2019年12月23日

火野葦平『花と龍』−故・中村哲氏の背景にあったもの・補

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亡くなられた中村哲氏の伯父、火野葦平が書いた『花と龍』。その前半部のクライマックスは、港湾労働者(正確には小頭)の組合を作ろうと奔走する玉井金五郎(中村の祖父)が、地元(北九州・若松)の暴力団員に襲撃され、ズタズタに切り裂かれて病院に担ぎ込まれ、文字通り九死に一生を得るシーンである。この祖父と孫はあまりにも似すぎていることがわかるが、これが「家訓」というものかもしれない。
金五郎は後半部では町会議員となるも、なお命を狙われ続けている。北九州はマジで北斗の拳のような世界だ。

本作の凄いところは、殆どの人が実名で登場しており、著者本人もそのまま「(玉井)勝則」として登場人物の一人となっているところだ。結構淡々と書かれているが、改めて考えて見ると驚かされる。
松どころか福岡の裏社会を支配するヤクザ「吉田一家」は民政党の後ろ盾をしており、若松では「民政党でなければ人にあらず」とまで言われたそうだが、関東や一般的なインテリ層には「政友会=保守・親軍、民政党=リベラル」という図式が根付いているだけに、本作を読むと「二大政党なんてどっちもクソ」というスタンスから軍部への支持が集まった昭和初期の実像を思い描くことが可能だろう。

火野(玉井勝則)は、港湾労働者の組合をつくって自ら書記長を担っていたが、共産党弾圧の流れでマルクス主義者として検挙され、特高の説得に応じて「転向」、以後労働運動から足を洗って、作家活動に専念する。両親がともに小卒だったため、長男の火野は大学に行かせてもらえることができ、早稲田大学英文科を卒業、故郷に帰って「家業」を継ぎつつ、労働運動を担っていた。時代と地域性が良く伝わってくる話である。

NHKも嘘くさい大河ドラマではなく、『花と龍』のような地に足の付いた庶民の物語をやれば良いのに、と思ったが、それは大河ではなく朝ドラの範疇である上、主人公も組合員も、襲撃する暴力団も皆入れ墨が入っている時点で、現代の放送コードに引っかかることが判明。つまり、現代のテレビでは、歴史の何も伝えられないということだ。

以下蛇足だが、九州というのは、関東人からすると本当に異世界である。例えば、SM党の幹事長だったF先生は、某バス労組の大物だった。新幹線が博多駅に着くと、ゴッツい野郎連中がホームにずらりと並んで、「先生お帰りなさいやし!」とやるものだから、随行の党職員が「地元ヤクザの親分が乗っていたのか」と思ったら、実は労組の組合員たちで、「文化が違いすぎる」としばらく夢の中に出てきたという。
posted by ケン at 10:47| Comment(2) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
かつてのアメリカでも、全米トラック運転手組合なんて経営陣の雇ったギャングと血みどろの乱闘をやったりマフィアと結託していたりするので、まあ、ガテン系の世界とはどこもそんなもんじゃないかと思います。

古い映画をロクに見ない若造の意見ですが、もしドラマ化するならチアン・ウェン監督「鬼が来た!」の澤田拳也氏を推したいところ<玉井役
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2019年12月24日 16:58
だいたい戦前、戦後すぐくらいまでの労働闘争はそういった傾向があるのですが、現代ではすっかり忘れ去られてしまって、想像も付かなくなっていることが問題だと思っています。暴力の現れ方が異なるだけで、資本と資本による搾取の本質は暴力であることを、もう一度思い出してもらえる映像作品が欲しいですね。
Posted by ケン at 2019年12月25日 21:17
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