2020年08月04日

「LETO」

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『LETO』 キリル・セレブレニコフ監督 ロシア(2018)



ときは1980年代前半。西側諸国(資本主義諸国)の文化は禁忌とされていたソ連時代のレニングラードでは、L・ツェッペリンやT・レックスなど西側のロックスターの影響を受けたアンダーグラウンド・ロックが花開こうとしていた。その最前線で人気を博していたバンド「ズーパーク」のリーダーであるマイク(ローマン・ビールィク)のもとにある日、ロックスターを夢見るヴィクトル(ユ・テオ)が訪ねてくる。彼の才能を見出したマイクは、共に音楽活動を行うようになるが、その一方で、マイクの妻ナターシャ(イリーナ・ストラシェンバウム)とヴィクトルの間には淡い恋心が芽生え始めていた・・・・。

まさかのソヴィエツキー・ロックをテーマにした音楽映画。
ソ連における「文化開放」は、ゴルバチョフが登場する1985年から始まったとされるが、実際にはそれ以前からほんのわずかずつではあるが、「退廃的な西側文化」の許容が進んでいた。
ソヴィエツキー・ロックもまたその一つで、当局の厳しい検閲や監視がなされつつも、穏やかなレベルの「ロック」は容認されつつあった。本作にも登場する「レニングラード・ロック・クラブ」が開設されたのは、ブレジネフ期の1981年のことであり、この一点だけでも旧式な西側史観でソ連を見ることの危険がわかるだろう。
この辺りの事情や映画の調子も「ドブラートフ」の1970年代初頭とはかなり異なる点であり、そのわずかな違いがわかれば、ソ連学徒としては中級水準と言えるだろう(笑)

本作のラストで「デビュー」を飾る「キノー」は、ソ連末期の伝説的スターで、1990年8月に交通事故で亡くなったことで、伝説として定着した。
留学、ホームステイしていた頃は「ダサい」と思って、殆ど見向きもしなかったのだが、こうして改めて映画で見て曲を聴いてみると味わい深いものがあるから面白い。そんな私でも、「ゾーパルク(動物園)」は名前を聞いたことがある程度だったが、キノーはしょっちゅうラジオでも流されていて、当時の友人からも「ソ連にだってロックはあるんだぜ」みたいに自慢されたものだった。

ストーリー的にはどうということはないのだが、ソ連末期の若者像を暗くすることなくスタイリッシュに描いている。
キノーやゾーパルクの曲が、T・レックス、トーキング・ヘッズ、ルー・リードなどとともに映画の背景を飾り、改めて客観的に見てみると、不思議な空間である。
1970〜80年代のソ連や東欧というのは、一種独特の雰囲気を持っており、当時を知る私からすると現代の若手俳優の顔はあまりにも当時と違いすぎて、彼らが演じるとどうしても違和感を覚えてしまうわけだが、モノクロにすることで違和感の排除に成功している。
ただ、主人公のヴィクトル・ツォイ(カザフ系朝鮮人とロシア人のハーフ)を演じるテオ・ユーはロシア系ではなく、ロシア語も全く話せないため、台詞を丸暗記して演じているため、聞き取りにくい部分もある。

セレブレニコフ監督は反プーチン芸能人の一人で、反権威主義的な作風から現ロシア政府の監視対象となっている。
そういう意味でも、歴史は継続しており、色々と興味深い。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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