2020年01月24日

家族を想うとき

引退を撤回したケン・ローチ監督の最新作『家族を想うとき』を鑑賞。間に合って良かった。

イギリス、ニューカッスルに住むある家族。ターナー家の父リッキーはマイホーム購入の夢をかなえるために、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立を決意。「勝つのも負けるのもすべて自分次第。できるか?」と本部のマロニーにあおられて「ああ、長い間、こんなチャンスを待っていた」と答えるが、どこか不安を隠し切れない。

母のアビーはパートタイムの介護福祉士として、時間外まで1日中働いている。リッキーがフランチャイズの配送事業を始めるには、アビーの車を売って資本にする以外に資金はなかった。遠く離れたお年寄りの家へも通うアビーには車が必要だったが1日14時間週6日、2年も働けば夫婦の夢のマイホームが買えるというリッキーの言葉に折れるのだった。

介護先へバスで通うことになったアビーは、長い移動時間のせいでますます家にいる時間がなくなっていく。16歳の息子セブと12歳の娘のライザ・ジェーンとのコミュニケーションも、留守番電話のメッセージで一方的に語りかけるばかり。家族を幸せにするはずの仕事が家族との時間を奪っていき、子供たちは寂しい想いを募らせてゆく。そんな中、リッキーがある事件に巻き込まれてしまう──。

デジタル・エコノミー、グローバル化といった現象の中で、「普通の暮らし」が夢物語となり、100年前に戻ったかのように超長時間労働が蔓延し、働く者が一方的に収奪される社会になりつつある。
100年前と異なるのは、「労働者」という定義すら否定されて、「請負業=個人事業主」として一方的にルールと責任を負わされ、何が起きても「自己責任」として処理されていく点であり、その自己責任は「自由」という名の自己決定によって負わされている点である。
いまや労働者の労働者性は否定され、労働階層は細切れに分断され、国家の補償や保護からも切り離され、まるで「勝手に生きて、勝手に死ね」と言われているかのようになっている。

さらに100年前より悪化しているのは、階級政党が解体、消滅して、資本によって収奪・疎外される階層の利害を代弁する政党がなくなったことで、貧困化や階層分化が急速に進んでいるにもかかわらず、それに対抗できる勢力が存在しない点だ。
例えば、映画の舞台であるイギリスでは、1997年から2010年までの13年間、労働党が政権を担っていたが、野党転落後、労働者派遣業や請負業の規制緩和が一気に進んでいる。労働党は二大政党の一角をいまだに担っているものの、労働者の権利保護に対して無力だったことがわかる。
ちまたでは、「労働党はEU離脱に対して明確なスタンスを打ち出せなかったから総選挙に負けた」との分析がなされているが、非常に表面的だ。
本作の中でも、介護士が訪問した先で、高齢の元運動家から労働時間を聞かれて「12時間以上」と答えたところ、「8時間労働制はどうなったの?!」と驚かれるシーンがあるが、まさにそれである。産業革命以来、労働運動の発祥の地とも言えるイギリスにおいて、あまたの血を流して獲得してきた運動の成果がいまや失われ、「労働者じゃ無い」という名目によって、むしろ収奪が強化されていることがわかる。

本作を見ると、我々が住む世界そのものが「ブラック」化しており、それが自由(個人の選択)と民主主義(有権者の選択)の名の下に正当化され、人間性そのものを破壊しつつあることが実感できるだろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
だから代わりにというか、ヘンリー王子とメーガン妃に対してあんな醜悪なまでにバッシングして大衆のルサンチマンを煽っているのかなぁ、と。

EU離脱以上に、イギリス左翼の王室に対するスタンスがどうなってるのかは気になるところです。
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2020年01月27日 10:20
まさに本作を見れば、「王族の義務やしがらみからは解放されたいけど、王族の特権は享受して金儲けしたい」ように見える王子夫妻がバッシングされない方が、難しいと思いますよ。

この点は面白い調査があって、YouGov社が昨年9月22日に発表した調査によれば、労働党員(対象1185名)の62%が君主制の廃止と共和制の樹立を希望しています。やはり労働党は明確に階級政党であると同時に、イギリスにおいて階級分化と対立が深刻化していることが推察できます。

https://d25d2506sfb94s.cloudfront.net/cumulus_uploads/document/agtju43jkj/MainstreamUK_190920_LabMembers.pdf
Posted by ケン at 2020年01月28日 13:23
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