2016年12月22日

議会が自動化される日

【国会答弁、AI下書き実験へ…過去の議事録学習】
 政府は、国会答弁の下書きなどの行政事務に人工知能(AI)を活用する方向で具体的な検討に入った。国会審議の議事録を基礎データとし、経済産業省で実証実験を近く始める。成果次第では、政府全体でAI導入が可能な行政分野を検討する。政府の成長戦略はAI開発などの「第4次産業革命」が柱で、官の立場から新産業育成の流れを後押しする狙いだ。 実証実験では、AIに対し、過去5年間の国会審議の議事録を学習させる。実際の活用場面では、職員が国会で質問された政策課題を入力すると、AIが、過去の関連質疑や、政策の論拠、課題などを整理して提示することを想定している。最終的には、職員がAIの示した論点整理や下書きを元に答弁資料を作成する。
(12月5日、読売新聞)

ぶっちゃけ、議会質問も答弁もAI化される日は遠くないだろう。ケン先生も職務上、議員の質問をつくることがある。国会には様々な委員会があり、国政全般にわたるが、議員は各々の得意分野があり、必ずしもそこに配置されるわけではないし、たとえ得意分野でも良く知っていることと知らないことがある。不得意分野などは自然、秘書が様々な手段を用いてサポートすることになるが、質問自体が苦手な議員の場合、秘書に丸投げすることもママある。
私の経験では、前ボスは全ての質問を自分でつくっていたが、今のボスは相当部分を秘書に投げている。

質問を作成する場合、まともにやろうとすれば、膨大な資料を集め、関係者からヒアリングし、所管省庁と談判して、質問から答弁まで精密に仕上げることになるが、日本の国会議員は国会に1人か2人しか秘書がおらず、とてもそれだけの時間を捻出できない。
結果、国会図書館や議会調査局が作成した二次資料を見て、過去の国会審議と照らし合わせ、法案の問題点や政策課題を整理し、質問化することになるが、これは実はAIで十分な作業なのだ。

じゃあ、本人は何をやるのかって?陳情処理と利権漁りデスよ。
秘書としては、腐敗の温床である陳情こそ人間(政治家と官僚)を通さずに自動化して、AIにマルバツを判断させて欲しい・・・・・・ちなみに実感としては、利権の絡まない陳情は百件中数件くらいしかない。
日本の国会議員は、地元有権者から陳情を受け、それを処理することで政治献金と票をもらう。自民党は、霞ヶ関と一体化しており、霞ヶ関の出す法案を通す対価として、予算や利益誘導などの陳情(行政権の恣意的行使、便宜供与)を受けているため、小選挙区において圧倒的な強さを誇っている。

質問と答弁が自動化されれば、ますます国会審議は形骸化し、自民党や民進党の議員さらに汚職に邁進することになるだろう。
この点でも、議会制度やデモクラシーの空洞化が進んでいる。
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2016年12月09日

カジノ通過し、舛添を思ふ

【カジノ法案、衆院通過…公明自主投票・民進棄権】
 カジノやホテル、商業施設などの統合型リゾート(IR)を推進するための法案(カジノ解禁法案)は、6日の衆院本会議で自民党や日本維新の会などの賛成多数で可決された。公明党は採決に自主投票で臨み、賛否が分かれた。民進党などは退席して棄権した。自民党は今国会での法案成立を目指しており、参院送付後、7日の本会議で審議入りしたい考えだ。 法案は、自民党などが2015年4月に議員立法で衆院に提出した。IRを推進するための基本理念を定め、法施行後1年以内をめどに、カジノの入場規制や暴力団排除など、政府に必要な法制上の措置を取ることを求める内容だ。
(12月6日、読売新聞)

【「都民ファーストの観点から韓国人学校への都有地貸与を撤回」小池百合子知事が所信表明】
 東京都の小池百合子知事は1日の所信表明で、これまでの取り組みの成果の1つとして「都民ファーストの観点から、地域住民の声も反映し、韓国人学校への都有地貸与の撤回なども行ってきた」と語った。また、都政透明化に向けて「情報公開を徹底するために、口利きの記録化や黒塗り資料の積極的な公開も進めてきた」と強調した。
(12月1日、産経新聞)

臨海カジノ構想に反対し、五輪用の3箇所のアリーナ新設計画を潰して2千億円を削減し、韓国人学校を設置しようとし、首都大学を都立大学に戻そうとした舛添氏は超マトモだった。
ちなみに韓国人学校の件は右派ばかりが問題にしているが、もともとは韓国の日本人学校が移転した際にソウル市が土地などで大きな便宜を図ってくれたことへの対価・御礼であり、「都の税金を使うのか」という批判は「天ツバ」でしかない。

今から思えば、舛添氏は「だからこそ」後ろから刺されたのだろう。
ネッケルは国王に罷免されたが、舛添氏は大衆によって引きずり下ろされた。
ルイ16世の要請で財務長官に就任した銀行家のネッケルは、貴族への課税と宮廷費の削減を試みるも、上級貴族と王妃マリー・アントワネットの反対で挫折してしまった。
そこで、国王は三部会を招集して新規課税を諮るも、三部会は聖職者・貴族と平民の代表者数が同数であったことから、平民代表は議会構成の不公正を盾に審議を拒否し、もちろん聖職者・貴族は課税反対だったため、三部会は紛糾、王妃の圧力でネッケルが解任されるに至り、パリ市内は不穏に陥り、国王が軍を大動員し市中に配備したため、食料価格が暴騰したこともあって、革命を誘発してしまった。ルイ16世の立場であれば、王妃一派の暴慢を抑え、改革派貴族と連携して、三部会で貴族への新規課税を実現していれば、とりあえずは7月14日のバスティーユ襲撃は回避できたはずだった。
必要不可欠な改革を、一部の利害者の都合で実行しない国は滅びるのみである。ゴルバチョフのペレストロイカも同様だ。

民進党は退席し採決に加わらなかった。彼らの言い分は、「無法な国会運営の採決に同意することは、彼らの運営方針を認めることになる」というものだが、主権者には通じない論理であろう。たとえどのような形であれ、採決がなされる以上、きちんと賛否を表明しない限り、議事録にも載らず、後世の人は「民進党は賛否を表明しなかった」としか評価しないだろう。連中の視野の狭さは治りそうに無い。

また、「党内議論ガ〜〜」と騒いでいたKM党は、フタを開けてみれば議員の3分の2が賛成するという有様で、ごく一部の慎重派・良識派がかろうじて抵抗していただけだったことを露呈した。その本性は、自民党と同じ収奪者だったのである。
posted by ケン at 12:18| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月02日

タクシーにも乗れない時代

【ASKA容疑者、車内映像提供のタクシー会社が謝罪】
 覚醒剤を使用した疑いで歌手ASKA(本名・宮崎重明)容疑者(58)が逮捕された事件で、警視庁組織犯罪対策5課が、同容疑者が逮捕直前に滞在していた都内のホテルを家宅捜索し、パソコンやUSBメモリーなどを押収していたことが11月30日、同課への取材で分かった。また、同容疑者が逮捕直前に乗車したタクシーの社内映像がテレビで放送されたことで、タクシーグループのチェッカーキャブはこの日、「ご迷惑をおかけした」と謝罪した。
 問題の映像は、タクシー車内に設置されたドライブレコーダーで28日の逮捕直前に記録されたもの。ASKA容疑者が東京・恵比寿でタクシーに乗り込み、運転手に自宅までの道順の説明と、降車の際のやりとりが映っている。
 この映像の放送が、インターネットを中心に物議をかもし、30日放送のフジテレビ系「バイキング」では坂上忍が「あのタクシーに乗ってる映像を、使うこと自体どうなの? ああいうの流しちゃっていいのかな」と疑問を呈した。
 これらを受け、都内の無線タクシーグループ「チェッカーキャブ」が公式サイトで謝罪声明を発表した。ドライブレコーダーについて防犯や事故究明に活用する目的があると説明。その上で、外部への映像提供は、刑事訴訟法の規定に基づく捜査機関からの文書による照会などといった場合だけという。しかし、今回、グループ加盟社が提供してしまったという。
 レイ法律事務所の河西邦剛弁護士は、今回の問題について、「通常、タクシーの中で、録画されて公開されると想定されていませんし、事件に関係のない映像なので、報道に提供する必要性もありません」と解説。その上で、「ASKA容疑者にプライバシー権の侵害で訴えられ、損害賠償責任を負う可能性は十分にある」と話した。
 一方、テレビ局関係者は「被疑者ということで、放送には問題がないという判断なのでしょう」。河西弁護士も「テレビ局には報道の自由がありますので、プライバシー侵害とは一概に言えない」としている。
 また、タクシー会社を監督する国土交通省は、今回の件について「詳細は把握していない」とした上で、「道路運送法に違反しているとはいえない。ただ、情報管理という部分で指導する可能性はある」とコメントした。
(12月1日、日刊スポーツ)

「運転手を守る」などと言って、結局のところは当局とマスゴミにプライバシー情報を売り払う道具だったことが判明した。しかも、記者連中は氏の自家用車を破壊して知らぬ振りを決め込んでいるという。
ASKA氏の同映像は、逮捕前のものであり、肖像権やプライバシー権を侵害してまで公共放送で流すべき公益性は認められない。仮に捜査上の必要性から当局より請求がなされた上でのものならば認められる余地もあろうが、提供先は商業目的のマスゴミであり、これを放送したマスゴミはリベラリズムの何たるかを理解しない、いかなる倫理観も持ち合わせていない自由権を否定する最低のゴミ野郎であることを示した。
タクシー会社は当然のこと、放送局も大いに謝罪して局内を大粛清すべきだ。記事では、「被疑者だからOK」などと言っているが、逮捕前なのだから問題外である。日テレNEWS24は、「ASKA容疑者、逮捕直前の映像を入手」と報じており、ハナから確信犯であったことが分かる。つまり、日本のマスゴミは個人の自由やプライバシーなど全く考慮するつもりがないくせに、「報道の自由」だけは強調する最低のゴミ野郎なのだ。
形式的に謝罪したタクシー会社にしても、ホームページに掲載しただけで、しかも「放送された映像の関係者の皆様におかれましては、大変なご迷惑とご心配をおかけしました」という話で、ASKA氏に対して謝罪しているのか微妙なところだ。まぁ個人を特定するわけにもいかなかったかもしれないのだが。

我々はもはや安心して大通りを歩くことも、タクシーに乗ることも、高速道路に乗ることもできない社会に暮らしているのである。個人の自由を守るためには、報道の自由を抑制する必要があるのかもしれない。
報道の自由が市民に対する暴力となる一方で、権力には一切向けられない結果、権力は暴走し、市民監視を強化して腐敗度を強めている。そして、市民は権力とマスゴミによって二重の暴力にさらされることになる。ASKA氏はその象徴だろう。全体主義のマスコミは犯罪者を「無かったこと」として扱うが、日本のマスゴミは犯罪者ですら無い容疑者に対して社会的抹殺を試みる点で、全体主義以下の存在となっている。
もはやマスゴミの大粛清なくして権力の浄化は不可能だ。
posted by ケン at 12:26| Comment(7) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

住民差別と家柄差別に関する個人的体験

私が「おぼ」で知られるG星学園の出身であることを知った妄想たくましい人が、「きっと家柄差別とか凄かったんでしょうね」などと聞いてきたが、実情は全く異なった。

私の場合、地元の市立小学校を卒業して、中学受験でG星に入った。だが、家柄あるいは社会的ステータスや貧富の差によるイジメが酷かったのは、地元の公立小の方だった。
公立小では、多数の団地住民の子どもが少数の戸建て分譲地の子どもをいじめ抜き、多くの子が私立に転校していった。私は幸運にもイジメの対象にはならなかったものの、卒業してみれば、近所の中で少数派だった。
当時は無自覚だったため、そういうイジメが存在したことも十分には理解していなかったので、具体的にどのようなイジメが行われていたのかは分からない。だが、後日耳に入ってきたところでは、団地住民の子が分譲地の子をハブにしたり、悪辣な言葉を浴びせたりしたため、親の方が「こんな学校に子どもを置いておけない」と判断し、転校していったのだという。言われてみれば、私はむしろ分譲地の子どもグループに違和感を覚え、団地住民の子とは普通に仲良くしていたので、やや特異な存在だったのかもしれない。
さらに、同じく5年生になって転校した妹の回顧では、同じ団地住民の間にも歴然とした貧富の差別があったという。具体的には、同じ団地の中にも貧困層向けの安価な賃貸と、中間層向けの分譲住宅があり、子ども社会の中にも抜き差しならぬ対立があったのだという。その賃貸住宅の子どもグループの中でも、より貧しい家庭の子どもに対するイジメが見られたという。ちなみに、妹は3歳時の「誰が何を言ったか」という記憶があるという、恐ろしい記憶力の持ち主で、一桁台の記憶がロクに無い私とは出来が違う。
つまり、地域社会の居住ステータスが、学校コミュニティに大きな影を落とし、イジメの原因となっていたのだ。

これに対し、G星の場合、イジメ自体は普通に存在したが、それは家柄や親の社会的ステータスによるものではなく、大半の場合は個々人の事情によるものだった。それは、家柄争いが始まると収拾がつかなくなるためだったと考えられる。
例えば、私の先輩には内親王の婿候補と噂された公家出身者、部活の後輩には長州M家の末裔がいた。彼らからすれば、松平氏や前田氏であっても「新興の田舎豪族」でしかない。また、同期には能役者の息子、先輩と後輩には有名歌舞伎俳優の子がいたが、能役者は室町以来の幕臣貴族であるのに対し、歌舞伎役者は被差別階級の「河原者」でしかない。こんなところで家柄争いが始まれば、どういうことになるか言うまでも無く、子ども心にも分かっていたのだ。

親のステータスという点でも、同期には超大手流通グループのオーナーの子がいたが、家柄という点では「埼玉の土地成金」でしかなく、先祖が終戦後の混乱期に悪辣な手法で土地を買いあさり財を築いた家だった。もし彼が資産に鼻をかけるような人物であったら、とたんにその点を突かれてボコボコにされていたに違いない。
大手食品会社のオーナーの嫡男もいて、三十年以上も昔に「小遣い月20万円」を豪語していたが(30万円だったかもしれない)、今から思えばいいようにたかられていて、密かに侮蔑され、しまいには転校していった。中学生の話である。
これらの点から考えても、家柄自慢や家柄差別は不毛というか、学校社会を崩壊させる要因になると同時に、「まとまり」をつくるのが難しい条件でもあった。

私の親族を中心に団塊世代の何人かに聞いたところでは、あまり家柄差別や貧富に起因する差別を見たり、聞いたりした人はいなかったのだが、これは都会であったからかもしれない。
明治期を表した文献や小説などを読む限り、地域社会の子どもは士族グループと町人グループが常に激しく対立していたことが頻繁に確認されるし、新設された軍隊や士官学校では、士族による平民差別が露骨に行われていたことが分かる。
そう考えると、社会的ステータスによるイジメが解消されたのは、戦後から70年代くらいまでの都市部に限られた現象だったのかもしれない。
posted by ケン at 12:30| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

陥没事故が示すもの

【博多の陥没、国交省が市交通局に立ち入り検査】
福岡市のJR博多駅前の道路で8日早朝、大規模な陥没が発生し、近隣の商業ビルが停電で休業するなどの影響が出た。市は市営地下鉄の延伸工事が原因と説明。博多湾に面した福岡市は地下水脈が広がっており、何らかの原因で工事中の地下トンネルに上部から水や土砂が流れ込み、地表付近の地盤が緩んで崩落したとみられる。事故は8日午前5時15分ごろに発生。博多駅から西に約300メートルの交差点付近で、長さ30メートル、幅27メートル、深さ15メートルにわたる陥没が起きた。埋設されていた電線やガス管なども破損し、一時、最大800戸が停電。近隣へのガス供給も止まった。銀行のオンラインシステムも一部で使えなくなった。停電した建物内で70代の女性1人が転倒し、軽傷を負った。
市交通局によると、現場付近では当時、地下鉄七隈線の延伸工事中。地下約25メートルの岩盤を掘削して鋼材を取り付け、コンクリートを吹き付けて補強する工法でトンネルを拡幅する作業をしていた。地表から地下16メートルまでは地下水が通る砂層で、その下の厚さ2メートルの粘土層がトンネルの上で水を遮る形になっていた。8日午前4時半ごろからトンネルの天井部分が崩れ始め、コンクリートを吹き付けても止まらなかったため作業員が避難。地上の道路を通行止めにした。その約5分後、陥没が始まったという。
 市は、粘土層に亀裂が生じるなどして砂層からトンネルに大量の水や土砂が流れ込み、引きずられるように地表が陥没したとみている。市は同日から3日かけて穴を埋め、ライフラインの復旧作業をする。周辺の建物に倒壊の恐れはないとするが、避難勧告は一部を継続している。地下鉄七隈線の工事では2000年6月と14年10月にも地上の道路の陥没が発生。00年の事故は地下水が原因とされる。
(日本経済新聞、11月8日)

今回の博多を始め、1990年の御徒町、2013年の麻布十番の事故のように、大きな陥没は報道されるが、その根底にあるのは深刻なインフラの老朽化。麻布十番の崩落事故では、川沿いの道路が30メートル以上崩落した。例えば、東京都区部の下水道の総延長は16,000qで、約1,500qが法定耐用年数の50年を超えている。また、今後20年間で、高度成長期以降に造られたもの約6,500qが新たに増加し、今まで以上のペースで老朽化が進んでくるという状況にある。東京五輪の影響もあり、下水の更新が遅れていることも、状況を厳しくしている。そして、年間700件以上の陥没事故が起きているが、今後はさらに増加すると見られる。なお、日本全体だと、道路陥没事故は年間4千件あまりで、東京への集中が際立っている。

東京の場合、もともと区部の広い範囲が江戸期以来の埋め立て地で、非常に地盤が弱い。東京区部で硬い地盤があるのは市ヶ谷台から練馬にかけての部分くらいで、基本的には関東ローム層と呼ばれる火山灰からなる地層で、不安定なのだ。
陥没事故が起こるのは、地中に電力、ガス、上下水道などの管が密に敷かれ、その上を過積載のトラックが通り、交通渋滞が発生すると、道路に強圧が掛かり、地中の土砂と各種管に過負荷がかかって破損が生じるためだ。
東京に事故が集中するのは、地盤が弱く、地中使用の密度が高いところに、慢性的な交通渋滞が生じているためだと考えられる。同時にこのことがインフラの更新を難しくし、工事が長期化して、渋滞が慢性化するという悪循環に陥っている。
そこに東京五輪で、さらに資材や人件費の高騰が生じ、ますます更新が遅れてしまっている。

ロシアの場合、国防上の理由もあってムダに深いところに地下鉄を走らせているが、日本の場合はパリに倣って便宜性を重視して浅いところを走らせているため、ますます事故のリスクが高くなっている。
また、工事を担う側の高齢化や機材の老朽化も深刻で、機材の故障や破損による工事の遅延も生じているという話もある。

これだけ老朽化したインフラの更新が進まず、維持も難しいなどと騒ぎ、北海道などでは次々と公共鉄道の路線が廃止される一方で、国会の事務所には毎日山のように新規インフラ建設の要望書が届けられている。日本の人口は、50年後には8千万人台になると予測されており、インフラの需要は急速に減じている。実際、北海道では公共鉄道の路線廃止が凄まじい勢いで進んでいるが、今後さらに加速するだろう。
ソ連末期もこんな感じだったのかもしれない。その行き着く先は、ここでしかない。

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Rebecca Litchfied "Soviet Ghosts: The Soviet Union Abandoned: A Communist Empire in Decay"
posted by ケン at 13:00| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月14日

法律で大家族を強制する愚

【日本会議 「理想はサザエさん一家」啓発 24条改正巡り】
 改憲運動を展開している保守団体「日本会議」(田久保忠衛会長)は、憲法24条を改正すべきだとの主張を強めている。背景には伝統的な家族を理想とする心情がにじむ。家族のあり方は憲法で定めるべきか−−。
 「サザエさんが今も高い国民的人気を誇るのはなぜでしょう」。日本会議の関連団体が制作した啓発DVDの一場面。ナレーターは24条により家族の解体が進んだ結果、さまざまな社会問題が起きているとして、3世代同居のサザエさん一家を理想と持ち上げた。 「個人の尊重や男女の平等だけでは祖先からの命のリレーは途切れ、日本民族は絶滅していく」。日本会議の政策委員を務める伊藤哲夫氏は9月、埼玉県内の講演で、改憲テーマの一つとして24条を取り上げた。安倍晋三首相のブレーンも務める伊藤氏は「家族の関係を憲法にうたうべきだ」と力説した。
こうした家族観は自民党改憲草案や安倍政権と通底する。首相は先月5日、国会で「家族は社会の基礎を成す基盤。憲法にどう位置づけるかは議論されるべきだ」と答弁した。  改憲に意欲を燃やす首相と、それを支える日本会議。両者が24条に言及したことで、9月に発足した市民運動「24条変えさせないキャンペーン」は警戒感を強めている。呼びかけ人の一人、山口智美・米モンタナ州立大准教授(文化人類学)は「憲法で家族を定義し、法律があるべき家族像を示すことは、単身者や子供のない人、性的少数者など多様であるべき生き方を否定し、人権を侵害することにつながりかねない」と指摘している。
(11月3日、毎日新聞)

一応クギを差しておくと、サザエたちが実家に戻って両親と住むようになったのは、マスオが借家の板塀を打ち壊して薪にしようとしたところ、大家に見つかって怒られて、それに逆上したサザエが大家をボコボコして、借家を追い出されたことに起因している。そんなヤツに家は貸さねぇだろ!
もちろん終戦直後の話で、マスオは復員兵という設定。中国戦線などでは、炊飯時に現地人宅の家壁や板塀を壊して薪にするということは普通にやっていたらしく、復員後も無自覚に「つい」やってしまったという話なのだが、実際に終戦直後は良く見られた光景だったらしい。

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日本の核家族化は、一次大戦の大正景気前後から昭和前期にかけて加速度的に進んだものの、太平洋戦争の被災によって大半の住宅が失われたことで、一時的に一族の共同生活が復活しただけだった。その流れで1960〜70年代に公営住宅が大増産されると、一気に核家族化が進み、今日に至っている。

日本会議が称賛するように、帝国期には大家族主義が推奨されたものの、それは個々人の人権を制限すると同時に、家長(戸主)に大きな権限を付与した上で、家族の扶養義務を課すというイエ制度に基づいていた。家長が優秀で、一定の収入が保証されている場合は相応に機能したものの、逆に家長が無能だったり、収入が不安定だったりすると、家族は塗炭の苦しみを余儀なくされ、それを救済する行政サービスも存在しなかった。
このイエ制度は、本質的には封建制度下で家禄が保障されていた貴族や士族だからこそ、成立する話であり、収入も生活もいかなる保障もなされない資本主義の下では基本的条件が成立しない。
posted by ケン at 12:59| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月06日

加速度的に瓦解する社会

以前からその傾向はあったが、ここに来てまた一段と民族主義的言動が増えている気がする。私が加入しているSNSでも、「日本万歳」的な投稿が増えているし、機動隊員による土人発言を擁護する投稿に凄い数の「いいね!」が付いていたりする。
1つの社会が崩壊するときというのは、凄まじい加速が加わることがある。

例えばユーゴ内戦に際し、1990年5月にボスニアで行われた世論調査では、70%以上の人が民族主義政党を禁止する憲法規定に賛成すると同時に80%以上の人が連邦維持に賛成していた。同年8月の政党調査では、21%が共産党、15%がユーゴ改革同盟を支持しており、民族主義政党は民主行動党7%(ボスニア)、クロアチア民主同盟4%、セルビア民主党3%に過ぎなかった。ところが、11月の総選挙でフタを開けてみると、3つの民族主義政党が240議席中200議席以上を占めていた。その1年後に血で血を洗う内戦が勃発する。

日本を見た場合、戦前期最後の民主的投票となり、社会大衆党が躍進した総選挙は1937年4月30日に行われた。だが、同年7月には盧溝橋事件から日華事変が勃発し、12月には穏健左翼が一斉に検挙された人民戦線事件が起きている。
これまで私が昔話を聞いてきた古老の中で、盧溝橋事件が起きた1937年7月の段階で日中全面戦争を予測したというものは1人もいなかった。当時の一次資料を読む限り、37年7月の総選挙で社会大衆党が躍進したことを受けて、政治腐敗の一層と軍国主義の回避に期待する声が多かったくらいなのだ。

社会がいったん暴走を始めると、理性などは何の役にも立たず、事態の制御はほぼ不可能になる。我々は、このことを良く自覚した上で、保身に配慮する必要がある。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする