2020年06月18日

日本の教育重視は昔話

【シンガポール国立大はなぜアジアトップクラスの大学になれたか 改革の主導者に聞いた】
 あれは2007年だった。日本の1人当たりGDP(国内総生産)がシンガポールに抜かれ、アジア2位になったのは。2018年で調べてみたら、シンガポールは日本の1・6倍まで伸びている。国の面積は東京都23区ほどで、人口も日本の5%以下。都市国家であり、両国の単純な比較はできない。
ただ、一つ共通点がある。天然資源に恵まれないことだ。シンガポールは、人こそが資源だとみて、教育に力を入れてきた。政府歳出の2割近くは教育予算である。首相になるには教育大臣を務めるのが必須ともいわれる。シンガポールの有力大学の評価も高い。イギリスの高等教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」の最新の世界ランキングで、シンガポール国立大学(NUS)は25位。東大は36位だった。
イギリスの大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ(QS)」の最新ランキングで、NUSは11位にランクされ、アジアでトップだった。
 NUSのキャンパスをたずねたのは1月28、29日の両日。メインのキャンパスだけで皇居の1.3倍もあり、とても1日では回りきれない。3つに分かれたキャンパスに17の学部があり、約100ヵ国から4万人近い学生が集まっている。28日には、ビジネススクールや公共政策大学院などを見学したのち、29日朝、守真弓朝日新聞シンガポール支局長(当時)とともに、前学長のタン・チョーチュアン(Tan Chorh Chuan)教授に、インタビューした。
6月6日、朝日新聞Globe+より抜粋)

「シンガポールは、人こそが資源だとみて、教育に力を入れてきた。政府歳出の2割近くは教育予算である。首相になるには教育大臣を務めるのが必須ともいわれる」

日本の一般政府総支出に占める教育予算の割合は9.4%(2018年)。文科、文部大臣経験者で総理になったのは、森喜朗(第二次中曽根内閣の文部大臣、総理は2000年の三ヶ月間)が最後、その前は海部で、その前は鳩山一郎!

霞が関では、文科省は三流役所扱いで、官僚は「他には入れない人が行くところ」と言われ、国会の文科委員会は配属希望が最も少ない部署の一つ。省庁の力も弱い上に、政治的影響力も弱いため、財政難時代には一方的に予算を削られる「草刈場」となった。
さらに文科省が高等教育に介入して、国立大学の法人化や大学行政、果ては入試制度にまで口を突っ込んだ結果、劣化に歯止めが効かなくなっている。科研制度も同様だろう。

「教育制度の貧困」は、いまや大学生の半分が教育ローンを借り、卒業生の多くが賃金低下の中、数百万の借金を背負って、社会人一年生となる事態になっている。
また、大学講師の多くが非常勤や任期付きとなって、博士号をとっても常勤ポストが無く路頭に迷い、大学院離れを加速させている。

これを失政と言わずに何と言えようか。
posted by ケン at 12:00| Comment(3) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昔から、「日本の教育重視」はうそだったと思う。

せいぜい、江戸時代まで。


「学問は贅沢」という風潮がいまだあるのは、それは社会が「教育を軽視している」証拠。


やはり明治帝政からが悪夢の始まりなのでしょう。

明治からのを全部を否定する気はないですが、あまりに過ち・傷が大きい・・






Posted by 遍照飛龍 at 2020年06月18日 18:13
明治政府の発足当初は、歳出の4割が武士の給料だったわけで、その中で武士のリストラを断行して、反対する長州と薩摩を弾圧して、苦しい財政の中、一応は基礎的な公教育を全国に普及させたのですから、そこはもう少し評価しても良いと思います。

とはいえ、日清戦争で勝った後、急速に軍事の比重が重くなってしまい、産業と教育への投資が悪化していったことは、明治帝政の最大の過ちと言えるでしょう。
Posted by ケン at 2020年06月18日 18:36
>その中で武士のリストラを断行して、反対する長州と薩摩を弾圧して、苦しい財政の中、一応は基礎的な公教育を全国に普及させたのですから、そこはもう少し評価しても良いと思います。

それを忘れてました。

それの恩恵は受けているので、それは訂正します。

でも「仏作って魂入れず」になってしまったかも。

その教育がよければ、軍事偏重をとどめる人材が出てきてもよかったのに・・。

Posted by 遍照飛龍 at 2020年06月19日 17:56
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