2019年12月22日

ザギトワ引退の黒幕

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とある確実なネット筋(そんなものは無い)によれば、ザギトワ引退の黒幕はキュゥべぇらしい。
確かに言われてみれば、腑に落ちるばかりだ。。。
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2019年12月20日

故・中村哲氏の背景にあったもの

【「素朴な正義感貫いた」 中村さんのいとこが語る人柄】
 長年、アフガニスタンの復興のために尽力したNGO「ペシャワール会」の医師中村哲さん(73)の遺体が9日、福岡に帰った。現地の人に慕われ、支援者たちの尊敬を集めていた。無言の帰郷に、身近な人たちは悲しみに暮れた。
 「平和を願い、困っている人、貧しい人の側に立つ。そうした素朴な正義感を貫いた」。中村哲さんのいとこの玉井史太郎さん(82)=北九州市若松区=は9日朝、帰郷のニュースを知り、そう語った。
 芥川賞作家・火野葦平の三男で、いまは葦平の旧居「河伯洞(かはくどう)」(同区)の管理人を務める。中村さんは小学2年の頃まで近所に住み、よく一緒に遊んだ。アフガンでの活動を始めた後も、帰国すると多忙の合間を縫って顔を見せた。
 謙虚な人柄で、2人でいるときは自身の活動を積極的に話すことはなかった。ただ、現地の治安の悪さに触れて「(従軍経験がある)葦平と同じだね」と語ることもあったという。
 最後に会ったのは8月下旬。玉井さんが代表を務める「わかまつ九条の会」の集会で講師に招いた。活動状況を話し、参加者からの質問に丁寧に答えていた。
(12月9日、朝日新聞)

アフガニスタンで40年にわたって医療、農業支援を続け、先日殺害された中村哲氏。私も何度か国会などで話を伺ったことがある。
彼の母方の伯父は作家の火野葦平、中村の祖父(火野の父)の玉井金五郎は沖仲士(港湾労働系の任侠)の組頭だった。中村氏は『花と竜』の世界そのもので生まれ育った人だった。

その火野葦平は、インパール作戦を取材するためにビルマを訪れているが、当時ビルマには歩兵124連隊、113連隊、148連隊など福岡・久留米の連隊が多く、火野が来る度に入れ墨の入った兵隊が次から次へと「玉井のオヤジにはお世話になりました」と、自分の食べ物もロクに無いにもかかわらず、色々なものを持ってきたという。もっとも、火野本人も父を手伝って、港湾労組まで組織していたのだから、慕われていたのは父親のみではなかったはずだ。

中村氏もまた任侠の世界がかろうじて残る時代に生まれ育ち、九大医学部を出てアフガニスタンに行き、別の形で「任侠道」に目覚めてしまい、その身を捧げてしまったと言えそうだ。
中村氏がクリスチャンであることから、「キリスト教の奉仕精神の体現者」とする向きもあるが、個人的には「任侠精神」の方がピッタリくる気がする。

関東の人間には想像も付かない世界である。こうした任侠系の労働者集団やテキ屋のような特殊な職人集団などと、暴力団の違いが、関東の人間にはどうにもわかりづらい。
私も奈良の議員の秘書をやって、初めてその深淵の縁を垣間見ることができた。
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2019年12月19日

拳銃で熊は倒せない

【県議「クマ襲撃前に発砲できなかったか」、県警部長「拳銃では倒せない」】
 6日の秋田県議会教育公安委員会で、11月に鹿角市十和田大湯で猟友会員と警察官の男性計3人がクマに襲われ重軽傷を負った人身被害発生当時の警察の対応を巡り、委員から疑問が投げかけられた。
 県警側は、警察官が所持する拳銃の威力は、クマに効かないとの認識を示した。
 鹿角市鹿角郡区選出の児玉政明委員(自民党)は、地元住民の不安を代弁し、「襲われる前に発砲できなかったのか」とただした。泉浩毅・県警生活安全部長は「人身被害の危険性があり、安全が確保できれば、警察官の命令で猟友会員が発砲できる」とし、「拳銃でクマは倒せないと認識している」と付け加えた。
(12月7日、読売新聞)

秋田県議会にて。

県議「襲撃前に発砲できなかったんですか?!」
県警「拳銃で熊は倒せません」

そりゃそうですよね〜〜
『羆嵐』でも『ゴールデンカムイ』でも、熊については盛っていませんから!
レンホーやT元に質問させたかった(爆)

「なんで熊撃ち銃を常備させてないんですか!!」と県警部長に詰め寄るシーンが見たい。
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2019年12月16日

ケン先生が見た一人っ子政策の悲劇

(ゲーム)カフェに行くと、白髪の女性が一人、じっとゲームをしているのを見ている。
プレイするのでも無く、たまにルールを読んだりしている。
ボードゲームはまだしも、特にウォーゲーム分野では、日本も中国も女性のプレイヤーはまず見ない。
しかも、中国はゲーマーの平均年齢が20代から30代初めと、日本より20歳近く低い。

結局その女性はしばらくして帰られたので、誰だったのか聞いてみたところ、この春に若い20代のサークルメンバーが病気で亡くなり、そのご母堂だという。私が来た頃には、そのゲーマーは体調を崩しており、殆ど来ていなかったそうなので、私が知らないのは当然だった。

亡くなったメンバーは一人っ子だったそうで、ご母堂の様子を見ても、結構な高齢出産だったのではないかと想像される。彼女は「みんなで遊んでやって下さい」と、息子の遺品となったゲームを持って来られたのだという。
小さめのボードゲームとプレステのソフトが何本か、という感じだったが、何だか見ているだけで辛いものがある。ご母堂が気丈にされていたことが、なお辛い感じがする。
こうやって間近で一人っ子政策の負の側面を見てしまうと、色々考えてしまうものだ。

また、授業で学生の本の紹介と書評の課題を課したところ、ある学生が一人っ子政策を主題とした小説を紹介しつつ、「私も弟がいるが、一人っ子政策に殺されるところだったが、一族から金を借りて罰金を納めて、弟の生命は何とか保障された」旨の主張をするので、「おいおい、大丈夫かよ」と内心ハラハラさせられた。

一人っ子政策が廃止されたのは2015年のことで、学生の世代はまだまだ一人っ子が多いわけだが、少しずつ豊かになってきたせいか、聞いた感じでは、半分強の子に兄弟がいるようだ。中国の合計特殊出生率は約1.6と「日本よりはマシ」程度だから、こんなものかもしれない。
しかし、「政府によって強制された」歪みというのは、日本と大きく異なるところであり、今後も人々から話を聞いていくつもりだ。
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2019年12月03日

法王から教皇に統一へ

【ローマ教皇が23日に来日 呼称を「教皇」に変更】
 ローマ教皇(法王)フランシスコが23〜26日の日程で来日する。教皇の来日は昭和56年以来、38年ぶりで2回目。24日は被爆地の広島、長崎両県を訪れ、核兵器廃絶に向けたメッセージを発信する。
 25日午前に天皇陛下と会見し、同日午後には安倍晋三首相と官邸で会談する。首相との会談では北朝鮮の完全な非核化が必要との認識を共有する。首相から教皇に対し、北朝鮮による拉致問題の早期解決に向けて理解と協力を要請する。
 一方、政府は教皇の来日を機に、呼称を「法王」から「教皇」に変更した。外務省によると、昭和17年にバチカンと外交関係を樹立して以来、「法王」を用いてきたが、カトリック関係者など一般的には「教皇」が広く使われているため、呼称の変更を決めた。
(11月22日、産経新聞)

中高大と10年にわたってカトリックのお世話になってきた者として、「法王じゃなくて教皇です」と国会議員の発言や文章を20年近く訂正してきただけに、感慨深いものがあります。
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2019年11月28日

神童の子は神童にあらず

少し前の週刊文春の記事に「灘高校1979年卒の神童は、大人になってどうなったのか?」というものを発見、面白く読ませてもらったが、「灘校卒、東大現役合格」というだけで神童扱いか!
1979年でも。だとすると、1963年新宿高校卒、東大理三に現役合格した母は、何と呼ばれるべきか。恐ろしいのは、「なぜ東大を受けたの?」という質問に対して、「先生に言われたから」で終わってしまったことだ。
もともと医学部か法学部志望で、それは「女性でも自立した仕事ができる」という当時ならではのものではあった。しかし、そこで医学部になったのは理系科目に強いからで、国立になったのは苦手科目がなかったからということらしい。

当時理三合格者100人の内、女性は3人で、現役は母一人だった。
新宿高校同期には、池辺晋一郎、蟹江敬三、紺谷典子がいて、先輩は中村敦夫、岩佐恵美、梅澤忠雄、後輩には緒方靖夫、長谷川三千子、小林節といったラインナップ。代々木が近いせいか、上田兄弟を含めて共産党議員の輩出率が恐ろしく高い。灘校ほどじゃなくても、十分イケると思うのだが。。。

いずれにせよ東大出の母を持つ子は大変です、特に自分の出来が悪いだけに(笑)
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2019年11月19日

Chad Jensen氏の冥福をお祈りします

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私も愛好しているGMT「Combat Commander」シリーズのデザイナーであるChad Jensen氏が亡くなられたという。
享年52歳というから、自分と大して変わらない年齢である。
色々と考えてしまうが、まずは氏の冥福を祈りたい。良いゲームをありがとうございました。
posted by ケン at 16:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする