2018年11月10日

TPP11で著作権が厳格化

【著作権保護期間が50年から70年に延長。一部非親告罪化も】
 著作権法が改正され、著作権保護期間が50年から70年に延長される。変更されるのは、映画以外の著作物、実演、レコード。映画に関しては現行法の公表後70年のまま変更はない。TPP11協定が日本国について効力を生ずる日である2018年12月30日から施行される。改正の趣旨は以下の5つ。

(1)著作物等の保護期間の延長
(2)著作権等侵害罪の一部非親告罪化
(3)著作物等の利用を管理する効果的な技術的手段に関する制度整備(アクセスコントロールの回避等に関する措置)
(4)配信音源の二次使用に対する使用料請求権の付与
(5)損害賠償に関する規定の見直し

(1)については、周知の変名を含む実名の著作物は著作者の死後70年、無名・変名の著作物、団体名義の著作物は公表後70年、実演は実演が行なわれた後70年、レコードはレコードの発行後70年となる。なお、周知の変名の例として、著作権情報センターでは手塚治虫を挙げている。

(2)については、改正前には著作権者等の告訴がなければ公訴を提起することができなかったが、改正後には下にある要件に該当する場合に限り、非親告罪とし、著作権等の告訴がなくとも公訴を提起できることとなる。

要件とは「侵害者が、侵害行為の対価として財産上の利益を得る目的又は有償著作物等(権利者が有償で公衆に提供・提示している著作物等)の販売等により権利者の得ることが見込まれる利益を害する目的を有していること」「有償著作物等を『原作のまま』公衆譲渡若しくは公衆送信する侵害行為又はこれらの行為のために有償著作物等を複製する侵害行為であること」「有償著作物等の提供又は提示により権利者の得ることが見込まれる『利益が不当に害されることとなる場合』であること」の3つ。

例えばコミックマーケットにおける同人誌等の二次創作活動については、非親告罪とはならず、親告罪のままとなるものと考えられるという。その理由は、「一般的には、原作のまま著作物等を用いるものではなく、市場において原作と競合せず、権利者の利益を不当に害するものではないこと」としている。

(3)については、著作物等の利用を管理する効果的な技術的手段(いわゆる「アクセスコントロール」)等を権限なく回避する行為について、著作権者等の利益を不当に害しない場合を除き、著作権等を侵害する行為とみなして民事上の責任を問いうることとされた。また、当該回避を行なう装置の販売等の行為については刑事罰の対象となる。

(4)については、放送事業者等がCD等の商業用レコードを用いて放送または有線放送を行なう際に、実演家およびレコード製作者に認められている使用料請求権について対象を拡大。CD等の商業用レコードを介さずインターネット等から直接配信される音源(配信音源)を用いて放送や有線放送が行なわれた場合も、商業用レコードと同様に二次使用料請求権を付与することとなった。

(5)については、著作権等侵害に対する損害賠償請求について立証負担の軽減を行なうための見直しとなる。

著作権法の改正は、TPP11協定が署名されたことを受け、「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律の一部を改正する法律」(TPP11整備法)が2018年6月29日に成立し、7月6日に平成30年法律第70号として公布された。
(11月8日、Impress Watch)


アメリカ抜きでもTPPをやることにどれほどの意義があるのか、いまだに疑問は隠せないが、オーストラリアなどの農産物が安く輸入されて、国内農業が打撃を受ける流れに変わりはない。これも高齢化と後継者難で、TPPに関係なくいずれ時間の問題だったかもしれないが。

問題はむしろ貿易以外のところに隠されていることが多い。
著作権もその一つで、著作権保護期間が50年から70年に延長される上、色々厳格化されることになる。特に非親告罪の導入は一歩間違えれば、検閲などにつながる恐れすらある。今のところ「二次創作に影響はない」と言われているが、そのようなものは政府のさじ加減でどうにでもなる。かの治安維持法ですら「乱用はありえない」と繰り返し答弁していた連中の後継者が何の反省もないまま(治安維持法は合法との立場)運用するのだから、最悪の事態に備えておくべきだろう。

著作権保護期間が20年延長になるとして、果たして誰が得をするのか。そもそも作家の死後50年を経てなお出版される作家は、出版作家のうち2%にしら満たないという。さらに権利関係が安定的に相続されているものを限定するとすれば、もっと少なくなるだろう。つまり、実質的には1%以下のスーパースターの親族がウハウハするだけで、他の大多数は加速度的に忘れられてゆくだけになるのだ。
どうにも馬鹿げているとしか思えない。そして、青空文庫の行方が気になる。

まぁそう思うからこそ亡命したのだが(爆)
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月06日

良書は減税、悪書は増税なる不倫

【書籍の軽減税率適用めぐり出版団体が攻勢に 財務省は反発】
 消費税率の引き上げが来年10月に迫る中、有害図書を除く書籍や雑誌に対して、税率を低く抑える軽減税率の適用を求める出版社団体と、適用に慎重な政府との対立が顕著になってきた。団体は軽減税率が適用される新聞同様、書籍や雑誌も「知識を得るため負担を減らすべき対象だ」と訴える。年末の税制改正に向け、政治家を巻き込んで軽減税率の適用を勝ち取ろうと攻勢を強める。ただ、財務省は適用に強く反発しており、しばらく両者の攻防が続きそうだ。
 書籍や雑誌に対し軽減税率を適用するよう求める活動方針をまとめたのが、日本書籍出版協会、日本雑誌協会、日本出版取次協会、日本書店商業組合連合会といった出版社を代表する4団体だ。超党派の国会議員でつくる「活字文化議員連盟」と「子どもの未来を考える議員連盟」が6月11日に東京都内で合同総会を開き方針を採択した。
 書籍や雑誌の軽減税率については、平成28年度の税制改正大綱で「有害図書排除の仕組みの構築状況などを勘案し、引き続き検討する」と提言している。出版団体はこの提言を受け、民間の管理団体が有害図書を区分する仕組みを構築する案をまとめた。
 具体的には、法曹関係者や大学教授による第三者委員会を立ち上げ、有害図書の基準を作成。軽減税率が適用される書籍には「出版倫理コード」を付与し、各出版社は基準に照らして自主的に倫理コードを付与して出版する。コードを管理する団体として書協など4団体で構成する管理機構を設立する。さらに、出版後に有害図書の疑いがある書籍が見つかれば第三者委の審議にかけ、有害図書と判断された場合は標準税率に戻すという。
 団体は年末の31年度税制改正を視野に、今夏から与党税制調査会の幹部に方針案を説明にまわるロビー活動を積極的に展開している。子どもの未来を考える議連会長の河村建夫元文部科学相ら有力議員の後押しもあり、相当な手応えを感じているようだ。
対する財務省も団体の動きに反発を強めている。ある主税局幹部は「憲法の租税法律主義で税率は法律で定めている。民間団体が書籍ごとに税率を決めるのは違法行為だ」と反論。団体の主張を完全にシャットアウトする構えだ。
 ただ、団体側も黙ってはいない。民間団体である日本オリンピック委員会(JOC)が決める選手への報奨金が非課税になることを例示し、「非課税対象を民間団体が選ぶことが認められるのであれば、民間が書籍の税率区分を判断するのも問題ない」と指摘。すると財務省側は税率が複数になることによる流通の混乱など次々と問題点を突きつける。これに対して団体は通常のバーコードを倫理コードに利用できるので流通に問題がないことを主張する。両者の論戦は着地点が見えない状況で、果たして年末の税制改正でどのような決着をみるかが注目される。
(11月1日、産経新聞)


不況にあえぐ出版業界が、自ら「悪書と良書を自分たちで選別するから、良書だけでも減税してくれ」と必死の嘆願を行っているという。どこまでも愚劣かつ不道徳な連中である。あの連中は、「ユダヤ人の書いたものはキッチリ焼却するから、オレたちのは許してくれ」というナチス期のドイツ人と全く同じことをしていることに全く気づかないらしい。
たとえ主体が誰であれ、悪書と良書の選別など始めれば、システム自体が悪用されるのが世の常であり、その刃はいずれ自分に向けられるだけの話である。学校のイジメと同じで、「自分がいじめる側にあれば、自分は大丈夫」という発想に立っている時点で、連中の脳みそは小学生と同レベルであることを示している。

こんな連中が検閲を行うくらいなら、いっそのこと全て悪書としてしまった方が話が早いだろう。
日本はすでに地獄の入口にあるということだ。
posted by ケン at 17:14| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月04日

石高制になったワケ

銀決済の革命性についての続き。

戦国時代、織豊期を経て江戸時代になり、日本の統治は石高制を基礎として統一が完成した。
室町期には一度成立したはずの貨幣経済がなぜ先祖返りして、税を米を納めて、給料を米で受け取るような原始的な現物主義に回帰してしまったのか。これは私にとって小さな疑問だったが、優先度が低かったため、自分で調べては来なかった。

その原因は戦争と混乱にあった。
15世紀後半に応仁の乱などによって室町幕府の統治力が低下、同時に倭寇が跋扈するようになり、明朝が支配する中国大陸は「北虜南倭」と呼ばれる内憂外患の時代を迎えていた。
結果、日明貿易が中断され、明銭の輸入が途絶え、日本国内は次第に貨幣不足に陥っていった。
そして、欠けるなど劣化した悪弊の受け取りを拒否する「撰銭」が横行、室町幕府は撰銭を禁止する撰銭令をたびたび発するが効果はなく、借金を棒引きする債務放棄の徳政令を連発したこともあって、社会的信用を基にした流通経済が瓦解していった。

16世紀に入ると、国内の貨幣不足はますます深刻化し、米による現物給付に依拠する他なくなっていった。
金山を開発した武田信玄ですら、部下に対する恩賞は金粒で渡していたことからも、貨幣を鋳造して流通させるには、強力かつ統一した政権の誕生が不可欠だったのだ。

江戸幕府ですら、寛永通宝をつくったのは1636年のことであり、流通するのは足尾銅山や別子銅山の採掘が本格化するのを待たなければならなかった。その頃には、石高制は完全に封建支配の基礎をなしてしまい、改革することもできなくなっていた。結果、江戸時代を通じて、幕府も各大名家も含め、米で禄をもらう全武士に至るまで、米価の低迷による困窮に苦しめられるところとなった。

日本で貨幣が鋳造されたのは、963年の乾元大宝以降、1606年の慶長通宝(流通には乗らなかった模様)を待たなければならなかったことを考えると、誠に貨幣鋳造は国家の一大事業であることが分かる。

【参考】
江戸武士の収入を考える
posted by ケン at 15:30| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月26日

150年前を見て政治する日本の権力者

【政府が明治維新150年を祝う式典 天皇陛下は出席せず】
 明治維新150年を祝う政府の記念式典が23日、東京・永田町の憲政記念館で開かれた。10月23日は元号が慶応から明治に改められた日にあたり、与野党の国会議員や各界の代表者ら約350人が出席した。
 安倍晋三首相は式辞で「明治の人々が勇気と英断、たゆまぬ努力、奮闘によって、世界に向けて大きく胸を開き、新しい時代の扉を開けた」と強調。そのうえで「若い世代の方々にはこの機会に、我が国の近代化に向けて生じた出来事に触れ、光と影、様々な側面を貴重な経験として学びとって欲しい」と述べた。
 佐藤栄作内閣のもとで開かれた明治100年式典の際は、昭和天皇と香淳皇后が出席したが、今回天皇、皇后両陛下は出席しなかった。宮内庁は「政府からお声がけがなかった」(西村泰彦次長)としている。共産党は「明治150年の前半は侵略戦争と植民地支配に向かった負の歴史。丸ごと祝い、肯定するような行事には参加できない」(小池晃書記局長)として欠席した。
(10月23日、朝日新聞)


欠席したのはNK党と社民党、それに「招待されていない」今上帝ということらしい。
つまり、その他の連中は明治帝政の礼賛者ということであり、現行の昭和帝政が明治帝政の後継であることを認め、反省も総括もないまま、明治期に郷愁を覚える連中であることを示している。こんな連中が政治をやっているのだから、自民だろうが立憲だろうが、「同じ穴のムジナ」だということである。

重要なのは、明治帝政がなぜ国内で秘密警察を使った政治弾圧を行いつつ、全世界に数千万人以上の犠牲者を出すような侵略と戦争を行い、かつ300万人以上の自国民を死に追いやって、国土を荒廃させたのか、そして日本の近代化の手法の是非を問うことである。
にもかかわらず、この連中は「明治帝政が日本をアジアに先駆けて近代化させた」と称賛するばかり。これでは、悪しき伝統と体制を残すばかりであり、何一つとして前向き・未来志向の議論がない。
やはり明治帝政に郷愁を覚えるような昭和帝政は全否定する他ないのかもしれない。

興味深いのは、政府が今上帝に出席を求めなかったことである。いくつかの解釈が考えられるが、「出席を求めて断られたら、祝典の権威が落ちる」「リベラルな平成帝はすでに用済みであり出席無用」あたりの可能性が高そうだ。恐らくは内々に出席の可否を伺ったところ、色よい返事がもらえなかったので、正式な要請を出さなかったのだろう。
この辺りも、いかにも安倍政権が「玉(ギョク)の替えなどどうにでもなる」と豪語した勤王志士の末裔であることを想像させるに難くない。

「夢は寝てから見ろ」と言いたいところだが、もはや過去の栄光にすがることしかできなくなっていることの証左と思えば、哀れな連中でもある。

【追記】
中国のエリート間には意外と「明治維新は日本の近代化の象徴ではないか、なぜ批判するのかわからない」という声があり、興味深い。いかに反日教育を受けても、そこはエリートらしい「良い子ちゃん」が多いようで、「侵略戦争を行ったのは昭和の軍人で、明治維新とは無関係」くらいに考えているフシがある。いわゆる司馬史観もこれと同じだが、近年の歴史研究はこれをほぼ全否定、遅くとも日清戦争期には拡張主義、植民地支配の明確な侵略意図を有していたことが判明している。本ブログでは何度も述べているが、アジア太平洋戦争・十五年戦争は決して「軍閥が勝手に始めた戦争」などではあり得ないし、日露戦争も「自国を守るためにやむを得ず立ち上がった戦争」などではないのである。
posted by ケン at 12:00| Comment(5) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月22日

アベシはただの内弁慶?

【閣僚、靖国参拝ゼロ=安倍首相訪中を考慮か―秋季例大祭】
 靖国神社(東京・九段北)の秋季例大祭が20日まで4日間開催され、安倍晋三首相と全閣僚はこの間の参拝を見送った。首相は25日から中国を訪問し、習近平国家主席との首脳会談に臨む。日中関係改善の流れを加速させたい首相の意向が考慮されたとみられる。
 靖国神社には東条英機元首相らA級戦犯が合祀(ごうし)され、首相や閣僚が参拝すれば日中関係への影響は避けられない。首相は2012年12月の第2次内閣発足以降、13年12月に参拝した後、参拝を見合わせている。春と秋の例大祭では祭具の真榊(まさかき)を奉納するにとどめ、今回も同じ対応だった。
 安倍内閣の閣僚では17年の春季例大祭での高市早苗総務相(当時)の参拝を最後に、春と秋の例大祭や終戦記念日の参拝は確認されていない。閣僚以外の政府要人では今回、左藤章内閣府副大臣や衛藤晟一首相補佐官らが参拝した。
(10月20日、時事通信)

何だか狡い、セコい話だなぁ。
内向きには、内閣総理大臣名で奉納して、支配下にあるマスゴミに「私人として奉納」などと報道させておきながら、対外的には「参拝しない」という形をとる。ポツダム宣言、あるいはサンフランシスコ講和条約に違反するだけの度胸もないクセに、国内の右翼向けには一定のポーズをとるスタンス。

政治家とはそういうものだとも言えるし、微妙なさじ加減とも言えるかもしれないが、どこまでも狡いとしか思えない。信念があるなら、憲法改正と同時にA級戦犯の名誉回復(恩赦と国会決議で)をやればよいのに、そんな提案もしない。

リベラル派は目の敵にしているが、安倍氏などどれほどのものでも無い、ただの機会主義者である。より恐ろしいのは、それを支持する連中(民意)の方かもしれない。
posted by ケン at 12:00| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月06日

数を揃えるためになりふり構わない立民

【立憲民主党、参院選比例に漫才師のおしどりマコ氏ら】
 立憲民主党は29日の持ち回り常任幹事会で、来年夏の参院選比例代表に現職の川田龍平氏(42)と、漫才師のおしどりマコ氏(43)ら新人2人を擁立すると決定した。埼玉選挙区(改選数4)に新人でさいたま市議の熊谷裕人氏(56)を立てることも決めた。


ネット上では、非常に評判の悪い候補擁立。
恐らくは、脱原発運動の流れで菅元総理が引っ張ってきたものと推察される。
自分は全く知らない一なので少し調べてみたが、運動家のようだが、「トンデモ」発言で賑わせている模様。
芸能人の出馬自体は否定しないが、自分も15年ほど国会の現場を見てきて、芸能界出身者で議員がまともに務まっているケースは非常に少ない。自分の秘書からしてマネージャーと勘違いしているケースが大半だ。

背景には「来夏の参院比例に20人擁立する」「候補の4割を女性にする」目標をぶち上げてしまったことがあるようだ。
参院比例の候補者は、全国を回って10万票以上取ることが期待されるわけだが、そんな者は大組織を後ろ盾に持つものか、芸能人くらいしかいない。大組織は、業界団体、労働組合、宗教団体がメインとなるが、利権屋の巣窟である。労働組合も、特に民間労組は業界団体と変わらないくらい利権屋になっている。自動車、電気、電機、繊維はその典型だろう。
立民の場合、連合のうち官公労の多い総評系がメインであるため、組合の候補者はせいぜい5〜6人程度でしかなく、圧倒的に数が足りない。同時に「労組ばかりにしたくない」という思いも強い。
だが、立民を支持する業界団体はないため、無名のNPOなどから擁立するか、やはり芸能人しかいなくなる。小さいNPOから候補者を出しても、党員や組織がないため、選挙の担い手がいないからだ。

大きな流れとしては、民主党の時と同じで、上手く行く要素は何もない。
確かに全国比例制度の問題ではあるのだが、「まともな候補者を出せない」という時点で、かなり先が見えてしまっている。
posted by ケン at 12:02| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月02日

順調に見えて苦しい展開の立憲

【結党1年、初の「立憲フェス」 お笑いや飲食コーナーも】
 立憲民主党は30日、結党1年となる10月3日を前に、初の党大会「立憲フェス」を東京都内で開いた。結党直後の衆院選で17%あった政党支持率は下落傾向にあるが、枝野幸男代表は「政治はうねり」と強調。外交や経済政策を積み上げて政権担当能力をアピールしつつ、来年夏の参院選に向けて再び勢いを巻き起こそうと呼びかけた。
「野党第1党として政権の選択肢となり、遠からず政権を担う。そして政権を変えたらよいことがあると感じていただける結果を出す。野党第1党代表の私が『ポスト安倍』だ」。枝野氏は演説でこう述べ、政権奪取に強い意欲を見せた。
 党大会では「最小の野党第1党から最強の野党へ」とする結党2年目の活動方針を決定。「草の根の力を生かす」として市民とつながりを強めることや、現在は33にとどまる都道府県連を年内に40にすることを挙げた。安倍晋三首相が掲げる憲法9条への自衛隊明記案には「明確に反対し闘う」とした。
 参院選に向けては、比例区に20人擁立し、4割以上を女性に。LGBTなど多様性を体現する候補も立てる▽選挙区の1人区は「野党候補の一本化に全力を尽くす」▽改選2〜6人の複数区は「原則、全選挙区で擁立をめざす」とした。
 初の党大会は米国の政党の党大会を念頭に、お笑いライブや飲食コーナーを取り入れて「フェス形式」にした。国会議員と党員である「立憲パートナーズ」との交流を図る対話型のワークショップも行った。枝野氏は「参加者が色々なものを共有するお祭りにしたかった」と狙いを語る。
 その背景には、支持層の拡大が思うように進まないとの悩みがある。朝日新聞社の世論調査で、ピーク時に17%だった立憲の支持率は5%まで続落。政権に批判的な中高年層に支持が偏っており、若者層や保守層の支持獲得が課題だ。このため党大会では若者層に届くネット発信を強め、現実主義的な外交政策をアピールする方針を確認した。
(9月30日、朝日新聞)

立憲民主党は党大会に替わる「立憲フェス」を開催、台風の影響もあって参加者は1500人程度になった模様だが、まずまず盛況だったという。沖縄県知事選も勝利して順調そうに見えるが、内実はかなり厳しそうだ。

記事にある通り、その支持率は5〜7%にとどまっており、自民党に遠く及ばない。総選挙時に盛り上がったものの、収まってみれば、もとの民主・民進党と同レベルに落ち着いている。
これは、選挙になれば、内閣や自民批判票として立民に投票するものの、積極的に支持しているわけではないことを暗示している。立民側もそれを知っているからこそ、他の野党に対しては強気に出ているものの、いわば根無し草であり、非常に不安定な状態にある。

本来であれば、より支持を集めるための政策づくりや組織づくりが必要であるはずだが、政策的には「保守リベラル」「自民党宏池会」などと自己規定してしまって、目下最大の問 題であるはずの貧困や労働問題に関心を示しておらず、また組織的には議員以外の党員資格を認めず、党運営に何の権利も有しない「パートナーズ」を認めるにとどめている。

「保守リベラル」というのは、資本主義下における豊かな中間層が支持するものであって、中間層が没落しつつある今、もはや何の訴求力も持たなくなっている。せいぜい60代以上の「豊かな退職者層」が支持する程度で、将来性は全くない。実際、若年層における立民支持層は非常に薄いと見られている。
沖縄知事選も、野党第一党として玉城氏を支援したものの、本来的には日米安保に肯定的なスタンス(現実主義的)をとっており、辺野古基地新設に反対する立場に無い。故に、沖縄問題に対しては非常に消極的だ。
改憲についても、「安倍内閣による改憲には反対」という「野党の論理」しか打ち出しておらず、非常に微温的なスタンスでしかない。

党組織についても、米国型の組織を指向しているようだが、大衆参加を否定するエリート主導政治のスタンスが明らかになっている。枝野代表が言う「ボトムアップ型」に対して、現実は党員の代表選出権すら認めておらず、タウンミーティング的なものを開催して「議員が話を聞く」場こそ設けるようだが、それも総支部長の権限下のものでしかなく、党員には「意見を言う」権利くらいしか認められていない。これならば、ソ連共産党の方がはるかに「民主的」と言えるだろう。
つまり、立民には大衆を動員する意欲が無く、「選挙で投票してくれれば良い」スタンスを維持しているが、それは風頼みで恐ろしく不安定な要素でしか無い。
残置同志からの報告では、「フェス」も「自己啓発セミナーみたいだった」とのことで、およそ自己満足の世界でしか無かったことが想像される。

以上から言えることは、立民は旧民主党の焼き直しでしか無く、およそ期待できる要素は何も無い、ということである。
posted by ケン at 16:42| Comment(5) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする