2017年04月10日

雪崩事故は慢心故か

【<那須雪崩>「経験則」から慢心…歩行訓練、3教諭で決断】
「絶対安全だと思っていた」−−。栃木県那須町の那須温泉ファミリースキー場付近で起きた雪崩で県立高校生ら8人が死亡した事故で、現場責任者だった教諭が29日、公の場で初めて当時の状況を語った。安全と判断した根拠については自らの「経験則」という言葉を繰り返す一方、教え子を失った事実に声を震わせ、頭を下げて記者会見場を後にした。
 悪天候のために登山の実技講習を中止しながら、なぜ歩行訓練を実施したのか−−。「春山登山」講習会を主催した栃木県高校体育連盟で登山専門部委員長を務める県立大田原高の猪瀬修一教諭(50)が県庁で記者会見し、登山専門部の副委員長、参加校の山岳部の顧問教諭の計3人で話し合って決めたことを明かした。
 27日午前6時ごろ、現地本部となっていた町内の旅館にいた猪瀬教諭は、スキー場近くに設営したテントにいた副委員長の携帯電話を鳴らした。副委員長が、一緒にいた登山のキャリアが豊富な顧問教諭に相談したところ、顧問は「雪が降っているので登山は無理。ラッセル訓練はできるだろう」と語り、3人でゲレンデに出ることを決めたという。
 午前7時半ごろにスキー場の管理事務所に生徒らを集合させ、訓練について説明。同8時ごろ、生徒46人、副委員長と顧問教諭を含む教員9人の計55人が第2ゲレンデの方向に歩き出した。猪瀬教諭は送り出した後、本部に戻り待機した。
 講習会は毎年このスキー場で行われており、教諭らの「経験」で「雪崩が起きやすい地点に近付かないように」して山の斜面で訓練を開始。生徒らは10人前後の5班に分かれ、亡くなった大田原高校の生徒7人と教諭1人を含む「1班」計14人が先頭になり登っていた際、同8時半ごろに雪崩に見舞われた。副委員長を含む生徒ら40人が負傷した。
 猪瀬教諭が事故を知ったのは午前9時15分ごろ。参加者は無線機などを持参していたはずだが雪崩でなくしたのか、無事だった教諭の1人が本部に駆け付け猪瀬教諭に報告。同20分ごろ110番した。
 また、雪の中で位置情報を知らせる電波発信機(ビーコン)を装備していなかった点については「雪崩の危険性のある登山には必要だが高校生は(危険な山には)行かない。全国的にもそうだと認識している」と語った。
 「安全」の判断は「経験則」によるとの説明を繰り返す一方、結果的に慢心があったことを認め「正直あの時行かないという判断をできればこんなことにならなかった」と後悔の言葉も。本部で連絡係として待機していたが、午前9時ごろから約10分間は無線機から離れていたといい「その間に通報があった可能性はあり、今では不用意だったと思っている」と釈明した。
 反省の言葉も口にし、会見終盤には「取り返しがつかないこと」と涙ぐんで声を震わせ、28日の保護者説明会で「『こういうことになっていたたまれない。申し訳ない』と話した」と明かした。
 「私ができることは、知っていること、こういうことになってしまったことをうそをつかずに誠実に答えること。謝罪しても、すみませんと言っても……」。体調への配慮から県教委の幹部らを残し2時間余りで途中退席する際、深く頭を下げた。
(3月29日、毎日新聞)

不慣れな官僚答弁でボロを出しまくってしまった格好だが、要は「いつもやっていたことを、いつも通りやったら事故が起きてしまった。我々はいつも通り絶対安全と判断しただけ」ということらしい。福島原発事故に際しての東電側の無責任な答弁と被るところが多いと同時に、旧軍に共通する日本社会の伝統的なブラック体質をも露呈している。

まず現場で高校生を引率し、事故で死亡した教員は就任一年目の新人であるにもかかわらず、登山部の顧問をさせられていた上、冬山登山の経験はゼロだったという。少し前までなら、新人教員が担任や部活顧問を任せられることは無かったはずだが、人員不足が恒常化する中、新人かどうか関係なく強制させられている。担任はともかく、部活動は任意の活動である上、教員の本来業務でも無いが、地方に行くほど参加強制がまかり通り、教員も顧問就任を強制されるケースが殆どだとされる。特に若い教員ほど、「若い」というだけの理由でハードな運動部顧問を任せられる傾向が強く、離職率や疾病率を高めている。
経験豊かな「専門家」が後方のテントや旅館で待機していたのに対し、経験ゼロの最若年教員が最先頭に立っていたこと自体、ブラック体質を示している。
現地の救助隊にいる老人は、数十年前にも同じ場所で雪崩が起きていたことを証言しているが、「不都合な事実」は無視されたようだ。

また、事故に遭った高校生も引率教員もビーコンを持っておらず、教員が持っていたとされる無線機は機能しなかった。このことは、安全装備の多重性を無視して、「全電源喪失などという事態は起こりえない」と強弁し、世界最大級の核事故を引き起こした日本政府や東京電力に共通する。同時に、安全装備を全廃した零戦を主軸戦闘機にしてしまった旧軍の体質にも共通する。日本人は、どこまでも安全をケチる傾向にあるが、これは過剰な人口が生命の価値を下げているためかもしれない。この傾向は、日本の人口が3千万人くらいになれば、少しは見直されるかもしれない。

ちなみに日露戦争前の雪中行軍に際し、八甲田山で遭難した青森第五連隊第二大隊を率いた神成大尉は秋田生まれ特務上がりの大ベテランだった。にもかかわらず、状況把握も登山装備も不備のまま出発している。休息する予定すらなく、一気に歩き抜くという無謀すぎる「計画」だった。
これに対し、同じ訓練を行って遭難せずに完遂した弘前第三十一連隊第一大隊の福島大尉は、士官学校上がりのベテランだったが、こちらは群馬県の平野部の出身だったにもかかわらず、事前調査を十分に行い、装備も万全を期して慎重に進め、ビバークの準備も十分にしていた。
八甲田山の経験は、必ずしも冬山や登山の経験がなくとも、リーダーの慎重な行動や判断があれば、悲劇を回避できる可能性を示している。

八甲田山の事件も「悲劇」ばかりが強調されるが、「なぜ事故が避けられなかったのか」という経験は100年以上経ても全く活かされていないようだ。
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2017年04月06日

拡散する外国人差別

【スポーツ報知が「おわび」を掲載 照ノ富士へのヤジ「モンゴル帰れ」の見出しで】
 モンゴル出身の大関・照ノ富士が大相撲春場所14日目(3月25日)に関脇・琴奨菊に勝利したが、この取り組みについて観客のヤジ「モンゴル帰れ」という言葉を見出しにしたニュース記事に対し、外国人に対する差別的な「ヘイトスピーチだ」といった批判が相次いでいる。問題となっているのは、「スポーツ報知」が3月26日に配信した記事。見出しは「照ノ富士、変化で王手も大ブーイング!『モンゴル帰れ』」となっている。
(3月27日、The Huffington Postから抜粋)

【差別発言、3割が経験=外国人居住者に初調査―法務省】
 法務省は31日、日本に住む外国人を対象とした差別被害に関する初の実態調査の結果を公表した。過去5年間に外国人であることを理由に差別的なことを言われた経験が「よくある」「たまにある」と答えた人は合わせて29.8%だった。誰に言われたかを複数回答で尋ねたところ、「見知らぬ人」が53.3%と最も多く、「職場の上司や同僚・部下、取引先」が38.0%、「近隣の住民」が19.3%と続いた。金田勝年法相は記者会見で「外国人に対する不当な差別的言動、扱いがあってはならない」と強調。「相談窓口の周知や人権啓発活動に適切に取り組む」と述べた。
 ヘイトスピーチ(憎悪表現)を伴うデモや街宣活動を見聞きした人の受け止め(複数回答)は、「不快に感じた」が39.2%、「なぜそのようなことをするのか不思議に感じた」が28.4%、「日本人や日本社会に対する見方が悪くなった」が15.9%の順となった。このほか、外国人であることを理由として、住宅への入居を断られた(39.3%)、就職を断られた(25.0%)、同じ仕事をしている日本人より賃金が低かった(19.6%)といった実態が明らかになった。
 調査は外国人居住者の多い群馬県太田市、東京都港区、川崎市など16都道府県の37市区に住む18歳以上の1万8500人を対象に、昨年11月14日から12月5日まで、郵送で実施。有効回収率は23.0%だった。 
(3月31日、時事通信)

