向ければ、かつて内戦と白色テロが吹き荒れたラテンアメリカでも左派が凋落し右派が盛り返してきているので(例外はアルゼンチンとメキシコくらいでしょうか)、仰るようにいつか日本も、という意識は持っていなくては、と。

戦争勃発となると、お上が弾圧するまでもなく「国難打破のために一致団結!」と大政翼賛会化する可能性の方が高そうですが。
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2019年12月13日 15:51
戦争勃発による国内統制の強化と民族主義的高揚は、コインの裏表のようなもので、どっちが先というものではないと思います。
もっとも、独ソ戦時のソ連のように、戦争が始まった途端に大恩赦が出るケースもありますが。

人民戦線事件も、戦争が始まった結果、「盾裏で反乱しそうな連中がいる」として弾圧を許容あるいは推進する大衆的要求・世論があったのだろうと推察しています。
Posted by ケン at 2019年12月13日 22:21
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