2015年11月07日

連続殺鯉事件

この間わが家を震撼させてきた「連続殺鯉事件」。
庭池の鯉の数が合わず、かといって死体も確認されず、池の端が水びたしになっていることから、当初、犯人像は「ネコかカラス」と思われてきた。だが、先日未明、家人が未遂現場を目撃、真犯人は「アオサギ」であることが判明した。
まさか東京の、しょぼい庭池に飛来していたとは想定外もいいところ。確かに野川ではよく見かけるようになったが……
急遽対策会議がもたれ、「(セッターのような)鳥撃ち犬の導入」と「フェンスの設置」で意見が分かれ、財政上の理由から後者に決定されたものの、わが家の防衛力増強という点では一致を見た。
冤罪容疑を掛けたネコ殿とカラス殿には心からお詫び申し上げる。
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2015年09月23日

小県へ行く

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小県に行きましたが、カメラを忘れたのでパンフだけ。
上田城は何十年かぶりで、歴史知識を身につけて改めて見ると、小県を部分支配している程度の小大名の城としては相当に大きいことが分かります。第一次上田合戦で真田方に2千人強もいたことは、徳川方にすれば全く想定外の動員力だったに違いない。上田盆地だけで2千人動員とか無理ですから!沼田領もあるとはいえ、100km以上離れているから動員は非現実的。
たぶん徳川方としては7対1を想定していたものが、蓋を開けてみれば3対1、城の防御効果で1対1になってA2Rみたいな結果。昌幸としては、2千人いるのを5百人くらいに見せて、挑発したのだろう。
いや、百聞は一見にしかず。大河ドラマが始まる前に見ておくことをお勧めします。

別所温泉では『真田太平記』で幸村が密偵と落ち合っていた温泉へ。
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2015年08月29日

警察によるデモ隊撮影から考える権威主義と民主主義

明日8月30日には安保法制・集団的自衛権行使に反対する全国的なデモが行われるが、同時にその裏では公安警察が総動員されて、参加者の肖像撮影、リスト化が準備されている。それに対して、一部の弁護士らが「肖像権の侵害」「憲法違反(表現の自由、集会の自由、幸福追求権に対する侵害)」を訴えているものの、当局は全く取り合うつもりがなさそうだ。

この問題については1960年代の学生運動において一つの判例が出ており、基本的に当局はこれに準じていると主張している。京都市公安条例違反デモ事件(1969年)がそれだ。デモに参加した学生が、京都府警によるデモ隊の撮影を妨害したとして、公務執行妨害罪で起訴された。被告の学生はプライバシーの侵害を訴えるも有罪となり、上告したものの、棄却されて有罪が確定した。判決の要旨的には、
「警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されない」

「現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であって、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行なわれるときである。このような場合に第三者である個人の容ぼう等を含むことになっても、憲法13条、35条に違反しない」

「本件写真撮影は、現に犯罪が行なわれていると認められる場合になされたものであって、しかも多数の者が参加し刻々と状況が変化する集団行動の性質からいって、証拠保全の必要性及び緊急性が認められ、その方法も一般的に許容される限度をこえない相当なものであった」

というものだった。その後、この判例が継承され、今日に至るまで、デモ隊参加者の肖像撮影が合法化される根拠となっている。
この判例に則っては、公安警察などがデモや集会参加者を撮影しているということは、日本の警察は、

「デモや集会参加者は犯罪予備軍である」

「デモや集会は現在進行形の犯罪である」


のどちらかの認識の上に立って、「集団行動だから証拠保全の必要性及び緊急性が認められる」と判断、「一般的に許容される限度内で撮影」していることを意味している。要は、日本の警察的には、デモや集会に参加することは、犯罪行為であるか、犯罪準備をしている、という認識なのだ。これを権威主義と言わずして何と言うべきだろうか。それこそ、明日の全国行動について主催者側は、全国で100万人の動員を豪語しているが、警察がデモ参加者を撮影すれば、参加者全員が「犯罪者」ないし「犯罪予備軍」であるという認識を示すことになるが、とうてい現実的あるいは合憲的とは思えない。

デモクラシーの原理は、主権者全員が国家の意思決定に参加する前提の上に成り立っている。議会制民主主義は便宜的に主権代行者を選挙で選出して議会を構成しているわけだが、議会に代議員を送り出したからといって、市民が有する主権が失われるわけではない。大多数の市民は日常生活を送る中で、常に意思決定に参画することは現実的に不可能であるため、便宜的に代議員を議会に送っているだけだからだ。この代議員、あるいは議会が十分に機能せず、主権(市民の意思)が十分に国政に反映されていないと考えられる時、市民は積極的に街頭に出て自らの主権を提示、政治的意思を直接訴えることが許されている(集会、結社の自由)。少なくとも、デモクラシーの原理上、デモや集会などの直接民主主義は、「許されている」というレベルでは無く、「積極的に行うべきもの」という義務に近いものと考えるのが筋なのだ。その意味において、「投票は権利」「デモや集会は権力者の許可を得てやるもの」と考えている日本人は、全くデモクラシーの原理が普及していないと言える。

つまり、デモや集会などのデモクラシーの要を「犯罪」と見なす日本政府(霞ヶ関、桜田門)の国家観は、甚だ反民主主義的であり、この時点で戦後憲法を否定してしまっている。そして、民主主義を肯定する国会議員は、法務委員会や内閣委員会で、デモ隊撮影の合法性と法的根拠を徹底的に追及すべきである。これは安倍政権の問題では無く、帝国の本質部分を憲法改正によって継承してしまった戦後国家のあり方が問われているのだ。
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2015年08月25日

富士総合火力演習2015

ケン先生後援会(偽)の皆さんとともに参観。
前夜まで仕事をされていた方ばかりなので、今回は始発電車で現地入り。埼玉に住む人は4時台の電車だった。それでも御殿場駅に着くのは7時23分で、すでにシャトルバスが出ている。バスに乗って会場に着いた時は8時を回っており、中央のシート(地べた)席はすでに満席、端の方から入ってそれでも前から6〜7列目程度という有様。
やはり良い位置を確保するためには超早朝に車で来ておく必要があるようだ。前回の記事を読む限り、6時に着いていれば十分そうだ。
だが、前回とは異なり、事前の「練習」のようなものがなく、10時過ぎの開始までひたすら待つことに。経費削減なのだろうか。本番も以前見たときよりも微妙に炸薬量が減らされている気がする。着弾時の爆発や煙の量が少ない。
それにしても、前回も思ったが、砲の発射音が聞こえて着弾までの時間、着弾の爆発が見えてから爆発音が聞こえるまでのタイムラグが、わずか数秒の世界なのに非常にリアルに聞こえる。映画では体験できないものの一つだろう。

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内容的には、時勢を反映してか、「某国の離島侵攻に対する奪還作戦」という想定が非常に強調されている。だが、尖閣に中国軍が上陸し、自衛隊が奪還作戦を行うという想定が本当に「リアル」なのか、そもそも米軍が介入を拒否した場合、自衛隊単独で行う(行える)のか。より正確を期せば、安保条約の内容的に一度占領されてしまった島嶼に対して米国が日米安保を発動する可能性は極めて低い……などということを考えてしまう。

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会場には、現役の自衛官や海外の軍人も見られたが、女性自衛官が増えているように見える。女性自衛官は、いくら短髪にしていても、ロシア軍の女性兵士や士官に比べるとどうしても可愛らしく見えてしまう。

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今回初めて10式戦車を見た。確かにコンパクトで非常に俊敏なのだが、やはり老いた戦史好きの目からすると「頼りなさ」が気になる。年寄りとしてはやはり74式が一番戦車のイメージに合いますな。いつまでも現役というわけにはいかないのだろうけど。もっとも、グルジア紛争やウクライナ内戦ではT72が現役バリバリなんだけど。
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2015年08月08日

出口先生のご冥福を祈ります

【<訃報>出口裕弘さん86歳=作家、元一橋大教授】
 ジョルジュ・バタイユなどの仏文学翻訳で知られた元一橋大教授で作家の出口裕弘(でぐち・ゆうこう<本名・やすひろ>)さんが2日、心不全のため東京都内の病院で死去した。86歳。葬儀は近親者のみで営む。お別れの会を後日開く。自宅は東京都調布市若葉町1の1の41。喪主は妻紀子(のりこ)さん。
東京・日暮里生まれ。旧制浦和高時代の友人、渋沢龍彦の影響で仏文学に傾倒。1952年、東大仏文科卒業。67年に翻訳したバタイユの「有罪者無神学大全」が、三島由紀夫に激賞された。
 70年に一橋大教授就任後、商業文芸誌に小説を発表。83年、エッセー「ロートレアモンのパリ」が好評を博し、97年に渋沢との交流を描いた「渋沢龍彦の手紙」が話題を集めた。三島や太宰治、坂口安吾の研究でも知られ、2007年に評伝「坂口安吾 百歳の異端児」で伊藤整文学賞などを受賞した。主な著書に「ボードレール」「三島由紀夫昭和の迷宮」など多数。
(毎日新聞、8月3日)

出口先生のご冥福を祈ります。私がジョルジョ・バタイユに耽溺できたのは先生のおかげ。バタイユを「読める日本語」に翻訳した功績は今もって余人に代えがたいものがあります。ユイスマンスは挫折しましたが。あまり著作は読んでいないのですが、評論は個別にけっこう読んだ記憶があり、古風な文学者の趣を残された最後の世代のように思えます。
まだ読んでいない『坂口安吾 百歳の異端児』を読んでお偲び申し上げます。
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2015年07月26日

上には上が:新保清の場合

私の大伯父は、陸士から中野学校を出て(例外的パターン)、支那派遣軍や関東軍の情報部で諜報活動を行っていた。終戦時には新京におり、機密文書の廃棄等を行った後、満州を徒歩で横断、ソ連軍の戦線をすり抜けて、浦潮から船で帰国。むしろ他の大陸にいた人々よりもよほど早く帰国したので、逆に脱走と疑われたくらいだった。その伯父の話は一族の伝説であり、聞いた私にとってもショッキングだったが、上には上がいるというか、小説や映画の主人公を地で行く無名の人はまだまだいるようだ。

【新保清】1915年、陸軍のテストパイロットをしていたところ、政府の義勇兵募集の広告を見て志願、欧州に渡りフランス軍航空隊に加わり、ドイツ軍と交戦、撃墜されて独軍の捕虜に。収容所を脱走してロシアに入ったところ、赤色革命に遭遇、労農赤軍に参加。シベリアに行き、抗日パルチザンとしてシベリア出兵中の日本軍との戦闘を指揮。内戦終結後はモスクワで日本語教員を務めるも、後にスパイ容疑で銃殺された。
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2015年07月04日

うつぶせ寝を試す

昨秋ギックリ腰をやって1週間近く苦しんだ。今ではさすがに痛みを感じることは無いが、腰痛になりやすい骨組みになっているらしく、今も細々と治療を続けている。整骨院に通う以外では、やはり腹筋や背筋を鍛えるのが良いので、ピラティスとヨガで対応、これも少しずつ改善していると思われる。
だが、腰痛対策で色々調べていると、もう一つ就寝時の姿勢も問題なのではないかと思うようになり、「うつぶせ寝」を試してみることにした。

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うつぶせ寝用の枕

いくらマットレスのスプリングがあるとはいえ、仰向けで寝ている限り、腰に対しては背骨と内臓の重みが加わり続けることになる。同時に加齢で弱っている背骨に対しても内臓の重みが加わるため、特に女性の場合、これもあまり良くないらしい。また、私の場合は無縁だが、就寝中の呼吸についても仰向け寝は気管の配置上、呼吸の流れが良くないらしく、イビキなどの原因になるという。
仰向け寝はこうした問題を解決してくれる。まず腰に対する負担がなくなるため、腰痛持ちにとっては最高の対策となる。さすがに寝返りを打つので一晩中うつぶせで寝ているわけでは無いが、翌朝の腰の軽さは言葉で言い表せないものがある。
もう一つは、内臓の位置で、二足歩行する人間はどうしても内臓が下の位置に行きがちになるが、仰向けに寝ると背骨があるため正しい位置に戻りづらいようだ。これもうつぶせで寝ることで内臓の配置をリセットする効果があるという。ヨガでもうつぶせのポーズが多用されるのは同様の理由があり、同時に内臓をマッサージする意味もあるという。ただ、個体差があるので必ずしも皆に言えることでもないようだ。
また、うつぶせは呼吸器官の配置的に呼吸の流れがまっすぐになるため、就寝中の呼吸が楽になり、無呼吸症候群対策として重要なのだという。ただ、枕を使うにしてもうつぶせ専用の枕を使わないと、鼻と口がふさがって逆に呼吸できなくなるので要注意だ。かと言って、顔だけ横に向けると今度は首に負担が掛かり、首痛や寝違えの原因になってしまう。

私が何度か試した限りでは、毎回では無いが、睡眠の深さと満足度の点、そして何よりも腰への負担の点で、うつぶせ寝は十分に選択したり得ると判断された。夏が本格化してくると、汗の関係などでどうなるか分からないが、引き続き試験を続けたい。
posted by ケン at 19:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする