2017年02月01日

今さらながら文科汚染

【文科次官、辞任へ=天下りあっせん問題で引責】
 文部科学省が幹部の再就職を組織的にあっせんしていた疑いがあるとして、政府の再就職等監視委員会が調査している問題で、同省の事務方トップである前川喜平事務次官(62)が引責辞任の意向を固めたことが19日、分かった。監視委の調査結果を受け、文科省が正式発表する見通し。関係者によると、文科省が再就職をあっせんした疑いがあるのは、2015年8月に退職し、同年10月に早稲田大学教授に就任した同省の元高等教育局長。
(1月19日、時事通信)

我々的には「今ごろかよ!」というくらい自明の話。それくらい身内による捜査は効をなさない。逆を言えば、身内の捜査でも「膿を出さないと後々大変なことになる」と判断されたくらい、文科省内で腐敗が蔓延していたことを意味する。

実際のところ、大学関係者なら誰でも知るところだが、今日では国公立であれ私立であれ「文科省の天下りがいない大学は無い」と言われるくらいに天下り官僚が増えている上に、経営に参画して運営を悪化させるケースが大半を占めているとされる。大学に文科官僚を天下りさせることで、高等教育の中央統制が強化され、「学問の自由」が失われつつある。
各大学にすべからく天下りさせている時点で、事前に相当の計画と謀議が行われていることは間違いなく、それは文科省が省庁として計画的に行ってきた犯行であると見て良い。

天下りについては民主党政権時に大幅に規制したものの、2012年に自民党が政権を取り戻した後に骨抜きにされ、殆ど「元の木阿弥」と化している。言うまでも無いことだが、高級官僚の天下りは、政官業の癒着と補助金による腐敗を助長させるだけの「悪」そのものであり、禁止する以外に腐敗を防止する方策は無い。

発覚が遅れた1つの理由は、文科省側がずっと虚偽説明を行ってきたためとされる。文科省と外務省は特に虚偽説明の常習犯であり、文科省で言えば、民主党政権が成立する直前、当時のボスが「高校無償化の実現性について」レクを求めた際に、「実現可能性は全く無い」と答弁したにもかかわらず、政権交代が起きるとすぐさま草案を出してきたことが思い出される。
文科官僚は存在そのものが悪であり、全員公職追放して廃省すべきだ。同時に、天下り官僚を受け入れた大学については、元文科役人が全員追放されるまで助成金を見合わせるのが良かろう。腐敗は一方のみで成立するわけでは無く、両者を罰する必要がある。
posted by ケン at 12:29| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

150万円恐喝されてもイジメ認定されない社会

【同級生に150万円 「いじめ認定難しい」発言撤回を】
 東京電力福島第一原子力発電所の事故で横浜市に自主避難してきた生徒がいじめを受けていた問題で、生徒が同級生におよそ150万円を払わされていた行為について、市の教育長がいじめと認定するのは難しいという考えを示したことに対し、生徒側の弁護士が発言を撤回するよう申し入れました。この問題は、原発事故で横浜市に自主避難してきた現在、中学1年の男子生徒が、転校してきた小学校でいじめを受けていたもので、生徒側は同級生におよそ150万円を払わされていた行為については、いじめと認定されなかったことから市側に改めるよう求めています。これについて、横浜市教育委員会の岡田優子教育長が今月20日の市議会で、「同級生らが『おごってもらった』と言っていることなどから、いじめという結論を導くのは難しい」と述べたことに対し、23日、生徒側の弁護士が発言の撤回などを求める申し入れを行いました。申し入れでは「教育長の発言は、いじめ防止対策推進法の趣旨に反し、被害生徒を苦しめるものだ」などと非難しています。横浜市教育委員会の伊東裕子担当部長は「保護者や生徒の気持ちを確認しながら、こちらの発言の趣旨を伝えて今後の対応を決めたい」と述べました。
(1月23日、NHK)

先年から報道されていることだが、福島原発事故によって、福島県から横浜市に自主避難した中学生が同級生から総計150万円を恐喝されていたことについて、市教育委員会が「いじめ」との認定を避けた事例。
生徒の親は「150万円」と訴えたのに対し、学校側の調査では「8万円」の事実認定に終わり、市教育委員会下に設置された第三者委員会の報告書(2016.11)も、「金銭授受はいじめから逃れるためだった」としつつ、「おごりおごられる関係」として「いじめ」との判断を避けた。両親らが引き続き市に善処を求めていたところ、20日の市議会で教育長が、「同級生らが『おごってもらった』と言っていることなどから、いじめという結論を導くのは難しい」と答弁したため、ブチ切れた形になっている。

話の前提として、いじめ認定は、そもそも大きな困難が伴う。行為自体がインナーサークルで行われているため、物証が困難であることも相まって、事実確認が難しい。そして、事実確認を行う学校も、教育委員会も捜査機関ではないため、いかなる専門性も調査能力を有しておらず、よほど明確な事例が発見されない限り、逆を言えば当時者が口裏を合わせ、物証を隠滅してしまえば、まず立証できない。当然ながら、公的機関であるため、一定の中立性が求められるので、明確な証拠も無いのに犯行を認定することはできず、どうしても玉虫色の結論に偏ってしまう。

ただし、イジメ自体は実は法律で定義付けされている。2013年に成立した「いじめ防止対策推進法」がそれで、以下のようにある。
児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校)に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの

さらに、認定基準について、
他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為」により「対象生徒が心身の苦痛を感じているもの

と規定している。この規定に従うならば、たとえ恐喝金額が「8万円」(中学生なら十分すぎる高額だろう)で、「金銭授受はいじめから逃れるため」と判断されたとしても、「いじめとは断定はできない」などという結論を出すのは難しかったはずだ。両親が怒るのも当然だろう。
そもそも「金銭授受はいじめから逃れるため」としながら「いじめと認めるのは難しい」という報告自体、官僚以外の人間には理解不可能だ。
このことは、たとえ法律で定義されたとしても、現場で厳密に適用するのは、様々な理由から難しいことを示している。だが、これでは行政への信頼が失われ、法治国家としての実態が霞んでいく一方だ。

とはいえ、イジメ認定を学校や教育委員会等の利害関係者に委ねるのも、そもそも公正性や中立性に疑義がある。彼らは、常に「イジメは存在しない方が良い」というインセンティブが働くため、どうしても認定に消極的にならざるを得ないからだ。
本質的には、イジメの疑いがある場合は、即座に証拠(写真や録画録音)を確保して、学校を通さずに問答無用で直に警察に被害届を出すよう教育してゆくのが、唯一の解決法なのだろう。
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2016年12月28日

知的でナチス的な民進党?

ドイツの哲学者カール・ヤスパースの言葉とされるものがある。
「ドイツ人は知的で誠実でナチス的だが、この3つが鼎立することはなく、知的で誠実だとナチス的でなく、知的でナチス的だと誠実でなく、誠実でナチス的だと、知的ではない」

ここに言う「ナチス的」が何を指すのかは議論の余地があるものの、要素としては全体主義的、大衆迎合的といった感じなのだろうと思われる。仮にナチスを共産党に替えても何の違和感も無いし、アベやハシモトに置き換えても同様だからだ。
日本の政治情勢が絶望的なのは、

霞ヶ関:知的でナチス(権威主義)的
自民党:単にナチス(国粋主義)的
民進党:知的でナチス(大衆迎合)的


といった具合にどこにも誠実要素が不在であることに起因すると考えられる。
だが難しいのは、デモクラシーは往々にして誠実を拒む傾向がある点にある。
例えば、本ブログでも度々取り上げているが、

・増税なくして社会保障の水準維持は難しい
・解雇規制を緩和した方が労働生産性が高まる
・領土問題に固執したら日露交渉は成功しない

などのテーマを取り上げた途端に、日本では選挙に勝てなくなり、代議員に選ばれることはないだろう。つまり、現行システムでは、誠実であるものはそもそも(狭義の)政治家になれないのだ。
私が決して議員を目指さず、スタッフに徹しているのは「誠実たり得ない」ことが大きい。
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2016年12月24日

己を律する権力者

T先生は自治官僚出身の大ベテランで、後輩である総務大臣の携帯に電話して「ちょっと来てくれないか」と言ってしまう方だったが、副大臣時代は省庁に行くときは公用車を使い、議員会館に戻る時は歩きだった。「省庁に行くのは公務だが、自分の事務所に戻るのは私事だから」という理由からだ。さすがに大臣になると警視庁から懇願されて常に公用車で移動するようになったが、それくらい公私の別に厳しかった。「(国会議員なんだから)これくらいは許されるだろうという甘えが、モラルハザードを引き起こす」というのは正にその通りだ。

伯父は戦時中、自分が校長を務める学校に、高松宮を迎えることになったが、教頭が張り切って全校生徒を動員して出迎えようと企画するのを耳にし、これを止めた。「宮様は皇族として視察に来るのでは無く、一軍人として折衝に来るのだろう。馬鹿なことをするな、(日本は立憲君主制なのだから)教育に悪い」ということだった。伯父は、宮殿下が応接室に入ったのを見計らって自ら挨拶に赴き、相応の礼儀を尽くしたとされる。

前ボスも己を厳しく律する人だったが、こういう政治家は100人のうち10人もいるかいないか、というのが永田町に身を置く私の実感である。
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2016年12月22日

議会が自動化される日

【国会答弁、AI下書き実験へ…過去の議事録学習】
 政府は、国会答弁の下書きなどの行政事務に人工知能(AI)を活用する方向で具体的な検討に入った。国会審議の議事録を基礎データとし、経済産業省で実証実験を近く始める。成果次第では、政府全体でAI導入が可能な行政分野を検討する。政府の成長戦略はAI開発などの「第4次産業革命」が柱で、官の立場から新産業育成の流れを後押しする狙いだ。 実証実験では、AIに対し、過去5年間の国会審議の議事録を学習させる。実際の活用場面では、職員が国会で質問された政策課題を入力すると、AIが、過去の関連質疑や、政策の論拠、課題などを整理して提示することを想定している。最終的には、職員がAIの示した論点整理や下書きを元に答弁資料を作成する。
(12月5日、読売新聞)

ぶっちゃけ、議会質問も答弁もAI化される日は遠くないだろう。ケン先生も職務上、議員の質問をつくることがある。国会には様々な委員会があり、国政全般にわたるが、議員は各々の得意分野があり、必ずしもそこに配置されるわけではないし、たとえ得意分野でも良く知っていることと知らないことがある。不得意分野などは自然、秘書が様々な手段を用いてサポートすることになるが、質問自体が苦手な議員の場合、秘書に丸投げすることもママある。
私の経験では、前ボスは全ての質問を自分でつくっていたが、今のボスは相当部分を秘書に投げている。

質問を作成する場合、まともにやろうとすれば、膨大な資料を集め、関係者からヒアリングし、所管省庁と談判して、質問から答弁まで精密に仕上げることになるが、日本の国会議員は国会に1人か2人しか秘書がおらず、とてもそれだけの時間を捻出できない。
結果、国会図書館や議会調査局が作成した二次資料を見て、過去の国会審議と照らし合わせ、法案の問題点や政策課題を整理し、質問化することになるが、これは実はAIで十分な作業なのだ。

じゃあ、本人は何をやるのかって?陳情処理と利権漁りデスよ。
秘書としては、腐敗の温床である陳情こそ人間(政治家と官僚)を通さずに自動化して、AIにマルバツを判断させて欲しい・・・・・・ちなみに実感としては、利権の絡まない陳情は百件中数件くらいしかない。
日本の国会議員は、地元有権者から陳情を受け、それを処理することで政治献金と票をもらう。自民党は、霞ヶ関と一体化しており、霞ヶ関の出す法案を通す対価として、予算や利益誘導などの陳情(行政権の恣意的行使、便宜供与)を受けているため、小選挙区において圧倒的な強さを誇っている。

質問と答弁が自動化されれば、ますます国会審議は形骸化し、自民党や民進党の議員さらに汚職に邁進することになるだろう。
この点でも、議会制度やデモクラシーの空洞化が進んでいる。
posted by ケン at 12:54| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月09日

カジノ通過し、舛添を思ふ

【カジノ法案、衆院通過…公明自主投票・民進棄権】
 カジノやホテル、商業施設などの統合型リゾート(IR)を推進するための法案(カジノ解禁法案)は、6日の衆院本会議で自民党や日本維新の会などの賛成多数で可決された。公明党は採決に自主投票で臨み、賛否が分かれた。民進党などは退席して棄権した。自民党は今国会での法案成立を目指しており、参院送付後、7日の本会議で審議入りしたい考えだ。 法案は、自民党などが2015年4月に議員立法で衆院に提出した。IRを推進するための基本理念を定め、法施行後1年以内をめどに、カジノの入場規制や暴力団排除など、政府に必要な法制上の措置を取ることを求める内容だ。
(12月6日、読売新聞)

【「都民ファーストの観点から韓国人学校への都有地貸与を撤回」小池百合子知事が所信表明】
 東京都の小池百合子知事は1日の所信表明で、これまでの取り組みの成果の1つとして「都民ファーストの観点から、地域住民の声も反映し、韓国人学校への都有地貸与の撤回なども行ってきた」と語った。また、都政透明化に向けて「情報公開を徹底するために、口利きの記録化や黒塗り資料の積極的な公開も進めてきた」と強調した。
(12月1日、産経新聞)

臨海カジノ構想に反対し、五輪用の3箇所のアリーナ新設計画を潰して2千億円を削減し、韓国人学校を設置しようとし、首都大学を都立大学に戻そうとした舛添氏は超マトモだった。
ちなみに韓国人学校の件は右派ばかりが問題にしているが、もともとは韓国の日本人学校が移転した際にソウル市が土地などで大きな便宜を図ってくれたことへの対価・御礼であり、「都の税金を使うのか」という批判は「天ツバ」でしかない。

今から思えば、舛添氏は「だからこそ」後ろから刺されたのだろう。
ネッケルは国王に罷免されたが、舛添氏は大衆によって引きずり下ろされた。
ルイ16世の要請で財務長官に就任した銀行家のネッケルは、貴族への課税と宮廷費の削減を試みるも、上級貴族と王妃マリー・アントワネットの反対で挫折してしまった。
そこで、国王は三部会を招集して新規課税を諮るも、三部会は聖職者・貴族と平民の代表者数が同数であったことから、平民代表は議会構成の不公正を盾に審議を拒否し、もちろん聖職者・貴族は課税反対だったため、三部会は紛糾、王妃の圧力でネッケルが解任されるに至り、パリ市内は不穏に陥り、国王が軍を大動員し市中に配備したため、食料価格が暴騰したこともあって、革命を誘発してしまった。ルイ16世の立場であれば、王妃一派の暴慢を抑え、改革派貴族と連携して、三部会で貴族への新規課税を実現していれば、とりあえずは7月14日のバスティーユ襲撃は回避できたはずだった。
必要不可欠な改革を、一部の利害者の都合で実行しない国は滅びるのみである。ゴルバチョフのペレストロイカも同様だ。

民進党は退席し採決に加わらなかった。彼らの言い分は、「無法な国会運営の採決に同意することは、彼らの運営方針を認めることになる」というものだが、主権者には通じない論理であろう。たとえどのような形であれ、採決がなされる以上、きちんと賛否を表明しない限り、議事録にも載らず、後世の人は「民進党は賛否を表明しなかった」としか評価しないだろう。連中の視野の狭さは治りそうに無い。

また、「党内議論ガ〜〜」と騒いでいたKM党は、フタを開けてみれば議員の3分の2が賛成するという有様で、ごく一部の慎重派・良識派がかろうじて抵抗していただけだったことを露呈した。その本性は、自民党と同じ収奪者だったのである。
posted by ケン at 12:18| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月02日

タクシーにも乗れない時代

【ASKA容疑者、車内映像提供のタクシー会社が謝罪】
 覚醒剤を使用した疑いで歌手ASKA(本名・宮崎重明)容疑者(58)が逮捕された事件で、警視庁組織犯罪対策5課が、同容疑者が逮捕直前に滞在していた都内のホテルを家宅捜索し、パソコンやUSBメモリーなどを押収していたことが11月30日、同課への取材で分かった。また、同容疑者が逮捕直前に乗車したタクシーの社内映像がテレビで放送されたことで、タクシーグループのチェッカーキャブはこの日、「ご迷惑をおかけした」と謝罪した。
 問題の映像は、タクシー車内に設置されたドライブレコーダーで28日の逮捕直前に記録されたもの。ASKA容疑者が東京・恵比寿でタクシーに乗り込み、運転手に自宅までの道順の説明と、降車の際のやりとりが映っている。
 この映像の放送が、インターネットを中心に物議をかもし、30日放送のフジテレビ系「バイキング」では坂上忍が「あのタクシーに乗ってる映像を、使うこと自体どうなの? ああいうの流しちゃっていいのかな」と疑問を呈した。
 これらを受け、都内の無線タクシーグループ「チェッカーキャブ」が公式サイトで謝罪声明を発表した。ドライブレコーダーについて防犯や事故究明に活用する目的があると説明。その上で、外部への映像提供は、刑事訴訟法の規定に基づく捜査機関からの文書による照会などといった場合だけという。しかし、今回、グループ加盟社が提供してしまったという。
 レイ法律事務所の河西邦剛弁護士は、今回の問題について、「通常、タクシーの中で、録画されて公開されると想定されていませんし、事件に関係のない映像なので、報道に提供する必要性もありません」と解説。その上で、「ASKA容疑者にプライバシー権の侵害で訴えられ、損害賠償責任を負う可能性は十分にある」と話した。
 一方、テレビ局関係者は「被疑者ということで、放送には問題がないという判断なのでしょう」。河西弁護士も「テレビ局には報道の自由がありますので、プライバシー侵害とは一概に言えない」としている。
 また、タクシー会社を監督する国土交通省は、今回の件について「詳細は把握していない」とした上で、「道路運送法に違反しているとはいえない。ただ、情報管理という部分で指導する可能性はある」とコメントした。
(12月1日、日刊スポーツ)

「運転手を守る」などと言って、結局のところは当局とマスゴミにプライバシー情報を売り払う道具だったことが判明した。しかも、記者連中は氏の自家用車を破壊して知らぬ振りを決め込んでいるという。
ASKA氏の同映像は、逮捕前のものであり、肖像権やプライバシー権を侵害してまで公共放送で流すべき公益性は認められない。仮に捜査上の必要性から当局より請求がなされた上でのものならば認められる余地もあろうが、提供先は商業目的のマスゴミであり、これを放送したマスゴミはリベラリズムの何たるかを理解しない、いかなる倫理観も持ち合わせていない自由権を否定する最低のゴミ野郎であることを示した。
タクシー会社は当然のこと、放送局も大いに謝罪して局内を大粛清すべきだ。記事では、「被疑者だからOK」などと言っているが、逮捕前なのだから問題外である。日テレNEWS24は、「ASKA容疑者、逮捕直前の映像を入手」と報じており、ハナから確信犯であったことが分かる。つまり、日本のマスゴミは個人の自由やプライバシーなど全く考慮するつもりがないくせに、「報道の自由」だけは強調する最低のゴミ野郎なのだ。
形式的に謝罪したタクシー会社にしても、ホームページに掲載しただけで、しかも「放送された映像の関係者の皆様におかれましては、大変なご迷惑とご心配をおかけしました」という話で、ASKA氏に対して謝罪しているのか微妙なところだ。まぁ個人を特定するわけにもいかなかったかもしれないのだが。

我々はもはや安心して大通りを歩くことも、タクシーに乗ることも、高速道路に乗ることもできない社会に暮らしているのである。個人の自由を守るためには、報道の自由を抑制する必要があるのかもしれない。
報道の自由が市民に対する暴力となる一方で、権力には一切向けられない結果、権力は暴走し、市民監視を強化して腐敗度を強めている。そして、市民は権力とマスゴミによって二重の暴力にさらされることになる。ASKA氏はその象徴だろう。全体主義のマスコミは犯罪者を「無かったこと」として扱うが、日本のマスゴミは犯罪者ですら無い容疑者に対して社会的抹殺を試みる点で、全体主義以下の存在となっている。
もはやマスゴミの大粛清なくして権力の浄化は不可能だ。
posted by ケン at 12:26| Comment(7) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする