2019年03月12日

商業動態統計でも不正発覚

【商業動態統計でも不正 大阪の調査員が虚偽報告 経産省】
 経済産業省は5日、毎月公表する「商業動態統計調査」で、大阪府の調査員1人が訪問していない事業所の数字を虚偽報告していたと発表した。同調査は、全国の卸・小売業者の販売額を調査・推計するもので、56ある政府の「基幹統計」の一つ。
 やはり基幹統計である総務省の「小売物価統計」でも2月、大阪府で同様の不正が発覚しており、府が調査を進めて発覚した。政府は「毎月勤労統計」の不正調査を受けた1月の点検で、最終的に23の基幹統計で問題があったとしていたが、不正がさらに広がる事態となっている。
 調査員が虚偽報告したのは、昨年8〜12月分調査での16事業所の商品販売額と月末従業者数の2項目。経産省によると、事業者側が調査に協力的でなく、調査票を出さないと報酬が下がるため、調査員が架空の数字を記入していた。この調査員は2017年4月から57事業所を担当していた。経産省は、同調査の対象は2万件超もあるとして、不正について「影響は軽微で修正は必要ない」としている。
(3月6日、朝日新聞)

続々と出てくる統計不正。「修正は不要」「内容に影響は無い」などと強弁するのも常態化している。
吟味しないと明言できないものの、統計調査の多くは現在外部委託しており、正規の公務員は取りまとめをしているだけのケースが大半だという。年金問題などと同じく、公費をケチったあげく、中身が空洞化している構図が見える。
確かに一つ一つのケースは軽微かもしれないが、決して特殊な事例ではなく、隠蔽や証拠隠滅されたものを含めれば、不正が相当蔓延していると見るべきだろう。

一つには省庁毎に統計を作成していることの弊害がある。
旧軍で輜重や情報などの部門が軽視されていた風潮と同じで、縦割り行政の中ではデータを作成する部門は軽視されやすく、予算削減において真っ先にやり玉に挙げられるのが普通だ。部署としても弱いため、予算や人員削減に抵抗できないこともある。そして、外部委託して形式だけ整えれば良いという官僚主義に冒されてゆく。
人事面でも2,3年おきに定期異動が行われる日本の官僚文化では、統計の専門家など育たず、また「任期中だけやり過ごせればいい」という保身に囚われてしまう。
その意味でも、統計は会計検査院と似たような独立性の高い組織に集中すべきであろう。会計検査院を拡大して統計部門を担わせるのでもいいかもしれない。

ソ連学徒として思い出されるのはやはりソ連のことで、かのゴルバチョフですら「書記長になるまで、自分が担当していた農業部門以外の資料を見ることは殆どできなかった。そのため、書記長になって最初に命じたことは、全部門の統計資料の提出だった」と回顧している。また「資料を見たところ国防予算が不当に低く予算計上されているのではないかと疑問を覚えたので、側近を集めて自分たちだけで何日も執務室に籠もって精査したところ、実は二倍近い額になった。巧妙な手段で他部門の予算に組み込まれていたからだった」旨も記している。

統計不正は、戦争中の日本や1970年代以降のソ連と同じで、末期現象の表れの一つと見て良い。
それすらも分からないから、連中は平気な顔をしていられるのであろう。
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2019年03月11日

大阪知事選にまたぞろ芸能人か?

【大阪知事選 辰巳琢郎氏擁立へ 自民、他党と連携探る】
 大阪都構想を巡って大阪維新の会の松井一郎大阪府知事と吉村洋文大阪市長が辞職し、入れ替わりで出馬する4月7日投開票の知事・市長のダブル選に、自民党が俳優の辰巳琢郎氏(60)を知事選候補として擁立する最終調整に入った。自民関係者が明らかにした。自民は、維新に対抗できる候補としてテレビ出演などでも知名度の高い辰巳氏に白羽の矢を立て、他党にも連携を呼びかける方針。
(3月10日、毎日新聞)

まぁ自民党が自前で候補を用意できなくなったのは今に始まったことではないし、大阪では「芸能人だしとけや」と思われているのも事実。実際芸能人がよく当選しているから反論もできないだろう。
一概に芸能人がダメだとは言わないが、首長を選出することの意味や首長としての能力として何が求められるのか、全く理解されていないことの表れであり、議会制民主主義の限界(主権行使の意味を理解せずに人気投票してしまう)を示している。

また、その背景には、大阪の自民党が脆弱で自前で候補を用意できるほどの調整力を有していないこと、「県議や市議の操り人形になる芸能人が良い」と考えていること、そして、優秀な官僚を始め、まともな人が選挙に出たくなくなっていることがある。

何よりも大阪市民がまたぞろ芸能人に投票するのかが問われている。
もっとも、辰巳氏は芸能人ではあるが比較的インテリなので、小沢氏などが連れてきた連中よりはまだましとは言えそうだが。

【追記】
最終的には辰巳氏は辞退したというから、「またぞろ芸能人」は回避され、辰巳氏は「まともな人物」であったこと(見識)も示したと言える。しかし、候補選定が振り出しになっただけの話で、このような状況下で果たしてまともな人物が出馬をするだろうかという問題は残り続ける。
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2019年03月08日

ノーメイクは女性の自由の象徴である!

【女性客室乗務員 “すっぴん”OKに 英航空会社】
 イギリスの航空会社、ヴァージン・アトランティック航空は、女性の客室乗務員にだけ、勤務の際に化粧をするよう求めていた規則を、今月撤廃しました。世界の航空業界では、男女で異なる服装や身だしなみに関する規則を見直す動きが広がりつつあります。
 世界の航空業界では、3年前にイギリスの航空会社、ブリティッシュ・エアウェイズが、「もっと実用的で快適な制服にしてほしい」という女性の客室乗務員の声を受けて、スカートとともにズボンを制服として認めたほか、去年、香港の航空会社、キャセイパシフィック航空も女性の客室乗務員にズボンの着用を認めるなど、男女で異なる規則を見直す動きが続いています。
 こうした中、イギリスの航空会社、ヴァージン・アトランティック航空は、これまで女性の客室乗務員に対して、勤務の際には、最低でもほお紅やマスカラ、それに口紅といった化粧をするよう求めていた規則を今月撤廃して、化粧をせずに勤務することを認めることにしました。また制服も、これまでは原則としてスカートだけでしたが、ズボンも選べるようにしました。
 会社の担当者はNHKの取材に「これは航空業界にとって重要な変化だ。新たな指針によってより快適に働けるだけではなく、自分らしさを表現できる選択肢が増える」とコメントしています。
(3月6日、NHK)

ジェンダー差別が「アラブの次」に酷い日本ならともかく、イギリスですらまだこんな規則が残っていたこと自体が意外だった。この分では、日本でこの手のルールが除外されるのはさらに2,30年後になりそうで、そうこうしている間に社会が一回転して反動化してしまいそうな気がする。

一方で能力主義やら女性活躍やらを唱えながら、他方で女性が働きにくい様々なルールや習慣が何ら改善されないというのは、どう考えるべきだろうか。
要するに労働力として「女を働かせたい」というだけで、自由や権利までは与える積もりは無いという意思の表れなのだろう。これは外国人労働者の問題も同じだ。

この問題の難しいところは、そもそも女性の中に「ノーメイクで出勤とかあり得ない」とか「スカートは女性の正装」などと主張するものが未だに少なくない、むしろ多数派であるところにある。つまり、女性が自分で自分を奴隷化してしまっていることに気づいていないのだ。
近代欧州の「女性解放」は、女性が自らの意思でコルセットを外したところから始まっていることを、今一度思い出さなければならない。
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2019年03月07日

岸田氏へ禅譲は既定路線?

【「岸田文雄氏を首相に」次期総裁選へ新潟で個人後援会構想】
 自民党の岸田文雄政調会長は3日、新潟県十日町市で講演し、来年の東京五輪・パラリンピック後の日本の進むべき道として「持続可能性」をキーワードに掲げ、社会保障改革や財政再建などが必要との認識を重ねて示した。外交分野についても「日本がルールに基づき物事を決めていく秩序を作っていかなければならない」と語った。
 講演には、岸田氏率いる岸田派(宏池会)所属の水落敏栄参院議員=比例=も出席した。十日町市出身の水落氏は「安倍晋三首相の後の首相・総裁になってほしい」と訴え、新潟県内で岸田氏を支える個人後援会を設立する構想を披露した。岸田氏の後援会は地元・広島と東京以外に、沖縄、愛知、福井各県で設立されている。
(3月3日、産経新聞)

今回帰国した折りに自民党におられる先輩と話をした際にもこの話が出ていた。
どこまで本当かは分からず、かなり憶測が入っているとは思われる。

安倍氏は親族の反対もあって4期目には挑戦しないという。
そこで誰かに政権を禅譲して自分は退く意向だが、禅譲の条件は「自分の任期内に改憲が間に合わなかった場合、最優先で改憲を行うこと」とのこと。
安倍氏には院政を敷くまでの意向はなく、自分は自民党の改憲推進本部長に就いて改憲に関する全権を掌握して指導することを希望しているらしい。

この点について岸田氏は全面的に了承、故に次期総裁レースのトップに立っているのだという。
安倍氏的にも岸田氏なら「傀儡にはふさわしい」と考えているかもしれない。
週刊誌レベルの話だが、「いかにも」な話である。
やはり古い自民党の人の話は面白い。
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2019年03月05日

立民と国民が候補者公募

【衆院選候補を来月公募=立憲】
 立憲民主党は26日、次期衆院選の候補者公募を3月に行うことを決めた。夏の参院選に合わせた衆院解散・総選挙の可能性が取り沙汰されていることを受け、枝野幸男代表が準備の前倒しを指示していた。募集期間は3月1〜31日。「党の綱領や基本政策に賛同」することが応募の条件で、書類審査と面接で選考する。 
(2月26日、時事通信)

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この画像を見れば、この連中に期待できるものが無いことは一目瞭然だろう。特に国民のは酷すぎる。
これを見て、「自分がやります!」と言ってくるような連中がどの程度のものになるかなど、あまりにも容易に想像できよう。

候補者を公募するというのは、自分たちの党が自前で適切な候補者を擁立できないことの表れでしかない。
本来であれば、政党内で有力あるいは有望な党員や支持者の中から選抜し、または推薦して候補に据えるのが、代議制民主主義の常道である。
しかし、旧民主党は党員を募集せず、自前の党組織をつくってこなかったため、候補者を公募することによってしか必要数を満たすことができなかった。
党員を募集、党組織を作らなかったのは、日本社会党が強い党組織や派閥(特に社会主義協会)をもって国会議員の「上」に立ってしまい、議会活動を掣肘し続けたことへの「反省」がある。つまり、旧民主党系の政党は、党員が強い発言権を持って議員の活動に口出しすることを恐れて、党組織を作らないという逆転現象を起こしている。結果、連中にとって政党は「国会議員の受け皿」「集票看板」に過ぎず、個人的人気で当選し続けるもののみが生き残り、一定の発言権を有する話になっている。
これは、本来的には「民意を議会に反映させるための市民的基盤」としての政党では無い。それに対する後ろめたさ(後ろ目痛い)から「立憲民主党はあなたです」などという余りにも内容の無いスローガンが掲げられているのだろう。議員しか党員になれない「政党」が、どの口でもって「党はあなたです」などと言うのか。この点、不誠実さで言えば、立民も自民も殆ど違いは無いように思える。

公募候補の質が低い理由についてはすでに述べている。
政党と中間団体が没落し、小選挙区制が導入されると、今度は「中間団体の代表」では当選が難しくなり、政党は候補者を自前で用意できなくなり、より「一般ウケする候補」を公募するようになった。公募になると、公平の建前上、就職試験と同じで面接や論文のテクニックが重視されるようになった。ただ、就職試験と異なるのは、試験官が素人であることと、議員としての能力よりも「有権者ウケしそう」なことが重視されるようになったことだった。結果、見た目は良いのだが、中身の水準は急落していったと考えられる。
中選挙区制から小選挙区制に移行したことで、「田中金脈」に象徴される利権政治はなりをひそめ、せいぜいが甘利事件程度の規模になったのは確かだ。しかし、それと引き替えに個々の議員の質は大幅に低下、「まともな人」は立候補しようとは思わず、「一発逆転」を目指す若者が公募に群がるところとなった。彼らは良く言えば「普通の人」かもしれないが、一般社会で出世できない人が、「一発逆転」で国会議員になってしまうことで、人間としてのタガが外れ暴走してしまったり、地盤の無いところで無理して支持を得ようとしてポピュリズム的言動に走るという弊害が目立っている。
「公募議員の質が低いワケ」(2016.2.17)


自民党に敵対できるだけの力を持たない「弱い民主党の残党」が野党であり続けるがために、自民党が半永久的に政権を維持できるという、自民党にとっては非常に有り難い状態が今しばらく続きそうだ。
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2019年03月02日

苦しい沖縄県民投票

【沖縄県民投票、埋め立て「反対」が7割超え】
 沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設に伴う名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う県民投票が24日に行われ、埋め立て「反対」が7割を超え、多数となりました。名護市辺野古の埋め立てについて、「賛成」「反対」「どちらでもない」の3つの選択肢で問う県民投票は24日に投開票されました。開票の結果、埋め立て「反対」が投票総数の72%と多数となり、「賛成」は19%、「どちらでもない」は8.8%でした。
 「反対」は投票資格者全体の4分の1にも達し、玉城知事は条例をふまえ、投票結果を総理大臣とアメリカ大統領に通知することになります。
 「今回の県民投票で辺野古埋め立てに絞った県民の民意が明確に示されたのは初めてであり、極めて重要な意義があるものと考えている。県民投票の結果を受け、辺野古新基地建設の阻止に改めて全身全霊を捧げていくことを誓います」(玉城沖縄県知事)
 玉城知事は近く上京し、安倍総理に直接、今回の投票結果を伝え、埋め立て工事の中止などを求める方針です。最終投票率は52.48%でした。県民投票は、1996年に日米地位協定の見直しと基地の整理縮小への賛否を問う投票が沖縄で実施されて以来、全国で2例目です。県民が辺野古の埋め立ての賛否を直接問うのは初めてで、投票結果に法的拘束力はありませんが、「反対」が多数となったことで、埋め立て工事を進める政府が今後、どう対応するのか注目されます。
(2月25日、TBS)

辺野古新基地建設に伴う埋め立ての是非を問う県民投票が行われ、72%の反対多数が確立した。しかし、投票率はかろうじて50%を超える52.48%に止まった。

私はかねてよりこうした住民投票や国民投票には懐疑的なスタンスをとっている。
西側自由主義社会では議会制民主主義、代議制民主主義が採用されているが、これは有権者から選ばれた政治エリートが民意を受けて主権を委ねられ、政治的利害を調整する役割を担うシステムである。
今回の場合、沖縄という日本全体から見れば小さい地域の利害と国家全体の利害が対立し、「ごく少数の沖縄県選出議員だけでは沖縄の「民意」を反映することができない」との判断から、直接民主主義的手法である住民投票が採用された。
だが、これは代議制民主主義がある種機能していないことの現れであると同時に、住民投票そのものが公正なものであるかを問いかけている。

まず私が懐疑的に思ったのは、住民投票を主導した反対派が反対しているのは「基地建設(移設)」であるはずなのに、住民投票のテーマは「辺野古埋め立ての是非」にされている点である。確かに埋め立て問題は基地建設における最大の問題ではあるのだが、この課題設定自体に反対派が有利になるような恣意的意図を覚える。
先に述べておけば、私は少なくとも心情的には基地建設は不要と考えている。
以下、他の問題点を列挙する。

・基地建設の是(推進)か非(中止)か、「どちらでもない」という三択は公正あるいは現実的か。「どちらでもない」という回答にはどのような意味があるのか。

・仮に51対49で賛否が決まった場合、推進にせよ中止にせよ否定された側は納得できるのか。

・低投票率だった場合の投票結果の正統性あるいは正当性をどのように評価するか。仮に投票率30%で賛成45、反対40、その他15となった場合、全有権者のわずか13.5%の賛成票をもって基地建設が決まることになる。

・住民投票の実務を担うのは沖縄県庁であるが、そもそも基地に否定的な県庁が公正かつ公平な投票を担保できるかどうか。

・反対多数だった場合、政府方針とあからさまに対立することになるが、その利害調整は誰が担うのか。そして、その責任を負えるのか。

今回の県民投票の場合、確かに反対多数の民意が示されたものの、得票率は52.5%で、絶対得票率では38%でしかない。住民投票や国民投票の場合、本来が直接民主主義的手法であるために、やはり絶対得票率で5割を超えないと、「多数派民意」としての正統性に欠けてしまう問題がある。
今回の場合も、沖縄県側は「民意が示された」と言うだろうが、政府・政権党側は「絶対多数ではない」と反論することで、ますます対立を深める恐れがある。しかし、政権党側がそれを言った場合、憲法改正の国民投票で苦労することになり、非常に苦しい立場に置かれるだろう。

最終的に「全国の有権者から(低い投票率と不公正な選挙制度で)選ばれた政治エリート」と「不完全な住民投票で示された民意」が対立するところとなり、一方が他方を「打倒」(この場合は推進か中止)したところで、「奴らは民主主義の敵だ!」とのレッテルを貼って対抗するだけになる恐れが強い。
今回の場合、反対派が他に対抗手段が無くなって「住民投票で主張の正当性を確保する」という戦術的抵抗を採った形なのだが、だからと言って、基地反対派の主張により沿う有力な野党(やる気の無い立民を含めて)がいるわけでもなく、自民党や霞ヶ関に妥協する理由もなく、非常に苦しい展開が続くものと考えられる。
確かに反対派は戦術的に勝利し、賛成派を圧倒した。しかし、それを戦略的勝利に持ち込むのは至難のわざであり、「プラハの春」とならないことを祈りたい。

【参考】
原発国民投票に見る社会的選択のあり方について
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2019年02月14日

統計不正の背景にあるもの

【専門職の減少続く 人員不足、現場に余裕なく】
 国の統計を巡る不適切調査問題の背景には、統計業務を専門とする「統計職員」の減少傾向もありそうだ。人手不足による繁忙が、ずさんな処理をする動機になった可能性もある。総務省によると、国の統計職員は2018年4月時点で1940人。省庁別に見ると大半の省庁で2009年より減少した。厚生労働省は233人で09年比16%減。経済産業省は245人で同15%減っている。
(1月25日、日本経済新聞より抜粋)

統計不正の発覚により野党がここぞとばかりに攻勢に出ているが、いつものブーメランである。
確かに統計不正は「不正しなければ、組織の命に応えられない」ことの現れではあるが、一方で決定的な人員不足という問題がある。
日本では、例えば公文書管理や図書館の人員が圧倒的に少ないこと、あるいは旧軍において兵站部門が圧倒的に軽視されていたことに象徴されるように、後方部門を軽視する傾向が非常に強い。
今回の統計不正も、統計部門の人員が少なすぎることにも原因がある。

そして、作らなければならない統計データを増やしたのが民主党政権であれば、公務員数の削減を進めたのも民主党政権だった。
公務員数は民主党政権の前から削減されてきたが、民主党政権では仕事を増やした上に、公務員整理を進めたために、政府組織をさらに歪めてしまったところがある。
確かに民主党政権では、自民党政権時に調査されていなかったデータ収集を行うなど良い点もあったのだが、不要になっていると考えられるデータ収集を止めることなく、新たな作業を増やした上に、公務員数を減らしたところが悪かった。
定数削減で真っ先にあおりを受けるのは後方部門で、統計部門もその一つだったと考えられる。
上記の数字を見ても、世界第三位の「経済大国」であるはずの日本で、中央政府の統計専門家が各省庁に200人強しかいないというのは、そもそも無理すぎる話なのだ。

人員が減っているにもかかわらず、業務は増えているのだから、業務を「間引き」するしか他に方法が無かったことは、容易に推測がつく。
こうした背景を考えずに、単に「責任者を出せ!」と騒いでいる旧民主党残党連中は、無責任にも程があろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする