2020年05月25日

自粛警察は日本の学校文化

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「自粛警察」は特異な一時的風潮ではなく、日本の学校で教育されたものである。
これらのケースを見て、思い出されたのは、小学校における「帰りの会(反省会)」だった。「A君が掃除しないで帰りました」「B君が給食をトイレに捨てていました」「C君は卒業式の練習の時、ちゃんと歌っていませんでした」などのオンパレード。反論しようものなら、クラス中から袋だたき。教員は加担することはあれども、児童を助けることはなく、さらには「何も報告は無いのですか?クラスの中でお互い注意し合って良いクラスをつくりましょう!」などと言う始末。

相互監視、内部告発、人民裁判、そして教員がこれを主導するも、建前上は「生徒による自主的な会」となっているため、誰も責任を取らない。
いかにも天皇制の象徴である。
日本の子どもは、「帰りの会」と中高の部活動で、こうした「文化」を叩き込まれ、洗脳されるのだから、よほど自律性が高いか、長く外国文化に接した者でもない限り、みな「自粛警察官」になってしまうのである。そのように育てられたのだから。

小学校時代と中高の部活を思い出すたびに、日本の教育制度に対する憎悪が増していく。私が左翼ながら「日教組=悪即斬」と思っているのは、ここに原点がある。
驚くべきことに、昨今では「帰りの会」はさらに強化されているという。子どもの自殺がますます増えるのは当然だろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(10) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 どうも、ケン先生

「学校」について私も一言。私は小学・中学と
地元の学区の学校に通いましたが、「帰りの会」なるもの
ありましたねぇ。さすがに人民裁判状態にはなっていません
でしたが・・・。

中学を卒業したら、「高等専門学校」と言う5年制の
学校に入学しました。高専は変わった学校で、先生(教授)が
「諸君らは「生徒」に非ず、「学生」である。」と、
良く仰っていたのが印象的でした。
校風は「勉強で一定以上の成績を収めれば、公序良俗に
反しない限り何やっても良し」と言う状態でした。
まぁ、私の成績は・・・ここでは言わない事にします。

 ところで、ケン先生は東京都心の6年制中高一貫校でしたね。
過去ログを見ると、カトリック系のえらい名門をお出になったと。
「カトリックは悪に寛容なのか」と書かれていましたが
結構自由な校風だったのですか?
よければケン先生の青春についても少し伺いたいです。





Posted by ムラッチー at 2020年05月25日 13:38
同感です。

正直、人民裁判大好きなのが「日教組」。

日本の左翼って、どこか壊れている。


右の権威主義と、左の人民裁判教育。


で、学校は牢獄以上の処刑場。



Posted by 遍照飛龍 at 2020年05月25日 21:28
あと、日本の教育者って「権力」ってことの知見が、弱い・無い。

気がします。

自分らが児童生徒くだす評価も、子供の盛衰を決める「権力」

人民裁判も権力。



そんなことを見ない「お花畑の住人」だから、嬉々と善意をもって子供たちを虐殺する。


Posted by 遍照飛龍 at 2020年05月25日 21:34
私が通った中高は、カトリック系のそれなりの名門校で、校則はそれなりに厳しかったですが、運用は緩いという感じでしたね。良いところの「おぼ」が多かったため、家柄争いを始めると収拾が付かなくなるので、分をわきまえて距離を置いた人間関係(プライバシーに干渉しない)が心地よかったですね。地域の学校と違って、地場の親の力関係などが影響しないことも大きかったとおもいます。それでも、やはり日本の学校ですから、色々と煩わしいことが多く、大学に入って、本当にほっとしました。

友人に高専の先生をしている人がいますが、高専は普通の中高とはちょっと違う感じですね。やはり目的が明確であることが大きいのかもしれません。日本の普通科高校のシステムは、本当に時代にそぐわなくなっているように思えます。

昭和までの学校や教員はそれ自体が権威だったので、主張の左右がどうあれ、基本的にはみな権威主義に基盤を置いているわけです。戦後、理論と建前だけ自由主義が導入されましたが、戦前の体制や理念が否定されなかったため、看板を掛け替えただけに終わったわけです。

記事に書いたとおり、反省会もまた「権威に盲従して、相互監視して、権力の手を煩わせない国畜を養成する」ことを目的としている以上、何も変わらないのは当然でしょう。

やはり薩摩レベルの廃仏毀釈が必要なのです。
Posted by ケン at 2020年05月26日 13:35
私の小学校の時は(00年代、茨城南部です)ホームルームでの「反省会」は一度もなかったので、時代や地域によるのか?と思ったりします。

私的にクソだと思ったのはいじめで握手して仲直り、の方ですね。こちらは3回くらい目撃したことがあります(流石に教室で、皆の前ではやっていなかったけれど)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190826/k10012048901000.html
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2020年05月27日 19:45

逆廃仏毀釈で、天皇廃止が必須でしょう。

天皇は、最低でも明治以降の宗教・思想の「頂点」

それが実は今も変わってない。


山田耕筰が「天皇が謝罪してないのに俺に責任あるかよ」みたいなことを言ってた。

その病原体の天皇を除去こそが、必至でしょう。


Posted by 遍照飛龍 at 2020年05月28日 11:24
茨城でも反省会あったという人がいるので、時代でも異なりそうです。
大まかに言えば、都市部の方が頻繁に確認され、地方は少ないように思われます。

「握手で仲直り」もありました!
あれも本当にその場しのぎの上、建前だけで何の解決にもなっていませんでした。
「こんな形だけの握手に何の意味があるか!」と子供心に思いましたし、何かケチを付けてしまって、袋だたきにされた記憶も苦い思い出(学校=悪)でしたね。

天皇制というのは本質的に形式主義で、「天皇の下での平等」という建前の下、「帝の命によらない暴力行使は全て私闘であり、悪である」という概念を基に教育されているわけです。
Posted by ケン at 2020年05月29日 10:46
その「天皇」の「権威」の元が、正直わからんですよね。

神話っていっても、今の世の中で・・・。


その謎の権威を正当化するための「形式」って、中身って何?

て。

私の学がないだけでしょうけど。


失礼しました。






Posted by at 2020年05月29日 21:38
天皇の場合は「万世一系」の血筋でしょう。確かに5,6世紀から続く王朝なんて存在しませんから。バチカンや南北朝のことはさておき。

それに権威などというものは、皆が「何となく」信じてしまえば成立するものです。
例えば、神社の場合、本殿に置かれているのは鏡一枚だったりするわけで、ではその鏡が権威なのかと言えば、別にそうではないでしょう。

ただ、必ずしもそうとも言い切れないこともあって、例えば昭和帝の場合、戦争末期には「米軍が上陸する前に三種の神器を手元に集めておかないと(敵に奪われてしまう)」旨を非常に心配していたそうです。

もう一つ言えることは、権威主義と形式主義はかなり一体のものであるということです。これは、特に儒教によって定式化されたわけですが、形式や礼式が重厚であればあるほど、権威の重みが増すとされています。様々な宗教において儀式が派手なのはそのためです。
天皇制でいえば、江戸時代までは天皇家の祭事はけっこう簡素なもので、庶民にも公開されていましたが、明治維新(戊辰政変)後、無駄に重厚にされた上、数も非常に増やされたわけです。

政府や自民党が何かと「記念式典」をやりたがるのも、権威付けと考えて良いでしょう。そして、権威付けは中身が無ければ無いほど、効果が高くなるのです。
Posted by ケン at 2020年05月30日 09:13
お返事ありがとうございます。

確かに「権威は中身が無いと効能が高くなる」って面もありますよね。


ただ、それでは実際の機能に不都合が起きる・・・。

なんせ責任とらんので・・一体どうすんのかな・・・って。


キリスト教で、「神の名」で戦争をしても、そりゃ、その命令者が罰を受ける。

儒教で、「天意に則って」戦争をしても、敗戦の罪は、天子も受ける。

でも、天皇制って、そんなの無い。天皇は「人殺せ」っていって冤罪でも「罰」もなく責任も無い。敗戦しても罪もない。
これで、政治が機能するはずもない。



儒教は曲がりなりにも「万民を食わせている」てのが権威の理由付けの一つ。



天皇にはそれすら無い。

それすら無いから宗教的な意味での権威が上がっているのかもしれない。

けど、それでは政治にはならないわけで・・。


政治的に役にも立たない使いようの無い権威で、「戦争」し「人を殺す」し「役所の公文書の正当化」になる・・

てどうも理解できないです。

不思議の国としか・・。

Posted by 遍照飛龍 at 2020年05月30日 10:17
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