2020年07月09日

香港問題をめぐる中国側視点

ソ連学を修めたケン先生的には、中国や北朝鮮をめぐる日本の報道や論説を見るにつけて、「冷戦期から一歩も進歩してない」と思ってしまう。
つまり、西側社会や日本の利益と視点のみで考え、相手側が何を考えて、どのような理由で行動しているのかについて全く考慮することなく、一方的に「悪」として断罪するという手法である。

香港問題も同様で、「中国による侵略」「独裁体制の強化」「自由社会への挑戦」などの根拠不明な一方的な断罪ばかりがはびこっている。
最終的な解釈は別にしても、中国側の視点や判断について分析を述べているものは殆ど見当たらない。中国側の主張や政策・戦略を検討せずに、レッテルを貼って断罪するのは、政治・外交の領域であって、それも悪質なものである。少なくとも報道や学術、あるいは情報分析の水準ではない。

ケン先生はソ連学を修めたものの責務として、「ソ連のアフガニスタン介入における意思決定過程」「「プラハの春」−ソ連の対応と誤算」「ソ連は何故ポーランドに軍事介入しなかったのか」などを書いて、当時のソ連指導部の意思決定を検証したが、当時の西側で報道、主張された「悪の帝国」に類する議論はほぼ確認できなかった。

話を戻せば、中国側の視点としては、「植民地期の禍根と利権構造の払拭」「犯罪者の逃亡先としての香港」「香港の民間団体を通じた反政府運動支援」といった要素がある。そして、何よりも香港は、阿片戦争によって暴力的に奪われた上に、アヘン販売の拠点として100年以上稼働していた、という事実がある。
若い人は知らないだろうが、返還前の香港というのは、それは酷いところで、高級ホテルの前には汚い格好をした子どもがたむろし、宿泊客が出てくると群がってチップをねだり、日本人はチップをばらまいて、英国人は子どもを蹴飛ばして追い散らすような有様だった。こうした状況が改善されるようになったのは、実は香港の返還交渉が始まった頃だと言われている。仮に英国人が、そこで子どもを殺害しても現地警察に逮捕されるようなことはなく、英本土に戻ればほぼお咎め無しの状態にあった。植民地とはそういうものである。

以下は、私が中国側の知識人などから得た中国側の認識である。
「植民地期の禍根と利権構造の払拭」というのは、イギリスによる長い植民地支配の中で成長した「買弁」のような現地仲介業者がいまだに根強い影響力を有しており、それが本土資本の進出や様々な改革を拒む要素となっていると同時に、独立運動や反中共運動の支援をも行っているという。西側諸国では香港は「自由経済の象徴」という認識だが、本土では「植民地利権構造の象徴」なのだ。この点だけ見ても、理解不能なレベルの認識格差がある。

「犯罪者の逃亡先としての香港」は、本土で犯罪や汚職を犯して逃亡する者が後を絶たず、それが悪い例となってさらに増え続けている事実である。中国本土では、経済発展と自由化に伴って日本のヤクザに相当する「黒社会」の影響力が大きくなっている。中国の街を歩けば、そこかしこに「黒社会の一掃」を謳うスローガンが掲げられており、日本人的には「そんなにヤバいの?」と思えてくるほどだ。
これも植民地時代の租界と同じ構図で、中国側からすれば、「植民地の残滓」ということになり、「(暴力的に奪われた植民地が)中途半端な形で返還された結果、150年を経ても中国の警察権が及ばない租界が構築されている」という認識になる。この辺は、治外法権が存在した明治期の日本人なら想像できるかもしれないが、現代日本人にはイメージを掴むことも困難だろう。

「香港の民間団体を通じた反政府運動支援」は冷戦期の残滓であるが、いまだに機能している。CIAなどを始め、西側の情報機関は反中共運動家を支援して、香港に拠点を作らせて運動を展開させている。また、香港の民間団体を通じて、民主団体や民族独立運動などに対して様々な「援助」が行っている。こうした手法は、まさに冷戦期にソ連が各国共産党を支援し、アメリカが東側諸国の民主化運動を支援した構図の延長線上にある。香港は「香港だから」という理由だけで、そうした活動が自由に展開されている。「一国二制度」は、「西側陣営の中国国内の租界的拠点」でしかなく、中国的には「摘出されずに体内に留まっている弾丸」のような存在になっている。

さらに歴史的には、香港は阿片戦争によって英国に一方的に奪われた植民地の象徴であり、その後もずっとアヘンの供給源、犯罪者の逃亡先、列強介入の拠点などとして存在し続けた。中国本土からすれば、「悪の巣窟」であり、「植民地期の遺産」なのだ。ところが、西側に来ると途端に「自由と民主主義の象徴」とされてしまい、それがますます中国本土を激高させる要因になっている。つまり、「自由」「民主」を旗印にして、再び列強介入する意志が認められるからだ。

「潰せるときに潰せ、それは今である」というのが中共指導部の潜在的認識なのだが、上記の理由を対外的にわかりやすくアピールできていないところに、中国の中華思想(俺=世界)とジャイアニスム(俺が全て正しいのだから、いちいち説明する必要は無い)の弱点が見て取れる。
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2020年07月01日

都知事選2020の選択肢

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実質的に「うつけん」が唯一の選択肢みたいになっているが、この選択肢は酷すぎるだろう。山本は衆院選のカネ集めのために出馬し、N国・ホリエモンは怪しげな資金源で出馬。

小池は一切選挙戦をせず、政策論争もせず、操作した統計を上げて「公約達成」。山本は「都債を15兆円発行して日銀に押しつけて都民に配ります。」
政策の内容や公約の達成度が吟味されることはなく、「どれだけ上手に自分をアピールできたか」だけが問われる人気投票。人気取りのために政治が行われる悪循環。

まさに「悪貨は良貨を駆逐する」である。
「民主主義の黄昏」と言うには、あまりにもおぞましい最期かもしれない。
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2020年06月30日

茨城で殺処分統計の偽装疑惑

【犬猫の殺処分「ゼロ」は見せかけ? 実は568匹処分 茨城県の独自基準を愛護団体が批判】
 県が、二〇一九年度に県内で殺処分された犬猫は「ゼロ」だったと発表した。担当課は「地道な啓発活動の効果が出た」と胸を張るが、「攻撃性がある」などの理由で「譲渡不適」と判断して殺処分した数は除外されている。「収容中死亡」も含めれば、実際の殺処分数は犬が百四十四匹、猫は四百二十四匹。動物愛護団体は「殺処分の実態が隠れてしまう」と県の姿勢を批判する。
(5月28日、東京新聞)

東京都も某知事が「殺処分ゼロ」を宣言して「公約達成」を謳っているものの、実は茨城と同様の手法を使って統計数字を操作している疑惑がある。
現実問題として、重い病気や感染症を抱えていたり、強い攻撃性など精神的に難のある個体がいることは確かで、個人的には最小限度の殺処分はやむを得ないと思うところはあるのだが、特に政治家は「業績」をアピールするために「殺処分ゼロ」にこだわり、無理な要求をされた行政側は統計を偽装する流れにある。
こうした流れは国政でも自治体レベルでも変わらない。

統計操作や偽装は批判し、責任を追及してしかるべきだが、かといって問題の根源を放置すれば、何も変わらない。
毎年二兆円近くも社会保障費が肥大化する中で、歳入の4割以上を国債に依拠しておきながら、問題を直視せずに「消費税廃止」などと訴えるものとかぶるものがある。
それだけに、政治家も行政も、問題の構図を明らかにし、必要な対策を真摯に訴えるべきだ。

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2020年06月26日

鹿児島の市章は今も丸十字

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鹿児島市の市章が今もなお「まんま島津」であることを知って、ビックリ。戊辰政変、西南役後も長く士族支配が続いたことが大きいらしい。

例えば、明治20年代前半、神奈川県議会は士族出身議員1人に対して、平民出身議員は56人という構成だった。だが、鹿児島県議会では、士族27に対して平民3だったという。

鹿児島では、現在もなお、老人クラブなどの地域サークルは「士族は士族、平民は平民」にわかれているケースが多々見られるという。
恐ろしいところである。
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2020年06月23日

実はコロナ死は10倍以上だった?!

【都内死者 3、4月過去最多 「超過死亡」コロナ公表人数の12倍 医療逼迫影響か】
 新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発令されていた4月の東京都内の死者数が1万107人で、記録の残る平成11年以降最多を記録したことが12日、分かった。同様に3月の死者数も最多。両月の死者数を足すと、直近5年の平均死者数を計1481人上回る「超過死亡」が出ており、都が発表した新型コロナによる両月の死者数計119人の約12倍となった。専門家は「医療逼迫の影響などで新型コロナによる死者数が公表数よりも多かった恐れがある」と指摘しており、全国的な傾向となる可能性がある。
 新型コロナの感染拡大が原因とみられる超過死亡をめぐっては米ニューヨーク市、英国など世界各国で報告されており、新型コロナによる実際の被害を検証する指標になりそうだ。
 都内で今年3月に死亡したのは1万694人で4月は1万107人。それぞれ直近5年の平均から423人、1058人増えた。通常の人口変動による影響を差し引いて算出した数値でも3月は10万人あたり905人、4月は882人で、1年のうちでも比較的高い2月の数値を11年以降初めて上回った。
 死者数の変動に影響する今冬のインフルエンザ流行規模は過去3季に比べて小さく、自殺者数も例年より少なく推移している。東京慈恵会医科大学の浦島充佳教授(公衆衛生学)は「他に死者数を押し上げた要因は見当たらず、超過死亡の相当数に新型コロナが直接、間接に影響した可能性がある」と指摘する。
 浦島教授は3月、4月の超過死亡には、(1)PCR検査で偽陰性とされた(2)検査を受けられなかった(3)医療体制の逼迫で適切な治療を受けられなかった(4)外出自粛などで持病が悪化した−死者が含まれると分析。「公式の死者数が185人に増えた5月には、超過死亡がさらに増えるかもしれない」としている。
(6月12日、産経新聞)

結局のところ、「遺書が無ければ自殺じゃない」「検査しなければコロナ死じゃない」ということが判明した模様。統計は定義(設問)と調査範囲でいくらでも数字を操作できるが、その手法がますます洗練されてしまって、本来の意味を無くしてしまっている。そのため、記事のようなソ連学の手法(統計数字と政府発表の裏を読む)が必要となる。

似たような話で、例えば、某都知事は記者会見で「都道電柱ゼロ」について「(センターコアエリア内の)95%は地中化を達成した」と発表したが、実はこれは「首都高中央環状線の内側」の話で、現職知事の成果ではない。東電の資料を見る限り、2018年の千代田・中央・港区で88.3%(2016年より0.2%増加しただけ)、23区内で47.5%となっている。東京都の発表した数字自体も疑う必要がある。

結論、ソ連学は現代社会を生きるために非常に有用である!
ソ連学を学ばない者は、ただ一方的に自民党と霞が関に欺され続けるだけなのだ。
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2020年06月22日

差別と社会分裂を助長するNHK

【NHKが謝罪、動画削除 抗議デモ解説に米大使「侮辱的」】
 NHKは9日、国際ニュース番組「これでわかった!世界のいま」で、米国で広がる人種差別抗議デモを解説する際に使用したアニメーションについて、配慮が欠けていたとして、番組ホームページとツイッターで謝罪し、掲載していた動画を削除した。ヤング駐日米臨時代理大使が「侮辱的で無神経」とツイッターで投稿していた。
 問題となったのは、7日に放送し公式ツイッターに投稿した約1分20秒間のCGアニメ。燃える車など過激なデモを背景に筋骨隆々の黒人男性が問題の背景について、黒人と白人の貧富の差があると強調した。しかし、黒人男性が白人警察官に押さえ付けられ死亡した事件が抗議デモの発端となったとの説明がなく、「差別を助長する」「問題の実態を正確に表していない」などの批判が相次いだ。
 NHKによると、番組では26分間にわたり、黒人の死亡事件をデモの発端とした上で、トランプ政権の対応やアメリカ社会の分断の現状を解説。アニメはその一部だったと説明している。ツイッターにはアニメしか掲載されなかった。
 NHKはツイッターなどで「配慮が欠け、不快な思いをされた方におわびする」と謝罪した。
(6月9日、時事通信)

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NHKは、米国大使(代理総督?)の指摘を受けて、問題となった動画を削除したとされる。削除の理由は「配慮が欠け、不快な思いをされた方にお詫び」というもので、何が問題だったのか全くわからない上、ツイッターで述べただけで、説明責任を果たしたとは言えない。
ここで重要なのは、放送局や制作者は問題を自覚しておらず、代理総督に指摘されて、問題の意味も理解せぬまま、政治的配慮から削除したということである。NHKはその後、局として何の対応も示しておらず、そもそも問題意識を持っていないことが分かる。
それは、「配慮が欠け、不快な思いをされた方にお詫び」という言葉が裏付けている。それも制作者のツイッターであって、NHKではない上、謝罪と言えない。
その対象が「不快な思いをさらた方」であるというのは、「キモい映像見せちゃってメンゴ」というレベルであることを示しており、差別主義者の常套句でもある。

放送法は「放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図る」と規定しているが、件の動画は公共の福祉に反している疑いが濃い。また、NHKの予算案が国会で審議されるのは、「広く視聴者のみなさまに公平に負担していただく公金であり、(中略)国民・視聴者(受信料支払者)の了解を何らかの形で得る必要がある」とNHKが自分で述べている(Q&A集)。

つまり、国会はNHKが放送法を遵守しているか、また予算が適正に運用されているか審議する義務がある。ところが、現実の国会では、自民党と公明党にとっては最大の宣伝機関であり、主要野党にとってはNHK労組が支援者であるため、不正を追及できない構造になっている。放送法によって、市民に受信契約が義務づけられている以上、国民の代表たる国会議員はNHKに対して、一種の監督義務を負っているはずだが、その義務は果たされているとは言えない。

NHKは差別番組を堂々と公共の電波に流し、議会は監督機能を果たしていない。
もはやNHKは明日にも分割民営化すべきである。
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2020年06月20日

国家公務員の受験者が減少

【総合職の応募、4年連続減 国家公務員試験 人事院】
 人事院は10日、2020年度の国家公務員採用試験について、中央省庁の幹部候補となる総合職(大学院修了・大卒程度)の申し込み状況を発表した。申込者数は前年度比3.3%減の1万6730人で、4年連続の減少となった。 
(6月10日、時事通信)

公務員の受験者が減少傾向にある。
これは国家公務員に限らず、地方公務員も同様で、景気の良い都庁ですら減少し続けている。
若年層の絶対数自体が減少しているのだから、減少傾向は避けられないとしても、民間経済の将来性の低さを考えれば、もっと安定志向が示されても良さそうなところだが、現実は逆で、志望者の減少が止まらない。

やはり数々の不祥事、公務員バッシングと同時に、過酷な労働環境が知られるようになった他、国家公務員の場合、内閣人事局の設立によってますます官僚の自律性が失われて、昇進基準が「政権への近さ」で計られてしまうことが明白になったことも大きいかもしれない。
また、最近の若年層では転勤を嫌うものが増えていると聞く。その結果、都心部の市役所、区役所はともかく、都道府県庁ですら忌避される傾向にあるという。
公務員の定数が削減され、非正規職員ばかりが増員されている結果、正規職員の負担と責任は重くなる一方にある上、OJTも不十分な状態が続いており、教員などでも「1年目から担任」という、「訓練後いきなり硫黄島」みたいな事態に陥っている。同時に非正規との軋轢も増しており、職場内の空気は「常に悪い」と聞く。

「民主的」な選挙によって公務員定数の削減を競い合った挙げ句の果てであり、原理的には「有権者全員の責任」となるわけだが、「貴様も責任がある!」と言われると、どうにも納得が行かない。
posted by ケン at 12:00| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする