2020年05月06日

社会的圧力が支配する国へ

【「中傷の電話相次いだ」大阪府公表のパチンコ店、新たに1店舗休業】
 大阪府は26日、新型コロナウイルス対策の休業要請に応じず、店名を公表していたパチンコ店6店舗のうち、新たに1店舗が休業したと発表した。すでに2店舗が休業しており、引き続き営業しているのは堺市の3店舗になった。
 府によると、新たに休業したのは枚方市の「ベガス1700枚方店」。26日午前11時頃、府職員が店舗を訪れて、休業していることを確認した。店舗側は府に対し、「営業を続けていることに対し、誹謗(ひぼう)中傷する電話が相次いだ」と説明したという。
 一方、営業を続ける堺市のパチンコ店3店では、26日午後も、多くの客が訪れていた。
(4月26日、読売新聞)

あくまで自粛は自粛であるはずだが、実際には知事=権力者が「従わない者」を公表し、誹謗中傷させて「自粛」に追い込んでいる。
これでは、戦時中の特攻と同じでは無いか。
戦時中の特攻もまた、「志願しない」「志願する」「熱烈に志願する」から「選択」させて、「熱烈に志願したのだから、当人の自由意志によって自爆攻撃に行ってもらった」とされた。そして、軍部も天皇も無罪放免となった。

果たして政府が強制するのとどちらが良いか、私的には「民主主義だから自粛の方が良いに決まっている」とはとても思えない。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(1)不要不急と思われるもの
(2)エッセンシャル・ワークと思われるもの
どちらも個人の収入を得るための「生業」と見れば同じで、
各自が自分の生業を続けたいと思うのは当然のことです。しかし突き詰めればその生業も自分の命を守ることには代えられないと思います。

社会の変化が緩やかであれば変化に合わない生業を断念せねばならない過程も緩やかですが、急激な変化に見舞われた場合、そのショック緩和をはかるのが為政者の役目です。そこでは誰の「命を守る」べきか、トロッコ問題に行き着いてしまうのではないでしょうか。
Posted by yb-tommy at 2020年05月07日 12:14
「命を守る」というのは、いわば金科玉条で、それに反対する人はほぼいないでしょう。
問題は「誰が誰の命を守るのか」という話でして、「誰の」という時には選別の話が出てきてしまうわけです。
ソ連や中国の場合は、少なくとも理論上は単純で、「共産党が人民を」という話になるので、責任の関係がわかりやすいのです。
これが民主主義、あるいは自由主義国になると、複雑で、例えば「政府が市民を」という場合、政府は官僚によって構成されており、その政府を統轄するのは政権党の議員で、これは原則民選ということになります。
日本の場合、保守の自民党が明治官僚を率いているわけですから、生活補償のための現金給付も世帯単位ということになったわけです。

また、共産党は全人民を指導して共産主義ユートピア社会にまで善導する義務がありますが、自由主義では国家の個人への関与は最低限度に止めるべきであるという原則があります。
もちろん危機下でどうするか、どうあるべきか、という課題は残りますが、この辺の問題をどこかで整理しないと、どうもよろしくないように思えます。
Posted by ケン at 2020年05月07日 13:22
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