2020年11月25日

社民党が分裂へ

【社民党が事実上分裂 所属国会議員の残留は福島瑞穂党首のみ】
 社民党は14日、臨時党大会を東京都内で開き、立憲民主党への合流を希望する所属議員の離党を認める議案を賛成多数で可決した。国会議員4人のうち、福島瑞穂党首を除く3人は立憲に入党する見通しだ。党は存続するが、事実上の分裂が決まった。
 議案は「社民党を残す」と同時に「立憲へ合流して社会民主主義の継承発展を目指す選択のいずれも理解し合う」との内容。可決を受け、吉田忠智幹事長、吉川元国対委員長、照屋寛徳衆院議員は、立憲への合流手続きに入る。20超の都府県連が合流する見通しだが、方針を決めていない組織もある。
 社民党は前身の旧社会党を含めて75年の歴史を持つ。2019年参院選で政党要件を満たしており、党は存続する。福島氏は大会後の記者会見で「残念だが離党する人もいる。(議案は)社会民主主義を拡大する確認なので、これからも社民党が支援いただけるように頑張りたい」と語った。
 党大会は、昨年12月に旧立憲の枝野幸男代表が旧国民民主党と社民党に合流を呼びかけたことを受けて開かれた。旧立憲と旧国民は今年9月に合流している。
(11月14日、毎日新聞)

問題となった「離党容認」議案については、賛成84、反対75での可決となり、吉田幹事長の解任議案は賛成70票で否決されたという。
いずれも僅差であり、党内で激しい議論が交わされたことが想像される。
こうした僅差の採決は、ある意味で民主的な議論が尽くされたことの表れではあるのだが、同時に禍根を残しやすいという問題もある。
しかし、民主主義を標榜する以上は、議論と採決は免れず、そこを含めたリスク管理が必要となる。
社民党の場合、党内で左派・社会主義協会派が相対的多数派を形成していたものの、一部を除けば、党内では一般党員を含めて頻繁に会議が開かれ、一般党員が意見表明する機会もあり、民主的な運営がなされてきた(ここ20年くらいの話は人づてに聞くだけだが)。民主的な運営がなされてきたからこそ、民主党や立憲民主党への合流を拒否する声が常に多数派を占め続け、個別に離党者を出してますます勢力を弱めてしまったことは、皮肉な結果と言えよう。

逆に、約半数が合流すると見られる立憲民主党は、その前身の旧立民は党員制度そのものが存在せず、党内議論すら存在しなかった。その前身である民進・民主党は党員制度はあったものの、実際には党員は自治体議員と労組幹部などに限られており、一般党員の発言権など無いに等しかった。その党運営は、党が指名した支部長と、支部長が指名した幹事長が実質的な独裁権をもって行われていた。

離党・合流となれば、立憲側からすれば、「個別に離党してうちに来るだけ」となり、社民離党者の意見を聞く必要はなく、実質的な吸収合併となる。
社民側の自業自得であるとは言え、色々と残念な結果でもある。
posted by ケン at 12:00| Comment(8) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
社民党大会で照屋氏が福島氏に「比例ではなく小選挙区へ」と述べて、福島氏は事実上の拒否をしていたようですが、福島氏はなぜ頑なに比例でいるんでしすかね。議員でなくなるのが怖い?
Posted by カンカン at 2020年11月25日 12:18
今度の分裂で、党本部の職員はどうなるのでしょうか。吉田幹事長は職員の身のふりかたに苦慮されていたようですが。
Posted by hanamaru at 2020年11月26日 03:07
福島氏の件は、一つは本人が「小選挙区転出要求は自分を落選させるための運動」と思い込んでいること、二つは本気で「自分が全国比例で表を獲得しているから議席が取れている」と信じていること、そして第三に「小選挙区では勝てない」ことを知っていることが挙げられます。

党職員は一部は立民が引き受けるはずですが、希望者全員なのかどうかはわかりません。恐らく一部だけになるでしょうね。分裂の形では、吉田氏も強く出られないでしょうし。
Posted by ケン at 2020年11月26日 08:57
他にも、

・福島氏は神奈川県連合の議員なのに、何故か(社民党が極めて弱い)東京で立候補せよと要求される(←福島落選を願っての要求であることが否定できない)
というのもあります。

なお、全国連合職員は、新報以外は全員の再雇用が約束されているとの話です。だからA戸のバカとかが前のめりになって、公式Twitter で投手を罵倒するような愚かなことをするわけでしょう。

あと、組合出身者も社青同OBも協会派もまったく一枚岩ではなく、党に愛着のある人間は残り、立憲で一旗揚げる夢を見るジジィと若手(実際、社民区議が立憲国会議員、社民前市議が立憲県議、とかになってますからね)が離党志向です。

ま、幹事長の「外国人参政権」発言もあり、「排除の論理」がガンガンに来ることは間違いなく、中央官僚と若手以外は去るも地獄、残るも地獄、という感じです。
Posted by o_tsuka at 2020年11月27日 14:12
 これまで社会主義不毛の地であったアメリカにおいてさえ、若者の間で社会主義への支持が急増しているという現代において、先進国で社会主義(社会民主主義)政党がこのように惨めな消滅をとげた国はほとんど日本だけです。
 これも一つには向坂逸郎大先生とその配下の社会主義協会の皆様が「マルクス=レーニン主義」とか「科学的社会主義」とかいう、似非人文・社会科学的教条理論を振り回してくれたおかげですね。

 さて、ここで改めて大局的に、日本の社会主義運動の歴史を振り返るにあたってのお勧めの一冊は、日本政治思想史の米原謙先生が「ミネルヴァ日本評伝選」の一冊として刊行された「山川均―マルキシズム臭くないマルキストに」です。
「ハリネズミとキツネ」のたとえ話を引用した「はしがき」からして興味深いのですが、社会主義協会系の人々の見解とは異なり、山川と向坂の政治的・思想的志向性が180度異なっていたということが非常によくわかると思います。
 それにしても、もし山川が現代日本の社会主義者の、世界に冠たる体たらくぶりを見ることができたとしたら、あきれ返ってしまうこと間違いなしですね。
Posted by SATO at 2020年11月27日 19:01
職員再雇用は合流を条件とした口約束なので、現状でそのまま履行されるとは思えません。明らかに適性を欠くものが多いことも確かですから。
党分裂が地獄なのはどこも同じでしょう。分裂状態にしないことが、組織人に求められる最低基準とも言えるわけですが、社民党の場合、少数の離党者を散発的に出し続けた結果、結束は維持できましたが、自身の勢力をすり減らし続けたわけで、そこはもはや同情の余地はないでしょう。

社会主義協会の最大の問題点は、現実政治の感覚を持たない向坂が神格化され、お山の大将化してしまい、しかも、それに対してどこの派閥も対抗できるだけの勢力を持ちえなかったことにあります。個人的には、向坂の責任よりも、大衆や労働者の動員に失敗した(無関心だった)右派の責任のほうが大きいと感じています。向坂は硬直的なレーニン崇拝者でしかなく、それに対抗できない方が弱すぎるのです。
Posted by ケン at 2020年11月30日 16:48
わたしも社会党右派のつもりでしたが、当時の社会党右派は基本、政権交代のためには何でもやる、という方針で、そこにつけ込まれて鳩山の排除の論理にやられ、山花グループの独立は震災に粉砕され、と、ついてなかったのは確かかと。
まぁ、甘かっただけとも言えますが。
Posted by o_tsuka at 2020年12月01日 19:58
ついていなかったところはあると思いますが、民主党に行った人たちの系譜は、いまや立憲で最大派閥となっているのですから、物は考えようでしょう。
Posted by ケン at 2020年12月03日 12:44
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