2020年06月15日

クソゲー時代の日本〜少子高齢化

ケン先生が政界を去った理由は、一つにはトヨマユやイケマキに象徴される劣化議員の増殖にあるのだが、本質的なところでは、日本政治そのものがクソゲーになってしまっているという点にあった。ゲーマー的に言うなら、第二次世界大戦全体をシミュレートするゲームで「1944年のドイツ」役を命じられ、しかも「あれはダメだ、これはダメだ、ここはこうやると決まっている、それはあいつの指示通りやれ」みたいなことばかりで、自分の裁量でできることなど殆ど何もなかった、という感じだった。幸いだったのは、「心が折れた」とかではなく、外科医が患者を開腹して「これは手遅れだ」と冷静にそのまま縫ってしまったような感じだったことだ。これは、恐らくはソ連崩壊を目の当たりにして、さらに全体主義研究を続けたことや、大戦末期の先祖たちの資料を読み込んでいたことが大きかっただろう。

「クソゲー」化している最大の理由は、実は少子高齢化にある。正確を期すなら、少子高齢化に対応できない日本の政治家と官僚なのだが。
実は、戦後日本の発展と衰退は、人口動態に影響するところが大きい。
1950年における生産年齢人口(15-64歳)は約5千万人で、1995年に8700万人を超えてピークに達した後、減少に転じ、2020年現在約7300万人となっている。この生産年齢人口は1980年で7900万人あり、戦後の30年間で3000万人近く増加したわけで、実のところ「高度経済成長=日本の奇跡」は、「優秀な官僚」「職人的なエンジニア」「ビジネスマンの頑張り」などによるもの以上に、単に「人口ボーナス」によるところが大きかった。確かに、日本の官僚組織は決して無能ではなく、むしろ優秀な方に属し、腐敗も少なかったのだろうが、学術的視点からすると、「官僚が優秀だったから」というのは伝説の類いでしかなさそうだ。
つまり、人口ボーナスによって生産が高まって、内需が拡大し、税収も上がって、インフラが整備され、成長が加速したという、実は単純な話だった。このモデルは現在では、トルコ、ブラジル、イラン、南アフリカなどが継承しており、これらの国は2030年前後には日本のGDPを超えるか、同水準に達すると見られている。

1995年に生産年齢人口が減少に転じた日本は、2020年現在約7300万人であるが、2050年には5千万人を切るところまで行くと推測されている。人口動態というのは、予測の精度が高いため、この数字が大きく変わることは無い。仮に政府が画期的な少子化対策を打ち出したところで、その成果が現れるのはずっと後の話になるためだ。つまり、日本の生産年齢人口は、2050年には1950年と同レベルとなるわけだが、大きく異なるところがある。高齢者の数である。
1950年には、65歳以上の高齢者はわずか416万人で、今から見ると「60過ぎまで生きること自体が珍しい」時代だった。この数は2020年現在で約3600万人、2050年で3800万人と推計されている。高齢人口の数が意外と増えないのは、現在がベビーブーム世代の高齢化ピークであり、私の世代(あと15年後くらい)が第二次ベビーブーム世代となって、後は大きく減少するためだ。
しかし、問題は生産年齢人口との兼ね合いである。2020年には7300万人の生産年齢層が3600万人の高齢層を支えるのに対し、2050年には5000万人で3800万人を支える必要が生じるのだ。

こうした急速な高齢化を支えるために、1990年以降、徴税と保険料徴収の強化が図られた。実は消費税の導入もそのためだったのだが、実はこれ自体が「泥棒を見て縄を綯う」状態だった。すでに述べたように、人口動態は高精度で予測可能なものなのだから、本来であれば、1970年代後半あたりには少子高齢化を予測して制度設計を始める必要があったわけだが、それを怠ったため、1990年代以降、赤字国債の発行によって社会保障費を補填し、借金して借金を返す自転車操業が始まった。もっとも、赤字国債については、1990年代のバブル崩壊と金融危機に対応するために、過剰な公共投資を行って、殆ど無駄にしてしまったことも大きい。

高齢化に対応するために社会保険料と税を上げるのは避けられないとしても、その結果、個人レベルでは可処分所得が減り、特に若年層の負担が重くなったことで、結婚と出産離れが加速、戸籍制度と保守主義・天皇制に依拠する非嫡子差別も相まって、少子化に歯止めが効かなくなった。また、企業レベルでは、社会保険負担の増加によって利益が減少、法人税の減少と労働報酬減に繋がった。労働報酬の減少と増税・保険料増が相まって、若年層の手取りがさらに減少していった。
さらに、1990年代には新自由主義の台頭とソ連の崩壊によって、労働組合の影響力が低下するとともに、非正規雇用が急増、公的社会保障の恩恵から外される若年層が増加、バブル崩壊の影響による就職氷河期も相まって、少子化と消費減が加速、日本の内需そのものが縮小していった。

今後、生産年齢人口の減少はさらに加速していくが、その意味するところは社会保険料の負担増と増税でしかない。2020年度予算を見ても、32.6兆円の国債を発行して、23.5兆円を国債の償還と利払いに充てているが、今後はさらに悪化していくと見て良い。社会保障費は、何もせずとも毎年1.5兆円以上増えているが、これは毎年消費税を0.7%程度上げないと補填できない計算である。
社会保障にしても税収にしても、その多くは現役層が納める保険料と所得税・消費税に依拠しており、現役層が減れば減るほど、一人あたりの負担は増やさざるを得ない。社会保険料の負担割合は平均すると、2000年の約21%から現在は約26%にまで増えている。消費税は5%から10%になった。それでも、社会保障給付の穴を埋めることができず、国債を発行して穴埋めしているのが現状だ。
今後現役層が急減することを考えれば、恐らく2030年までに保険料負担の割合は30%を超え、消費税は少なくとも15%程度にはせざるを得ないだろう。その結果、現役層の負担は重くなり、可処分所得は減り、経済苦と少子化が進行する流れだ。
本来、西側資本主義国では、経済成長することで賃金そのものが増えるため、社会保障負担が増えたとしても、手取額が急減することは無いと想定されたが、日本の場合は賃金そのものが微減傾向にある中で、社会的負担のみが増加するという「無理ゲー」になっている。経済成長しない理由については、また別の機会に話したい。

もう一つの対策としては、高齢層に対する社会保障給付を減らすというものがあるが、あらゆる選挙において60歳代の投票率が最も高く、70代が続く一方、ただでさえ絶対数の少ない30代の投票率は40%台という有様なので、給付減を唱えた瞬間に選挙に負けてしまい、実現不可能になっている。これも「無理ゲー」と言える。

本来であれば、家族給付を増やし、教育費の私的負担を減少させることで、子どものいる世帯の負担減を図る必要があるはずだが、現状では殆ど対策を打っていない。例えば、民主党政権が行った「子ども手当」や「高校無償化」ですら、「放漫財政」と批判されて、安倍政権下で廃止されてしまった。現状では「幼保無償化」などは「やらないよりはマシ」程度の効果しか無いだろう。
また、生産年齢人口の急減に対しては、移民など「外国のお友達」を入れて、戦線に開いた穴の「当面の手当」をする必要があり、だからこそケン先生も「難民の大量受け入れ」を主張していたのだが、現実には何も実現していない。
だからこそ、安倍政権は「女性の社会参加」「高齢者の定年延長」を唱えているが、これによって増える「現役人口」は減少分には遠く及ばない。しかも、「女性の社会参加」は、安倍政権の保守性、天皇・戸籍制度、男性中心の労働慣習によって阻まれ、実効性が上がっていない。

少子高齢化は、ゲームと違って、いきなりゲーム・エンドを迎えることは無いが、若年層の生活苦はますます深刻化し、それとともに少子化もさらに深刻さをます勢いにある。

【追記】
よくリベラル派が「消費税をゼロにしろ」と主張しているが、この場合、19兆円からの消費税分を社会保険料などに転化するか、他の税収減を確保する必要がある。税収減で言えば、消費税は最も効率的・安定的かつ公平な税であり、これと同規模の税源を求めるのは現状では不可能だろう。社会保険全体の保険料歳入は約70兆円であり、例えば19兆円分を保険料に上乗せする場合、単純計算で保険料が27%増える計算になる。消費税の場合は、高齢者も子どもも税を納めるが、保険料は現役層(主に正社員)と企業にのみ負担を負わせる形になるので、企業活動に多大な影響が出るだろう。企業が社会保障負担を抑えるために、非正規化をさらに進めた場合、国民皆保険制度そのものが危機に陥るかもしれない。
posted by ケン at 12:00| Comment(8) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
天皇を始め、為政者に国民を守る義務・・・て思想が無い。

ので、当然こうなる・・・


てのが私の思い。

江戸幕府は「武威で、天下を静謐にする」ってのがあったので、まっとうな政治をした。

天皇制国家には、国民を刺身にして食おうが、天皇がいたら、それで正当化できる。

そんなんですから、当然にこうなる可能性があった。



まあ極論ですけど、そう思ってます。

失政を原因に、簒奪された天皇って後鳥羽院以来みないし・・。

明治帝政は、それを許さない。となると、必然的だったかも。



乱文を失礼しました。
Posted by 遍照飛龍 at 2020年06月15日 18:09
まぁそこまで極端でなくとも、日本の場合は大衆の生活水準向上よりも、生産者(サプライサイド)を優遇する開発途上国モデルで、それは戦前も戦後も変わらないのですが、軍備負担がなくなった分、生活インフラもかなり向上したとは思います。

ただ、90年代に至ってもなお、官僚や政治家はもちろんのこと、経済人もみな永遠に経済発展し続けると思い込んでいて、少子高齢化や市場衰退を全く想定していなかったことが大きいと思います。

西欧の場合は、労働組合が強かったり、政権交代したりすることで、社会保障制度の精度も向上していったわけですが、日本の場合はずっと自民党政権が続いて、チェック機能が果たされなかったことも大きいと思います。
Posted by ケン at 2020年06月16日 16:34
>高齢層に対する社会保障給付を減らす
高齢層人口自体を減らすという恐ろしい政策と共に実現しそうな気がします。そのために権威主義化を強めているのではないですか。いずれ選挙も機能しないようにすれば問題ありません。労働が不要となる特異点が訪れるまでは奴隷社会の再構築で凌ぐのです。

私は減らされる層に該当する年ごろですが、なす術がありません。
Posted by yb-tommy at 2020年06月17日 23:41
現役層が急減し、年齢構成のバランスが悪化した状態がしばらく続く以上は、何らかの合理化は避けられないでしょう。

例えば、医療費を削減するといっても、一律削減するのか、高額医療の自己負担を増やすのかについては、生命や人道に対する考え方にも関わるので、もっと真剣に議論しなければならないはずですが、賛成か反対かの二元論になってしまっている感じです。

現状のままでは、絶対的な出産減に歯止めが効かないまま、現役層の負担が増え続け、高齢層も若年層もそろって苦境に陥るでしょう。
Posted by ケン at 2020年06月18日 18:32
1.57ショックが30年前で、あのとき既にヤバいって言われてたんですけどねぇ。
「アグネス論争」なんてのがあり、男性の育児休職が認められるようになったのもその頃。
政治改革なんかに熱中している場合ではなかったのだ…
Posted by o-tsuka at 2020年06月20日 12:45
「利権と腐敗まみれの中選挙区制はダメだ」という認識はよしとしても、そこで小選挙区制を導入するという処方箋がダメだったわけです。
同じく「少子化はマズい」という認識は正しくても、「保育所作ればOKだろ」ではダメだったということです。

「高齢化はヤバい」の対処として介護保険制度を導入したことは非常に大きな成果だったわけで、全てにおいて失敗しているわけではないと思います。
Posted by ケン at 2020年06月21日 09:48
https://forbesjapan.com/articles/detail/30270

ただフィンランドでも出生率最低ということを考えると、ライフスタイルの多様化と先の見えなさへの不安という要因も大きいと思うんですね。

仮に今年収1〜2000万でも、子どもの保育所から大学までの学費無償化が実現したとしても、産むか?となると……
Posted by スパルヴィエロ大公 at 2020年06月23日 12:06
政治は科学のように公式を当てはめれば想定できるものではないので、やってみて判断するほかないところもあるわけです。

少なくとも戸籍制度に基づく婚外子差別をなくして、可能なら結婚制度そのものを廃止すべきでしょう。
さらに長時間労働を厳しく取り締まり、転勤も最小限にする仕組みを作る必要があります。

できることは色々あるのに、保育所の粗製濫造しかしていないところに最大の問題があるとみています。
Posted by ケン at 2020年06月24日 10:20
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