2017年07月08日

調整予告:ブログオフ会の開催について

今年2月、本ブログは開設から12年を迎え、13年目に突入しました。
来年は総選挙が予想されることから、3年ぶりにオフ会を開催したいと思います。つきましては、会場確保の都合上、大体の参加人数を確認したいので、参加を希望される方は、都合の良い日をコメント欄かメール(kenuchka@ヤフー.co.jp、カナはアルファベット)にて匿名で結構ですので意思表示ください。
政治の話でも、ロシア等に関する質問でも、ゲームの話題でも何でもありです。但し、最低履行人数は5名を考えています。

日時:9月16日(土)17時〜20時、ないしは9月30日(土)
場所:東京の赤坂ないしは青山
会費:3500円程度

どしどしご参加ください!連絡お待ちしてます。
正式な通知は後日あらためて掲載します。
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2017年07月03日

文明を過信するなかれ

1990年代にロシアやユーゴで生活したことのある者は、例外なく蛮性と不条理の洗礼を浴び、文明と人道の虚飾性を否が応でも認識させられたものだった。一つの秩序が瓦解するとき、人は容易に文明や人道の仮面を脱ぎ捨てて蛮性を剥き出しにして他者に襲いかかる。第二次世界大戦中の東部戦線やユーゴスラヴィア、あるいは中国・満州・太平洋戦線もそうだった。
その私も10年も東京に住んでいると、自分が文明人であるかのような錯覚に陥ってしまうが、現代日本でも政治に関わっていると蛮性と無縁ではいられない。

例えば、20年ほど前、私が初めて選挙の手伝いをしたとき、CB県では保守系候補の集会に出ると、普通に座布団の下に金一封が置かれていた。KG県から来た一回り上の先輩の話では、とある選挙事務所の前を通りかかると、「お兄さん、おにぎり食べてゆきな」と声がかかり、もらって食べてみると握りの中からラップにくるまれたお札が出てきたという。その県の島嶼部では、いまだに選挙になると生きた毒蛇を相手候補の自宅や選挙事務所に投げ込む風習があり、夜通し篝火をたいて候補宅と事務所を死守するという。別のO府から来た先輩の話では、選挙になると学会員が猫の死骸を候補宅に投げ込んできて、対抗して同盟員が豚の頭部を相手事務所の入口に置いてきたという(両当事者は断固否定)。

文明人や人道主義者の視点に囚われすぎると、見えなくなるものが多くなる。確かに文明やヒューマニズムこそが人間を動物と異なる存在にしているわけだが、しょせんは外形的あるいは後天的に備わったものに過ぎず、過信すると本質を見誤る。旧式左翼やリベラル知識人たちが安倍政権を理解できないのも、根源的にはそこに理由がある。かと言って、文明や人道を否定してしまうと、連中と同じになってしまうわけで、その辺のバランスが非常に難しいとは言えるだろう。
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2017年06月23日

【事務連絡】都議選のため部分休止

本日より東京都議選が始まり、ケン先生も職務で動員されます。
政治的良心には反するのですが、職務の範囲内で良心が耐えられるレベルで応じます。
つきましては、来週いっぱい更新が不定期になりますので、ご理解のほどお願いします。

ケン
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2017年06月01日

パリ〜モスクワをもう一度!

実は数年前にパリ〜モスクワ間の直通夜行列車が運行を再開していたことが判明した。ケン先生が乗ったのは1991年か92年のことで、その後東欧諸国が混乱する中で94年に運行が停止された。

もっとも、私が乗った時はソ連が無くなる前後のことで、最も整備やサービスが悪かった時代で、夜行列車も「汚くは無い」程度で、とても他人に勧められるような代物では無かった。
それでも、モスクワ(ベラルーシ駅)を夜出て、早朝にミンスクを経て、お昼頃にブレスト=リトフスクに到着。国境検査を経て、軌道転換して、ポーランドに入る。この時、汽車に乗ったまま、汽車の下半分を広軌用から標準軌道用に転換する作業が行われるのだが、この体験はまずもってここでしかできないことだろう。そして、AH「ロシアン・フロント」などでゲージ転換に苦労してきたゲーマーとしては、「これが、あの!」という感慨で一杯だった。今でもあるはあるみたいだが、車輌を載せ替えるわけではなく、そのまま車輪の幅が変わるだけで一瞬で終わるみたいだ。

だが、何よりも恐ろしかったのは、モスクワからずっとコンパートメントで同室で、コニャックなどを馳走してくれたロシア人が、ブレスト駅の国境検査でライフルを肩から提げた国境警備隊員にしょっ引かれたことだった。何かの密輸容疑だったと思われるし、自分が嫌疑をかけられたわけではないのだが、「軍人にしょっ引かれる」図というのが、まだまだ尻の青かった私には恐ろしい体験だった。それだけに、さらに翌朝にパリに着いた時には、「自由の国に帰ってきた」という思いを抱いたものだった。
こんな体験もさすがに今日では無いと思うが、どうだろうか。

調べたところ、2泊3日で約3500kmの旅が、二等車(二段ベッド二つ)で約3万円、一等車(2ベッド)で約4万3千円、ビジネスクラス(2ベッド)で約10万円と、悪くない値段。廃止傾向にある夜行列車はいつまで走っているか分からないので、早めにもう一度乗りたいところだ。
とりあえずゲーマー・モードでツアーを妄想してみよう。夏なら夜10時くらいまで明るいので、窓からの景色も大いに楽しめるだろう。

一日目:日本からパリへ、夜着。
二日目:ノルマンディ・現地ツアーに参加。
三日目:パリ観光、夕刻モスクワ行き列車に搭乗。
四日目:朝ベルリン、昼ワルシャワ、夜ブレスト。
五日目:朝モスクワ着。クレムリン観光、ヒムキ(独軍最大進出地点)訪問。
六日目:クビンカ軍事博物館、夜日本へ出発。
七日目:朝日本着。


自分で考えていてヤバいな。今すぐ実施すべきだ!クビンカが一般公開されたことも好タイミング。
この企画の素晴らしいところは、私がフランス語とロシア語で現地案内できる点にある。完璧では無いか!
今夏の実施も視野において同志諸兄の参加を求めたい。

汽車について詳細はこちらを参照のこと(英語)。
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2017年01月18日

インフルエンザにつき病休

昨日の午後、突然高熱が発生し、気分が悪くなって、座っていることも辛くなり早退。その後、全身が痛みに襲われ、インフルエンザと自己診断。本日休業しました。
予防接種のせいか、酷くはならず、すでに快復傾向にあり、明日は出勤できるかと。
避けられるものではありませんが、皆さんもお気をつけください。
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2017年01月09日

「鷹の夢」とメドブーハ

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先の新年会に持参した二本。山盛酒造は尾張大高の蔵元で、「鷹の夢」は旧名「大鷹」に由来する、香りに魅せられる一本。本当は「しぼりたて原酒」(濁り酒)にしたかったんだけど、賞味期限が短いから仕方ない。大高は、『信長公記』や『三河物語』に出てくるあれです。
「名古屋=九平次」なんって思ったら大間違いなんだからね!

もう一本はロシアのМедовуха(メドブーハ)=蜂蜜酒で、日本でもこってり系とサッパリ系が売られている。こちらは前者。やっぱ日露協商でしょ〜〜
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2017年01月01日

新年の挨拶:2017年を迎えて

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明けましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。本年もよろしくお願いします。
本ブログも無事12年目を迎えることができました。永田町で日々感じ、考えていることを備忘録的に書くことから始まりましたが、マスメディアが本来の機能を発揮しない現在となっては、現場で直接見聞きしたことや、周辺情報から類推される政府・政権党の内部事情を伝えるツールにもなっていると自覚しております。

昨年はやや読書量が減ってしまいましたが、論文類や政策資料は相応に読み込んでいるので、「知的退化」には至っていないと自覚している次第です。その中で考えているのは、「これからの日本はより厳しい状況に追い込まれるだろう」ということです。昨今傾斜を深めつつある権威主義、国粋主義の流れは、資本主義の停滞や中間層の没落、あるいは貧困化の中で起きていることであって、これを放置して右傾化を叩いてみたところで、巣を放置したまま目にしたゴキブリのみを叩くようなものであって、何ら根本的には解決しないでしょう。

米国のとある研究には、小学生になった子どもが成人する頃には、今ある仕事の4割近くが自動化やAI化によって無くなるだろう、という予測があります。これは一瞬「そこまでは無いだろう」と思う人が多いでしょうが、誇張とは言えません。先の年末にも、「富国生命はAI(人工知能)を使った業務の改善で、医療保険などの給付金を査定する部署の人員を3割近く削減します」とのニュースが流れたことに象徴されるように、この流れは今後さらに加速するでしょう。
少し考えてみても、自動運転は実現の目処が立っており、その場合、バス、タクシーを始めとする運転手の類いは全て失われます。小売店のレジや清掃関係も間もなく自動化されるでしょう。受付やテレアポインターの関係もかなりの部分がAI化されます。
言語関係ですら、翻訳や通訳の仕事は自動化されます。20年以内には分かりませんが、教職関係も相応部分がAIに移行するでしょう。報道関係ですら、「客観報道」という点では、権力や権威に影響されず、ネットで一瞬にしてファクトチェックが行えるAIの方が人間よりもはるかに優れており、これも相当部分がAIに移行するものと思われます。
つまり、「人間ができる仕事は何か」を考えるべき時代に来ており、果たして失われる分の仕事が創出されるのだろうか、というのが私の疑問になります。政府や経済界では「労働力不足」などと大騒ぎしていますが、介護や児童・福祉関係以外は、労働力はAIに取って代わる可能性が高いということです。

この場合、問題は労働力不足よりも大量の失業、あるいは「人間がやるべきなのに必要なスキルが無い」者が大量に発生しそうなところにあります。
欧州の場合、失業しても最低限度の生活が保障される「生存権」が認められ、制度化されています。ところが日本の場合、失業保険は失業者の2割強、生活保護も水準以下の生活状況にある者の4人に1人しか受給できていません。また、日本政府は政策的に住宅政策を民間に丸投げして、低所得者用の公的住宅を削減してきたため、例えば東京の都営住宅や市営住宅は倍率20倍を超えるのが常態化しています。
これらはセーフティネットの網目が大きすぎて、こぼれ落ちる者が続出していることを意味します。こういう中で「AI時代」を迎えた場合、生活困難者が溢れかえり、しかもそれを制度的に救済することもできないという状況に陥る可能性が高いわけです。
霞ヶ関官僚や自民党議員が無関心なのは当然としても、野党第一党である民進党もまたエリート化し過ぎており、この問題を自覚していないことは非常に将来を暗いものにしています。

これに関連して、日本が資本主義としても難しくなっているのは、制度的に労働力の移転、移動に厳しく、組織的に責任を不明確にしていることに起因していると考えられます。日本では、「太平洋戦争の開戦を誰が決めたのか」「インパール作戦は誰が決済したのか」「原発再稼働は誰が決めるのが」といった具合に、意思決定の責任の所在を曖昧にする傾向が強く、その結果、大きな失敗があっても誰も責任をとらず、問題を引き起こすシステムが改善されずに放置されるシステムになっています。福島原発事故で、誰も責任が問われず、刑事訴追もなされなかった結果、欧米よりも低い安全基準で再稼働がなされていることが象徴的です。これは、日本が資本主義の競争力が低下しても、自国民の労働賃金を引き下げ、長時間労働を強要することでしか対処できない要因にもつながっています。

もう一つは、解雇規制が厳しすぎる点にあります。日本では法制度上は、会社都合による解雇が許されていますが、裁判の判例もあってほとんど適用できない状況にあります。その結果、古い会社は収益の悪い部門、部署を潰すことができないまま、大量の人員を抱え、逆に新たなビジネスを開拓しようとする会社は人集めに苦労するという状況になっています。これは、実は日本人がずっと馬鹿にしてきたソ連型社会主義と全く同じ状況なのです。不採算部門を解体し、会社を潰すことで、余剰人員をより収益の高い部門や、新たな需要を満たす新会社に回すことで、資本主義は新陳代謝を図っていくわけですが、日本ではそれが非常に難しく、低収益構造がいつまでも温存される社会構造になっています。この辺は、1980年代の社会主義国とよく似ています。
2000年代以降、政府はずっと「規制緩和」を続けてきましたが、それは正社員を雇わず、低賃金の非正規社員に転化しただけの話で、単純に国民の所得が減り、消費が減退して国内市場を縮小再生産させただけの結果になっています。
他方で、日本は(他の欧米には見られない)企業に巨額の補助金(あるいは税制優遇)を出す国で、それが低収益の企業を温存し、ビジネスを新規開拓する可能性を潰してしまっています。例えば、ソ連末期には国家予算に占める、コルホーズを始めとする国営企業補助金が20%にも達していましたが、これが国家予算を食いつぶすと同時に、不採算な企業を温存させ、市場を縮小再生産させていたことに気づいていたソ連人は殆どいませんでした。ですが、現代の日本人もこれと同じ過ちをしているのです。
この辺については、いずれ稿を改めて考えたいと思いますが、問題意識として読者の皆さんと共有しておきたいということです。

興味深いのは、ソ連では「計画経済の停滞」という困難を「民主化」で乗り越えようとしたのに対し、日本では「自由経済の停滞」を「権威化」で対処しようと試みている点にあります。この視点は、ソ連東欧学を学んだ私ならではのものであり、今年も引き続き読者の皆さんと分かち合えたらと願っております。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
posted by ケン at 12:23| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする