2019年05月12日

天皇制という不条理

【佳子さま、宮内庁の助言を拒み「一個人」ご発言で炎上】
 平成から令和にまたがる皇室の難題とは、すなわち「小室問題」に他ならない。
 眞子さまと小室さんとの結婚に関する行事が「2年延期」と発表されたのは昨年2月。が、小室さんは秋篠宮さまから提示された「金銭問題の解決」「経済的安定」という二つの課題をクリアしないまま、8月に渡米。11月には、お誕生日にあたり秋篠宮さまが“納采の儀を行うにはそれ相応の対応が必要”とのお考えを示されたのはご存じの通りである。
 「1月下旬、小室さんが母親の金銭トラブルに関し、代理人を通じて『解決済みと認識』などという内容の文書を公表したことで、事態はますます混迷を深めてしまいました」
 とは、宮内庁担当記者。が、眞子さまの小室さんを想うお気持ちは今も強く、これを後押しするかのように、3月には妹の佳子さまもICUご卒業にあたり、
〈姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい〉
〈メディア等の情報を受け止める際に、情報の信頼性や情報発信の意図などをよく考えることが大切〉
 などと、一連の報道を疑問視なさるような文書回答をされたのである。さる宮内庁関係者が明かす。
「この内容については、事前に宮内庁の担当職員が佳子さまに修正をお願いしていました。『一個人』という表現とともに、あからさまなメディア批判でもあり、物議を醸すと判断したからです。ところが佳子さまは『父もしていることなのに、なぜいけないのですか』と、これまで度々持論を述べてこられた殿下を引き合いに、元の文面で押し通してしまわれたのです」
 結果、ネットでは“炎上”を招く事態に。
「眞子さまのみならず、佳子さまも現在、ご両親とは十分な意思の疎通ができていません。このご回答についても、事前に殿下がご意見を述べられることはありませんでした」(同)
 新時代に、不安の影はますます広がりそうである。
(5月9日、デイリー新潮)

週刊誌なので事実認定に若干の問題はあるものの、通常のメディアでは扱われないテーマなだけに仕方あるまい。

皇族は「皇族に生まれた」というだけで生活や教育が保証されるが、その代償として一般国民並みの自由や人権は奪われる。具体的には、居住の自由、移動の自由、言論の自由、職業選択の自由、思想信条や信仰の自由、公民権などがある。結果、日本は権利上の自由と平等が実現していないわけだが、「皇族は皇族であって、国民では無いから、国民の権利は認められない」という論法の上に「国民の平等」が成り立っている。

記事はサラッとさも当然のように書いてあるが、たとえ親王家であっても皇族の発言は全て当局の検閲が入っていることを示しており、皇族が自由な発言を行うためには「検閲違反」を行うしか無い状況に置かれている。
もちろん皇族は国民ではないため検閲に違反したとしても、法的に処分を受けるわけではない(治外法権)。また、憲法の建前上、第21条で検閲が禁止されているため、当局はあくまでも「助言であって検閲では無い」と言い張って、こちらも処分を免れる形になっている。本来、憲法に則るなら、宮内庁のヤクニンが皇族の発言にいちいち手を入れることなど「あってはならない」はずだが、皇族には憲法の第一条以外は適用されない。しかも、恐ろしいことに「担当職員」という、検閲の専門官まで配置されていることが分かる。

興味深いのは、「姉の希望をどうか叶えてあげて欲しい」という本来であれば、今時絶滅危惧種かよと思えるくらい妹の純情な「姉思い」の言葉を、官民そろってバッシングしていることだ。
その手法は「メディア攻撃ととられる(かもしれない)」という、あからさまに本筋を外した非難で、いかにも安倍政権の常套手段である「論点外し」の援用である。
また「一個人としての」が検閲に引っかかったところも興味深い。これは、皇族に「個人の権利は存在しない」という政府・宮内庁の意思表明であり、強要であることを示している。ネット上は「何好き勝手言ってるんだ」「小室某なんてダメに決まってるだろ」「皇族としてふさわしくない発言」旨の批判に溢れている。

確かに私も小室某は詐欺師臭がプンプンなので、実の娘だったら「いやいや、止めておけ」と強く言ったかもしれない。が、他人の結婚にどうこう言うのは、本質的に現行憲法の理念に反するし、たとえ実の子でも婚姻は自由意志に基づいて行われなければならない。そこを否定することは、憲法の根幹部分を否定し、権威主義体制への逆行を強めることになる。
だが、皇族に対してだけは、その憲法違反や人権蹂躙が許され、現行の天皇制はその上にしか成り立っていない。

こうした「娘たちの反乱」に対して秋篠宮が「強い指導」を行わず、同時に彼女たちを守ろうともしない姿勢に対しては、左右両側から強い批判を浴びている。聞くところでは、秋篠宮は重度の睡眠障害に陥っているという。
秋篠宮としては、皇族の一員としては「娘を指導」する立場にあるが、親としては「娘を守る」立場にあるだけに、どちらにも徹底できない思いがあるものと推察される。
個人的にはこの秋篠宮を批判する気には全くなれない。

この「皇室地獄」から脱却するための唯一の手段は「降嫁」、つまり「臣下に嫁ぐ」である。
かつての皇族は学校にも通わず、俗世とは完全に切り離されて育てられたが、現在では中途半端に普通の学校に通わされるため、「自分たちに自由も人権も無い」「皇室に生まれたという不幸」を嫌が応にも実感させられる。
少なくとも女子は、結婚さえしてしまえば、一般国民よりは制約があるとしても、概ね自由と人権が付与されるため、皇族の女子にとって恋愛と結婚は殆ど「蜘蛛の糸」のようなものになっている。
こうした事情が分からないと、佳子親王の発言の意味は理解できない。いや、ある意味では理解されているからこそ、「何勝手に逃げようとしているんだ!」というのがバッシングの源泉になっているのかもしれない。

この点、高円宮家の場合、母君が「やり手」なだけに綿密に調整して娘たちを上手く「片付けて」いるわけだが、母親の能力によらざるを得ないところも不幸極まりないと言える。もっとも秋篠宮の場合、王弟であるだけにより自由が効かないという問題もある。

逆に他国の王室の場合、皇位継承権が100番以下まで決められているケースも少なくなく、結果として婚姻の自由は相当程度認められている。日本の硬直的な制度が招いている側面も否定できない。

いずれにしても、天皇制が非人道を個人に押しつけることでしか成立し得ない制度であることを、リベラリストは思い知るべきであろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月04日

皇位継承資格者は3人−大空位時代は遠からず

【皇位継承資格、3人のみ 女性・女系天皇、政権は消極的】
 新しい天皇陛下の即位に伴い、皇位継承資格者はわずか3人となった。皇室典範は父方に天皇の血を引く「男系男子」による継承を定めており、皇位継承資格者は1989年の平成への代替わり時から半減。安定的な皇位継承策の検討は先送りできない課題だ。
 1日午前の「剣璽(けんじ)等承継の儀」。皇位のしるしとされる神器などを引き継ぐ儀式には皇位継承資格のある成人しか立ち会えないため、陪席は53歳の秋篠宮さま、83歳の常陸宮さまの2人だった。皇統を担えるのは、12歳の悠仁さまを加えた3人しかいない。
 皇位継承を安定させるには女性・女系天皇の議論は不可避だが、安倍晋三首相は否定的とされる。小泉純一郎首相は2006年の通常国会に女性・女系天皇を認める皇室典範改正案を提出する方針だったが、同年2月に秋篠宮妃・紀子さまの懐妊が判明。官房長官だった安倍氏は小泉氏を説得し、改正案提出の断念を主導した経緯がある。
 菅義偉官房長官は1日の記者会見で「安定的な皇位の継承を維持することは国家の基本に関わる極めて重要な問題だ」としつつ、「男系継承が古来例外なく維持されたことの重みなどを踏まえ、慎重かつ丁寧に検討を行う必要がある」と消極姿勢をにじませた。安倍政権の支持基盤である日本会議などの反対も強い。
(5月1日、朝日新聞)

新帝即位に伴い日本の皇位継承権保有者は三人になった。常陸宮は継承者として非現実的とすれば、実質弟とその子の二人である。
これは、女性に継承権がなく、かつ皇族女性は結婚すると皇族から外されるため、皇族内で男子の誕生を待つほかないことに因る。しかも、一夫一妻制が採用されているため、後宮も作れない。さらには、皇族の結婚は非常に難しい。大空位時代の到来は必ずしも非現実的ではない。
ちなみに近衛文麿を輩出した藤原氏近衛家の場合、江戸時代260年間を通じて正妻から男子継承者が生まれていない。徳川家は御三家だけでは将軍継承者が足りず、御三卿を創設したが、それでも継承難に陥った。
一夫一妻制で男子継承者を期待するのは、ダイス運に期待するゲーマーのようなもので、全く現実的では無い。その意味では、王制というシステム時代、かなり「金持ちの道楽」的なところがあるわけだが、そこはまぁ良い。

興味深いことに右派政権は支持者に配慮して皇室典範が改正できず、リベラル寄りの政権では自民党や右派政党が徹底的に反対するため、やはり改正できない状況にある。
皇室典範の改正は、憲法との整合性も関係してくるため、「足りなくなったから、皇族増やします」とは簡単にはいかない。旧皇族に復帰を求める場合、どのような範囲で、どのような正統性をもって、どのような形式で行うのか、よほど丁寧に議論を進めないと、財政難の折、「増税して皇族増やすのきゃ!」という話になりかねない。

仮にリベラル派が望むような女性天皇が実現したとしても、女性天皇の配偶者はどうなるのかという問題が生じる。現実的には「恋愛」が成立する可能性は非常に低く、成立したとしても相方となる男性は社会の圧力やストレス、あるいは皇族としての生活に耐えられるのか、想像できないほどの困難を抱えるだろう。

個人的には、何事も無かったかのように大空位時代を迎え、自然消滅して、憲法ごと機能不全となり、「仕方ないよね」と共和制に移行することが望まれる。
posted by ケン at 12:00| Comment(9) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月01日

上級国民論争と戦後日本の暗黒

先頃、東京池袋で87歳の男性の運転する乗用車が暴走、二人をひき殺し、さらに十人近くを負傷させた。にもかかわらず、現行犯逮捕されることなく任意捜査が続けられている。報道では氏名は伏せられ、容疑者ともされず、「さん」付けでの報道となった。また、ネット上でも数々の情報操作が行われた痕跡を見ることができる。

その二日後に神戸市で起きたバス暴走事件でも二人がひき殺されたが、こちらは64歳の男性が現行犯逮捕され、実名に容疑者称が付けられて報道された。
現段階では逮捕・不逮捕だけで、裁判が始まったわけでもなく、それどころか起訴もされていないので、即座に判断するのは早計かもしれない。しかし、ネット上では「上級国民の不逮捕特権」と騒がれている。

もっとも「上級国民の特権」は今に始まった話では無い。
最も近しい例を挙げるなら、明治帝の末裔でもある日本オリンピック委員会会長は1974年に国体に参加するために自ら車を運転して向かった茨城県で女性一人をひき殺しているが、起訴すらされず、二年後のオリンピックには何事も無かったかのように出場している。
現在では、フランスで五輪がらみの贈収賄捜査が続けられているが、日本では捜査そのものが行われず、「不逮捕特権」はさすがに国外には及ばないので、JOC会長ながら逮捕を恐れて海外に行けないという状態になっている。

政治家(特に与党)になると非常に露骨だ。
道路工事をめぐる土地トラブルで「口利き」への関与が取り沙汰され、あっせん利得処罰法違反罪などで刑事告発された甘利明元経済再生担当相は(予想通り)不起訴に終わった。
判明分だけでも5000万円、一説では10億円以上の裏金を運用していたとされる小渕優子議員は、証拠となるパソコンのハードディスクを電動ドリルで念入りに破壊する証拠隠滅を行ったにもかかわらず、「嫌疑不十分」で不起訴となった。

官僚を見た場合、この間の公文書(統計を含む)廃棄や改ざんなどの問題では誰一人として起訴されておらず、内部的にすらロクに処分されていない。
森友や加計疑獄では、明らかに政治家と官僚が「共謀」しなければ実現しないはずの「特例」措置が乱発されていたにもかかわらず、肝心の政治家と官僚は捜査対象にすらなっていない。

これらの「上級国民扱い」は今に始まった話では無い。
歴史的に見た場合、そもそも戦後日本の成り立ちからしてそうだったからだ。
まず昭和帝である。
アジア全体で2〜3千万人を殺戮し、自国民を300万人以上殺したアジア太平洋戦争で、大元帥として戦争の最高責任者であったはずの昭和帝は、国際的には政治的判断、国内的には明治憲法の免責条項によって起訴を免れ、そのまま死ぬまで帝位を保った。

敗戦後、全く民主化や自由化を進める意思を見せなかった日本政府に対して、GHQは業を煮やして自ら主導して戦争犯罪人を追及する「公職追放」措置を進めた。これも日本側の非協力によって不十分な形でしか成立しなかった。それすらも、サンフランシスコ講和条約の締結を前後して、「追放解除」がなされ、鳩山内閣と岸内閣では閣僚の6割以上が「元追放者=ファッショ協力者」ということになった。野党側にあっても、西尾末広や浅沼稲次郎らが軍国体制への協力について何の反省も示さないまま、最高幹部を務めていた。

例えば、鳩山一郎の場合、1930年の統帥権干犯問題では軍縮を主張する濱口内閣を攻撃、さらに濱口辞任後に成立した若槻内閣を軍部と共謀して倒閣を図り、満州事変に際しても軍部に同調して若槻内閣の「弱腰」を非難している。また、滝川事件に際しては、文部大臣として辞職を拒否する滝川を大臣権限で休職処分にしている。鳩山は少なくとも本人の意識の上では自由主義者だったかもしれないが、現実の政治行動としてミリタリズムに積極的に協力し、戦前期の限られた自由と議会政治をも葬り去る一因をなしたことは疑いようがない。「東条内閣打倒の一役を担った」という肯定的評価もあるが、それは戦況が不利になったことを受けて、軍閥に対する協力から手を引いたとみるべきだ。実際、昭和17年の翼賛選挙演説集には「今日の大東亜戦争は、元を正せば私が立案者なのである」という鳩山の演説内容が記載されており、これが公職追放の決定打となっている。

その後、戦後の数々の大疑獄事件、造船疑獄、昭和電工疑獄、ロッキード事件、リクルート事件、東京佐川急便事件など山ほどあるが、どれもほんの氷山の一角のみが適当に「処理」されただけで、今から見るとどれも「トカゲの尻尾切り」観が満載である。
私も記憶のある範囲でいえば、リクルート事件では40人からの議員が未公開株を受領していたにもかかわらず、
議員の有罪は二人だけでしかも執行猶予付きに終わった。また、佐川急便事件では金丸信が5億円からのヤミ献金をもらっていたにもかかわらず、逮捕されることの無いまま、略式起訴で罰金20万円に終わった。金丸が逮捕されたのは、別件の相続税脱税問題である(公判中に死去)。

これらに対して我が大先輩たちが受けた仕打ちを見てみよう。
社会大衆党の委員長だった安部磯雄は、1938年3月に自宅である江戸川アパートの一室にて右翼の襲撃を受けて重傷を負ったが、犯人らは罰金200円あるいは「戦時招集のため無罪」に終わった。
社会党委員長だった浅沼稲次郎は、1960年10月に日比谷公会堂で演説中に襲われて刺殺された。この時、たまたま背広を新調し(普段は小汚い背広だった)、辞書のように分厚いメモ帳を懐に入れていなかったため、刃物がグッサリ刺さってしまったと言われる。いずれにしても、官憲が全く対処しなかったことは明らかだった。さらに殺人犯の少年は少年鑑別所内で自殺、事件の真相はうやむやにされた。現在からは想像できないかもしれないが、この当時はまだ「社会党が政権を取るかもしれない」と本気で恐れられた時代だった。CIAが西尾末広らに資金を提供して社会党の分裂を促したのも、そのためだった。
石井紘基先輩は、2002年10月に自宅駐車場内で刺殺され、「犯人」が逮捕されたものの、犯行の全容が明らかにされないまま、高裁裁判長すら「容疑者の自白は信用できない」と言いような杜撰な裁判が行われ、わずか1年半で上告棄却、個人的怨恨による殺人ということで、無期懲役に終わった。当時先輩は、巨大疑獄の告発を準備中だったというが、それらを記したノートは犯行現場から消え、現在に至るまで行方不明となっている。
現代日本で野党議員に対する(官憲含む)テロリズムが圧倒的に少ないのは、単に野党が全く政府の脅威となっていないからに過ぎない。

ここまで書けば十分だろう。不文律による身分差は戦後日本の根源にあるものであって、今に始まった話ではない。
同様にケン先生が「きな臭さ」を覚えて、ほとぼり冷めるまで大陸に身を隠そうとしたのも、故あることなのである。
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2019年04月29日

烏鎮

懇意にしていただいている中国人のお二人と三人で小旅行に行く。
レンタカーを借りて行くのだが、GM製のそれなりのセダン車が1日100元(1600円)で借りられる。これでは、車を買うのは道楽でしか無い。街の外郭までは地下鉄で行き、そこからレンタカーなので、市内の渋滞も概ね回避できる寸法だ。
目的地までは高速道路を含めて2時間かからないくらい。高速料金も30元(500円)と安い。

烏鎮は唐の時代から栄えた水郷で、この近辺では最大の規模を誇る。
かなり整備されて観光地化してしまっているが、そこはそれ。
中国の場合、日本のように「可能な限り当時の雰囲気を残そう」というよりも、「雰囲気だけ残して」徹底的に整備してしまう傾向が強い。まぁ日本の1980年代的感覚かもしれない。
ここも平日の割にかなりの人出で、休日は歩くのも大変だろうことは容易に想像できる。
こちらは一日券が150元(2400円)と日本の感覚で考えても高い。とはいえ、中国人も同じ値段なので、やはり全般的に豊かになってきているのだ。

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夜景はきれいにライトアップされており、気分を味わうことができる。
この日は中国語の「民宿」、日本で言えばプチ・ホテル的なところに宿泊。新しくできたところのようで、非常にきれいで快適だったが、やはりバスタブが付いておらず、シャワーだけだった。シングルで朝食付き350元(5600円)。観光地だから仕方ないが、かなり日本の価格に近づいていることが分かろう。
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2019年04月25日

余計なお世話でご愁傷様?

【10連休、旅行消費に期待=菅官房長官】
 菅義偉官房長官は24日午前の記者会見で、27日から始まる10連休の経済効果に関し、「旅行者数は国内・海外ともに過去最高となる民間試算があり、旅行関連消費を押し上げる可能性は極めて高い」と期待を示した。 
(4月24日、時事通信)

・お上が決めないと十連休も休めない。
・休めるのは一部の正規職員だけで、非正規は無給。
・名目は新帝即位の恩恵、本音は景気対策。
・プラチナ価格で旅行に行けるのはお金持ちだけ。
・五月の「景気浮揚」で参院選はハッピー?
・子どもは学校に行かない、親は子のお守り

余計なお世話でご愁傷様ってとこですかね?
ちなみにケン先生の休みは5月1日だけです。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月05日

日本政治の求心力と遠心力

【3割、国会役立っていない 若者調査、関心の低さも】
 日本財団(東京)が「国会改革」をテーマに、17〜19歳対象の意識調査を実施したところ、「国会は国民生活の向上に役立っていない」との回答が30.0%で、「役立っている」の20.9%を上回った。一方で「分からない」との回答が49.1%を占めており、日本財団は「若年層の国政への関心の低さを表している」としている。調査は2月、全国の17〜19歳の男女800人を対象に、インターネットで実施した。国会が有意義な政策論議の場になっているかどうか聞いたところ、「思う」はわずか5.0%で、「思わない」が54.8%と半数を超えた。
(4月3日、共同通信)

ちょうど日本政治についての講演を持たせていただいて、結論部で「日本政治の求心力と遠心力」について話をしただけに、記事を見て「俺がしゃべったことじゃん」と驚いた次第。

その部分をかいつまんで言うと、
日本では1990年代以降、政官業の癒着と「決められない政治」を「改革」するとして、政治改革と行政改革が行われた。それは、どちらも総理大臣や政党代表に権限を集中させる方向に働いた。
政治改革では、政治資金規正法の導入で派閥の権力が弱められる一方で、小選挙区制の導入で公認権を有する党代表や幹事長への権限集中が進んだ。行政改革では、国務大臣とりわけ総理大臣と内閣官房の権限強化が図られ、民主党政権の迷走を経て、2014年には内閣人事局が設置されて、霞が関官僚の管理職人事は内閣官房にほぼ全権集約されるところとなり、政権党、特に内閣に反抗的な官僚は昇進できない構造になった。
自民党の政党支持率は3割に満たないにもかかわらず、安倍内閣の支持率が5割前後で推移しているのは、「とにかく何でもいいから決めてくれる」ことに対する支持が大きいだろうと考えられる。
これが「求心力」である。

だが、他方で政党支持では6割以上が「支持政党無し」という状態が続いている。特に若年層では、国政選挙ですら投票率が3割を切る有様にあり、自治体選挙になるとさらに下がる。どの政党でも、若年層が圧倒的に薄く、活動に支障が生じている。自民党ですら、支部レベルでは「青年部」が50歳代で構成され、若い人ほど入党勧誘を拒否する傾向が強いという。NK党も必死に若年層を勧誘しているが、地域の活動家は圧倒的に60代以上であり、60代ならむしろ若手くらいになっている。

さらに深刻なのは、エリート層の離脱である。1990年代、国家公務員第一種試験合格者は3割以上(大体35%程度)が東大出身者だったが、その後急速に低下、今では15%を切るところまで来ている。90年代以降の総理大臣を見ても、東大卒は宮沢首相と鳩山首相の二人きりで、東大閥はすっかり影を潜めている。
大臣レベルでは東大卒は散見されるものの、主観ではあるが、「こんなのが東大卒?」というレベルのものが多い。
東大卒の若い人に言わせると、「今時、まともにものを考える人間は官僚になぞならない」「民間の方が自由で、自分の能力を発揮できる」「役人なんてテストさえできれば誰でもなれる」ということらしい。
その東大卒や高級官僚も、かつては政界に転身するものが少なくなかったが(わが大伯父を含めて)、今ではせいぜい地方の首長になるものがいる程度で、政界に転身するのは専ら「霞ヶ関では目が出そうにない」と判断したものばかりとなっている。

ケン先生自身、母親を筆頭に周囲に東大卒が結構いるので実感が強いのだが、東大卒は明確に頭脳の出来(回転数と知識)が段違いなのだ。もちろん例外はいるのだが、その標準はやはり早慶などとはレベルが違うと言って良い。
こうしたエリート層が「官僚や政治家になるヤツはバカ」という認識に立つというのは、統治機構を担う人材の水準が急低下していることを示している。
私が永田町を辞して海外に飛んだことも含め、日本社会では急速に遠心力が働きつつある。

こうした流れを戦前の昭和前期から軍部ファッショに至る流れに喩える言説も少なくないが、私は必ずしもこれに与さない。
戦前期日本の場合、「弱い首相と内閣」「独立性の高い軍部」「衆議院と貴族院」「政党政治の未熟」などの要素が「決められない政治」を引き起こし、民意の暴発と官僚の暴走を抑止することができなかった側面が強い。これは、近衛が大政翼賛会を組織し、東条が陸海軍部を完全に抑えたにもかかわらず、どちらも国政を制御できなかったことから説明できる。
だが、現代日本の場合、「強い首相と内閣」「圧倒的議席を擁する政権党」「弱い軍部」などがすでに成立しており、昭和期よりもむしろファッショ要素が成立してしまっている。

リベラリズムやデモクラシーの伝統を持つ欧米では、いまだ求心力が働くには至っておらず、それ故に一方的に遠心力が加速している現状がある。一方、東欧(中欧)ではすでに求心力が進んで、権威主義政権が続々と成立している。

今回はあくまで現状認識にとどめるが、こうした認識が無いと、改元騒動一つとっても(全く興味ないが)まともな解説はできないであろう。
posted by ケン at 00:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月12日

商業動態統計でも不正発覚

【商業動態統計でも不正 大阪の調査員が虚偽報告 経産省】
 経済産業省は5日、毎月公表する「商業動態統計調査」で、大阪府の調査員1人が訪問していない事業所の数字を虚偽報告していたと発表した。同調査は、全国の卸・小売業者の販売額を調査・推計するもので、56ある政府の「基幹統計」の一つ。
 やはり基幹統計である総務省の「小売物価統計」でも2月、大阪府で同様の不正が発覚しており、府が調査を進めて発覚した。政府は「毎月勤労統計」の不正調査を受けた1月の点検で、最終的に23の基幹統計で問題があったとしていたが、不正がさらに広がる事態となっている。
 調査員が虚偽報告したのは、昨年8〜12月分調査での16事業所の商品販売額と月末従業者数の2項目。経産省によると、事業者側が調査に協力的でなく、調査票を出さないと報酬が下がるため、調査員が架空の数字を記入していた。この調査員は2017年4月から57事業所を担当していた。経産省は、同調査の対象は2万件超もあるとして、不正について「影響は軽微で修正は必要ない」としている。
(3月6日、朝日新聞)

続々と出てくる統計不正。「修正は不要」「内容に影響は無い」などと強弁するのも常態化している。
吟味しないと明言できないものの、統計調査の多くは現在外部委託しており、正規の公務員は取りまとめをしているだけのケースが大半だという。年金問題などと同じく、公費をケチったあげく、中身が空洞化している構図が見える。
確かに一つ一つのケースは軽微かもしれないが、決して特殊な事例ではなく、隠蔽や証拠隠滅されたものを含めれば、不正が相当蔓延していると見るべきだろう。

一つには省庁毎に統計を作成していることの弊害がある。
旧軍で輜重や情報などの部門が軽視されていた風潮と同じで、縦割り行政の中ではデータを作成する部門は軽視されやすく、予算削減において真っ先にやり玉に挙げられるのが普通だ。部署としても弱いため、予算や人員削減に抵抗できないこともある。そして、外部委託して形式だけ整えれば良いという官僚主義に冒されてゆく。
人事面でも2,3年おきに定期異動が行われる日本の官僚文化では、統計の専門家など育たず、また「任期中だけやり過ごせればいい」という保身に囚われてしまう。
その意味でも、統計は会計検査院と似たような独立性の高い組織に集中すべきであろう。会計検査院を拡大して統計部門を担わせるのでもいいかもしれない。

ソ連学徒として思い出されるのはやはりソ連のことで、かのゴルバチョフですら「書記長になるまで、自分が担当していた農業部門以外の資料を見ることは殆どできなかった。そのため、書記長になって最初に命じたことは、全部門の統計資料の提出だった」と回顧している。また「資料を見たところ国防予算が不当に低く予算計上されているのではないかと疑問を覚えたので、側近を集めて自分たちだけで何日も執務室に籠もって精査したところ、実は二倍近い額になった。巧妙な手段で他部門の予算に組み込まれていたからだった」旨も記している。

統計不正は、戦争中の日本や1970年代以降のソ連と同じで、末期現象の表れの一つと見て良い。
それすらも分からないから、連中は平気な顔をしていられるのであろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする