2017年12月08日

老朽化で陥没、崩落が相次ぐ?

【笹子トンネル事故5年 トンネルや橋の補修進まず】
 5年前の笹子トンネルの事故を受けて、国が橋やトンネルの定期点検を自治体に義務づけた結果、点検は進んだものの、安全確保に必要な補修は十分に進んでいないことがわかりました。義務化によって点検する箇所が増えた結果、補修の予算の確保が難しくなっていることが背景にあると見られ、専門家は「予算の確保に努める一方、統廃合も検討すべきだ」と指摘しています。
笹子トンネルの事故を受けて、国土交通省は、3年前、道路を管理する自治体などに、橋やトンネルを5年ごとに点検するよう義務づけました。
国土交通省によりますと、この義務化を受けて、ことし3月末までに点検が行われたのは、橋がおよそ40万、トンネルが5000余りといずれも対象のおよそ半数に達し、ほぼ計画どおりに進んでいるということです。
 この結果、去年3月末までに、およそ2万4000の橋とおよそ1400のトンネルが「早期の補修が必要」と判定されましたが、このうち実際に補修工事に着手できたのは、橋は3085と13%、トンネルは409と28%にとどまり、安全確保に必要な補修は十分に進んでいないことがわかりました。
 これについて、NHKが、補修が必要と判定された橋やトンネルを抱える自治体に取材したところ、その多くから予算の確保が難しいといった声が出ていて、中には義務化によって点検する箇所が増えた結果、補修に予算を回しにくいと答えた自治体もありました。
(12月2日、NHKより抜粋)

すでに何度も取り上げている話だが、既存インフラの老朽化が加速度的に進んでいる現状があるにもかかわらず、毎年年末になると、永田町の国会事務所には自治体のヤクニンや自治体議員が大挙してやってきて、新規インフラの予算要望を手渡してゆく。それは、大げさではなく、積み上げれば軽く天井まで届くほどだ。逆に「補修予算が足りないから地方交付金を増やしてくれ」などという陳情は受けたことが無い。自治体とか自治体議員とか「マジいらね」と言いたくなる。

こういう中で、東京五輪が開催されるわけだが、ソ連学徒としてはモスクワ五輪とかぶる。
ソ連が1986年に開始したペレストロイカは、軍需部門の供給が過大で、民生部門や食糧の供給や流通が極めて脆弱だったのに対し、家庭等には貨幣が溢れかえっていた不均衡を改革することが目的とされた。軍需を制限し、民営化や規制緩和を進めることで、民生部門の供給を増やして流通を改善、滞留した貨幣を回収して民生部門の投資に回すことで経済成長を目指した。にもかかわらず、ゴルバチョフは「ウスカレーニエ(改革加速)」と称して西側から得た借款を生産財につぎ込んで全てムダにしてしまった。

日本の場合、賃金が低く、民間需要が低迷しているところに、アベノミクスで供給を拡充して、需要を抑え、デフレを加速させるという愚にもつかない政策を続けている。東京五輪が巨大建造物を新築する一方で、運営は全て無償ボランティアというのは象徴的だ。五輪のチケットは7千円からというが、一体誰が買えるのだろうか。

こうしたことは、マルクス経済学を学んだもだからこそ説明できるわけだが、1990年代にソ連崩壊を経てマルクス経済学者がアカデミズムから放逐されたため、「労働者は安価で長時間働かせるのが吉」という認識が「常識」になってしまっている。
posted by ケン at 12:17| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

ソヴィエト学徒から見た日本の行く末

いちソ連学徒として永田町を見て思うのは、日本は既にポイントオブノーリターンを越えてしまったようだということ。例えば、ゴルバチョフがグラスノスチ(情報公開)を改革の一丁目一番地として掲げたのは、政府・共産党内に不正、事故、不祥事、虚偽報告、粉飾会計などが蔓延しているのに悉く隠蔽されていたためだった。現代日本の原子力保安院、財務省、文科省、防衛省・自衛隊、あるいは大企業における一連の不祥事とその隠蔽体質は、1980年代のソ連のそれと酷似している。

ゴ氏は回顧録の中で、「書記長になって初めて機密文書に接することができ、国家の実情が一刻の猶予も無いところにあることに気づかされた」旨を述べているが、日本の総理大臣はその「実情」を知ることすらままならない状態に置かれている。
ゴルバチョフは、1978年に47歳で農業担当書記として大抜擢を受け、チェルネンコ政権ではイデオロギー担当書記という、党内ナンバー2の座にあったが、それでも担当部門以外の機密情報を閲覧することは殆どできなかったという。

こう言うと、「安倍や麻生のような連中がやってるからダメなのでは?」と言われそうだが、実は「誰が総理大臣か」はさほど重要ではない。
例を挙げよう。詳細は「イラク大量破壊兵器に見る政治決断の限界」を読んで欲しいが、2003年の対イラク戦争に際し、米国大統領の下には、諜報機関が選別してもなお山ほどの虚実取り混ぜた情報が寄せられ、その中でブッシュ氏は「WMDはあるかないか」の二者択一の政治判断をすぐに行うように迫られた。
大量破壊兵器の有無が確認できない中で、「何もしない」という選択をして後日大量の犠牲者が出るリスクと、「敢えて攻撃する」という選択をして「実は無かった」と判明してしまうリスクを天秤にかけた場合、一国を背負う最終責任者として「何もしない」という選択肢は採れない、ということなのではなかろうか。
仮にWMDの存在確率が限りなくゼロに近かろうと、ゼロでない限りは「ある」と考えるのが米国大統領として「正しい」判断だった(ということのようだ)。そして、実際にWMDがあるか無いかはフタを開けてみるほかに確認する術はなく、逆にフタを開けない限り、WMDは確率論として永遠に存在し続けることになる。殆ど「シュレーディンガーの猫」のような話である。

イラク開戦を決断したブッシュ大統領は、果たして単純に「ブッシュがバカだから」で済むのだろうか。オバマ氏だったら必ず戦争を回避できたと断言できるだろうか。どんなに権限が集中しようが、一人の人間ができることには限りがあるのだ。

話を戻そう。
霞ヶ関官僚は、いつ首が飛ぶか分からない国会議員に国家機密を漏らすことはない。私は民主党政権期に知り合いだった外務三役に「1955年に作成された日ソ平和条約案を公開しろとは言わないから、せめて資料要求して貴方の目で確認して欲しい」と求めたことがあるが、外務官僚は文書の存在すら認めなかった。
民主党政権期に、鳩山総理が外務官僚にいい様に翻弄された挙げ句、マスゴミからの総攻撃にさらされて、党内の誰からも見捨てられて失脚したことは、まだ記憶に新しいが、「改革潰し」の典型例であり、これも「鳩山氏がバカだったから」では済まされない重大な問題が隠されている。日本の総理大臣や閣僚は、国民が考えているほど情報も権限も持っていない、というのが私の見解である。

隠蔽体質が蔓延するのは、一つは日本社会が閉鎖的かつ権威主義的な傾向が強く、建前を重視し、権力の過ちを認めないことが原因と考えられる。そして、この傾向はさらに強まってきている。
最大の象徴としては、福島原発事故の原因が「自然災害」で片付けられ、人災による側面が否定され、誰も責任を問われなかったことが挙げられる。
卑近の例で考えた場合、各地の教育委員会が夜間中学やフリースクールが否定的な理由は「子どもがますます学校に行かなくなる」だし、自治体などが乳児院(育てられない乳幼児を預かる)の設置に否定的なのは「子を捨てる親が増えるし、里親に出すのが望ましい」という理由が強い。これらは、ある種のイデオロギーが優先され、現実的な対応を否定する傾向が強まっていることを示している。
皇位継承問題ですら、相変わらず女子の継承を認めない勢力が強く、座して死を待つ状態にある。現実対応能力の恐ろしいまでの劣化もまた、1980年代のソ連・東欧に共通する課題であろう。

ゴルバチョフ氏は「もはや一刻の猶予もない」と認識していたのに対し、日本の政治家の大半はそこまでの危機感を有しておらず、相変わらず次の選挙しか考えていない。
巷に溢れる「日本スゴイ」は、「凋落の現実を直視したくない」思いの裏返しで、これもソ連・東欧と酷似している。
低収益の企業や部門が温存されていることが、低賃金と長時間労働を誘発し、労働生産性の向上を阻害、労働生産性が高まらないため賃金が上昇せず、消費と需要が増えないという負のスパイラルに陥っているわけだが、霞ヶ関も自民党も民進党も連合も、ペレストロイカにおける共産党員と同様、自身が最大の受益者であるが故に「現状維持バイアス」が強く、内部で議論すれば必ず「総論賛成・各論反対」となって、実質的な改革は何一つ実現できない構造にある。「働き方改革」で「残業月上限100時間未満」が認められ、「労働時間インターバル規制」が努力義務にされてしまったのは象徴的だ。
ゴルバチョフは、スターリンですら為し得なかった「中央委員会の全会一致」で改革派の頭領として書記長の座に就いたにもかかわらず、党内などの強い抵抗に遭って、上記の通り改革を実現できないまま「ゲーム・エンド」を迎えている。
我々が、ソ連と同じ轍を踏みたく無いのであれば、民主的議会政治の特質を活かし、現行システムの受益者以外の代表者を国会に送り込む必要がある。ところが、現行の選挙制度は「地域の利害代表者を相対多数で選出する」システムであるため、投票率の低さも相まって受益者しか投票せず、国会の圧倒的多数が受益者で占められ、必要な改革に反対する構造になっている。参議院の比例代表制も、既得権益の受益者が代表者を送り出しているだけの構造になっており、これも期待できない。何らかのブレイクスルーを経て代議員の選出方法を抜本的に改革、受益当時者以外の代議員を権力の座につける必要があるが、残念ながら現状では期待できる要素は何も無い。
同時に、日本の統治機構は権力の分立が未熟で、行政府の権力が圧倒的に強く、マスゴミと一体化しているだけに、仮に改革派の政権ができたとしても、民主党鳩山政権のように、あっという間に倒されて、菅政権のような傀儡政権にされてしまう可能性が高い。私の見立てでは、「日本型ペレストロイカ」が破断界を迎える前に実現して再浮上できる確率は「10〜15%」程度だろうと考えられる。
ソ連は一党独裁だったが故に改革に失敗したが、日本の場合、「投票しない自由」を認める民主的議会が改革を拒んでいるのだ。
日本型ペレストロイカに必要なもの、そして失敗する理由
posted by ケン at 12:45| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月21日

目上の暴力こそ日本の伝統では?

【菅義偉官房長官「力士は土俵外でも伝統の重みを受け止め行動を」と苦言 「迅速な事実解明が大事」】
 菅義偉官房長官は15日午前の記者会見で、大相撲の横綱日馬富士による暴行問題に関連し「力士は土俵の外においても、長い伝統の重みをしっかり受け止めながら、稽古に精進し、心技体を極め、行動することを多くの国民が求めている」と苦言を呈した。
 菅氏は「詳細は承知していないので政府の立場としてコメントは控えたい」としたものの、「大相撲はわが国の国技であり、国民の関心も極めて高いスポーツだ」と述べた。
 その上で「まずは相撲協会で、しっかり調査を行うという報告を受けている。迅速に事実関係を解明することが大事だ。その結果を踏まえて、文部科学省において適切に対応していく」と述べた。
(11月15日、産経新聞)

これも色々突っ込みどころ満載。
中小企業の社長や大会社の部長が、嫌がる部下を飲みに連れて行って、酔っ払って部下に対して説教を始め、「態度が悪い」などと難癖をつけてぶん殴るなどというケースは、日本企業では「伝統」の部類に入るだろう。日馬富士は、むしろ「日本型組織の伝統」に忠実だったとみるべきで、少なくともエリート層から非難されるいわれは無い。
自分の経験でも、中学校だかの部活動で、くだらないことで先輩から延々と説教された挙げ句、「態度が悪い」と小突かれた覚えがある。日本社会では、軍隊でも学校(部活動)でもごくありふれた日常風景であり、日馬富士の問題は程度の話に過ぎない。もちろん、そうした文化・伝統が野蛮で非人道的なものであるというのは別の話だ。

さらに言えば、これも個人的な体験に由来するが、モンゴル人の飲み会というのは相当に野蛮なものであるケースが多く、例えば私が学んだ大学の留学生寮では、たびたびモンゴルからの留学生がどんちゃん騒ぎをして、設備を破壊するなどの問題を起こしていた。ロシアの大学でも同様の話を聞いたことがある。

こうした「文化」はかつての日本でも見られた。例えば、明治初頭に薩摩人が大量に上京してきた際には、「薩摩人が宴会やるたびに料理屋が一軒潰れる」などと言わるほど薩摩人の酒乱ぶりは有名で、彼らは飲むと必ず大暴れして、大乱闘になった。また、宴がたけなわになると、天井から銃をつるして、クルクル回す「ロシアンルーレット」も本当にあったらしい。
それは、明治政府の大官となったようなものでも同様で、重要な案件で会議が煮詰まると、殴り合いの喧嘩で決めるといったようなことすらあったらしい(当然、薩摩人同士の時に限るが)。
鉄道敷設をめぐって、逓信大臣の黒田清隆と参謀次長の川上操六が対立した折も、双方主張を譲らず、最後には黒田が、「陸軍さえよければ、鉄道で国が滅びてもいいのか!」とテーブルを叩きながら怒号した挙げ句、「まだ文句を言うなら、表に出ろ!」と掴みかからんが勢いになったため、周囲のものが必死に止めたという。
この黒田は、首相すらも務めたが、凄まじい酒乱で、酔うと刀を抜いて、所構わず斬り、自分の妻すらも斬り殺してしまったという伝説が残っている。

初期の海軍兵学寮は、薩摩出身者が多かった。
日露戦争時の海軍大臣だった山本権兵衛などは、典型的な「薩摩っぽ」で、
「山本権兵衛首謀となりて、しばしば教官排斥の運動を起こし、教官室に乱入し、あるいは教官と乱闘し、あるいはテーブル、イスなどを破壊し、流血の暴挙を演ずるに至れり」
『伯爵山本権兵衛伝』

と書かれるような始末だった。明治7年(1874年)のことである。
それ以前に明治5年には、
「爾今海軍兵学寮園内にて立小便するを禁ずる」
なる布告が出されていた。当時、休憩時間や放課後になると、生徒たちがどっと出てきて、兵学寮の庭先でズボンをずりおろし、我先と立小便をするような有様だった。
日本人士官が生徒を追い立て、英国人教官が、生徒を便器の前に立たせて、ズボンのボタンをはずさせて、用を足させるよう指導することから、日本の海軍教育は始まった。

話を戻そう。モンゴル人社会では、「偉い人は何をしても許される」「目上には絶対服従」などの文化が色濃く残っているらしく、今回の事件は過剰な形で発覚しただけのことだった。そして、それは日本社会にも共通するものであることを、我々は重々承知しておく必要がある。

なお、角界の蛮性については、ちばてつや先生の名作『のたり松太郎』を参照されたい(最初の10巻程度で十分)。

【追記】
で、こうなるわけです。
【貴ノ岩も殴っていた!夏巡業中、同じモンゴル人力士を…日馬富士激怒の一因か】
大相撲の横綱・日馬富士=伊勢ケ浜=に暴行を受けた前頭8枚目・貴ノ岩=貴乃花=が、今年の夏巡業中に同じモンゴル人力士を殴打していたことが18日までに分かった。
(11/19、スポーツ報知より抜粋)
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2017年11月06日

地毛登録制度なる現代の中世

【<損賠訴訟>「髪染め強要で不登校」高3、大阪府を提訴】
 頭髪が生まれつき茶色いのに、学校から黒く染めるよう強要され精神的苦痛を受けたとして、大阪府羽曳野市の府立懐風館(かいふうかん)高校3年の女子生徒(18)が約220万円の損害賠償を府に求める訴えを大阪地裁に起こした。27日に第1回口頭弁論があり、府側は請求棄却を求めた。生徒は昨年9月から不登校になっており、「指導の名の下に行われたいじめだ」と訴えている。
 訴状などによると、生徒は2015年4月に入学。中学時代に黒染めを強要されて嫌な思いをしたため、母親は「高校では同じことがないよう配慮してほしい」と伝えていた。
 しかし、学校側は生徒の入学後、1、2週間ごとに黒染めを指導し、2年の2学期からは4日ごとに指導。度重なる染色で生徒の頭皮はかぶれ、髪はぼろぼろになった。教諭から「母子家庭だから茶髪にしているのか」と中傷されたり、指導の際に過呼吸で倒れ、救急車で運ばれたりしたこともあった。文化祭や修学旅行には茶髪を理由に参加させてもらえなかった。
 生徒は昨年9月、教諭から「黒染めしないなら学校に来る必要はない」と言われ、それ以降は登校していない。高校は今年4月、生徒の名前を名簿から削除。他の生徒や保護者には、退学したと虚偽の説明をしたという。
 学校側は生徒の代理人弁護士に「たとえ金髪の外国人留学生でも規則で黒染めさせることになる」と説明している。
 府教委高等学校課と同校は取材に、「係争中なので答えられない」と話している。
複数の大阪府立高校では、頭髪が生まれつき茶色い生徒に誤った指導をしないように、「地毛登録」と称する制度を導入している。登録自体を問題視する声もあるが、府教委は「導入は各校に任せており、実態は把握していない」としている。
 ある府立高では、約10年前から制度を始めた。地毛が茶色い生徒は入学時に色合いを計測し、数値化して登録し、色の変化がなければ指導しないという。1学年に10人ほど登録する生徒がおり、校長は「生徒の人権を守るためにも制度を続けている」と話す。
 訴訟を起こした女子生徒の母親は入学時、「地毛登録制度があるなら申請したい」と訴えたが、懐風館高校は導入していなかった。
東京都でも、都立高校の一部が「地毛証明書」を提出させ、頭髪の色が生まれつきかどうかを確認している。幼少期の写真を求める学校もあるといい、都教委は7月、「届け出が任意であることを、生徒保護者に明確に伝える」ことを全191校に通知した。
(10月27日、毎日新聞)

出自や外見など、自らではどうにもならないことを身分化し、居住地を限定、差別することで社会統制を図るのは、中世社会の一大特徴である。これに対し、身分制度や社会的差別を否定し、個々人の自由意思を尊重、移動の自由を認めるのが近代社会の一大特徴である。
この意味においては、ロシアや中国は、近代化が不十分なまま近代を終えようとしているかもしれず、いち早く近代化を実現した欧米では、自ら築き上げた近代の特性を否定する動きが広がっている。

「地毛登録制度」
「黒染めしないなら学校に来る必要はない」
「たとえ金髪の外国人留学生でも規則で黒染めさせることになる」


これらは基本的人権の一つである自由権と学習権を否定している。この学校が行っているのは、欧米基準で言えば「人種差別煽動行為」に相当すると思われるが、日本では「個々の学校で判断されること」で許されている。結果、国連の介入が待たれるという何とも恥ずかしい状況になっている。

一般的に日本の近代化は明治維新(戊申政変)に始まると理解されている。教育分野で言えば、身分に関係なく学べる場が提供される義務教育と、個々人の意思で学べる場が選べ、そこに行くことができる自由こそが近代の象徴だった。
とはいえ、初等学校などは居住地に限定されたし期間も短く、女子教育の選択肢は非常に狭かったことなどを考えれば、近代化は限定的にしか実現できなかった。それが広範囲に実現したのは、やはり戦後のことだった。

ところが、21世紀に入って近代の大原則が否定されつつある。記事のケースは象徴的で、個々人の努力ではいかんともしがたい身体的特徴を理由に、公学校が生徒の教育機会を奪うことが正当化されている。しかも、外国人に対して、身体的特徴の強制同化を堂々と就学の条件としている。
つまり、学校の強制同化命令に服従する者のみが学習機会を得られ、不服従者は公的な学習機会が奪われることを意味する。これは明白な社会的排除であり、貴族や地主階層の出身者を差別したソ連や中国と何ら変わらない。

先に「自由と余暇について」で述べたとおり、経済成長の根幹となる技術革新に最も必要なのは創造力であり、その創造力は自由な発想の下で生まれる。故に全体主義、権威主義国家では技術革新が起こりにくいとされる。その自由な発想は、人が持つ自由な時間に着想される。ところが、日本の学校や会社は、「兵隊を遊ばせておくと士気が弛緩する」という兵営と同じ考え方なので、「いかにして24時間、生徒と社員を管理するか」という発想の上に成り立っている。
制服を着せ、髪の色や髪型まで規格化を図り、行事と部活動で生徒を24時間管理下に置こうという日本型教育は、技術革新から最も遠い存在であり、衰退の原因でしか無い。まさにフーコーの言う学校=監獄であろう。

大阪や東京における学校の極端な権威主義化の背景には、新自由主義的な中央統制の影響があるという。
公学校間で学力や民間企業への就職率を競わせ、成果の上がらない学校は廃校や統廃合を検討、教員は学校への貢献度をもって人事評価がなされ、連続して最低評価だった者は解雇できるシステムになっている。
これは民間企業では「妥当」なことかもしれないが、公学校に適用された結果、「企業が求める人材を育てる」「茶髪の生徒が多いと不良校と見られて偏差値が下がる」などの理由から非人道的行為が正当化されてしまっている。
教員からすれば、人事評価をちらつかされて、「茶髪の生徒を容認する教員は評価を下げる」と言われれば、従わざるを得ないだろう。さらに「民間人校長」がこうした傾向を助長していると見られる。
同時に、日本の企業側も規格化された奴隷的人間を求めるため、こうした「需要」が生じていることも強調すべきだろう。日本社会そのものがブラックであることを象徴している。

現実には、例えば東京都の初等教員の選考倍率が3倍を切るような事態になっており、離職率の高さを考えても、その質は低下の一途を辿っている。教員の質的低下は、教育や管理能力の低下を意味する。教育力や人徳で補えないものは、権威主義的あるいは暴力的統制によって学校を統御する他ないため、自然と後者に流れてゆくことになる。差別や学習権の侵害を禁止、抑止する法律が無いことも、この傾向を助長する。

もはや現代社会において、学校組織や個々の教員に委ねるには教育は重すぎる、ということかもしれない。複雑化と個別化が進む現代社会で、何百人何千人も集めて規格化した教育を強制し、人格を含めて矯正を図ろうという19世紀型の教育はすでに時代遅れが甚だしくなっている。
技術的には、初中等教育はAIとVRによる個別教育に移行するか、最低でもその選択肢をつくる方向に進めるべきだろう。SF的かもしれないが、生徒は学校に通うことなく、自宅でVRを学校とし、AIの教員による個別教育を受ける形が一般的となる可能性がある。個々人の人格や能力に依存しすぎる生身の人間では、多様なニーズに合わせると同時に一定のクオリティを維持することが難しくなっているためだ。

記事にもあるような監獄的学校は、地方では大昔から常態化していると見られ、むしろ都市部に拡大し、全国的傾向となっていると見るべきだ。中等教育におけるリベラリズムの喪失と否定は、いずれ国全体に波及するだろう。現代日本は、大正デモクラシーが否定され、軍国教育に移行した1935年に近い段階にあると考えられる。
posted by ケン at 12:41| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月27日

大手メディアは権力に癒着してるだけ

【「日本メディア、政府圧力に弱い」 国連報告者が会見】
 国連の「表現の自由の促進」に関する特別報告者のデービッド・ケイ氏が25日、米ニューヨークの国連本部で会見し、報道機関の独立性について情勢を語った。日本については、記者が所属メディアを変える環境がないとして、政府の圧力に弱い「メディアの構造」を指摘した。日本の情勢について質問を受けたケイ氏は、日本の報道機関の問題として「大手に独占されている」と指摘。その上で「先進国では優れた記者が所属媒体を移る、一種の流動性があるが、日本には存在しない。そのため政府からの圧力が記者にも特別な影響を与える」と述べた。報道機関への圧力が、所属先への依存の大きい記者個人にも影響しやすい、という趣旨とみられる。
(10月26日、朝日新聞)

部分的には正しいのだが、全体の理解としては浅いように思われる。日本の大手メディアは、「記者クラブ」「クロスオーナーシップ」「再販制」「電波許可制」「軽減税率」などによって政府から得た独占的権利をもって市場を占有しており、これが他社の参入を拒んで権力との一体化をなしている。そのため、大手メディアは自らの利権に基づいて権力側についているのであって、安倍政権や自民党からの圧力の影響など微々たるものに過ぎない。集産主義的な市場構造(官民一体)こそが問題なのだ。
民主党政権はその大部分の期間でメディアからの攻撃にさらされ続けたが、これは民主党政権がメディアの既得権益に手を付けようとしたためだった。その特権とは、

・記者クラブ:政府から情報提供の独占的便宜
・再販制:独占禁止法の例外
・クロスオーナーシップ:印刷媒体と電波媒体の寡占
・電波許可制:政府による放送統制
・軽減税率:免税特権


が象徴的だ。メディアが寡占状態になるほど、公権力との癒着が進み、「一心同体」になるため、不利な報道は控えるところとなる。
分かりやすい例を挙げるなら、大手メディアがオリンピックのスポンサーとなった結果、オリンピック反対論やオリンピックに絡む不正については、殆ど報道されなくなっている。これも、メディアが寡占状態にあり、スポンサーになれるだけの資本と権力を有しているがためで、結果として公権力と一体化してしまっている。これが、秘密保護法や安倍政権の問題では無いことは明らかであり、あくまでも日本社会におけるメディアの在り方を問うてこなかったことに起因している。ただ、歴史的には、戦争中に報道統制を強化するために、政府がメディアの統合を図ったことが、無反省に戦後に引き継がれてしまったところはある。

要は、日本のメディア界自体が権威主義体制に極めて親和的であるため、権威主義体制が確立すると、自ら進んで一体化しようとするインセンティブが働いてしまう。安倍政権は確かに問題だが、これを替えたところで「首のすげ替え」にしかならない。本質的には、現在大手メディアが有する諸特権をことごとく廃し、寡占状態にある新聞社や
報道の自由が72位に
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2017年10月26日

20世紀型選挙の終焉

今回の総選挙で後方本部を統括して強く感じたのは、従来型の選挙が実施不可能になると同時に、その効力も失いつつあることだった。

日本の公職選挙法は、いわゆる先進国では類を見ない厳しい規制を課している。大まかに言えば、「政府が認める活動しかできない」というもので、他国の「いくつかの禁止事項以外は何でもできる」の真逆を行く制度になっている。
具体的には、選挙はがきの収集と郵送、電話がけ、そして街頭宣伝であり、つい最近になってインターネットの使用が「解禁」されたものの、それでもメールなどによる投票依頼には厳しい規制が課されている。

このうち選挙はがきを見た場合、衆議院総選挙では候補者枠で3万5千枚(無償)、政党枠で2万枚(有償)の発送が認められているが、これは予め宛名を書いた候補者のはがきを選挙事務所が用意して発送しなければならない(分けることは可能)。そのため、候補者や地方議員が自分の名簿を使って宛名を書いたり、支援者に知り合いを紹介してもらうことになる。つまり、巨大組織がバックについているか、多数の地方議員の支持がないと、まともにはがきも送れないことになる。中選挙区制のシステムを縮小再生産したためだ。
ところが、個人情報保護法や核家族化、社会的分断などの原因から名簿の収集が困難になり、中間団体や地域ボスも力を失って「大口の集票」が難しくなっている。また、移動(引っ越し)が増えているのか、「宛先不明」で戻ってくるはがきも選挙毎に増えている気がする。
結果、5万5千枚ものはがきを送れるのは、自公共と大手労組の支援を受けた候補くらいのものになっているが、それもすでに名簿の確保自体が難しくなっている。

電話作戦も同様で、まず大量の電話番号を有している候補が圧倒的に有利で、少ないあるいは持っていないとなると、電話帳で片端から掛けるほか無くなる。そして、電話がけの要員(ボランティア)をどれだけ集められるかが勝敗を分けるところとなる。結果、狂信的な宗教団体やトップダウンで人を動員できる権威主義的団体を味方に付けた候補が圧倒的に有利となる。だが、電話番号の収集は年を追う毎に難しくなってきている上、電話帳も年々薄くなってきている。固定電話を持つ人が少なくなり、かつ電話帳に掲載しない人が増えているためだ。この分では10年後には「電話作戦」は成り立たなくなっている公算が高い。

電話とはがきが成り立たなくなると、残るのは街頭宣伝だけだが、恐ろしいことにここにも大きな規制がある。その最たるものは、選挙期間中、街宣車のスピーカーに許されているのは、走行中の「連呼」と停止中の「演説」のみという公職選挙法の規定である。
第140条の2(連呼行為の禁止)
何人も、選挙運動のため、連呼行為をすることができない。ただし、演説会場及び街頭演説(演説を含む。)の場所においてする場合並びに午前8時から午後8時までの間に限り、次条の規定により選挙運動のために使用される自動車又は船舶の上においてする場合は、この限りでない。

第141条の3(車上の選挙運動の禁止)
何人も、第141条 (自動車、船舶及び拡声機の使用) の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第140条の2第1項 (連呼行為の禁止) ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。

自分もよく「選挙カーの連呼はうるさいだけで票が減るのでは」と言われるのだが、実は公職選挙法の規定で「走行中の街宣車は連呼以外できない」となっているためなのだ。
しかも、この選挙カーは広大な小選挙区の中で候補者一人につき一台しか認められていないため、期間中一人の居住地に来るのは一回か二回程度にとどまる。大きな駅を使って通勤している人を除けば、候補者の顔を見るのは稀だろう。

他にも挙げればキリがないので止めておくが、上記の理由から前世紀型の選挙手法と、それ以外の活動を一切許さない公職選挙法が、有権者の選挙離れを加速、政党や候補者はますます「風」に頼るほかないという悪循環に陥っている。
そう考えると、デモクラシーの自壊を狙う政府内の明治帝政復活論者(復古主義者)の陰謀のようにも思えてくるが(爆)
posted by ケン at 12:16| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

演劇人と全体主義

【安保法2年、無言の抗議 演劇人ら「時代のカナリア」】
 文学座の演出家西川信廣さん(67)や鵜山仁さん(64)ら俳優や演出家らで作る「安保法制と安倍政権の暴走を許さない演劇人・舞台表現者の会」は19日、無言でプラカードを持って安保法制や戦争反対を訴えるサイレント・スタンディングを行った。東京や名古屋、大阪、京都など全国各地で実施した。
 同会は2015年9月9日に発足。賛同者1434人、賛同団体65団体からなり、毎月19日、各劇団の最寄り駅などでサイレント・スタンディングを継続している。これまで安保法のほか、「共謀罪」法への反対も訴えてきた。
 この日の朝、東京では劇団俳優座や劇団東演の有志らが、通勤客が行き交う六本木駅や下北沢駅などの近くで行った。2年間、ほぼ毎月立ち続けてきた俳優座の俳優、阿部百合子さん(84)は六本木の街頭に立った。取材に対し、「子どもの頃、疎開先の群馬県で爆撃にあった。B29が去るまで畑の中を逃げ回ったり、川に潜って息を止めたりした。戦争はもうこりごり」と話した。
 夜はJR新宿駅南口で、文学座や青年劇場など、約50人が結集。大勢の通行人が行き交う中、「何がなんでも憲法改悪は許さない!」「戦争NO!」などのプラカードを持ち、無言でアピールした。
 西川さんは取材に「われわれ表現者は時代のカナリアで変化に敏感ではなくてはならない。政権のチェック機能を果たしたい。今後も運動は継続していく」と話した。
(9月19日、朝日新聞)

15年戦争期には、まず共産主義者が弾圧され、後に左翼運動家や平和運動家、さらには自由主義者や宗教人にまで粛清の手が伸びた。それは演劇人や芸術家も例外ではなかった。共産党やソ連との関係を疑われたためだった。特に演劇分野はロシアの影響が大きく、トルストイやゴーリキーの信奉者が多く、プロレタリア演劇運動が活性化、1928年には「東京左翼劇場」が結成され、特高からは「共産党シンパ」と見られる演劇人が多かった。佐野碩(戦時中はメキシコに亡命)や宇野重吉などはその筆頭と言える。
戦後、俳優座を設立した東野英治郎、千田是也、小沢栄太郎らはみな戦前に「新劇の舞台に立った」という理由によって治安維持法違反で検挙、投獄されている。東野英治郎の刑事役が堂に入っていたのは、特高に尋問、拷問された経験ゆえだったという。

ソ連・東欧ブロック諸国では、演劇人は常に監視対象だった。秘密警察シュタージを描いた名作『善き人のためのソナタ』で工作員の大尉を演じたウルリッヒ・ミューエは、東独時代、女優でもあった妻が当局に夫の行動を定期的に報告、所属していた劇団で親友と思っていた二人も実はシュタージの協力者(コラボ)だったことがベルリン崩壊後に判明している。

現在の日本政府はほんの80年前に「新劇の舞台に立った」という理由で演劇人を弾圧、粛清したものたちの末裔であり、しかもそれについていかなる反省も謝罪もしていない。つまり、治安維持法が組織犯罪防止法になっただけの話で、いつ再び弾圧の魔の手が舞台に伸びてくるかという演劇人たちの恐怖は至極当然のものなのである。
posted by ケン at 18:39| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする