2020年09月01日

安倍政権をどう見るか

結局のところ、日本で健康保険制度と年金制度をつくったのは社会党ではなく自民党で、しかも岸信介だった。岸は本来、国家社会主義者で、最初は社会党に入党を打診していた。歴史のIFが許されるなら、私は「岸の社会党」に入党し、奉仕したかった。

時代を経て、安倍晋三氏は自民党でありながら、不十分ながらも「働き方改革」を進め、実質的効果はともかく首相自らが「賃上げ」の旗振り役を担った。恐らくは、他の自民党内閣では難しかっただろう。自民党政権において、新自由主義以外の視点から労働問題に取り組もうとするものは、恐らく安倍氏以外いなかったであろうし、氏以外のものがやろうとすれば邪魔が入って失敗していたかもしれない。

同様に外交面では、リベラル派からは「対米従属」と非難されつつも、客観的に見れば小泉期よりは距離を置いていたし、安倍氏自身は親台派でありながら、中国との関係改善に力を尽くし、誰もが嫌がる日露外交を進めようともした。
特に日露外交における「四島返還論」からの脱却は、「敵対を目的に、相手が絶対にのまない要求を繰り返す」という日本外交の悪しき伝統を止めた。最終的には、ロシアでプーチン大統領の求心力が低下し、日本では外務省が徹底的なサボタージュを行ったために、交渉が前に進まず、停滞したまま終わってしまったが、これも安倍氏以外にはできなかっただろう。そもそも、サンフランシスコ講和条約や日ソ共同宣言などによって、日本は領土要求を行わない約束をしていただけに、共同宣言に無い択捉と国後の要求は、国連憲章の敵国条項の適用が求められるかもしれない、危険極まりないものだった。

この点、河野氏やリベラル野党が政権に就いた場合、より対米従属が進み、自衛隊の海外派兵が加速、中国・ロシアとは関係悪化が進む蓋然性が高い。リベラル派が要求する「中露との敵対」は、米英への傾斜を深めるか、戦前並の武装自立を進めるほか無いからだ。大アジア主義者の私としては、容認できない事態になるだろう。
連中の要求は、米英と連携を強化して、「中露同盟」と真正面から対峙するというものだが、その場合、日本は地理的に否応なしに最前線に立たされることになり、最も強い圧力と負荷がかかることになる。日本は軍事・外交コストが極限まで上げざるを得なくなるが、そこから得られるものは非常に少ないだろう。中国市場を失って、東シナ海を危険にさらし続ける形は、長く保たない。
もはやイデオロギー外交からは脱却し、権威主義国家と共生する形を求めるべきであり、それは敵対関係になってからでは遅いのだ。安倍氏はその辺を追求し、一定の成果を挙げたものの、完成させるまでには至らなかった。

一方で安倍政権の長期化により腐敗体質が蔓延し、官僚制も形骸化と硬直化が進み、公文書制度も無力化しつつある。腐敗の問題は否定しようがないが、これは自民党とKM党である限り、避けられないもので、長期政権だったが故に腐敗の規模も大きくなった面もある。
だが、内閣人事局の設置は、内閣・国務大臣の指導力を強化し、政策遂行の円滑化を進めることが目的だった。
民主党政権において、様々な政策が霞が関官僚の抵抗によって、あるいは挫折し、あるいは骨抜きにされたことが、直接的な原因だったと考えられる。従来の制度では、大臣が命令しても官僚側でどうにでもできてしまう傾向があったからだ。
この新制度が無かったら、そもそも日露外交の方針転換など不可能であったろうし、習近平主席の訪日(延期)も、外務省のサボタージュによって実現しなかっただろう。
自民党の腐敗体質を問題にするなら、選挙において自民党に投票しなければ良いだけの話だが、現実には有権者の約半分が投票を拒否し、半分の半分が自民党に投票することで、自民党政権が成立している。デモクラシーを至上の価値と言うなら、これをどのように説明するのか、ご教授願いたい。

特定秘密保護法や平和安全法制(集団的自衛権の行使解禁)については、民主党の菅・野田政権下で検討が始まったものであり、消費増税も民主党政権が決めたものだった。その意味で、「民主党政権が存続していたら」という仮定はほぼ成立しない。
以上が、ケン先生の安倍政権に対する評価である。
posted by ケン at 12:00| Comment(7) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
以前総理大臣の行政各部への指揮監督権についてこのブログで指摘されていましたが、内閣人事局はまず憲法改正が条件となるこれらの権限の代わりでもあったのでしょうか。

Posted by うじ at 2020年09月01日 14:12
内閣人事局設置法の制定にあたっては、当時の民主党の意見がかなり取り入れられており、野党がとやかく言う資格はありません。ところで、悪名高き2012年改憲案を黙殺した安倍氏より固執する石破氏の方がリベラル派に評価され、ネトウヨに攻撃される理由が分かりません。
Posted by hanamaru at 2020年09月01日 15:27
内閣と総理大臣の指揮監督権の関係、安倍政権におけるその考え方については、官邸HPに詳しいです。

ttps://www.kantei.go.jp/jp/gyokaku/975naka24.html

首相の権限強化については2001年の行政改革で、特に内閣法を改正して実現しているわけですが、特に人事と情報について課題が残り、民主党政権の機能不全によって顕在化しました。
それに対処すべくつくられたのが、国家安全保障局と内閣人事局だったわけです。
首相の権限強化については、憲法改正の必要はなく、内閣法やその他の法改正と制度改革で実現可能であるというのが、従来の考え方であり、今日までの改革になっています。

リベラル派は、改憲派の巨頭にして圧倒的勢力を誇った安倍氏でも改憲できなかったことについて、むしろ勝利宣言すべきであって、何を騒いでいるのかサッパリ理解できませんね。
同じく、石破氏や河野氏を「よりマシ」とする根拠も全く理解できません。まぁ彼らの「リベラル」というのは資本主義と同義なんだろうと見ていますがね。
Posted by ケン at 2020年09月01日 18:46
日本のリベラルのうさん臭さも、最近特に痛感します。

>もはやイデオロギー外交からは脱却し、権威主義国家と共生する形を求めるべきであり、それは敵対関係になってからでは遅いのだ。安倍氏はその辺を追求し、一定の成果を挙げたものの、完成させるまでには至らなかった。

親台湾でも、その割に傾斜すぎない。

リベラルでも、普通はもっと傾斜するのが普通。

なんか、最近は、日本会議とおなじくらい日本のリベラルも、日本人に害毒を耐えれ流しているように感じます。

なんか投了したい気分。






Posted by 遍照飛龍 at 2020年09月01日 20:32
>なんか、最近は、日本会議とおなじくらい日本のリベラルも、日本人に害毒を耐えれ流しているように感じます。

でなく

>なんか、最近は、日本会議とおなじくらい日本のリベラルも、日本人に害毒を垂れ流しているように感じます。

です・・
Posted by 遍照飛龍 at 2020年09月01日 20:37
リベラルの定義って、日本では殆どなされていないわけですよね。
アメリカでは、まず「イングランド国教会からの信仰の自由」があり、ついで「イングランド王権からの自由」となり、さらに「中央集権からの自由」となって、ついには「武装の自由」に行き着くわけです。

フランス革命の場合、やはり「王権、貴族支配からの自由」と「カトリック教会からの自由」が根っこにあります。

では、日本の自由とは何かとなると、まず考えられるのは、封建制と身分制度からの自由で、これは戊辰政変で一定程度実現しましたが、天皇と華族制度が残り、第二次世界大戦を経て、天皇制と帝政官僚が残り、華族・貴族は自民党に替わったと見て良いでしょう。

それを前提に、「人が人らしくあること」「何者にも強制されないこと」を「自由」とするなら、まず天皇とそれに付随する宗教と聖職者(広義の)こそが、「自由の敵」であるはずなのです。

しかし、どうやら私が考える「自由」と、リベラル派が主張する「自由」は違うものであるようです。
Posted by ケン at 2020年09月02日 22:50
少なくとも、江戸時代までは「八宗九宗の義」で、他宗旨を攻撃する宗教以外は、何を信じても良かった。

明治以降は、表向きは変わらんけど、天皇があまりに「宗教的=神道国家」になったので、取り締まりは無いけど、宗旨の改変とかで、その自由は、減退していったのかもしれません。


まあ、江戸までの仏教の過大評価もあるかもしれませんが。


>「人が人らしくあること」「何者にも強制されないこと」を「自由」とするなら、まず天皇とそれに付随する宗教と聖職者(広義の)こそが、「自由の敵」であるはずなのです。


宗教ではない・と天皇神道を国民に押し付ける国家・天皇。

どう考えても詭弁の産物ですが、天皇とその徒党が権力を掌握しているために、それがまかり通る。



あと思うに、この程度のこそすら、まともな大学出の人らが理解できない。
それだけ日本社会の「人文学・社会学」の知見が、低レベルである・といいえると思います。
まあ極論ですが。


お返事ありがとうございます。

Posted by 遍照飛龍 at 2020年09月04日 08:41
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