大阪府立体育会館では「モンゴル帰れ」が木魂したらしいが、市中でも外国人差別が顕在化、拡散する傾向を見せている。東京新聞の記事によれば、一橋大学の学生らが行ったアンケートでは、相当数の留学生が差別や暴力を受けたと回答している。公共の体育館でヘイトスピーチが乱舞し、スポーツ新聞の見出しにもなるくらいなのだから、市中に差別が溢れるのは当然かもしれない。外国人技能実習生に限れば、もっと悲惨な結果が出るかもしれない。

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差別感情は、本質的には程度の差はあれども、誰しもが抱えうるものであり、存在そのものを否定するのは無意味だ。だが、それだけにひとたび表出を許し、顕在化が始まると止めるのが難しくなってしまう性質がある。関東大震災に際しての虐殺事件や、大きなところではドイツにおけるホロコースト、ロシアにおけるポグロムなどが挙げられる。
比較的豊かで安定した社会では、差別は表出しにくいが、豊かさが失われ不安定化する中にあって、差別感情もまた表面化しやすい環境が醸成されつつある。同時に、権力者は社会的不満を逸らすために差別を助長する傾向があり、これはほぼ例外なく行われる。
民族の平和的共存を国家原理としたユーゴスラヴィア連邦が、凄惨な民族紛争と内戦の末に分裂、瓦解したのは四半世紀前のことに過ぎない。

とはいえ、特効薬のようなものが存在しないことも確かで、対処策としては、法律によって差別を禁じて、可能な限り表面化を抑止すると同時に、教育や社会的感化を通じて民族共生の普遍性を啓蒙していく他ない。
だが、帝国時代には同化政策を推進し、戦後は多民族共生を拒否あるいは無視してきた日本では、あらゆる外国人施策が遅れており、包括的な差別禁止法すら無く、多文化共生教育は自治体(教育委員会)の裁量に委ねられているため、差別が蔓延する環境はすでにできあがっていると見て良い。
今後、さらに留学生や技能実習生の増加が計画されているだけに、非常に危険な状況と言えよう。
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2017年03月16日

スマホとかあり得ないよね

【ロ外相、スマホ不携帯を告白 CIAによるハッキング疑惑受け】
 米中央情報局(CIA)によるハッキング疑惑を内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露したことを受けて、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は9日、ハッキング被害を回避するため、「デリケートな問題」が絡む協議にはスマートフォンを持ち込まないようにしていると明かした。ドイツのジグマル・ガブリエル外相とモスクワで臨んだ共同記者会見の場でラブロフ氏は、「私自身は、デリケートな問題が関わる協議には電話を持ち込まないようにしている」と話し、「少なくとも私は今のところ、不都合な状況には陥らなくて済んでいるようだ」と述べた。ラブロフ氏はさらに、CIAはスマートフォンだけでなく「冷蔵庫にも」侵入できると聞いたと、冗談めかした口調で付け足した。
(3月10日、AFP)

私の周囲にいる政界人もまず9割以上の人がスマホを装備しているが、情報や諜報に対する意識の低さ、あるいは国政に対する責任の自覚が疑われる。
日本の警察・公安あるいは自衛隊も、遅れてはいるものの、通信傍受部門を拡大させつつあり、アメリカの諜報機関との連携を考えれば、どのような情報が「筒抜け」になっているか分かったものではない。「ガラケーなら大丈夫」ということはないが、スマホは便利であるが故に、全ての情報が集約されてしまい、盗聴する側にとっても「カモネギ」だからだ。

開示された情報に寄れば、CIAはスマホはおろか、自宅などのインターネットに接続していないPCへのアクセスを可能にしているということであり、死角自体が無くなりつつあると見て良い。それどころか、自動車の制御系にウイルスを展開させて、事故を擬装しての暗殺をも試みているというのだから、もはや大手メディアによる「事故死」報道すら、実は「フェイク・ニュース」である可能性があることを示している。つまり、現代において「トゥルー」と「フェイク」の境界線はますます曖昧になっており、「フェイク・ニュース」と騒いでいる連中こそが「フェイク」の発信源だったということも常態化しつつある。
そして、日常生活に必要なあらゆる機器がIT化、AI化されつつあるだけに、外部からの不正操作に対してますます脆弱になっている。ラブロフ氏ではないが、冷蔵庫すら、「アナログ」でないと不安な時代になっているのだ。

不正アクセスや偽情報の発信は、ロシアの専売特許ではなく、当然アメリカも力を入れている。西側社会でテロ戦争や難民問題の実像、あるいは金融不正などが報道されないのは情報操作の成果だろう。
少なくとも我々は「そういう」時代に生きていることを自覚する必要がある。
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2017年03月10日

いざ!1億総スポーツ社会

【「1億総スポーツ社会を実現」 基本計画を答申】
 スポーツ庁長官の諮問機関、スポーツ審議会は1日、2017年度から5カ年の施策の指針を示す「第2期スポーツ基本計画」の内容を鈴木大地長官に答申した。20年東京五輪・パラリンピック開催を契機に、スポーツ参画人口の拡大による「1億総スポーツ社会」の実現を掲げ、施策の数値目標を現行計画の8から20に増やした。新計画ではスポーツによって「人生が変わる」「社会を変える」「世界とつながる」「未来を創る」の4つを基本方針に、医療費抑制や地方創生など国の課題解決に取り組む姿勢を示した。施策の数値目標としては、▽障害者のスポーツ実施率(週1回以上)を現状の2倍の40%にする▽スポーツが「嫌い」「やや嫌い」の中学生を半減させ8%にする▽国内スポーツ市場の規模を20年までに10兆円、25年までに15兆円にする――などを追加した。五輪とパラリンピックでの過去最多の金メダル獲得に向け、支援も充実させる。今月下旬にも松野博一文部科学相が最終決定する。鈴木長官は「非常に重要な5年間になる。教育としてのスポーツだけでなく、楽しさを伝えることに注力したい」と語った。
(3月1日、日本経済新聞)

東京五輪と合わせて、巨大な「東京スポーツ宮殿」が建てば、ナチ化完成。まぁギガントマニアに成りきれないところが日本人の弱いところかもしれないが、奈良大仏や戦艦大和の前例もあるからなぁ。

ナチに限らず全体主義国家はほぼ例外なくスポーツが大好きで、五輪のメダルの数を競う傾向が強い。これは、スポーツが、国家と国民を結ぶ紐帯としての機能として高く評価されているためだ。ソ連でもナチス・ドイツでも、国が各種スポーツ団体を主宰し、国民を動員、統合の手段としてきた。
同時にスポーツは容易に軍事に転用することができる。ドイツのグライダー協会が新設空軍の人材供給源になったことは良く知られている。

五輪で獲得メダル数を競うのは、国家威信に固執する権威主義精神の発露であり、国を挙げてメダル数を騒ぎ立てる日本は、表面上は民主主義を奉じているが、潜在的には権威主義に親和的で、自民党一党優位体制の根幹をなしている。

政府・自民党がこうした政策を打ち出すのは、根源的には森氏に象徴されるように、自民党の利権がスポーツ団体に集中しているためだが、背景的には企業福祉国家の瓦解に伴って国民統合力が低下する中で、国民統合を下支えする装置が求められていることがある。また、国民の不満を逸らす「サーカス」として東京五輪が準備されているが、1936年のベルリン・オリンピック同様の国威発揚の機会としても考えられている。

だが、現実には五輪を開催するために限られた予算を投じるため、社会保障を切り下げるほかなくなっている。また、スポーツに国民を動員しようとしても、高齢者ばかりで1億人をスポーツに参画させようとすれば、60代まで動員する必要があり、とても現実的とは言えない。東京五輪も、もともと4割以下しか賛同者がいなかったところを、必死に情報操作して6割まで水増しして誘致を果たしているだけに、伯林五輪のような熱狂を期待するのは難しいだろう。まして、近隣諸国がボイコットでもすれば、「斜陽国での五輪開催」としてモスクワ五輪を彷彿させる事態になりかねない。
いずれにせよ、自民党員や官僚が期待するような結果にはならないとは思うものの、今後さらに権威主義、全体主義にシフトしてゆくのかと思うと、憂鬱にならざるを得ない。
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2017年03月06日

どこまでも人に金を出さない国

【ボランティア数百万人…障害者支援で政府計画案】
2020年東京五輪・パラリンピックに向け、障害者が暮らしやすい社会の実現を図るため、政府が策定する行動計画案の概要が19日、分かった。障害者や高齢者を支援するボランティアを20年までに全国で数百万人育成することなどが柱だ。行動計画案は障害者への考え方を変える「心のバリアフリー」と、障害者や高齢者に配慮した「ユニバーサルデザイン」の街づくりの2本立て。20日に関係閣僚会議を開いて正式決定する。安倍首相は会議で、政策立案段階から障害者に参加してもらい、必要な法改正を行うよう指示する。
(2月20日、読売新聞)

もはやボランティアというよりも勤労動員色が濃くなっている。そもそも障害者を支援するボランティアを「オリンピックに向けて」育成するという説明からして意味不明だ。五輪が開催されなければ不要だったのだろうか。
すでに記事にしているが、東京五輪では外国語通訳もボランティアで賄おうとしており、どこまでも正当な報酬・対価を払わずに人に労働力を提供させようとする、政府・五輪委員会の醜悪なる姿勢、あるいは収奪の意志が見て取れる。

巨大な祭典は、祝祭によって市民の不満を逸らすことと、巨大な公共投資によって景気増大を狙うことを目途とする。東京五輪はもともと支持者が3〜4割程度しかいなかったものを、広告会社などを利用した情報操作によって6割程度に水増しすることで強行しているだけに、「市民の不満を逸らす」目的は十分には成立しがたい。自民党や霞ヶ関は後者の名目にかこつけて腐敗・汚職の機会を設けて自己利益の拡大に努めている。巨大な五輪施設の建設には、全く金に糸目を付けずにつぎ込む一方で、運営要員にはまったく利益配分するつもりがないところからも、連中の狙いがどこにあるか分かるだろう。

この結末はハッキリしている。五輪用に建設される巨大施設は、他に転用する術が無く、何の生産にも寄与しないまま、遊休施設となる。しかも、維持費や解体費ばかりが巨大な負債として残される。市民はただ無給のボランティアとして動員されるだけで、後日、巨大な財政赤字が増税あるいはインフレとなって、市民生活を直撃するだろう。まさに末期のローマである。

自民党員と官僚ばかりが肥太って、市民はひたすら収奪される。にもかかわらず、自民党が支持されるのだから、もはや破断界は免れないだろう。まぁ、民進党も五輪を支持している時点で選択肢すら無いわけだが。
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2017年03月02日

FBやらずば殺られなかった?

【フェイスブックが命取りか=工作員が利用の可能性−正男氏暗殺】
 マレーシアで暗殺された金正男氏について、フェイスブックを利用していたため、北朝鮮の工作機関に居場所を突き止められた可能性があるとの見方が浮上している。英BBC放送やデーリー・メール紙などによると、正男氏は死亡時に所持していた旅券の名義と同じキム・チョルという名前でフェイスブックに登録。ホテルやカジノのそばに立つ自らの写真などを投稿していた。また、ジュネーブのインターナショナルスクールに通った経験があり、マカオ在住と記載。好きな歌手として五木ひろしさんを挙げていた。韓国の元情報当局高官は北朝鮮専門ニュースサイト「NKニューズ」に対し、「殺害の恐れがあった人物とは思えないほど隙のある行為。油断が死につながったのかもしれない」と指摘している。
(2月17日、時事通信)

まさに「キジも鳴かずば撃たれまい」を地で行く話。
画像や地図の検索精度が格段に上がったことで、いつ誰がどこで何をしているのか、わざわざ「ビッグ・ブラザー」を使わずとも、普通にSNSをチェックしていれば分かるようになっている。それだけに、稀にならともかく、「どこで何を食べた」とか「子どもと何をした」などという写真をネットにアップするのは、虚栄心を満たすだけで自分や家族の安全を犠牲にしていることに留意すべきだろう。
正男氏については、以前より治安関係者から「リスク管理が甘すぎる」と指摘されており、同時に北朝鮮当局などから暗殺の対象にされているという噂も流れていただけに、ハナから「カモネギ」の状態にあった。ただ、中国国内で暗殺すると、中共のメンツが潰れてしまうだけに、外交関係的に影響の小さい外国を狙っていたものと思われる。

本件に限らず、IT時代は利便性とプライバシーがトレードオフの関係になっている。伊藤計画的に言うならば、ある自由は他の自由を犠牲にすることで成り立っている。ネット通販で欲しいものを買うのは非常に容易かつ便利だが、趣味や消費傾向、あるいは住所や銀行口座、カード番号などが知られてしまい、あまつさえ「ビッグデータ」などとされて勝手に資本や国家に利用されてしまう。逆にネット時代にプレイバシーを守ろうとするなら、ネットに一切アクセスせず、監視カメラの視界外を歩かなければならない。
現実には個々人がバランスを考えながら取捨選択してゆくのだろうが、「水は低きに流れる」で、どうしても利便性に流れやすい。結果、人間は利便性の快楽に包まれつつ、急速に自由を失いつつある。

文学的に言うならば、正男氏は仮想空間に生を求めた結果、物理空間で抹消されたのである。
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2017年02月28日

ヤクニンに例外を認めるとロクなことにならない話

長時間労働も公文書廃棄の問題も、実は同じ根を抱えている。
例えば、労働基準法は32条で、
「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない」
「使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない」

と定めており、このままにしておけば何の問題も起きなかったはずだが、以下に延々と例外事項を設けることで無限地獄を可能にしてしまっている。
【36条】「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。」

自衛隊の日報破棄問題も同じだ。公文書管理法は第5条で、
行政機関の職員が行政文書を作成し、又は取得したときは、当該行政機関の長は、政令で定めるところにより、当該行政文書について分類し、名称を付するとともに、保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない。

としている。また、第8条では、
行政機関(会計検査院を除く。以下この項、第四項、次条第三項、第十条第三項、第三十条及び第三十一条において同じ。)の長は、前項の規定により、保存期間が満了した行政文書ファイル等を廃棄しようとするときは、あらかじめ、内閣総理大臣に協議し、その同意を得なければならない。この場合において、内閣総理大臣の同意が得られないときは、当該行政機関の長は、当該行政文書ファイル等について、新たに保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない。

として、容易に廃棄できないように規定している。ところが、同7条(行政文書ファイル管理簿)には、
行政機関の長は、行政文書ファイル等の管理を適切に行うため、政令で定めるところにより、行政文書ファイル等の分類、名称、保存期間、保存期間の満了する日、保存期間が満了したときの措置及び保存場所その他の必要な事項(行政機関の保有する情報の公開に関する法律 (平成十一年法律第四十二号。以下「行政機関情報公開法」という。)第五条 に規定する不開示情報に該当するものを除く。)を帳簿(以下「行政文書ファイル管理簿」という。)に記載しなければならない。ただし、政令で定める期間未満の保存期間が設定された行政文書ファイル等については、この限りでない。

とあり、防衛省はこれを盾にして「南スーダンの日報は保存期間1年未満の行政文書ファイルなので、公文書管理法8条の規定は該当しない」と強弁している。だが、7条で書かれていることは「行政文書ファイル管理簿」についての話であり、「政令で定める保存期間一年未満の文書だから自由に廃棄できる」などという解釈は、ルールの恣意的な解釈で、これを認めれば「何でも保存期間一年未満にしてしまえばOK」というルールの穴になってしまう。
こういうことを平気でやるのが、日本のヤクニンなのだ。

ヤクニン(ルールブック)に「例外」とか「等」を許すと、まずロクなことにならない。
長時間労働問題は、「例外を規制しよう」などというワケの分からない議論をしているからこそ、まとまるものもまとまらないのである。
posted by ケン at 12:28| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする